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双貌の魔女  作者: 漣 連
第二章 聖女のいる街
14/18

ラゴール

第二章スタートです。

 アインは寝転がった体勢で空を見上げていた。空にはぽつぽつとミルクを垂らした様な白い染みが浮かんでいて、青のコントラストに映えている。


 雲の一つを、まるで羊の様だな、と思いながら全身に感じる揺れを子守唄代わりにしていた。微かに眠気が体に張り付いてきて、もうすぐ意識が落ちる────と思われた時。


 ボタンの様に小さな獣の足がポン、と彼の鼻先を叩いた。


「わぷ」


 驚いて言葉にならない悲鳴を小さく上げる。閉じかかっていた瞼を開けると、そこには包帯を巻いた一匹の黒猫が居た。


「キャシー」


 黒猫の名前を呼ぶ。その黒猫────キャシーはにゃあ、と可愛らしい鳴き声を上げた。


 そう。


 かつて、アインがキャシーと呼んでいた黒猫はもう居ない。どうした訳か、かつての一件の後目を覚ましたキャシーは、普通の黒猫(、、、、、)になってしまっていた。何が原因でこうなってしまったのか、アインは皆目見当も付かないが、もしかしたら、と思う事はあった。あの不気味な怪物──黒い手に弾かれたのが原因かもしれない、と。


 不幸中の幸いと言うべきか、キャシー自体に怪我と言う怪我は無く、胴体に巻かれた包帯は念の為、というだけらしい。


 同行者の見ていない所で色々と話しかけてみてはいるが、向こうから返事が返ってくる様子は、療養中ついぞ無かった。


 村人たちの献身的な介護で体の方も大分良くなり、次の街にいざ出発、となった時は村人達にしきりに滞在を伸ばす様に勧められたがそういう訳にもいかない。


 アイン達は今までの滞在と怪我の治療に厚く礼を言って旅に戻った。今は、たまたま通りかかった馬車の護衛の様な事を引き受ける代わりに、こうして荷台を使わせてもらっている。今は、旅の同行者であり依頼人でもあるサックス・ミュラーが交代で番に付いている。


 彼はアインと同じ旅人ではないが、体力を温存するべき、という彼の助言に従ってアインは荷台で休養を取っていた。


 そしてもう一人。彼等と共に旅をする事になった仲間がアインと同じ様に横になっていた。金色の髪を持つ魔女。名をルーナという彼女は、慣れない旅で足を痛めてしまい、さらに研究ばかりしていた所為で元々少なかった体力を使い果たしてしまっていた。


 荷台の隅に寄り掛かっている彼女はゴトゴトと馬車が揺れる度に筋肉痛が疼くのか、しきりにしかめっ面を浮かべている。


「大丈夫ですか?」


 そうアインが声をかけると、彼女は不満そうな顔をして、


「大丈夫そうに見える?」


 と、返した。


 お世辞にもそうは見えなかったアインは、「スミマセンデシタ」と、ぎくしゃくしながら謝る。


 ふん、とそっぽを向いてしまったルーナにアインは苦い顔を作りつつ、


(この場にキャシーが居てくれたらなあ)


 と、思わずにいられなかった。


 彼の気持ちを知ってか知らずにか、金目の黒猫はにゃあ、とアインを励ます様に鳴いた。



 彼女が何故アイン達に着いて来ているかというと、それはやはりあの洞穴での事が関係している。あの後、レンを安全な場所に避難させたルーナは洞穴に引き返した。一つは、やはり、何だかんだと言いつつも二人の事が心配であった事と、自分にもまだ何か出来るのではないかという義務感からだ。


 幸いと言うべきか、彼女にとっては残念と言うべきか、彼女が戻った時には全てが終わった後だったが、その場で倒れている二人を見て彼女は大慌てで村人を呼びに行った。


 サックスもその時には意識を失っており、何があったか説明できるのは彼女だけだった為、村人たちへの対応は全てルーナが行っていた。


 彼女と村人たちのわだかまりも、全ては双方の意地の張り合いに近いものであった為、意外と早く解けたのだが。


 あの黒い手の正体については、村人の中にも知る者はいなかった。そもそも、あの洞穴の存在自体が知られていなかった事もある。相談の結果、近いうちに教会の人間を呼んで調査をお願いする、という方向に落ち着いた。


 一方、意識を失っていたアイン達はと言うと。


 怪我自体無いアインはともかく、サックスは目覚めるのが遅かった。彼自身、相当体を鍛えていたとはいえ直撃を受けたのだ。そのダメージはかなりのものだっただろう。彼が意識を取り戻したのは、アインよりも二日も後だった。


 洞穴であった事を話したサックスは、その後順調に回復した。しかし、この時分かった事だがアインはあの時の事をまったく覚えていなかったのだ。キャシーが黒い手に吹き飛ばされたのまでは記憶にある。しかし、その後いっさいの記憶はない。その事に皆首を傾げたが、ルーナはそれ以外────アインの起こした現象の方に興味を傾けた。


