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双貌の魔女  作者: 漣 連
第二章 聖女のいる街
17/18

聖痕

7/18再更新

 アイン達が騒ぎを起こしているその時──彼らを見つめている影があった。教会を囲むように生い茂る木々の合間に、その影はじっと彼らの様子を窺っている。


 それ(、、)の視線はしばしの間彼らの注がれていたが、アインがルーナによって気絶させられて小屋に戻っていくのを見届けると、辺りに人の気配が無いか確かめてから慎重にその場を去って行った。



 目蓋から透けて差し込む光に刺激されて、アインはゆっくりと目を開けた。目の前の見慣れない天井に、しばらくの間、「ここは何処だろう」とぼんやりする頭で考えていた。


 ようやく意識がはっきりしてきて、ここが教会の離れ小屋だと気付く。


 頭には少しばかりの鈍痛が残っていたが、彼はゆっくりと上半身を起こして周りを見渡した。


 どうやら、この部屋はアイン達に割り振られた部屋のようでその場にはルーナは居ない。


 はて、何故ここに寝かされていたのだろうかと覚えている直前の記憶を思い出そうとして────赤面した。


「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ…………」


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしすぎる。


 まさかあんな事になるとは露とも思っていなかったが、これから先彼女にどのような顔を合わせればいいのか。


 ぐおおおおおおおおおおおお、とベッドの上でぐねぐねと気色の悪い動きをしていると、


「何やってんの、あんた」


「ぐぎゃはぁッっ!!!???」


「起きたんなら早くこっち来なさい」


 と、いつの間にか部屋に入って来ていたルーナはくい、と隣の部屋を親指で示した。


「は、はいぃぃ」


 彼女の指示に従いながらびくびくと後ろに着いていくアイン。この場面を見る者がいたら、親に叱られた子供のようだと思った事だろう。ルーナが親に見えるのならば、だが(ただし、そんな事をルーナに言おう物ならその発言を一生後悔するだろうが)。


 隣の部屋に移ると、そこにはクァリアが居た。アインと視線が合うと、はっと顔を背ける。その事にうっ、と心にダメージを受けつつもアイン達は向かい合うように椅子に座った。


「さて」


 しばらくの間三人とも無言だったが、ここは年長という事でルーナが口火を切った。


「言い訳があるなら聞こうか?」


「すでに有罪判決!?」


 アインは絶叫する。


「偶然ですよ、偶然! 外で何か物音が聞こえたから、例の監視している幽霊かな、って思って扉を開けただけなんです!!」


「うん、まぁ、アインもお年頃だしそういうのに興味が湧くのは分かるよ? でもだからって護衛対象の裸を覗こうだなんて……」


「覗くって!? そもそも覗く気があったならそんな思い切り扉を開けたりしないでしょうが!」


「最近の子は大胆ねぇ……」


「だーかーらー違うって言ってるじゃないですかもーー!!」


 そもそも、とルーナは言った。


「幽霊だから物音なんてする訳ないじゃん」


「そうだったーーー!!!!!!」


 アインは絶望感に包まれて床に蹲った。


「あの……!」


 その時、クァリアが口を開いた。


「もう……、いいですよ。見られた事に変わりはありませんから……」


「いや、あの。す、すみませんでしたっ!」


 頭を床に押し付けて謝るアインに彼女は不思議そうな顔をする。


「いえ、謝るのは私の方です。あんな醜いものを見せてしまって……」


「醜い……?」


 彼女は頷くと、修道服の端を摘まんで足元を露わにした。


 それを見てアインは思わず息を呑む。そこには──、まるで炭化したように黒くなった、彼女の足が覗いていた。



 後悔していた。


 あの時、あの場所で。もしもあんな言葉を言わなければ。


こうなる事は無かったのではないかと。


これはきっと、己に課せられた罰なのだ。今こうして縛りつけられているのは、あの時の行いを見ていた神様からの呪いに違いない。


だとしたら、きっと神様は話しに聞くほど優しくは無いのだろう。そして、それと同じくらい神様は優しいのだろう。何故ならば──、


謝るべき相手は、もう居なくなってしまったのだから──。



 聖痕、という言葉がある。


 これは、教会が聖人、または聖女と認定する際にその証明としてその人物の体の一部に印す物だ。つまり、これを付けられた人間は教会の中でも一際大きな意味を持つものになる訳だが、時として聖痕を生まれつき持つ者が現れる事がある。


