ゴミスキルと言われておりますが、本当にゴミです〜氷の公爵様に罵られたいドM令嬢・ローラの悲嘆〜
途中長セリフが何回か出てきますが読み飛ばしても内容に問題ありません
「申し訳ないが、あなたを愛することはない」
ローラは感動に打ち震えた。
本当にこんなこと言われるのね、と、目の前の冷たくも輝く美貌の旦那様を見詰めて間抜け面を晒したのだ。
ローラの内心など関心がないのか、旦那様は一瞥もすることなく用は済んだとばかりにその場から去っていった。
後ろ姿からも美丈夫とわかる彼を見つめながら、ローラはこれまでの怒涛の1週間を思い返した。
***
「ローラ……!大変だ、大事件だ!」
父である侯爵が一通の手紙を手にローラの部屋に駆け込んできた。
相変わらず落ち着きのない人である。
「お前の結婚が決まった!!」
「へ?」
寝耳に水とはこのことで、婚約者もいないローラにいきなり結婚とはどういうことかと呆然としてしまう。
「お前はいい子なのに、スキルがゴミだから……お父さん結婚は妥協するしかないと思ってたんだ。
でもな……お相手、誰だと思う?」
実の娘のスキルをさらっとゴミ呼ばわりし、ドヤ顔で覗き込んでくる父に、ローラはちょっと顔を顰めて体を引きながら考えた。
「お父様が喜ぶくらいなのよね? ということは……家と同格かそれ以上のお相手ってこと?」
まさか、ご老人の後添えとか言わないよね?と不安になりながら父親に尋ねる。
このちょっと抜けたところのある父なら、「え? 誰々卿はいいお方だよ? きっと孫みたいに可愛がってくれるさ」とかとんでもないことを言い出しかねない怖さがあったのだが……
「そう! なんと、レンフィールド公爵家さ!」
バァンっとBGMがなりそうな勢いで胸を張る父親の言葉に、ローラは目を見開いた。
「えっ……あそこに未婚の男性ってご当主のアーノルド様しかいなかったような……」
「そうだよ! そのアーノルド様だよ!」
「またまたぁ〜。お父様ってば、流石に冗談にしては突飛すぎるわ」
「違う! 正真正銘本物の打診状がきているし、なんならもう返事は書いて送ったからね」
「え。承諾したの?」
「したよ? 嬉しいだろう? “あの“アーノルド様だよ?」
きょとんとする父に対してローラはちょっと呆れてしまう。
「お父様……ゴミスキル持ちで有名な私にあの“氷の公爵“様から打診が来たのが本当なら、裏があるとは考えなかったの?」
「でもローラはいい子だし」
「親バカか」
ふぅ……と一度ため息をついたローラはーー
ぞくっとしながら自分の体を抱いて恍惚の表情を浮かべた…
「最高よ、お父様……ありがとう! きっと私、公爵家でボロ雑巾のように扱われるに違いないわ!
あぁ……想像しただけでゾクゾクしちゃう」
「うんうん。お前ならそういうと思っていたよ」
ローラはドMだった。
***
そんなこんなで慌ただしく準備を済ませ1週間後にはもう公爵家の門を潜ったのであった。
普通ならこんなことはあり得ない。
婚約という期間を経て、最低でも1年は交流期間を設けるものだ。完全にコケにされている。
しかもローラは、旦那様であるはずの公爵様にその間一度も会うことはなかったのだ。
「うふふ……さすが“氷の公爵“様……冷たすぎて凍傷になってしまいそう……うふふふ」
ニヤニヤしながら通された応接室で待っていたローラに、アーノルドが入室一発目に放ったセリフが冒頭の「愛することはない」である。
初めて顔を合わせた夫との交流時間は10秒で終わった。
「ハァンっ……なんてことなの! こんなに理想通りの人がいていいのかしら!」
もはや興奮しすぎて息が荒くなっている。
使用人すらローラを置いて応接室から消えているからこそできるヘキの発露である。
