黒い杭
少し遅めの投稿となってしまいました。
待って頂いて方には申し訳ありません……
取り敢えず、お詫びついででなんですが、本来はこれを今の章の最終話にしようかと思っていたのですが、長くなりそうだったので分割する事にしました。すいません^^;
それではこれからも『双貌の魔女』をよろしくお願いします。
「サックスさん……」
「何だよ? 言っておくけど、俺は考えを変えねえぞ?」
分かってます、と頷いたアインは先程思いついた考え――自分でも無茶な考えだと思うが――を口にした。
「次に行く街ですけど、どっちに行ったらいいか知ってます?」
その言葉に、ルーナは絶望に顔を青ざめさせた。このまま二人が次の街に行ってしまったら自分一人では到底レンを探せそうにないし、危険に対してただ学があるだけの自分はあまりにも無力だ。
こんな事になるなら、もっと魔法の扱いも練習しておけば良かった――後悔ばかり巡る頭に、二人の会話が聞こえてくる。
「いや……こっからだと俺も道は知らん。そもそも、道と言えるような道がほとんどないからなぁ、ここは。せめて村で聞いておけば良かったな」
「でも、さっき村を出てばかりで道を聞きに引き返すのもどうかと思うんです」
「そうさなぁ。しかも、何気に酷い事してるしなぁ……」
何を白々しい事を……。さっきから聞いていれば言いたい放題言って、恥を知らないのか、と思わず歯ぎしりしそうになったルーナは、しかし、次のアインの発言に驚いた。
「だったら、ちょうどそこに詳しそうな人がいるから道案内をして貰いましょうよ。これだったら、旅人の規則には引っかからないでしょう?」
「ふむ。そうだなぁ、それだったら道案内して貰うほかないよなー。道知らないもんなー。むしろ旅は道連れ世は情け、何があっても文句はいえないしなー」
もう最後の方は棒読みなのがばればれで、「手伝う気があるんだったら最初からそうしろ!」と怒鳴り散らしたい思いだったが、ルーナは何とかその思いを飲み込んで「旅の方、それだったら私が道案内出来ますよ」と彼等に言った。
「そうかそうか! だったらお願いしようか、なぁアイン」
「そ、そうですね……」
サックスのあまりにも見え見えな掌返しに、アインは少々引き気味だったが、なんとかサックスの翻意を翻せたことにホッ、と息を付いた。
『(ホント、茶番ねぇ)』
隣でキャシーが呟いた声はアインしか聞こえなかったが、まったくだ、と力なく苦笑した。
「悪いな、茶番に突き合わせて」
森の中に入って探索を始めると、サックスは隙を見てルーナに近づくとそう囁いた。ならば最初から手伝え、と一睨みしてやると「おぉ怖い怖い」とおどけたように笑う。
その反応に、ルーナはさらに機嫌が悪くなったがサックスは素早く後ろを見てアインが聞き耳を立てていない事を確認すると、こそこそと喋り始めた。
「あいつはさ、世間知らずなんだよ……見た目以上にな」
「……それぐらい、見ていたら分かるわ。それが何?」
「世の中には思い通りにならない事もある……そういう時にはどうすればいいか、教えてやりたかったのさ」
「それでさっきの茶番? こっちからしたら、頭を下げた分損してるんだけどね」
「悪かったって」
そう言って苦笑するサックス。どうやら、私はこいつがどうしても好きになれないようだ……むしろいつか顔面を殴ってやりたい、思いっきり。そう心に決めるルーナに、サックスは言葉を重ねる。
「それにな、俺は屁理屈の使い方も知るべきだと思うんだよ。アインは真面目すぎる。いつか誰かに騙されそうな予感がするだけに、特にな」
後ろを窺って見ると、アインは一人何やら猫に話しかけているようだった。確かに、あれは何だか見ていると不安になってくる。サックスの心配も、分からなくはない。
「だからと言って、こっちとしたら大迷惑だったんだけど」
「だから悪かったって」
言いあう二人の後姿を窺いながら、アインもアインで2人に聞こえないようにキャシーと会話をしていた。
「それでキャシー、レンの居場所に心当たりとかないかな?」
「……なんで私に聞くのよ。流石に分かるわけないじゃない」
いや、キャシーなら知ってるかも、って。物知りだしさ。と、苦笑しながら頭を掻くアインに、キャシーはため息をつきたい思いだった。