 その痕が現れるタイミングは生まれながらにして持っている者や、しばらく経って成長してからなどまちまちだが、一つだけ確かな事がある。


 教会が印す場合の聖痕は、それが何かしらの偉業を成し遂げた人物にのみ贈られる。しかし、聖痕を持って生まれる者はある異常を持って生まれる。


 それは、魔法的な──そもそも魔玉を使っても再現できないような異能を持っているのだ。


 概念魔法ですら、魔玉を利用して発動する辺りまだ〝説明可能な事象〟だ。だが聖痕を持って生まれた人物が振るう異能は違う。


 概念魔法をすら超えた魔法。それを果たして、魔法と言っていいものか。


 魔法を肯定している教会ですらその扱いに困ったその存在を、とある枢機卿が完璧とも言える言葉でその現象をこう表現した。



『奇跡』、と。




 クァリアの膝の上に、一匹の猫が丸まっていた。


 彼女の手が猫を包む。すると、そこから仄かな光が部屋を照らした。


「これは……」


 アイン達は息を呑む。


 瞬きが収まると、黒猫はぶるりと体を震わせた。その動きで、胴体に巻かれた包帯が緩んで床に落ちる。


 そこには、すっかり傷が癒えたキャシーの姿があった。


「すごい……!」


 黒猫は『にゃあ』と一鳴きして、アインの側に戻って行った。抱えて傷があった部分を見てみる。傷が残る、とは言われていたがその痕すらすっかり消えている。


「これが……奇跡」


「そんな物ではありませんよ」


 ルーナは信じられないものを見た、と目を見開いて驚いていたがその言葉をクァリアは否定した。


「傷を治すなんて、どんな魔法でも不可能だわ。例えそれが、概念魔法だとしても。なのに、貴女は魔法も使わずに癒した。それを『奇跡』と呼ばずに何て言えばいいの?」


「それは……」


 クァリアは言葉を濁す。


「すごい! すごいです!」


「え?」


 その時、アインは興奮したように叫んだ。


「良かったー、ほんっとうに良かった! クァリアさん、本当にありがとうございます!」


 良かったなー良かったなー、とその場でくるくると回って喜ぶアイン。

『目ぇ回すから止めい』とキャシーは非難めいた視線を向けていたが。


「驚きました……」


「え?」


「そんな風に喜んでくれる人はあまり、いませんでしたから……」


 大抵の場合、彼女が治癒した時の反応は二つだ。一つは、まるで敬うように、敬遠するように礼を言う。それを嫌だと思う事はないが、まるで腫物を触るような反応を見せる。


もう一つは、理解不能な物を見る目で彼女を見る。このような反応をするのは、おそらくシュバリツォリネだけだろう。傷を癒す(、、、、)という事は、この国の根幹に関わる事柄だ。その事に、未だに忌避感を抱く人間は多い。


アインの反応に戸惑いを見せながらも、アインの喜ぶ姿を見てクァリアはぎこちない笑みを返した。


「私としてはやっぱり、貴女のその奇跡とやらはものすごく興味があるわ」


「え?」


「どう? その辺り、じっくり調べさせてもらえないかしら……?」


 何やらわきわきと動かす指の動きにどうしようもない危機感を抱いたクァリアは、助けを求めるようにアインを見るが、アインはキャシーの傷が治った事がよほど嬉しいのか、黒猫にばかり構っている。


 というか、意図的に無視している感すらあった。


「じゃ、ちょっとそこの部屋に入りましょうか?」


「あ、アインさん~~~!!」


 椅子ごと引きずられていくクァリアに、アインは心の中でひっそりと謝りながら彼女を見送った。


「……、さてと」


 二人が入って行った部屋の方に意識を向けて探ってみるが、こちらに注意を払うような気配は感じられない。それでもしばらく時間を取って、やっと大丈夫だと確信してアインは手の中に居る黒猫に話しかけた。