ローラは興奮で上がってしまった体の熱を冷ましつつ応接室から出た。
自分の部屋は2階の右手側、手前から2番目とすでに教えられているのでそこに向かう。
どんな埃まみれの狭い部屋かと期待したが、シンプルながら上品に整えられた部屋で肩透かしを食らってしまった。
「なんだ……公爵家は私に嫌がらせしてボロ雑巾にするつもりはないのね……」
ガッカリしながら自分の手のひらを見下ろす。
――ゴミスキル。
何度そう言われたことかわからない。
この国では、15歳になると誰でも必ず“スキル“と呼ばれる特殊能力を授かることになっている。
そのスキルには明確に優劣が存在し、いかに高位の貴族だろうとスキルがゴミなら出世できない。
男ならゴミスキル持ちは廃嫡され、優良なスキルを持つ子供を養子にするくらいにはスキル至上主義なのだ。
そんな中ローラは、“史上最悪のゴミスキル“と言われるスキルを与えられた。
当時神官から、
「え……? 音楽系のスキル……? でも演奏できるわけでもなさそうだし……え、かわいそう……」
と同情たっぷりの目でちょっと距離を取られたものだ。
それはもうゾクゾクした。
だがローラにとって、このスキルはある意味では最高、またある意味では“ローラにとって“はゴミスキルだったのだ。
忌々しい気持ちで手のひらを睨みつけているうちに、コンコンコン、と3回ノックの音が響いた。
ハッとして立ち上がり、「はい」と返事をする。
「失礼しますよ」
入ってきたのは一筋の乱れもなく髪を結い上げ、首元までしっかり覆われたシックな深緑色のドレスに身を包んだ女性だった。
公爵家の“氷の貴婦人“の異名を持つ、今やローラの義母たるイゾルデ夫人である。
「嫁いだその日に挨拶もなしですか。私から出向かせるとは、いいご身分ですね」
冷たい声がローラに突き刺さる。
(あぁ……だめ、だめ……もっと味わわせて、このお叱りを……発動しちゃだめ……)
ローラはそう願ったが、それが叶うことはなかった。
ローラのスキルが、発動した。
「お義母様……!! 誠に申し訳ございません……!! 私が至らないばかりにご不快な思いをさせてしまい、お詫びのしようもございません。改めまして、ご挨拶をさせていただいてよろしいでしょうか? 本日より由緒あるレンフィールド公爵家にてお世話になります、ローラと申します。“貴婦人の鑑“と名高いあなた様に直接教えを乞うことのできるこの幸運を私今身に染みて感じております! お会いできて本当に光栄です。今日のお召し物もシックかつ上品でお義母様の優美さと知性が滲み出ておりますね。私のお部屋はお義母様のセンスで整えて頂いたのでしょうか? 私このようにセンスに溢れたお部屋で一度暮らしてみたかったのです! 早速夢が叶いまして感無量です。つきましてはお義母様に」
「ゴホンッ、ゴホンッ」
「まぁ! お風邪を召していらっしゃるのですか? 大変! 私風邪に大変よく効くお薬を知っておりますの。よろしければ侯爵家から取り寄せて……いえ、公爵家の方にそのようなことおせっかいでございますわね。差し出口を申しましたことをお許しくださいませ。では薬はなしといたしましてもやはりお体を冷やすのは良くありませんから私のショールを是非とも」
「結構。風邪ではありません」
ローラが自分の荷物からショールを取り出そうとするのを手で制し、なんともいえない複雑な表情でイゾルデはローラを上から下までまじまじと見つめた。
「……ずいぶんよくおしゃべりをなさるのね」
「申し訳ありません……」
ようやくローラのスキル発動が止まった。
ローラは体を縮こめるようにしながら頭を下げた。
(さぁ……今です。徹底的に罵倒してください。このように調子のいいことばかり囀るおしゃべり雀に正当な裁きを……!)
