坊ちゃん 朝に弱い
はじめまして。今回初めての投稿になります。非日常と日常を混ぜたような物は作れないだろうかと考えた結果、このような作品になりました。まだまだ未熟ですがどうぞよろしくお願いします。
「起きて下さい坊ちゃん」
私立の高校に通うようになってから2ヶ月。毎朝7時にはメイドに無理やり起こされる毎日が続いている。
「ふぁ~あ、毎度毎度ご苦労なことだね皐月さん」
大きないびきをかいてキングサイズのベッドから一向に出ようともしない青年は向日峰 広樹。貿易業を営む両親の跡取り息子で、一言で言うと大金持ちのボンボンである。
「ほら、早く起きないとまた学校に遅刻しますよ」
といって大きな毛布をはぎとる。
「エッチだなぁ皐月さん。高校生に興味があるなんて思ってもいなかったよ」
それはそれはいかにも高級そうな寝巻きをあらわにした青年は頬を赤らめた。
「冗談ばかり言ってるとお嬢様に報告しますよ」
顔色一つ変えないメイドの勇ましい姿にはベッドにうずくまっている広樹の心にも恐怖を感じさせた。それにお嬢様という単語がさらに恐怖を増大させる。広樹にとって姉の存在は何よりも恐ろしい存在であると幼いころから体に叩き込まれている。
「ごめんなさい」
今までうずくまっていた姿からヒョイと正座姿に変わった。
「坊ちゃんがダメ人間に育ってしまったのは我々の責任でもあります。もう高校生になったのですから心を入れ替えて厳しく指導していきますので覚悟してくださいね」
にこやかに笑って学校の制服を差し出す。毎日着ているのに綺麗にクリーニングされており、さすが一流のメイドの仕事は抜け目がない。広樹もその点に関しては一目おいている。
「朝食ができているので早く着替えてきてください」
そう言ってメイドが部屋から出て行く。考えられないほどの大きな部屋に一人きりになった広樹であるがずっとこの部屋で生活しているので違和感はない。
ふと一人になると大きな窓から朝日の光が部屋一面を照らしている。6月の朝はすがすがしく気温もちょうどいい。
広樹の心が無になっていると訪れるのは決まっている。
「眠い…」
起きなければいけないのは分かっているが自分の欲求に素直になってしまう。しかも広樹は自他共に認めるダメ人間であるため自制心が効かない。意識がもうろうとしていき、体がさっきの正座姿から右方向に倒れこんでいく。後は目を閉じるだけで二度寝のスタートである。
リビングで朝食の用意を済ませたメイドの皐月が大きな時計を見たところ、広樹を起こしに言ってから15分が経過しようとしていた。長年世話をしてきたので、この展開はおおよそ予想できたのであろう、落ち着いた様子で小さくため息をついた。
「あれだけ忠告しているのに坊ちゃんったら…ぜんぜん言うことを聞いてくれないのね…」
軽く頭をかきながら、リビングを後にして広樹のいる寝室に向かうのであった。部屋に入ってみると案の定の景色がそこにはあった。彼女の苛立ちもピークになったのであろう腰まである長い髪の毛が巻き上がり鬼にでもなったかのように禍々しいオーラが彼女の周りの風景をゆがめている。その威圧感に広樹を気づいたのか、一瞬にして眠気なんてものは吹き飛んでしまった。実際には髪も逆立ってはおらず、ましてや鬼になんかにもなっていない。あくまで広樹の勝手な妄想に過ぎないが、それぐらいの勢いで広樹に迫ってきたのであった。
「お、おはようございます皐月さん。ご機嫌うるわしゅうございますね」
引きつった顔で冷や汗が止まらない。メイドである皐月だが広樹の父に世話を一存されているので彼女に頭が上がらない。
「今からそちらに向かおうとしたんだけどさ、皐月さんもタイミングが悪いなぁ」
寝巻き姿の腑抜けた姿からそんな事を言われても納得できるわけもない。そればかりか言い訳を言われると彼女にとっては逆効果であろう。すがすがしい朝日がまぶしいくらいに照らしているのにもかかわらず、この部屋には何とも言えない空気が辺りを包み込んでいる。
「こんなことは言いたくなかったんですけどね。今回ばかりはハッキリ言わしてもらいます。あなたは正真証明のダメ人間です。無計画、ていたらく、その他もろもろ。あなたには旦那様の家業を継いでもらわなければならないのですよ。そんな人が親のスネをかじって生活をしていくのを見ていると心底呆れますよ」
広樹に指をさして今の彼女の心情をヒシヒシと語ったのであった。10秒ほどの沈黙の後、彼女の心はすっきりしたのかニコリと微笑んで
「朝食が冷めないうちにきてくださいね」
と一言告げて部屋を後にするのであった。広樹のダメージは大きく寝起きの心のHPは0に等しかった。そんな彼の今できることはただただ誤ることしかできなかった。
「ごめんなさい…これから精進します」
部屋を出て行く皐月にその声は果たして伝わったのであろうか不明であるが、広樹は椅子の上に綺麗にたたんで置いている制服を見ると我に返り制服に着替えるのであった。朝から一騒ぎあったせいか彼の背中はどこかどんよりとしている。無駄に広い部屋に青年が一人惨めに着替える姿は何とも無残である。こんなことは毎朝の恒例にもなっているが今回のは彼女の本音が彼の心にダイレクトにダメージを与えたので今まで感じたことのないくらいブルーな気持ちに襲われいるのであった。
