雨の日に拾った君
放課後。
空は灰色で、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
「最悪…傘忘れた」
私は学校の門の前で立ち止まった。
そのとき。
ベンチの横に、人影が見えた。
「……え?」
制服の男子が、座り込んでいた。
黒い髪。
少し長めの前髪。
顔はかなり整っている。
でも——
「寝てる…?」
私は近づいた。
「ねえ、大丈夫?」
するとその男子がゆっくり目を開けた。
「……」
ぼーっと私を見る。
そして一言。
「腹減った」
「え?」
「三日くらい何も食ってない」
「ええ!?」
私はびっくりしてしまった。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌ててコンビニに走り、パンとおにぎりを買ってきた。
「はい」
男子はじっと見てから言った。
「…いいの?」
「いいよ」
するとすごい勢いで食べ始めた。
「そんなにお腹空いてたの?」
「うん」
食べ終わると、少し満足そうな顔になった。
「助かった」
そして立ち上がる。
「俺、犬飼レン」
「え?」
「今日からよろしく」
「え?」
私は混乱した。
「今日からって何?」
レンは当たり前みたいに言った。
「俺、住むとこない」
「ええ!?」
「だから」
私を指さす。
「拾って」
「ペットじゃないんだけど!?」
その日から。
なぜか——
私の家に居候することになった。
レンは学校も同じだった。
しかも同じクラス。
「ねえ」
私が言う。
「なんでそんなに堂々としてるの」
レンはソファで寝転びながら言った。
「だって」
少し笑う。
「お前、俺のこと放っておけない顔してた」
「なっ…!」
そしてレンは起き上がる。
近い距離。
「優しいよな」
心臓がドキッとする。
「だから好き」
「え!?!?」
「人として」
「びっくりする言い方やめて!」
レンはくすっと笑った。
でもそのあと、少し真面目な顔で言う。
「でもさ」
「?」
「もし俺が」
私を見る。
「本気で好きになったらどうする?」
ドキッ。
雨が窓を叩く。
私の心臓は——
なぜか少しだけ速くなっていた。
次の日。
「ねえ、ほんとに学校来るの?」
玄関で私は腕を組んでいた。
目の前には、制服姿のレン。
「同じ学校なんだろ」
「そうだけど…」
「問題ない」
レンは靴を履きながら言った。
「問題だらけだよ!」
だって昨日まで知らない人だったのに、
今日は一緒に登校してるなんておかしい。
しかも——
「なんでそんなに近いの!?」
レンが私の肩に腕を乗せていた。
「迷子防止」
「子どもじゃない!」
「逃げそう」
「逃げないし!」
レンは少し笑った。
教室のドアを開けた瞬間。
「えっ」
「誰!?」
クラスがざわつく。
そりゃそうだ。
クラスで見たことないイケメンが
私の隣に立っているんだから。
先生が言った。
「今日は転入生を紹介する」
え。
「犬飼レンだ」
教室がざわめく。
「よろしく」
レンは短く言った。
女子たちの小さな悲鳴。
「かっこいい…」
「やばい…」
そして先生が言う。
「席は……」
指さした。
「そこ」
私の隣。
「ええ!?」
レンは普通に座った。
「よろしく」
「昨日からよろしくされてるけど!」
休み時間。
女子たちが集まってきた。
「ねえねえ!」
「どこから来たの!?」
「彼女いるの!?」
レンは少し困った顔をする。
そして。
私を指さした。
「こいつ」
「え?」
「こいつが世話係」
「違うから!」
女子たちが一斉に見る。
「え、仲いいの?」
「同棲?」
「違う違う違う!!」
顔が真っ赤になる。
そのとき——
レンがぽそっと言った。
「同棲ではない」
ホッとした瞬間。
「まだ」
「まだ!?」
昼休み。
私は屋上に逃げてきた。
「もう最悪…」
するとドアが開く。
「ここか」
レンだった。
「なんで来るの!」
レンは私の隣に座る。
そして言った。
「怒ってる?」
「怒ってる!」
「なんで」
「いろいろ!」
レンは少し考えてから言った。
「でも」
「?」
「助けてくれたのはお前」
「まあ…」
「だから」
レンは空を見る。
「俺、お前のこと信じてる」
ドキッ。
突然そんなこと言われると困る。
そのとき。
風が吹いた。
レンの髪が揺れる。
そしてレンが言った。
「なあ」
「なに」
「昨日の質問」
「え?」
「俺が本気で好きになったら」
レンは私を見る。
少しだけ真剣な目。