期待に満ちた眼差しを隠すように瞳を伏せながらイゾルデからの審判を待つローラであったが、イゾルデはただ一つ ふぅとため息をついただけだった。
「まぁ、いいでしょう。
……あなたはそもそもこの公爵家に相応しいとはいえない人間なのです。そのことをよく心に留めておくように」
(ああぁ……スキルのせいでだいぶ栄養(毒)が薄まってしまったわ。でもこれが姑からしか得られない養分……素敵)
「もちろんです……私のスキルがゴミでもあるに関わらず公爵家に迎えていただいたと言うことを心に留め、恥じないよう心がけます。具体的にはお義母様のその完璧な立ち居振る舞い、一挙手一投足を、この網膜に、そして魂に焼き付け、一寸の狂いもなく模倣させていただく所存です。あぁ、今この瞬間も、お義母様の背筋の伸び具合は、まるで王宮の柱よりも気高く、それでいてそよ風に揺れる白百合のようなしなやかさを併せ持っていらっしゃいますね。お義母様の存在そのものが、このレンフィールド公爵家の“品位“という名の生きた教科書なのです。そのような御方から直接“相応しくない“との厳しくも愛に満ちたご指摘をいただけるなんて……私はなんて果報者なのでしょう! お義母様の厳しいお言葉こそが、私の未熟な魂を磨き上げる至高のダイヤモンドの研磨剤で」
「ゲフンッゲフンッ」
「あら……やはりお風邪なのでは?」
「違います」
ローラがイゾルデの姑っぽいセリフに感動で打ち震えているうちに、またスキルが勝手に発動してしまった。
イゾルデの方を恐る恐る見ると、彼女は耳の先をほんのりと染め、表情は厳しいままだが鼻の穴がピクピク動いている。
必死に隠しているようだが、これは確実にイゾルデの自尊心をローラの全自動ヨイショが撃ち抜いたと見て間違いない。
「コホン……あなたは自分の立場をよくわかっていらっしゃるようですから、そのまま励むように」
イゾルデはそう言ってドレスのスカートを翻し、いそいそと部屋を出ていってしまった。心なしか足取りが軽い。
(最悪だわ……また、また私の邪魔をするのね……ゴミスキル“太鼓持ち“……)
なぜ太鼓を持つだけのはずのスキルが、ローラの意思に関わらず勝手に相手を褒めちぎるのかはわからない。
だが、どうやら承認欲求を抱えている相手の前に立つと、勝手に口が動くようなのだ。
このスキルのタチが悪いのは、ヨイショが通じない相手には発動しないというところにある。
つまり、このスキルが発動した瞬間、相手の気分を良くすることがほぼ確定してしまう。
ローラはこの力を誰かに話すことはできなかった。
ローラ自身、この現象をスキルと結びつけるまでに時間がかかったことと、こんな精神干渉系とも取られかねないスキル持ちであることなど誰にも知られたくなかったのだ。
静かに、平穏に、このまま「ゴミスキル」と蔑まれる人生を送りたい。
(せっかく、あの“氷の貴婦人“がお姑さんなのに……あのままゴミを見るような冷たい目を向けられていたかったわ……)
深い深いため息と共に、ローラの公爵家生活初日が終わろうとしていた。
もちろん、初夜などと言うロマンティックなものがあるはずもなく、そもそも夫婦の寝室からして用意されていない。
その点でローラはアーノルドにかなり期待を寄せていた。
(アーノルド様にはスキルが発動する気配はなかったわ。もしかしたら、このまま冷遇してもらえるかも……
あなただけが私の希望です……)
――そして、翌日。
ローラは約24時間ぶりにアーノルドと対面していた。
アーノルドの執務室に呼び出されたのだ。
重厚なオーク材でできた机の上で、何やら書き物をしていたアーノルドが、顔を上げることもなく封筒をローラに差し出してきた。
ローラは戸惑いながら一歩進んでそれを受け取る。
「これは……夜会の招待状ですね。明日ですか?」
「ああ。欠席できない夜会だ。あなたにも参加してもらう」
「えっ……ずいぶん急なお話ですね」
いきなり参加しろと言われても、夜会とは準備が色々と大変なものである。
困惑が声に出ていたのだろう、アーノルドがようやく顔を上げた。
アイスブルーの瞳がローラを射抜く。
(この……眼力ッ……はうぁ……良すぎる……)
ローラが全然関係ないところで内心悶えていることなどつゆ知らず、アーノルドが口を開いた。
「ドレスはこちらで用意した。あなたは立っていればいい」
さらに、アーノルドの眼光が鋭くなる。部屋の空気が一段下がったような気がした。
「あなたに言っておくべきことがある。
私は無駄が嫌いだ。特にパーティーで女性に囲まれることは無駄の極致として嫌悪している。
だが、女性というのは無視すればいいというものでもない点が厄介なんだ。
よって私は結婚することにした。
あなたはスキルが有用ではないことで有名な令嬢だ。我が公爵家と家格の合う未婚女性の中で、最も私の希望を通しやすいと判断した。
私が言いたいことはお分かりだろうか?」
「つまり、ゴミスキル持ちと結婚してやったんだから余計なことを考えず女除けだけしてろ、といった感じでしょうか?」
「理解が早くて助かる」
(さすが……“氷の公爵“様だわ……だめよ、私……今ここで興奮しちゃだめ……あぁでも……さいっっっこう……!)
