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双貌の魔女  作者: 漣 連
第二章 聖女のいる街
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七枚の秘跡

 ラゴールの中央──そこには街のどこにいても必ず見える、この街を象徴する建物が鎮座している。アイン達がその建物の前に来たとき、鐘楼に据えられた鐘が彼らを迎え入れるかのように鼓膜に響く重い音を奏でた。


 夕陽が斜にかかって陰影を作り、どこか異世界の様な雰囲気をアインに感じさせ、彼がその建物に目を奪われていると、キィと扉の開く音がした。


「どうぞ。お入りください」


 神父──彼の役職は副助祭だ──ジェラルドは笑みを浮かべながら促した。


 アインははっとしながら慌てて前に進み、教会の扉を潜る。中に入ると、アインは視線の前にある物に再び目を奪われた。


 ステンドグラスだ。


 複数の色の付いたガラスを巧みに組み合わせ、まるで一枚の高級な絵画に仕上げている。実際、金額にしたらそれは途方もない金額だっただろう。何故なら、そのステンドグラスは教会の一面を全て使った贅沢な一品であったからだ。


 ステンドグラスには大きく分けて七つの絵が描かれている。


 水色で描かれた一匹の氷の狼。


 赤色で描かれた一羽の炎の鷲。


 緑色で描かれた一頭の雷の牡牛。


 黄色で描かれた一匹の石の獅子。


 夜明けの空を思わせる色で蜷局を巻き己を喰う蜥蜴。


 夜空と散りばめられた星で宙を飛ぶ一頭の竜。


 そして、宵闇より暗い色で冥界の門の前に座る三つ首の犬。


 外から差し込む陽がガラスに反射して、床に虹色の影を作っていた。


 その光景に息を呑む。アインにとって、その荘厳な絵図は初めて見る美しさだった。そこに、後ろから彼を押す手に驚いて後ろを振り返る。その手は、呆けている姿を見て笑うサックスのものだった。


「ほら、神父様が待ってんぞ」


 アインは何度の立ち止まっている事に気が付いて恥ずかしさに顔を赤らめた。子供ではあるまいし、これではまるで常識足らずの赤ん坊ではないか、と自分を顧みて今度はちゃんとジェラルドの後に着いて教会の中を進んでいった。


 そのアインの一連の行動に、サックス達はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。他人が見れば子供を見る親の眼付の様だと思ったことだろう。


 奥の部屋に勧められたアイン達はジェラルドに椅子に座るよう目で示され、各々手近な椅子に腰を落ち着けた。特に、旅先の疲れが溜まっていたルーナはやっと座れた事に安堵の溜息を付いた。


「さて」


 椅子に座ったのを見届けたジェラルドはそう口火を切った。


「まずは私のお願いを聞いてくださいました、そのお礼を言いたいと思います」


「おいおい、まだ何もその『お願い』とやらを聞いてないぜ俺達は。ただ、取り敢えず話だけでも聞こうってなっただけだ」


「さ、サックスさん。話だけでも聞こうってなってるんですからそう口を挟まないでくださいよ」


「そうよ。それに私は早く宿に入って一休みしたいの。いちいち上げ足取らないで黙ってなさい、子供じゃあるまいし」


 何気に冷たい仲間の反論に、サックスはあー、はいはいと分かった風に生返事した。それを見てアインはサックスらしいと苦笑し、ルーナは憎たらしいとばかり鼻息を漏らす


 一行が聞く姿勢に入ったのを見計らってジェラルドは再び口を開いた。


「では、説明させて頂きますね……、と言ってもいたって普通の依頼なのですが……とある方の護衛をしてもらいたいのです」


「護衛……ですか?」


 旅人に依頼する内容は依頼人によって様々である。それは当然の事であり、同時にそれだけ旅人に依頼をする人間が多い事に他ならないのだが、その中でも護衛というのは旅人に依頼される中でも最もポピュラーな部類に入る。


