見えない視線
アイン達が通されたのは、教会の裏手にある小さな小屋だった。白いその小屋は、外の陽を存分に取り入れられるよう、ガラスをふんだんに使っていてどこか教会とはイメージの異なる感じがした。
その事に気が付いたのか、
「ガラス張りにしていれば、警護する時に何かあったら直ぐ分かるので」
とジェラルドは説明する。
「何て言うか……逆に危なくない? 狙い撃ちされる可能性だってありそうだけれど」
「その為の今回の依頼ですから」
そう返して、彼は小屋のドアを三回、コンコンコンとノックする。
「クァリア様、護衛をしてくださる旅人様をお連れしました」
しばらく無言が続いたが、
「入ってください」
とか細い声がアイン達の耳に聞こえた。
ジェラルドは無言でドアを開け、アイン達に入るよう促す。小屋の中に入ってゆくと、中はどれも小さい家具が置かれていた。タンスやドアノブの位置さえも低めに作られていて、まるで小人の家のようだ。
そのような感想をアインは抱いていると、奥の部屋に通された。
そこには真っ白な一人の少女がいた。
混じり気のない、本当の意味での白。彼女と比べると、来ている修道服ですら煤けたように見える。サファイアブルーの瞳と相まって、彼女の清廉な空気から何者からも染まらぬ純白を思わせた。
「初めまして、旅人様。座ったままの非礼をお許しください」
鈴を転がしたような声音で聖女は己の名を名乗った。
「私の名前はクァリア=ショーンと言います……、『聖女』などと大層な呼び名で呼ばれる、ただの小娘です」
◆
「クァリア様、何度も言うようですがそのように御身を貶すのはおよしになられてください。貴女は教会に認められた、れっきとした聖女なのですから」
「ジェラルドさん。私の考えは変わりません……私が聖女と呼ばれるのは間違っている事なんです」
「だからですね……」
自己紹介の後、ジェラルドはクァリアに説教をしていた。どうやら何か問題事があるようで二人の口論は止まりそうもない。
「ええっと……?」
「ちょっと、そっちでばっか話してんじゃないわよ。いきなりそんな事されたら私たちが理解できないでしょうが」
『ちょちょちょちょっとルーナさん!? 少しは場の空気読みましょうよ!!』とアインはばたばと手を振る。両者は彼女の言葉に納得したのかしぶしぶといった風に話を切った。
ふぅ、と一息ついてアインは改めて二人に向き合う。
「申し訳ございません。お見苦しい姿をお見せしてしまったようで……」
「まったくね」
もうルーナさんは黙っててくださいーーー!!!!!! と口を封じるアイン。
モガモガモガーーーー!!!! と抗議の声を上げるルーナにお構いなしに「どうぞ、続けてください」と彼は話の続きを促した。
「はあ」
その光景に呆けたように返事をするジェラルド。そこに、
「くすくすくす」
と小さく笑う声が聞こえた。
「っう、ぷぅっ。っくっくっく…………、あはははははははははははは!!」
「クァリア様!?」
「ひぃ、可笑しいもがもがって! ぷふふふふふふふふふふっ」
クァリアは何が可笑しいのか腹を抱えて笑った。その場に居る全員が彼女に視線が集まり、ジェラルドにいたっては信じられないものを見た、と言わんばかりに口を開けて踊りている。
しばらくして、ようやく満足したのか彼女は笑いを治めた。目の端に涙を浮かべ、時折ぷすっぷすっと空気を漏らしている。ふとした拍子にまた笑いの波が来たら簡単に崩れてしまいそうだったが。
「ああ、すいません。こんなに笑ったのは久しぶり! 本当に可笑しい……」
と、そこまで言い切った所で彼女は三人にじぃっと見られている事に気が付いた。
しばしぼうっと眺め、現状を理解し、次いで顔をぼっと赤らめ、
「わたっ、私っ。と、とんだご無礼を!」
とわたわたと慌てる。
「と、取り敢えず落ち着いて。深呼吸ですよ深呼吸」
「すー、はー。すー、はー」
アインのフォローでやっと場が落ち着き、場に少々居心地の悪い感じが残ったが取り敢えず話を戻そう、と暗黙の了解で四人は居住まいを正した。
「ええと、それで僕たちは彼女を護衛すれば良い、という事ですね?」
「はい、その通りです」
アインの質問にジェラルドは頷く。
「その、理由を聞いても良いでしょうか?」
「理由、ですか?」
「はい。ただ教会に人が少なくなったからと言って、今すぐに護衛が必要なようには見えませんでした。なのに、ジェラルドさんは僕たちに護衛の依頼をされました……。もし、何か理由があるんだったら、聞いておきたいんです。じゃないと、何かあった時に対処が出来ない、なんて事になりかねませんから」
アインの言葉に、「ふむ」とジェラルドは考え込んだ。
「ジェラルドさん。話した方が良いです。それが依頼する側としての誠意ではないでしょうか?」
彼女の言葉に一理あると感じたのか、ジェラルドは決意した目で顔を上げた。
「そうですね……、それではお話します。貴方方に依頼を申し出た理由を」
◆
「監視……ですか」
「はい」
ジェラルドは頷いた。
「ここ数日の話なのですが……誰かが、クァリア様の事を監視しているようなのです」
「それは、誰か思い当る人はいないんですか?」
アインの言葉に、彼は首を横に振った。
「彼女……、クァリアちゃんを狙っているって事? でも監視されているって分かるんなら誰がしているかなんてわかりそうなもんだけど?」
「確かにその通りなのですが……クァリア様の周辺を探ったところ、周囲には誰も居ませんでした」
「つまり、気配だけって事? そんな幽霊じゃああるまいし」