ローラは内心を隠すために俯いたが、隠しきれない興奮で少しだけ震えていた。
それをショックを受けていると勘違いしたのか、アーノルドは小しだけ声音を和らげた。
「あなたにとっては理不尽と思うかもしれないが、その分待遇については不自由はさせないと約束しよう」
「え」
思わずローラの不満が声に出てしまった。
「何か?」
「いえ…ご配慮感謝します」
ローラのボロ雑巾の夢はここで完全に潰えた。
執務室から出て、アーノルドの冷たい視線を思い出しては恍惚としながら部屋に戻るローラ。
だが、部屋に着く前に義母のイゾルデに捕まった。
「ローラさん。何をフラフラと歩いているのです? 早くこちらへ」
しゃんと伸びた背筋でローラを急かすように時折振り返りながら前を歩いていく。
「お義母さま、どうかなさったのですか?」
「あなた……どうかなさったではないでしょう。夜会は明日なのですよ? ドレスの調整をしませんと」
心なしかイゾルデがふんすふんすと鼻息を荒くしている気がする。
「公爵家の嫁として恥ずかしくないよう、徹底的に美しく仕上げますわよ」
ローラは昨日の一件で、ツンデレ義母イゾルデに気に入られていた。
そうしてドレスのフィッティングをし、髪型をあーでもないこーでもないといじりまわされる。
さらに所作のチェックが入り、氷の貴婦人による地獄のマナーレッスンが始まった。
そして時がたち夜が更けていき……
「もうあなたに教えることはありません……ローラさん。よく頑張りましたね」
「そんな、先生……! 私、もっと先生からたくさんのことを学びたいです……!」
「いいえ。これからはあなた自身が道を築いていくのです」
2人は深夜のテンションで少しおかしくなっていた。
謎の師弟愛により絆が深まった2人は、そのまま満足げにそれぞれの部屋に戻って少ない睡眠を貪ったのであった。
その翌朝、まだ眠いローラの元に公爵系の誇る精鋭メイドたちがゾロゾロとやってきた。
「おはようございます、奥様。大奥様の命により、本日のご準備をお手伝いさせていただきます」
ローラはまだ寝癖だらけだというのに、メイドたちの後ろから海を割るように登場したイゾルデは相変わらず完璧で、一切の隙がない。
「おはようございます、ローラさん。なんというお顔をなさっているのですか。しゃんとなさい」
「イエス、マム!」
反射的に飛び起きたローラは、メイドたちに連れられてまずは風呂、次はマッサージ、と次々に磨き上げられていく。
(あぁ……気持ちいい……もうちょっと強めにやっていただいても全然構わないのだけど……)
最高の手技を受けているにも関わらずちょっと物足りなさを感じるローラであったが、本領を発揮したのはドレスを着る段になってからだ。
(ヒィぃぃぃぃ……!! 苦しい!! もっと、もっと締めてぇ……!!)