 そもそもとして、旅人と言う職業が成立したのも一般人が(ここで言うのは武力を持たない事が前提であるが)旅の道中、危険が迫った時に守ってくれる存在が必要だったからである。


 その背景から分かる通り現在でも護衛の依頼は全体の八割に及び、彼らウォーカーが旅人と呼ばれる理由だ。


 ジェラルドの仰々しい言いように何か重要な依頼をされると思っていたアインは、その話を聞いて肩透かしを食らったような感覚に陥った。


「そうです。ただし、その護衛対象なのですが……」


「やんごとなき身分の人間ってことか」


「その通りです」


 ジェラルドの言葉を引き取って言ったサックスに、教会の青年は頷きを返した。


「その方はこの街では象徴とも言える方でして……旅人が居なくなり、教会の者も少なくなるこの時期。正直言って、私達が護衛をするには少々不安があるのです」


「で、そのやんごとなき身分の方っていうのは誰なんだ?」


 サックスの尤もな質問に、ジェラルドはやっと本題を斬り出した。


「はい。その依頼対象とは、この街で聖女と呼ばれているお方なのです」



 今夜は教会でお休みください、と勧められ、アイン達三人はその言葉に甘える事にした。シスターに案内され、部屋に入った三人はジェラルドの依頼を受けるか、それとも断るかを話し合う。


「どうしますか?」


 そう言ったのはアインだ。正直言って、今回はアインの出る幕は殆どない。現在の依頼主はサックスであり、その主導権は彼が握っている。サックスが決めたなら、それがどんな決断だとしても従うべき立場だからだ。


 さらに言うなら、ルーナも関係性はほぼ〇と言っていい。彼女はただアインに着いて来ただけで、旅人の依頼にまで付き合う義務は無いからだ。


 彼女はその事を理解しているため、話を聞かずにうとうとと船を漕いでいる。


 その中で一人、サックスは腕を組んで悩んでいた。


「はっきり言って、メリットはあんまし無いんだよな……前は、泊まらせてもらっていた借りがあったから手伝った訳だし」


「あの時は最初、サックスさんは乗り気じゃ無かったじゃあないですか」


「振りだふり」


 軽くあしらったサックスは、しばらくの間天井を眺めて考えた後、


「よし、そうすっか」


 と、口を開いた。


「アイン」


「はい、何ですか?」


「しばらくの間、俺達は別行動をするぞ」


「…………はい?」


 アインは耳を疑った。


「だから、今回の依頼はお前が何とかしてくれ」



 無茶ぶりが過ぎる話だった。


 朝になってアインが寝ていたベッドの隣を見ると、そこにはもぬけの殻になったベッドがあった。どうやら昨夜サックスが言っていた事は本気の事のようだ。


 アインは諦めの溜息を漏らして、眠っているルーナを起こさないように物音を立てないよう着替えを済ませ、本堂へと向かった。


 この教会は奇妙な形をしている。長方形の箱にもう一つ四角い箱をくっつけた様な形。上から見ると大きい四角から小さい四角が生えているように見えるだろう。


 出っ張った右側を教会関係者、左側を客人用に部屋を割り振っているらしい。


 長い廊下を歩いて本堂へ。本堂へ踏み入ると建物を支える多くの柱の間に、朝日に照らされたステンドグラスが虹色の影絵を地面に描いていた。


 これでこのステンドグラスに目を奪われるのは三度目だ。ガラスによって生み出された神々しい光景をぼんやりと眺めていると、


「それは教会の称える神を表した物ですよ」


 とアインに声をかける影があった。


「……ジェラルドさん」


 扉から現れたのはジェラルドだった。手には替えの蝋燭が握られている。それを燭台に差し替えながら順に火を点けていく。


「ここの司祭様は魔法があまりお好きではないので、こうして今でも蝋燭を使っているのです。少々、時代錯誤気味だとは思いますけどね」


 そう苦笑するジェラルドに、アインは質問を投げかけた。


「教会には……複数の神がいるんですか?」


「不思議ですか?」


 頷くアインに、ジェラルドは優しく微笑んだ。


「確かに、おかしな話かもしれませんね……。もしかしたら、聞いた事があるかもしれませんが……、教会は過去に他の分化から神を吸収したという事実があります。……異教狩りという名目で」


