過去と想いと
本当は最後まで突っ切って行きたかったんですが、長くなりそうだったのでここまでに止めました。
次回はこの章の最終話になるかと思います。
朝。空は蒼く澄み渡り、今日も一日晴天が続くだろう事を予期させる。
がしかし、今日と言う日に限っては、アイン達はその事を素直に喜ぶことが出来なかった。それはアイン達が村を出ようと、村長に礼を言いに来ていた時である。
アインはたどたどしいながらもお礼の言葉を言い、周囲の人々はその光景を微笑ましく思いながらも、アイン達にこの数日、手伝ってくれた事に対する労いの言葉をかけていた。
そして、頭を下げた二人は村長の家から出ようと扉に向かった時だった。
勢いよく扉が開けられ、必死の形相をした夫人が転げるように入って来る。そして夫人は青ざめさせた顔で悲痛の声を上げた。
「村長さん! 娘が……レンが昨日から帰って来ないんです!!」
急遽、レンを村人全員で探すことになったのでアインも協力を申し出ようとしたのだが――――
「サックスさん……」
「だめだ。昨日も言っただろう……旅人として、守らなければならない事がある。今回はもう出立する事を伝えてしまっていた。もう俺達は部外者なんだ、諦めろ」
「そんな……」
そうして項垂れるアインは、横について歩くキャシーに視線を向けたが、アインの視線に気が付いていないのか、わざと無視しているのか、キャシーは何も応えてくれそうになかった。
諦めるしかないのか――そうして歩を進めていると、アインは背後から誰かが走ってくる気配が近づいてくるのに気が付いた。
村から誰か来たのだろうか――そう期待して振り向いたアインは、意外な人物が息を切らして近づいてくる事に驚いた。
彼女は急いで走ってきたのだろう、特徴的な金の髪があちこちに跳ねていて、ぜぇぜぇ、と荒く息を吐いている。
どうやら見た目以上に体力は少ないようだったが、一日中部屋に閉じこもって研究に没頭していたら、つく体力もつかないだろう。
「ルーナさん……?」
息を切らせて走って来たルーナは、暫くの間、息をするのも辛そうだったが、アイン達を真っ直ぐ見据えると地に伏さん勢いで頭を下げた。
「お願い……っ! レンを探して欲しいの……!」
「ルーナさん……!」
頭を下げるルーナの下に駆け寄ろうとしたアインはしかし、肩をサックスに掴まれて引き戻される。
「断る。そもそも、旅人として見るならあの村に義理立てする理由は無くなったし――何より、お前の頼みを聞く理由が無い。お前も『旅人の証』の事を知っていたんだ。旅人の制約も知っていて然るべきだ……違うか?」
「それは……」
その言葉に、ルーナは肩を落とさずにはいられなかった。当然、サックスの言う通りルーナは旅日の『制約』についての知識はあった。
そして、当然断れるであろう事も――ある程度予想はしていた。旅人本人であるアインが乗り気なのは少々意外ではあったが。
しかし、ルーナには絶対に引けない理由があった。
その理由を話すには、彼女――ルーナの人生を辿る必要がある。
ルーナは生まれた時から好奇心の強い子供だった。父親が村の外からやって来た旅人だったという事もあったのだろう。特に村の外の出来事に対して強い関心を持ち、父親にはよく『お外のセカイ』について話すようにねだっていた。
ルーナの父の話は、この村の変わらない退屈な日常と打って変わって変化に富み、何よりこの村には無い『マホウ』があった。
ルーナの父の話す『マホウ』は信じられないような事を度々起こし、何よりこの国の創設神話でもある騎士の王の持つ聖剣も魔法で造られたと聴いてルーナの疑問はその時、生涯の題材になり得るほどの物だった。
『純粋な勝利の願いのみによって鍛えられた剣――ならば、それを造り出すに得るほどの魔法とは、概念魔法とはいったいどういうものなのか――?』
両親を早くに亡くし、独りとなった彼女はその寂しさを埋めるように残された財産の殆どを費やして貪欲に知識を収集した。
特に概念魔法について、時には旅人の力を借りながら研究する様は鬼気迫るものがあり、村人達も両親を失った悲しさ故の行動と察して深く関わろうとしなかった。
しかし、彼女が二年間かけて知ったのは『概念魔法は再現不可能』という非常な現実。
微かな希望を抱こうにも、その時には周囲の目は暖かいものから冷たく変わっており、煩わしく思って村の外れの小屋に移動したのは、本当は周囲の視線に耐えられなくてそうしたのだと気付いた。
そうして、研究に手がつかない日々が数週間続いた時だった――たまたま帰り道が分からなくなって迷っているレンと出会ったのは。
レンはルーナに助けられた時、ルーナは何者なのか、と問いかけた。
ルーナは、私は魔女だ、と答えた。
すると今度はここで何しているの、とレンは問いかけた。
私はここで魔法を研究しているのだ、とルーナは答えた。
「そっか、お姉ちゃんスゴイね!」
レンのその時の笑顔と、純粋な尊敬が含まれた言葉で、本来の目的を思い出した。魔法をさらに知りたいという想いを。そうして、燻りかけていたルーナは立ち直った。
それからは、純粋に村に何か役立たないかと思って研究を再開した。
度々、レンが手伝いをしようとこっそりルーナの元に通うようになったが、レンも村の中で自分のように孤立しないようにと来るたび追い返していた。
しかし、今日レンを探しに小屋まで来た村人からレンの行方不明を聞いた時、ルーナは頭から一気に血の気が引いた事をはっきりと感じた。
レンは子供とはいえ、一人で村から離れた所に住んでいるルーナの所まで来ることができるのだ。今更道に迷ってしまう事なんて考えられない。
だとすれば、何か不測の事態が起きたと考えたルーナは村人を問い詰め、アイン達の所まで走って来たのだ。
「お願い……っ! お願いしますっ……!!」
両手を地につけ、頭を擦りつける勢いでルーナは頭を下げて必死に懇願する。
その痛々しい姿に、アインは助けたい、という思いを募らせた。だが、未だ考えを変えそうにないサックスに、アインは微かな違和感を覚えた。
こういう事には一番に手伝いそうなサックスが、誰よりもその場で否定的な立場を取っている。少なくとも、「俺は旅人じゃねぇから関係ないね」と、でも言ってアインを困らせる印象の方が強い。
「(サックスさんは、何か考えがあってこうしている……?」
アインはキャシーに助けを乞う視線を送るが、欠伸をして無視するばかり。どうしたものか、とアインは頭を巡らせて――一つ、ある考えを思いついた。
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漣 連@小説家になろう @sazanamirenn