「どうする?」
心臓がドキドキする。
私は言葉が出なかった。
だって——
まだ出会って二日なのに。
なのに。
どうしてこんなに
気になってしまうんだろう。
そのとき、屋上のドアがまた開いた。
「おーい!」
クラスメイトの男子が入ってきた。
「やっぱここか」
そしてレンを見る。
「お前さ」
ニヤニヤ笑う。
「もう噂になってるぞ」
「え?」
「拾ったイケメンと同居してるって」
「誰がそんなこと言ったの!?」
教室ではすでに——
とんでもない噂が広がり始めていた。
そして私はまだ知らない。
レンがどうして
あの日、雨の中で座っていたのか。
その理由を——。
次の日の放課後。
教室はもうほとんど人がいなかった。
「はあ…」
私は机に顔を伏せた。
「どうした」
隣から声。
レンだった。
「どうしたじゃないよ」
顔を上げる。
「学校中に変な噂広がってるんだけど!」
レンは少し考える。
「事実だろ」
「違うよ!」
「一緒に住んでる」
「それはそうだけど!」
レンは少し笑った。
「面白いな」
「私は面白くない!」
するとレンは立ち上がった。
「帰るか」
「…うん」
私たちは一緒に学校を出た。
帰り道。
夕日がオレンジ色に道を染めていた。
私は少し気になっていたことを聞いた。
「ねえ」
「ん」
「なんであの日、あそこにいたの?」
レンが少し黙る。
「……」
私は慌てて言った。
「答えたくなかったらいいよ!」
でもレンは言った。
「家、出た」
「え?」
「親とケンカ」
私は驚いた。
「それで…?」
レンは少し困った顔で笑う。
「帰る場所なくなった」
胸がぎゅっとなる。
「……」
私は言葉が出なかった。
そのときレンが言う。
「でも」
「?」
「後悔してない」
「なんで?」
レンは私を見る。
まっすぐな目。
「お前に会えた」
ドキッ。
顔が熱くなる。
「そういうこと簡単に言わないで!」
レンは少し首をかしげる。
「本当のこと」
「だから困るの!」
レンはくすっと笑った。
そのとき。
前から女子が歩いてきた。
「あ」
クラスの人気女子、美咲だった。
「犬飼くん」
レンを見る。
「ちょっといい?」
レンは止まる。
「何」
美咲は言った。
「さっき先生が探してた」
「ふーん」
「それと」
美咲は私をちらっと見る。
そして言う。
「変な噂あるけど、気にしない方がいいよ」
「?」
「この子さ」
私を指す。
「男子とすぐ仲良くなるタイプだから」
「え…?」
胸がチクッとした。
でもその瞬間。
レンが言った。
「違う」
低い声。
美咲が少し驚く。
レンは私の手をつかんだ。
「こいつは優しいだけ」
「……」
「俺が勝手に頼ってる」
ドキッ。
レンは続けた。
「悪いのは俺」
空気が静まる。
美咲は少し不機嫌そうに言った。
「ふーん」
そして去っていった。
私はまだドキドキしていた。
「今の…」
レンは普通の顔で言う。
「本当のこと」
「……」
「あと」
「?」
レンは少しだけ照れた顔で言った。
「悪口言われるのムカつく」
心臓がドキンと跳ねた。
「なんで?」
レンは少し考えてから言う。
「……お前が大事だから」
一瞬、時間が止まった。
「え?」
レンは気づいた顔をした。
「……」
そして目をそらす。
「今の忘れろ」
「ええ!?」
でももう遅かった。
私の心臓は——
さっきからずっと速いままだった。
そしてその夜。
家で事件が起きる。
レンが突然言った。
「なあ」
「なに?」
「今日さ」
「うん」
レンはソファから私を見た。
そして言う。
「一緒に寝る?」
「えええええ!?」
私は思いきり叫んだ。
「な、な、なに言ってるの!?」
レンはソファに座ったまま首をかしげる。
「ダメ?」
「ダメに決まってる!」
「なんで」
「なんでって!」
顔が熱い。
「男女が一緒に寝るとか普通しないでしょ!」
レンは少し考える。
「じゃあ」
立ち上がる。
そして私の目の前に来た。
「俺、床でいい」
「そういう問題じゃない!」
レンは少し困った顔をした。
「じゃあどうすればいい」
「なんで一緒に寝る発想になるの!?」
レンはあっさり言った。
「怖いから」
「え?」
予想外すぎて固まった。
「え…?」
レンは少し視線をそらす。
「昨日さ」
「うん」
「雷すごかった」
「ああ…」
「眠れなかった」
……。
「子ども!?」
レンはむっとした。
「違う」
「怖いんじゃん!」
「違う」
「絶対怖いじゃん!」
レンは少し黙ってから言った。
「……ちょっとだけ」