 滔々と語る彼の語り口に、アインは真剣に耳を傾ける。


「それが原因で多くの血が流れたとも書物に残されています。今は昔のような大きな対立は無くなりましたが……それでも小さな諍いが未だに起こるそうです」


「なんで教会は、他の神様を取り入れたんでしょうか? そんな事をしたら、どの神様にお祈りをすればいいか困っちゃうじゃないですか」


 アインの言葉を聞いて、ジェラルドはくくっと声を漏らした。


「ああ、これは失礼を。ええそうですね、その通りです……。神様が複数いるのは、不自然だ」


 そう言って一しきり笑いを堪えるように腹を抱えていたが、彼はアインに向き直った。ぞくりとするような青い瞳がアインを見据える。無意識に鳥肌が立ってしまう程に。


「もしかすると、教会は何か思惑があって神様を集めたのかもしれませんね?」


 ゾワ!! と。人生で最大の悪寒が背中を走った。まるで、巨大な狼にでも標的にされたかのような緊張感。指一本も動かせない中、かつんかつんとジェラルドは近づいてくる。


 そのままそっと彼の手が伸ばされて────、


「にゃあ」



 と、彼らの足元で可愛らしい鳴き声がした。


 二人とも視線を下げると、そこには一匹の黒猫。


「……、キャシー?」


 すりすりとアインの足元にすり寄る彼女(?)は、『めしくれー』と言うように体を擦りつけ続ける。



「そう言えば、朝食がまだでしたね。すぐ準備をしますので、その時に依頼について返事をお聞かせください」


 ジェラルドは、先程まで纏っていた冷たい空気を感じさせない笑顔でそう言うと、踵を返して別館の方へ戻って行った。


「…………、」


 本堂に残ったのはアインとキャシーのだけになり、蝋燭がじじじと微かな空気の動きで揺らめく。


「何だか、一生分の人生の危機にぶつかった気がするよ……。ありがとう、キャシー」


 彼女は『どういたしまして』と言うように、「にゃー」と鳴いた。




 朝食は右側の別館で取る事になった。あの後、部屋に戻ったアインは寝ていたルーナを起こしに行った。彼女はまだ昨日までの疲れが残っているのか欠伸を噛み殺しながらパンをもそもそと口に運んでいる。


 アインは朝食を食べつつも辺りの様子をうかがった。


 部屋を幾つかぶち抜いて作られた食堂には、三つの長机と長椅子が並べられている。部屋の大きさに比べ、今ここで朝食を食べているのは明らかに少ない。


 昨日ジェラルドが言っていた通り、教会関係者はジェラルドと数人のシスターのみだ。どうやら護衛対象は別の部屋で朝食を食べているのだろう。


「さて、それではお返事をお聞かせ願えますか?」


 朝食を食べ終わり、皿も下げられたところでジェラルドは言った。


 瞳を薄く細めていて、表情から何か心情を読み取ろうとしてもアインにはよく分からなかった。こういう腹芸めいた事はサックスが得意とする事だが、頼りの綱の彼は今ここにはいない。


 アインは表情を読むのを諦めると、


「今回の依頼……、お受けしようと思います」


 と返事を返した。


「ありがとうございます」


 薄く開いていた瞳をさらに薄く細めジェラルドは頭を下げた。先程の会話の時、アインは目の前の人物に対してアインは何か取り繕ったような感覚を受けていた。何か、意識的に丁寧に接しているというか……。


 一人考えこんでいると、ルーナに脇腹を小突かれた。


「何ぼーっとしてんの。呼ばれているわよ」


 はっと視線を上げると、部屋にいる全員がこちらを見ている。思わず赤面しながらも、アインは椅子から立ち上がった。


 その様子に、ジェラルドは意味深に微笑みながらドアを開く。


「それでは、聖女様の所へご案内いたしまししょう」


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