さっきの機転は、今までのアインからしたらきっと最後まで頭を捻っても導き出す事は出来なかっただろう。
これはひとえに、アイン自身が成長しているという明確な証拠なのだ。一人ぼっちで生活してきたアインにとって、今回のような出来事は一切経験した事がなかったはずだ。なのに、アインは旅人の規則の抜け道を見つけて見せた。それは、サックスやルーナ、レンと出会った事で生まれたれっきとした〝力〟なのだろう。それでも、かなり甘い方だが。
今でこそ、アインは自覚していない。しかし、きっとすぐに知る事になる。その事の、いかに重要であるかを。
そうつらつらとキャシーが考え事をしていると、どうやら森の中でも比較的開けた場所に出た。見渡してみると、そこが昨日、アインがレンと出会った所と分かった。地面には、昨日アインが指摘した魔石がまだ幾つか転がっていた。
「そう言えば、昨日ここでレンちゃんと初めて出会ったんですよね。まさか、こんな事になるなんて思ってもみませんでしたけど……」
「ああ、確かそう言ってたな。よし、もしかしたらここに何か手掛かりがあるかもしんねぇ。皆で探してみようぜ」
「ねぇあんた、あくまで道案内は建前だけど、建前でもガン無視していいって訳じゃないのよ?」
「気にすんなよ、そんなちっせぇ事。ほら、ばらけて探すぞー」
アインは苦笑するしかなかったが、ルーナはまだ納得がいっていないらしく、ぶつぶつと不満をいいながらも手掛かりを探し始めた。
アインも二人から離れて、何か手掛かりはないかと草の間や足跡などを探ったが、一向に手掛かりになりそうな物は見つからない。
どうしたものか、と一度辺りを見渡すと、視界に何か光るものが入った。不思議に思い、その光のもとへと向かってみると、そこには小さな魔石が一つ、転がっていた。
「魔石……だね。何でこんな所に?」
アインが今いるところは、レンが最初に居た所より大分離れている。ここに魔石が落ちている事に、多少の違和感を覚えた。
そうして、屈んだ姿勢から視線を上げてみるとその先にも光るものが落ちていた。またそれを拾って見てみると、またもや魔石である。
不自然な位置にあった二つの魔石。もしかしたらとさらに注意深く探して見るとまた魔石を見つけた。
これはいよいよ偶然ではないと感じたアインは、ルーナとサックスに声をかけた。
「どう思います、これは?」
「そうだな……」
顎に手をかけ思案するサックス。その隣にいたルーナは何かに気付いたのか、アインが魔石を見つけた場所に駆け寄り足元に目を凝らし始めた。
「おい、どうした?」
「もしかしたら……あった!」
アインとサックスは顔を見合わせながらもルーナの傍に寄ってみると、その手にはアインが見つけたのと同じ魔石が転がっていた。
「たぶん、レンが落とすか袋が破けていて落ちたんだと思うわ。もしかしたら、これを追っていくとレンがどこに行ったか分かるんじゃないかしら」
「なるほど……あり得る話だな。これじゃあまるで童話の話みたいだが」
「とにかく、すぐにでも魔石を探しながら進んでみましょう」
サックスとルーナは頷き、一行は足元に注意しながら森の中を進んだ。魔石を見つけるたびにそれを拾っていきながら、どんどん森深くへと分け入っていく。ついに村人すら入って来る事がないような奥深くまで進んだ頃、魔石の道標が途切れた。
そしてその先には、崖を利用して造られたような祭殿を思わせる洞穴に辿り着いた。どうやらその洞穴は人の手によって細部まで作りこまれているのが外見からもはっきりと分かり、風化具合から軽く見積もっても、造られて100年は経っているように思えた。
「……どうやら、この先にいるみたいだな」
「不思議な形をした彫像とかもありますね。何か目的があって造られたんでしょうか?」
アインは腰に吊るしている魔具に触れると、魔玉がほんのりと赤く光る。それを光源代わりにしながら洞穴の中に入っていった。
「たぶん、そうでしょうね。ほら、天井を支えているこの柱。この紋はこの国が内乱中に使われていた紋だわ────もしかしたら、何かしらの儀式の為に利用されていたのかもね」