「……もう大丈夫みたいだよ、キャシー」


「まったく、病み上がりだっていうのに振り回すんじゃないわよ」


 ごめんごめん、とまったく悪びれる様子を見せずに謝るアインに、キャシーは深いため息を吐きつつも、ストンと床に降り立った。


「まあ、心配をかけてしまったみたいだし。今回は許してあげるわ」


 金と銀の瞳を妖しく光らせながら、キャシーは言う。


「私の意識が無かった間の事、教えてくれる?」


 アインはキャシーが引き飛ばされえた後からの事、しばらくの間前の村で療養していた事、そして、今この街で受けた依頼の事を出来る限り、つまびらかに話した。


「ふーん、それでその聖女様の護衛を受ける事になったのね……」


 何気ない風の独白だったが、アインはキャシーの言葉に若干の棘があるように感じた。


「で、肝心な本来の依頼主はどこに行ったかわからない、と」


「う、うん。そうなんだ。正直、これで良かったのか、って今でも少し不安だったんだけど……」


「まあ良いんじゃない? 貴方が決めたことなんだし……それに、教会の関係者なら何か有益な情報を聞けるかもしれないし」


 アインに聞こえないように呟きながら、キャシーは今得た情報を整理する。二、三秒考えて、彼女は頷いた。


「そうね、受けてしまった依頼はしょうがないしこのまま護衛は続けましょう。私も意識を取り戻したから、きっとこれからは役に立てると思うわ」


 アインは彼女の言葉にほっと安心の溜息をついた。もしも、この事を説明して怒られでもしたらと内心冷や汗をかいていたのだ。


「じゃあ、取り敢えずはこれからも護衛を続けるとして──クァリアさんに付きまとっているのは誰だって事を考えなきゃね」


「ええ、この世に霊魂だけの存在なんている訳がないもの。必ず、生身の人間が操っているはずだわ」


「だとしたら、彼女に付きまとう理由がある人間って事になるよね。じゃないと、こんな厳重に守られている彼女を、しかも教会の関係者を狙うはずがないし」


 まずは周囲の聞き込み。そして、クァリア自身の協力も必要不可欠だろう。アインとキャシーは警護をするにあたって、今後の予定や対応を話し合いながら世は更けていった。



 薄暗い一室。そこにサックスは居た。机とイスぐらいしかないその殺風景な部屋に、彼は瞑目したまま何かを待っている。何処とも取れないその一室、ただ時間ばかりが過ぎていくその場所でリリリン、と聞きなれない音がした。


 何もないとばかり思えたが、小さな箱のような物がぽつりと机の上にあったのだ。音を立てるその小さな箱にサックスは手を伸ばす。


 箱の一部が取れ、それを耳に押し当てるとそこから男の声が聞こえてきた。


「ザザザ……サックスか……?」


「久ぶりだねぇ、ダンナ。元気にしてる?」


「……ふん。それは嫌味──ザザ──か何か──ザ──か?」


 箱からは、砂が鳴るような音が混じっているが確かに彼らは会話をしていた。遠方の人間と会話をするような技術は未だに開発されてはいない。だとしたら、彼らが会話をしている方法は何か、と問われると、十中八九分からないと首を振るだろう。


「冗談だよ、冗談。で、まぁ色々と話したい事があるんだけど──」


 気楽な風に冗談を飛ばし、彼は近況を会話の人物に対して微細に含めて報告し始めた。会話の相手はサックスの話を終始無言で聞き入る。会話の向こう越しはサックスには窺い知れないが、会話の相手は何か考えているようにサックスには感じられた。


「──って事なんだけど。まぁ流石のダンナも、全部は理解できないだろうけどさ」


「ああ、──ザザ──まぁな。だが──ザ──、お前の話を聞いて──ザザザ──一つだけは助言というか、忠告はしておこう──ザザザザザ──かな」


 徐々に異音が耳に触る程に大きくなってきていた。サックスは集中して、一言一句聞き逃すまいと耳を澄ます。


「──ザザザ──そのアインという──ザザザ──少年。絶対に目を離すなよ──ザザザザザザ──その少年は、今後の──ザザザザザザガリガリガリガリガリガリ!!!!」


 プツン、とそこで何かが切れたように音が途絶えた。サックスはここまでか、と緊張を解いて手に持っている箱をもとあった個所に戻す。


 そこで。


 突如として、部屋の内側に炸裂するように爆発が起こった。その爆発は部屋どころか、その建物すら倒壊させ────。その建物の側に居た人物は、その一部始終を眺めると静かに来た道を戻って行った。


 瓦礫の下からは、血だらけの腕が覗いていた。




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