力一杯引き絞られるコルセットが最高に彼女の被虐心を煽りまくり、だらしない恍惚顔を晒しそうになっている。
ローラにとっては最高な身支度の時間も終盤。髪を結い上げて化粧を施された。
ローラは眠すぎてウトウトしてしまい、そのたびにイゾルデから扇でコツンと肩を叩かれてハッとするのを繰り返していたのだが……
仕上がったローラは、かなり美しかった。
元々侯爵家の令嬢であったので、ボロボロで手入れを怠っていたということはない。
むしろ、“太鼓持ち“効果でメイドたちからも
「いい子なのにゴミスキルのせいで馬鹿にされて可哀想なお嬢様。私たちがお支えしなければ」
と気合を入れて綺麗にしてもらっていたくらいだ。
にも関わらず、鏡を見たローラが「これ、本当に私……?」と言ってしまうくらいには見事に磨き上げられていた。
イゾルデのプロデュース力は本物であった。
その仕上がりに満足げなイゾルデはローラの後ろに周り、大粒のアクアマリンが輝く見事なネックレスをローラの胸元に飾った。
「これは我がレンフィールド公爵家の女主人に代々受け継がれてきた“氷海の星“です。
これからはあなたがこれを背負うという意識を持ちなさい」
「お義母様……お言葉、胸に刻みます」
義母からの期待が重い。
だがローラ的に、この吐きそうなプレッシャーもそれはそれで新しい刺激であった。
(ゴミとして期待されない悲哀もいいけど、期待に押しつぶされる重責も悪くないのね……うふふ……)
「何をしている?」
部屋の入り口に、夜会服を隙なく着こなしたアーノルドが立っていた。
漆黒の衣装のワンポイントとして光沢ある水色のポケットチーフが胸元を飾り、ローラの“氷海の星“と揃いのアクアマリンと思われるカフスボタンが手首に光っている。
完璧だ。
彼はローラの胸元を見て眉を顰めた。
「それは“氷海の星“か。ずいぶんと母上に気に入られたようだ」
アーノルドの冷めたセリフに、イゾルデはローラを庇うように一歩前に出た。
「アーノルド。あなたは私から見てもよくできた息子です。
ですから私からはこれだけ言っておきます。この方はあなたにこそ必要な人ですよ。
……この意味をあなたもすぐに理解するでしょう」
「お、お義母様……」
(重い重い重すぎますお義母様……! やっぱり罵られる方が好みです……)
潰れたカエルのように「グエー」と言いたい気分になりながら、ローラは凍てついた冷気を振り撒く2人のそばで震えることしかできなかった。
先にアーノルドがイゾルデから視線を外し、ローラに向き直った。
「まぁいい。それを身につけていれば尚更虫除けになるだろう。そろそろ出かける時間だ」
義母に見送られながら2人は馬車に乗り込んで夜会の会場へと向かった。
馬車の中でアーノルドのアイスブルーの瞳がじっとローラを見つめ続ける。
「ええと……何か私の顔についておりますでしょうか?」
無言の圧に耐えるプレイを楽しんでも良かったのだが、ここで会話してあの凍てついた言葉を浴びるのもまた一興、と考えたローラ。
「母上は人を見る目がある。あれほど気にいる理由があなたのどこにあるのだろうと考えていた」
「旦那様って言葉選びが絶妙に下手ですね」
もっとぐさっと刺せよ、という気持ちが前に出過ぎてローラはついつい言い返してしまった。
虚を突かれたような顔でアーノルドが目を瞬く。
「あぁ……そうか。皮肉のつもりで言ったわけではなく、純粋に気になったんだ。
不快にさせたなら謝罪する」
「あ、いえ、そういう意味ではなく……」
もうちょっとで気持ち良くなれそうなのになれないアーノルドの中途半端な態度に、ローラのストレス値が上がった。
気まずい沈黙が流れる中、ついに馬車は夜会の会場へと到着した。
「レンフィールド公爵夫妻、ご入来――!」
招待状を受け取った案内役が声を張り上げると、ざわっと空気が動いて視線がローラに突き刺さる。
アーノルドはさっきまでの無表情から一転、口元に薄く笑みを浮かべながらローラの腰に手を回した。
エスコートが普通より近い。これは仲睦まじい新婚夫婦を演じる気満々と言った様子だ。
ローラにだけ聞こえる小声でアーノルドが囁く。
「あなたはただ私の横で笑っていればいい。あとは私に任せろ」
ローラは小さく頷きながら興奮していた。
嫉妬や嘲り、嫌悪といった女性たちの視線が痛いほど突き刺さってくるのだ。
(これは……すごいわ!! 嫌味を言われたり影でどつかれたりするかも!!)
ワクワクしすぎてほんのりと頬が紅潮している。
傍目には、麗しのアーノルドの寵愛を射止めた新妻が幸せそうに微笑んでいるように見えるのだろう。突き刺さる視線に殺気が混ざった。
ぞくっと背筋に悪寒が走ったローラは視線の主に目を向ける。一際激しく扇子を動かしている一団だ。
中心にいるのは、ゴージャスな金髪の巻き毛を揺らす、大輪の薔薇のような令嬢――カトリーヌ・エヴァンスだった。
彼女の家は伯爵家ながら商売で成功して莫大な富を持ち、家柄だけのローラの実家より社交界で発言権を持っている。
彼女自身才色兼備で、スキルもただの雑草を大輪の薔薇に変えられる、という華やかで貴族らしいものである。
当然彼女は今社交界で最も優良物件であるアーノルドを狙っており、彼女が公爵夫人となることを疑うものはいなかった。
……が、蓋を開けてみれば公爵夫人の座にしれっと収まったのがコレ(ゴミスキル)である。
(はわわわわわわ……これは! 最高に! 熱い展開! ドレスが汚れるのは困るけれど、気持ち的にはワインをぶっかけられたいわ……!)