ルーナはその場に残って色々と調べたそうな表情をしていたが、レンの方が気がかりで尾を引かれるように周囲を眺めるだけだった。足を止める事無く奥に進んでいくと、やがて広い空間に出た。どうやらここは元々こういう作りになっていたらしく、ここに来るまでに見た彫像などの人工物は驚くほど少なかった。
唯一の人工物は、恐らくこの洞穴の一番奥だろう所に設置された祭壇だけだ。その祭壇は、祭壇という物をを初めて見るアインですら奇妙と思える物で、何かしら供え物をする為の壇も無く、ただ棒状の黒い物体が地面に刺さっているというだけだった。
もしも、ここが何かしら信仰や儀式の為に使われる為の場所だったならば、もう少し何かしらの────こういう言い方は変だが────豪華さや神秘的な雰囲気はあっていいだろうと思える。しかし、その事を三人は深く考える暇は無かった。
何故なら、その祭壇のすぐ手前に横たわる人影があったからだ。その小柄な姿と手に持った空の布袋でレンだと気が付いたルーナは、走って傍に駆け寄ってすぐに様子を確かめた。
遅れるような形でアインとサックスが近づいてレンを見ると、どうやら意識を失っているらしいがどこにも怪我が無いと分かった。三人はほっと安心の溜息をつくと、互いに笑みを交わした。
「さて、お嬢ちゃんも見つかった事だし、こんな所で目を覚ますのを待つ必要もないだろ。取り敢えずここから出て、事情は起きてから聞こうぜ」
「そうね……なんだか安心して気が抜けたわ」
そう言ってルーナは優しくレンの頭を撫でる。その光景に思わず笑みを漏らしたアインは、あそこで諦めずに良かった、と強く思った。
「あの時、サックスさんが反対したときは本当にどうしようかと思いましたよ。……その後は呆れましたけどね」
「何の事かなー。知らないなー、そんな事」
視線を反らすサックスに苦笑していると、アインはキャシーの様子がおかしい事に気付いた。無口なのは、この場にサックス達がいるからだろうがそれにしてはあまりにも反応がない。まるで────まるで、そう。
魂が抜けてしまったような────。
「ねぇ、キャシ……、」
二人の目を盗んでキャシーに話しかけようと屈んだ瞬間、突如として洞穴が揺れ始めた。地鳴りのような不穏な揺れと音に三人は素早く地面にしゃがみ込む。しかし、すぐにそれが普通の揺れではない事に気が付いた。
その揺れの原因に三人は目を合わせた。それは、先程もアインが不思議だと首を傾げた棒状の物体だった。よくよく細部に目を凝らしてみると、細かい紋様が彫られているのが分かる。何か、蛇のような生物が自らの尾を咥えている。それが棒状の物質いっぱいにびっしりと描かれているのだ。
揺れがいよいよ立てない程に強くなると、それは現れた。
それは地面からどこからともなく生えてくると、棒状の物質を掴んで引き抜こうとしている。それの行動に、アインはようやく棒状の物が何かを察した。
杭だ。何かを────何か邪悪なモノを封じるために大地に刺された杭。この人工的な洞穴も、全てはこの杭によって封じられていたモノの為に造られたのだ。封じる為。つまり、封じる他ないほどのモノ。
だとすれば。
目の前のそれは一体どれほどに危険なモノなのか────そのことまで考えた瞬間、アインの危機感は沸騰した。
「離れて!!」
叫び、アインは腰に下げてあった魔具を素早く手に取って一閃させる。
「翔べ!!」
魔具に嵌め込められた魔玉が光り、炎の鷲が高らかに宙を翔びながらそれに躍りかかる。強力な焔は祭壇────杭を巻き込みながらそれを焼き払った。轟々と音を立てて燃える祭壇。
アイン達は固唾を呑んで見守る。炎の勢いが徐々に収まり、ついには微かに抉れた地面と倒れた杭が見えてきた。流石に地面を抉るほどの業火には耐えられなかったのか、不気味な気配は感じなくなっており、一安心────かに見えた。
その場に居た誰よりも早く、その異変を察知したのはサックスだった。
「アイン! 下がれ!!」
サックスの叫び声に一瞬気を取られ、思わずサックスの方を見るアイン。その一瞬、頭上からの一撃で吹き飛ばされたアインは壁際にぶつかった衝撃で気を失ってしまった。
「くそっ!!」
悪態を吐くサックスは、素早くルーナ達を庇うようにして頭上を睨みつける。そこには────
────────一つの朱い瞳が、彼らを見下ろすように浮かんでいた。