私は思わず笑ってしまった。
「なに笑ってる」
「ごめん」
でもなんだか安心した。
レンにも、こういうところあるんだ。
私は言った。
「じゃあさ」
「?」
「リビングで映画見る?」
「映画?」
「怖くないやつ!」
レンは少し考えてからうなずいた。
「それならいい」
夜。
二人でソファに座って映画を見ていた。
でも——
「……」
レンが近い。
すごく近い。
肩が触れそう。
(なんでこんなにドキドキするの…)
そのとき。
「なあ」
レンが小さく言った。
「なに?」
レンは私を見る。
「昨日のやつ」
「?」
「大事って言ったやつ」
心臓がドキッとする。
「忘れろって言ったよね」
「やっぱ忘れるな」
「どっち!?」
レンは少し照れた顔で言った。
「覚えとけ」
「……」
「あと」
「?」
レンは私の頭に軽く手を置いた。
ぽん。
「ありがとう」
「え?」
「拾ってくれて」
胸がぎゅっとなる。
そのとき——
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「こんな時間に?」
私がドアを開けると。
そこには——
スーツ姿の男性が立っていた。
「こんばんは」
そして言った。
「犬飼レンくん、いるかな?」
後ろでレンが固まる。
私は聞いた。
「……誰ですか?」
男性は静かに答えた。
「彼の父親です」
空気が一瞬で凍った。
玄関の前。
スーツ姿の男性が静かに立っていた。
「犬飼レンくん、いるかな?」
後ろでレンの気配が止まる。
私は振り返った。
レンの顔は、今まで見たことないくらい固い。
「……帰って」
レンが低い声で言った。
男性は少しだけため息をついた。
「やっぱり怒っているか」
「当たり前だろ」
空気が重くなる。
私は思わず言った。
「何があったんですか?」
男性は少し困った顔で言う。
「親子ゲンカだよ」
レンが言った。
「そんな軽い話じゃない」
レンは私の横に来た。
「俺、帰らない」
はっきり言う。
「この家にいる」
男性は少し驚いた顔をした。
「そうか」
そして私を見る。
「君が世話になっている子かな?」
「え、あの…」
私は緊張しながらうなずいた。
男性は頭を下げた。
「息子を助けてくれてありがとう」
「え!?」
予想外でびっくりした。
「でも」
男性はレンを見る。
「そろそろ話そう」
少し沈黙が流れる。
そしてレンは言った。
「……わかった」
二人は外に出た。
10分くらいして。
レンが戻ってきた。
「レン…」
レンは少しだけ疲れた顔だった。
「大丈夫?」
レンは小さく笑う。
「うん」
「お父さんは?」
「帰った」
私は少し安心した。
そのとき。
レンが言った。
「なあ」
「?」
「もしさ」
レンは少しだけ真面目な顔をした。
「俺がちゃんと家戻ったら」
「うん」
「ここにはもう来れない」
胸がドキッとする。
「……」
「だから」
レンは私を見る。
あの雨の日みたいな、まっすぐな目。
「今言う」
「え?」
レンは少し照れながら言った。
「俺」
「うん」
「お前のこと好き」
心臓が止まりそうになった。
「最初はさ」
レンは笑う。
「優しいやつだなって思っただけ」
「……」
「でも」
少し近づく。
「今は違う」
ドキドキが止まらない。
「お前の隣にいたい」
静かな声。
「ダメ?」
私は思い出していた。
雨の日。
ベンチに座っていたレン。
「腹減った」って言った顔。
学校で助けてくれたこと。
頭をぽんってされた夜。
気づいたら——
私は笑っていた。
「レン」
「ん」
「私も」
深呼吸する。
「好き」
レンが一瞬固まる。
「ほんと?」
「うん」
次の瞬間。
レンはすごく安心した顔で笑った。
「よかった…」
そして少し照れながら言う。
「もう拾われたままでいい?」
私は笑った。
「それはダメ」
「え」
「ちゃんと帰る場所作りなよ」
レンは少し考えてから言った。
「じゃあ」
私を見る。
「ここも帰る場所にする」
顔が赤くなる。
「なにそれ」
レンは笑う。
そのとき。
窓の外で雨が降り始めた。
あの日と同じ、やさしい雨。
レンが言った。
「覚えてる?」
「?」
「俺たちが会った日」
私はうなずいた。
「うん」
レンは少し笑う。
「拾われてよかった」
私は思った。
あの日、あの雨の日。
もしあのベンチを通らなかったら——
きっとこの恋は始まらなかった。
でも今は。
レンが私の隣にいる。
そしてこれからもきっと——
この人の隣で、私は笑っていく。