「――あら、アーノルド様。夫婦でお越しのはずですが。奥様はおられませんの?」
なんと、カトリーヌはアーノルドの隣にいるローラをガン無視していないことにした。
(はぅッ……なんて切れ味……最高ですカトリーヌ様。もっとくださいはぁはぁ)
アーノルドが眉を顰めて反論しようと口を開こうとした、その時――
無情にもローラの“アレ“が発動した。
「まぁ……もしや、そのドレスはマダム・サーキュレイの新作では? 何ヶ月も予約が取れないと有名ですわよね? しかも使われているその布地は幻のスース蛾の繭からしか取れないと噂のスース・シルクではありません? なんということでしょう! 私こんな素晴らしいドレスは初めて拝見いたしました。その絶妙な光沢……! このドレスを着こなせるのは世界で貴女しかいない……そんな選ばれし者の風格を感じますわ! 貴女がそこに立っていらっしゃるだけで、会場中の視線が磁石のように吸い寄せられ、華やかな空気が貴女を中心に回り始めているかのようですわね」
「は……?」
唐突にカトリーヌを褒めちぎり出したローラに、カトリーヌだけでなく取り巻き令嬢やアーノルドさえも呆然としている。
「もしや生地はご実家の商会のお力で? 本当に素晴らしいです。光の加減によって七色に輝くような光沢は他で出せるものではありませんわ。さらにその繊細な輝きはカトリーヌ様のお髪の華やかさと相まって今夜はまるであなたが月の女神にでもなってしまわれたかのようです。よろしければ私に詳しくそのセンスの秘訣を教えていただけませんか?」
「え? ひ、秘訣?」
「はい。是非とも! 是非に!」
(待って、違う、違うんです……! その美しいお顔で“このゴミが“と罵られて踏んづけられたいだけなんです……!)
「ええ……まぁ、どうしてもと仰るなら、それくらいはよろしくてよ……」
「本当ですか!!」
食い気味にローラはカトリーヌの手を両手でぎゅっと握りしめた。
カトリーヌはその勢いに押されて戸惑っている。流石にここまで好意的な相手にいつまでも敵意をぶつけることは難しいらしい。
いつの間にかローラはその場でカトリーヌとお茶会の約束を取り付けてしまった。
そして、そもそもの目的をすっかり忘れたカトリーヌは、「では、また後日」と取り巻きを引き連れてその場を去っていったのであった。
一部始終を見ていたアーノルドが呆気にとられた様子でカトリーヌの背中を見つめている。
「ローラ……今のは、一体……?」
「……差し出がましいことをして申し訳ございません……」
黙って立っていろと言われていたのに、口が勝手に動いてしまった。
(怒られるかしら。それはそれで美味しいけれど、ダメと言われたことをやるのはやっぱりよくないわよね……)
「いや……彼女には以前からしつこく付き纏われていたが、商会の絡みで無碍にできず対処に困っていた」
ちょうど周囲では音楽が流れ始め、参加者たちが思い思いに手を取り合い、フロアに躍り出ていく。
アーノルドがふっと息を吐いて視線をローラに戻した。
「とりあえず、私たちも踊らないか。一曲踊れば義理も果たせる」
スッと右手を差し出した彼の手。指は長く、少し節張っている。
完璧な貴公子然とした仕草で誘うアーノルドに、躊躇いがちにローラは手を重ねた。
ぐっとローラの腰を抱き寄せるアーノルドの袖に光るアクアマリン。
そしてローラの胸元で輝く大粒のアクアマリン。
周囲の人間にローラが公爵家の一員として正式に認められていることを強く印象付ける事だろう。
「スース・シルクについても、本来なら公爵家として一枚噛みたい事業だったが、彼女との結婚をちらつかされて諦めかけていたのだ。
君がこのまま彼女と良好な関係を築いてくれれば足がかりとなるかもしれない。
……よくやってくれた。礼をいう」
アーノルドの低く落ち着いた声がローラの耳元で響く。
(……なんてこと。せっかくスキルが発動しない貴重な人なのに、結局スキルのせいでこうなるの?)