 サックスの言が正しければ、アインの出した魔法の炎は『ありえない特性』を宿していた事なる。熱のない炎。〝焼く〟という事に特化した炎。それは間違いなく、彼女が長い間求め続けた『概念魔法』に他ならない。


 アインはその事の正しい意味を理解していなかったが、これは世紀の大発見と言えるだろう。


 だが思い通りにならないのが世の常。

残念ながら、アインは当時の記憶が無い。

使い方が分からなかった。それが結果である。彼女は深く肩を落としたが、それで諦めるはずも無く。だったならとこう切り出した。


「私がアンタたちの旅に同行するわ。何が何でも、概念魔術の尻尾を掴んでやる!」


 その時、サックスとルーナの激しい口論が起こったのだが割愛する。


 こうして、彼女も一緒にアイン達に着いて来る事と相成ったのだった。



「それで、次の街はあとどれぐらいで着くのかしら?」


「もうすぐだそうですよ。今は天候が安定していて、雨が降らなかったから予定よりも早く着くぐらいだそうです」


 荷車の上でそう会話しながら、アインは外へと身を乗り出した。


「あ、見えましたよ! もうすぐです」


 そう言って指差す先には、アーチ状にレンガを積み立てた門が見えていた。次の行く先はシュバリツォリネ最大の湖を保有する街。この国に観光で訪れる者は必ず来るという有名な街だ。


 そしてもう一つ、この街を有名にしている要素がある。


『聖女のいる街』。


 この街には、あらゆる傷を癒すといわれる聖女がいる────。



 馬車がアーチをくぐる。この街──ラゴールは二つの湖が存在する。一つは、街を囲むようにして広がるマ・ウーノ湖。そして街の中心に穴が開いたように在るのがマ・ドゥーエ湖だ。そのマ・ドゥーエ湖には小さな離島が浮いている。


 シュバリツォリネの中でも最も景観が良い場所として人気のある街で、普段は活気の溢れた姿を見る事が出来るのだが────、


「人が少ないですね」


 アインが言った通り、ラゴールの街道を走る馬車の上から見ると人影がまばらだ。居るのは、そのほとんどが店の従業員だろう。


「ええ、なにしろ大祭が近いものですから……この時期は何処もこんなモンですよ」


 そう言ったのは馬車を走らせる行商人ものだ。彼は手綱を巧みに操りながらアインに説明する。


「たいていの観光客は首都の方に行ってしまうんですね……だから、旅人さんたちが今の時期に来るのは少し外れだったかもしれませんね」


「何故なんですか?」


 アインは首を傾げた。


「観光客はここで観光した後、首都に行きますからね。観光中に依頼したり、移動する際の護衛とかで引っ張りだこな訳なんです。だから、もし依頼が来るとしたら街の旅館関係が多いでしょうね」


 成る程、と頷くアインにその行商人は愛想よく笑いながら「まあ、旅人が少なくなる分貴方たちみたいにふらっとラゴールの街に来るのは珍しい事なんです。この時期に馬車を出すのは勇気がいったんですが、運が良かったですよ」と、言った。


 確かに、旅人の護衛が有るのと無いのでは大きな差があるだろう。野盗や狼に出くわすだけでも、彼ら行商人は命を覚悟しないといけないのだから。


 馬車がとある宿の前に止まると、アインとルーナは荷車から降りた。彼女はふらふらと力の無い足取りだったが。行商人はにこやかに三人の手を握って護衛分の駄賃を渡すと宿に入っていった。


「さて、これからどうするか」


 そう言ったサックスに、ルーナは疲れ切った表情で「宿を探すに決まってんでしょ」と覇気の無い声で言った。


「ま、それしかないよな。目の前の宿はちょいと俺らが泊まるにはお高いし、安い所を探すか」


 まだ歩かなければいけないのか、と疲れ切った顔をさらに沈ませたルーナに、アインは苦笑いしながらも「がんばりましょう!」と手を取ってゆっくり歩き始めた。


 その時。


「もし」


 と、三人の後ろから声をかけられた。その声に振り返ると、そこには修道衣(カソック)を身に包んだ青年が立っていた。彼の手には紙袋がいくつか抱えられていて、買い物帰りという事が分かる。


「何だ?」


 サックスが代表してその修道衣の青年に返事を返した。彼の顔には微かな警戒が含まれていた。


「ああ。私、別に怪しい者ではありません。この街で神父をさせて頂いている者です。貴方がたのお話を聞いてしまいまして……旅人、の方で宜しいですか?」


 彼は旅人、と強調して視線をアインにやった。


「ええと、はい。僕が旅人です」


 そう言って、アインは旅人の証を見せる。それを見て柔和な笑みを浮かべた青年は頷くと、彼は名前を名乗ってこう切り出した。


「私の名前はジェラルド=アゾーネです。────旅人様。どうか貴方のお力をお貸し願い出来ないでしょうか?」


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