『見てろよコノヤロー! 俺だってやる時はやるんだからな。いつかギャフンと言わせてやるからな!』
負け犬と遠吠えにも等しい彼の感情は何の根拠もないものである。今の彼に何を言われてもおそらく彼女には届かない。むしろダメ人間が言う典型的な嘘としか捉えられないだろう。それくらい広樹の日ごろの生活は堕落しているのだ。
メイドの待つリビングに到着するとそこには高級な皿に盛り付けられているサラダやトースト、匂いから違うコーヒーが並べられている。お金持ちのお坊ちゃまとはいえ、朝からビックリするような朝食ではないようで、一般家庭にちょっと味をつけた程度であろうか。
5メートル以上はあるであろう長いテーブルの端にチョコンと席につた青年であるが彼の貧相なオーラから言うとそこに座っているのは少し違和感がある。制服のネクタイは中途半端に解けかかっているYシャツも中途半端にズボンからはみ出している。
「坊ちゃん! なんてみっともない姿なんですか。いくら時間がないとはいえクラスの人たちに笑われてしまいますよ。さぁ早く直しましょう。」
彼女がそう言いながらネクタイを結んでいるのをいいことに、広樹はトーストをかじっている。よく見ると寝癖もそのまま目は半開きときた。見るも無残な姿にメイドもため息をつくしかなかった。
大資産家の息子。大金持ちのお坊ちゃま。将来有望な家計であり幼いころから英才教育を受けてきた人間の成れの果てがこんな姿だとは誰も思っていないだろう。しかしこれが現状である。
「なぁ皐月さん。俺って何でこんな事しなきゃならないんだろう。親父の会社を継ぐのはいいとしてこんな毎日縛られた生活なんて。俺個人の意見も聞いてほしいよな。運命に縛られたくないんだよ」
トーストを食べ終わった広樹は大きな窓から見える木を見ながらつぶやいた。これは彼の本音なのであろうか、それとも皐月をからかってのことであろうか。真剣そうな顔で語っている姿を見てメイドの心に突き刺さった。長年世話をしてきたが真剣な質問を聞いたのは数少ない。きっと何か自分の夢を見つけたのだろうかと感じさせる表情だったので、皐月はネクタイを結ぶために中腰になっていた状態からゆっくりと立ち上がると
「坊ちゃんがそこまでして考えていることがあるのですか? それなら私は何も言いません。坊ちゃんの夢を壊すようなことはしたくありませんもの私でよければ協力しますよ」
グッと握りこぶしを作り一人ハイテンションの皐月は感動のよなものすら覚えて目から目から涙をこぼした。
しかし、そんな皐月の声はまったく彼には届いていなかったのだろうか、広樹は大きなため息をついて
「働きたくないなぁ。ダメ人間でもいいから楽な生活したい。…そうだ! 姉ちゃんが親父の会社を継げばいいじゃないか、優秀な姉ちゃんなら俺なんかよりよっぽどいいじゃないか。そうなれば会社は安泰だし俺だって苦労せずに生活できるんだ。そう思わないか皐月さん?」
10秒ほどの沈黙。そしてさっき寝室で感じた空気を感じた。
『これはまずいことを言ってしまった…』
訂正しようと思ったころにはもう遅かったようだ。皐月はさっきまで握り締めていたこぶしをゆっくりと開いてその手を広樹の胸倉へと伸ばした。
「ハァ? なめた事も休み休みいってくださいよ。人生舐めてんのか? 私の感動を返せよ。せっかく改心したのかと思って協力しようと思ったのにどういうことですか? 旦那様はあなたに期待なさっているのですよ? そんなことも分からないんですか。親不孝にもほどがあります」
広樹を絞め殺す勢いで胸倉をつかんでいるので広樹も言葉がうまく発言できない。ところどころ敬語がなくなっているところから察するに相当ご立腹のようだ。
「じょ、冗談です。すみませんでした。勝手なこと言ってました。」
うまく話せないがおそらくそんな事を言っているのだろう。今の状況では謝るしか方法がないののは本能的に分かった。朝の数分のうちにこれほど人を怒らせるのは才能といってもいいのであろうか。
彼女が手を離すとヘナヘナと床に座り込んだ広樹である。皐月も我に返って少し恥ずかしさもあったのであろう頬を赤らめて話を続けた。
「とにかく今は学校に行ってください。私の期待を裏切らないでくださいね」
にこやかに微笑むと広樹も少しは落ち着いた。テーブルのコーヒーを一気に飲み干した。彼女もきつい事を言ってくるが最後は爽やかに微笑んでくれるので憎めない。なんだかんだで広樹を心配してくれているのだろうと感じる瞬間でもあるのだ。
そんなこともしてる間に時計の針は8時20分を指していた。ここからだと学校へは徒歩で10分以上かかるので、のんびりしていては30分からはじまホームルームには遅刻してしまう。広樹は半ば強引に学校へと向かわせられるのであった。
「いってらっしゃい坊ちゃん。しっかりと勉学に励んでくださいね」
彼らが住んでいる家から50メートル以上先にある門まで見送りに来ると小さく手を振った。
「まったく…あの人には適わないな」
周りの家も相当大きな家ばかりが建っているが、彼の家に関しては比べ物にならない。そんな高級住宅街を品のない青年が歩いている。