港のある街『ヘキサブルグ』
ヘキサブルグはシュバリツォリネという国にとって、玄関口であると共に貿易の拠点である。広大な森から切り取られる木材はどれも質が良く、また島国ゆえの独自の文化性――――木細工等がそうだ。丁寧な作りと美しい浮彫模様が、アンティークとしての価値が高く評価されている――――で各国から受注されている。
細工職人として海を渡って学びに来る者も多く、色調高い国柄から観光に来る旅人も多い。それ故に、ヘキサブルグという街は他国の文化も色濃く出ている。宿屋一つとってみても東方風や北方の建物があった。
アインは門で旅人だと示す札(木製の札で、これもヘキサブルグで作られた)を衛兵に渡しながら、物珍しそうに辺りを見渡す。長年森の中で引きこもっていたので、見る物すべてが新鮮なのだろう。衛兵も目を輝かせている少年に苦笑しながら、札を彼に返す。
「さて、調べは済んだからもう入っていいよ。――あぁ、言い忘れていた」
「?」
首を傾げる彼に、衛兵は敬礼し、「ようこそ! ヘキサブルグへ!」と笑顔と共に迎え入れたのだった。
◆ ◆ ◆
恥ずかしさよりも興奮が勝っているのか、アインは街に入ってもはしゃぎ通しだった。そのことにオッドアイの猫――キャシーも内心苦笑せざるを得ない。彼にとって、見る物のそのほとんどが初めてなのだ。こうしてはしゃいでいるのも、致し方ないと言えば致し方ない。16歳である彼の姿はまるっきり幼い子供のように見えるが。
『アイン。楽しいのは分かるけど、まずは宿を取ることが先決よ――言っておくけど、ちゃんとお湯を貰えるところじゃないと私は許さないわ』
「(わ、分かってるよ。ちょっと気が浮き立っただけさ。宿はちゃんと探す。でもさ、体を清めないと気が済まない猫っていうのも、なんだか変なものだね)」
そう言い返すアインの頬は赤く染まっていて、内心とても恥ずかしがっているのは明らかだった。彼女を怒らせると後が怖いことを重々承知していた彼は、見ず知らずの他人と話すという苦労をしながらようやく良心的かつお湯を出してくれる宿屋を聞き出すことに成功し、取った部屋でようやく一息つくのだった。
《木こりの斧停》という宿屋は、その名の通り木こりがよく利用している宿屋だ。彼らは朝早くから森へ出かけ、夕方に帰ってくる。日頃汗をかいて帰ってくる彼らの為に、部屋賃が安い割にお湯を出すサービスがある。聞き込みの苦労の甲斐あって、人のよさそうな恰幅の良いおじさんに教えて貰えたのは幸運以外なにものでもなかっただろう。
部屋のベッドに腰掛けながらお湯で濡らしたタオルでキャシーの体を拭くと、極楽極楽といった表情で膝の上で伸びる金目銀目の猫に、アインは今日この場所を教えてくれたおじさんに深い感謝を捧げた。
「それで? これからどうするのさ」
タオルをお湯が張られた桶にかけると、アインはベッドで包まっている旅の相棒に声をかけた。彼女の指示に従って最北の街に来た。それまでは良い。では、これから先はどうするのか? どれ程聞こうとも彼女は答えてくれない。今回もはぐらかされるのだろうと思いつつも、彼は聞かずにはいられなかった。
『そうね……』
そう言い淀みながらキャシーはアインの顔を窺う。彼の顔にはありありと不満の二文字が大書してあり、どうもこれ以上はぐらかすのには限界がありそうだ。そろそろ言っていい頃合いだろうか……。頭の中で描く計画と今の状況を天秤にかけ、どうするか思案する。
数秒の沈黙の後、彼女は口を開いた。
『そろそろ、教えてもいいかしら』
◆ ◆ ◆
『(友達になって下さい)』
それが、彼の最初の言葉だった。
体はぼろぼろ、空腹で視界は回り凍えるような外気の所為で、毛皮は針金のように凍っていた。道半ばで死ぬのか――もはや生きた年数すら数えることを止め、流離う理由すら分からなくなって森の中孤独に倒れていた時、そう思った。
そんな時、彼が助けてくれた。
『(大丈夫、家に帰ったら暖炉もあるし暖かい食べ物もあるから。頑張って、お願いだから)』
彼も寒いだろうに、服を一枚脱いでそれを私に包みひたすら走る。吐き出される白い息と時折聞こえる鼻水をすする音は寒さでだろうか? それとも――――
ただ一つ思ったことは、このチャンスを。
この運命を絶対に手から離してはいけないということだけだった。
◆ ◆ ◆
『私たちの目的は覚えてる?』
「この国をぐるりと一周するんでしょ。覚えてるよ。それがなんだって言うのさ」
どうやら彼は事の重大さを分かっていないらしい。まぁ森の中で人とほとんど触れ合うことなく過ごしてきたのだから当然と言えば当然なのだが。
『まずはいいかしら。この国を一周するのには、どれくらい時間がかかると思う?』
「? まぁ僕の居た森からここまで三日位でしょ。逆算すると……一月以上から二月以内?」
『滞在する期間を入れなかったらそれくらいかしらね。じゅあ次ね……それまでの間だけでも必要な路銀はどれくらい?』
その言葉を聞いて、アインは「あっ」と声を上げる。やはり気付いていなかったかこの世間知らずは……と、呆れた視線を送り話を続けた。
『ここまで来るのには手持ちのお金で何とかなったわ。でも、これからは違う。断言するけど、今持っている金額じゃ二日も持たないわよ』
「じゃ、じゃあどうするのさ!? これじゃあ旅を続けられない――あう」
キャシーは彼の頭に飛び移る。
『話は最後まで聞きなさい。足りない路銀。じゃあどうするか――その答えは貴方の持っている木札よ』
懐から出されたのは、掌より少し大きい位の長方形の木札。表面には鳥の絵が描かれている。
『それがあれば、シュバリツォリネを一周する依頼が受けれるわ。それで路銀を稼ぎながら国を一周する――それが私のプランよ。もっとも、そんな依頼があれば、だけど』
「じゃあ当分の指針は……」
『当てはまる依頼を探すのと、その情報収集ね。まぁ精々対人能力の訓練にでもしなさい』
「そんなぁ……」
しぼんだ声を出すアインに、キャシーは思わず笑ってしまった。
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旧作もよろしくお願いします。※基本的に読まなくても分かる様に書くつもりですが、読めばより面白くなると思います。
『転生先のサーカス団は傭兵団!?』
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