洗面所で鏡の前で歯を磨いていたら……
日常のささやかな違和感は、時に取り返しのつかない絶望の始まりかもしれません。
時計の針が止まったとき、あなたが目にするのは愛する家族の面影か、それとも――。どうぞ、逃げ場のない惨劇の幕開けをお楽しみください。
ある夏の朝━━。
わたしは洗面所の鏡を見ながら歯を磨いていた。今日 泣き 終わったら化粧しなきゃならない、終わったら 髪型も決めなきゃならない服装も選ばなくてはならない。
ここまでが ルーティンに組み込まれた デフォルトの行動だ。わたしは、慌ただしく身支度をしていった。
夫と息子のお弁当も作り、それを持たせて会社に、学校にとそれぞれ送り出した後のことだった。
ふと違和感を覚えて、リビングの壁掛け時計を見上げた。
秒針が、止まっている。
嫌な汗が背中を伝う。さっき送り出したはずの夫と息子は、二人とも昨年の事故で亡くなっていたはずだ。
「お母さん、お弁当ありがとう」
背後から、冷たく湿った声が聞こえた。振り返ると、首が奇妙な方向に折れ曲がった息子が、血の滴る弁当箱を抱えて立ち尽くしていた。その隣には、顔の半分がつぶれた夫が、虚ろな目でこちらを凝視している。
わたしはパニックになり、逃げ出すように洗面所へ駆け込んで鍵をかけた。荒い息を整えながら鏡を見る。そこには、歯ブラシをくわえたまま呆然とするわたし――の、喉元を後ろから真横に切り裂く、見知らぬ女の手が映っていた。
「やっと静かになったね」
耳元で囁く女の声を最後に、わたしの視界は赤く染まり、永遠の静寂へと落ちていった。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
時計の針は再び動き出しましたが、あなたの日常は本当に「元通り」でしょうか? ふと覚えた小さな違和感を、どうか見過ごさないようお気をつけください。
また次の物語でお会いできることを楽しみにしています。