ルーナは笑い飛ばす様に言ったが、ジェラルドとクァリアはその言葉に俯いた。
「え、なに? 本当に居るの……幽霊?」
ありえない、と言う風に驚くルーナ。
「その幽霊って……どんな?」
言い淀むようにアインは尋ねる。
「なんでも、遥か昔──シュバリツォリネで『聖女』と讃えられた女性らしいのです」
「『聖女』と言われていた女性が、今、聖女と教会で崇め奉られているこの娘を狙っている……。そりゃ、教会側もお手上げだわね。何せ、相手は死んでも『聖女様』なんだから」
「でも、もしも本当にその幽霊がいてクァリアさんを狙っているとしたら何が狙いなんでしょうか?」
アインのいう事は至極もっともな事だった。何か理由があるのだろうか、とアインとルーナは首を傾げる。
「私がいけないんです」
「え?」
二人が考えていると、クァリアは沈痛な面持ちで言った。
「私が『聖女』だなんて大層な呼ばれ方をしているのがいけないんです」
そう言った彼女は、深い悩みを抱えているようで。
アインはどう声をかけて良いか分からず、その場はそのままお開きとなった。
◆
護衛の依頼を正式に受ける事になったので、アイン達は部屋を移してクァリアの住んでいる小屋に当分の間居る事になった。
ジェラルドは去り際に、
「くれぐれも聖女様には粗相の無いように」
と何やら背後に見えそうな程の笑顔を見せ、教会の方に戻って行った。
それを見てアインは、本格的に彼の事が苦手になったようで「神父コワイ神父コワイ」としばし頭を抱えていたが。
「で、今日から護衛をする事になった訳だけど……ぶっちゃけ私は戦闘能力は無いからあんたが頑張ってね」
「ええ!? 手伝ってくれないんですか!?」
「私のどこに期待しとんだあんたは」
と彼女は呆れた風に言うと、鞄の中から何かを取り出してそれをアインの方に放った。
「っとと。これは?」
受け取って掌に乗せて見てみると、それはブレスレットのようだった。木を削って作られたそれには、瞳ぐらいの赤い宝石が埋まっている。
「あんた、前に魔具を壊したでしょ。それの代用品みたいな物よ。魔玉は同じものを使ってあるから、使い心地は変わらないとは思うけど。何かあったら私に言いなさい」
「ルーナさんが作ったんですか!?」
アインが驚いた風に聞くと彼女は頬を掻きそっぽを向いて、
「まあ、あんた達には世話になったし……こういうのは専門だからね。お礼みたいなもんよ」
「……もしかしてルーナさん、恥ずかしがってます?」
そう言って彼女を見てみると、耳元が妙に赤い。
「だあァああああああああああああああああああああああッ!! ぐだぐだ言わずにそれ使っときなさい! 後は任せたもう寝るお休み!」
彼女は早口で言うとずかずかと音を立てて部屋に入り、バタン! とドアを閉めた。
「……ありがとうございます」
アインは閉められたドアに向かって一礼し、渡されたブレスレットを右腕に嵌める。初めて装着した腕輪は、彼の腕にしっかりと馴染むように納まった。まるで最初から着けていたような感覚に、言いようのない頼もしさを感じる。
アインはよし、と気合を入れる。
依頼を受け、それを引き受けたからには不甲斐ない所は見せられない。もしも、何かあったらサックスに笑われてしまうだろう。
そうならないように、しっかりと周りに集中しなくちゃと心に刻み、アインは取り敢えずクァリアがいる部屋に戻った。
「クァリアさん……、ってあれ?」
辺りを見渡す。
そう広くない部屋のはずだが、そこに彼女は居なかった。はてどこだろう、と部屋を開けていく。
しかし、彼女はどの部屋にもいなかった。
それと同時、アインは部屋の奇妙な共通点を見つけた。行く部屋部屋、そこに置いてある家具はどれも小さい。最初、この小屋に入った時にまるで小人の家のようだ、と思ったが、その印象に違わず置いてある家具はどれも不自然な程小さい。
いや、これは小さいと言うより低いと言った方が適切だろう。
どういった理由でこんな不便な物ばかり置いてあるのだろうか。そう彼が訝しんでいると、カタリと何か物音がした。
音の出所を探してみると、見落としていたのか扉を見つけた。小屋の構造と位置からして、おそらく外に繋がっている扉だ。
(もしかして、誰か不審者がいるのか……?)
依頼の説明の時、二人は幽霊が狙っていると言っていたがそれは見間違いで人間だった、という可能性は十分ありえる。
アインは足音を立てないよう忍び足でその扉の前まで行き、ドアノブに手を伸ばす。
ごくりと、生唾を呑む音が妙に耳に大きく響く。早音を打つ心臓に落ち着け、と命じながらタイミングを計る。
(一、二の三!)
バン!! と勢いよく扉を開け、
「誰だ!!」
と誰何の声を上げた。
「え?」
アインの声に反応し、その誰かはくるりと彼の方を向いた。
「え?」
その肌色の彼女を見て、アインの思考は停止する。
彼女────そう、彼女だ。アインの目の前にいたのは、服をはだけさせて体を拭いているクァリアだった、
二人とも、予想外の事が起こったからか完全に思考を停止させ、唖然とした表情でお互いを見つめている、
「あ……」
そして、ようやく何が起こったか理解した彼女は。
「いっやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
絶叫した。
その叫び声に飛び起きたルーナにぶん殴られて、アインが気絶した事は完全な余談である。
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今回は今まで書いた事がなかった濡れ場で、ちょっぴり緊張した事は秘密です……w