ローラが欲しているのは褒め言葉ではなく罵倒なのだ。
ローラだって、もちろん役に立てたこと、それ自体は喜ばしい。だが刺激が圧倒的に足りない。
(お礼と言うなら、その冷たい瞳で睨みつけながら「この無能が」くらいいって欲しいものです……)
ローラの中で、さらにストレス値が溜まっていく。
そしてローラは、口を開いた。
「旦那様。今夜、お話があるのです。よろしいでしょうか?」
「……なんだろうか」
「帰ってからお話しします」
ローラはそれきり口をつぐんだ。
アーノルドは困惑したような表情で彼女を見下ろしたが、それ以上追求をしようとはせず、一曲を踊り終えた。
2人の重なっていた指先が、ゆっくりと離れていく。
帰りの馬車の中は、沈黙が広がっていた。
ローラの表情は硬く何かを考え込んでいる様子で、アーノルドはそもそも世間話をするような人間ではない。
公爵家に帰りつき、出迎えてくれたイゾルデにも、ローラはあいまいに微笑んだ。
「ローラ。話は執務室で良いだろうか」
「はい。2人きりでお話しできる場所であればどこでも構いません」
パタン。とアーノルドの執務室に入ったローラは背中で扉を閉める。
そして、目の前のアイスブルーの瞳を見据えた。
「……ローラ。あなたの話の前に、私からも話がしたい」
「え?」
意を決して口を開こうとしたローラは出鼻をくじかれてしまった。
アーノルドは眉を寄せ、憂いを帯びた瞳を伏せる。
「……すまなかった。私はあなたに対し、非礼の数々を働いてきた。
あなたの価値はスキルで測れるものではない。ゴミスキル持ちであれば思い通りに扱えるなどと傲慢もいいところだった。
あなたは私に呆れ、愛想をつかしたのかもしれない。
だが、これは家同士が決めた結婚でもある。どうか考え直してはくれないだろうか?」
「へ?」
ローラは突然の謝罪にぽかんとして間抜けな声を出した。
「……話とは、この結婚に対するものではないのか? そもそも私たちの結婚はまだ正式なものではなく、神殿に提出はしていない。
婚約期間を設けない代わりの試用期間を設けると、あなたの父君には伝えてあった。
……だからあなたから離縁を申し渡されるものと思ったのだが……」
「いえ、全然違いますが。というか私、まだ結婚してなかったんですか?」
あのあんぽんたんな父親の顔が浮かぶ。
「え〜? だって試用期間なんてあってないようなものだろう? 言う必要なんてないと思ったんだよ」
という声が容易に脳内再生できた。
「……では、あなたの話とはなんなのだろうか」
ローラはその言葉でハッと現実に引き戻される。
今から言おうとしていることを考えると心臓がバクバクして口から飛び出しそうだった。
「その……それこそ、離縁を申し渡されても仕方のないことかと存じますが……
その……私……私……」
「安心して欲しい。あなたと離縁するつもりはこちらには一切ないと誓おう」
いつになくアーノルドの声が優しい。
ローラのストレス値が、限界を突破してプツンと切れた。
「私を、どうか罵ってください!!!!」
「は……」
「罵ってください!! 睨んでください!! 蹴っていただいても構いません!! どうぞよろしくお願いいたします!!」
「え」
「お願いします!!!!!!」
「罵る……」
「はい!! 罵倒してください!!」
「あなたは、その……そういう嗜好という」
「その通りです!!!!!!」
アーノルドはしばらく凍りついて固まってしまった。
そして、しばらくしたのち、彼はローラに答える。
「ーーーーーー」
長めな短編に関わらず最後まで読んでいただきましてありがとうございました!
コメディ風味の短編を他にも書いております。
よろしければ読んでいただけると嬉しいです。
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聖女は茶髪じゃだめらしい
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毛色の違う連載作も投稿中です。
中華ファンタジーの男女バディものです。
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【完結保証】蓮池に霄は揺蕩う〜ツッコミ少女はポンコツ仙人をどつきたい〜
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