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唐突に二人暮らしは始まる

唐突に二人暮らしは始まる


 自宅へ戻った僕は、トートを問い詰める。まず、聞きたいのは、どうして僕の居場所が分かったのかだ。この答えは直ぐに判明する。

「栗鼠香という女に聞いたのだ」

 と、トートは言った。手には帰り道に買った紅東の焼き芋を抱えている。

「栗鼠香さんに?」

「そうだ。栄太郎の隣に住んでいるのだろう。妾が家にいると、突然栗鼠香が尋ねてきたのだ。何でも『しょうゆ』とやらが欲しいようだったぞ。妾が栄太郎はいないというと、勝手に部屋に入り込み、そこでしょうゆを持っていたのだ。栄太郎ものを勝手に使うなと注意すると、栄太郎なら許してくれると告げる。だから、妾は栄太郎の許可を得るため、栗鼠香に栄太郎の居場所を聞いたのだ。すると『がっこう』という場所を教えてくれ、そこまで連れていってくれたのだ」

「そこで戦闘にあったというわけか」

「うむ。そうなる。戦闘の波動を感じたからな。戦闘が近く場所で行われると、妾はそれを察知できる。しかし、ここからがっこうまでの距離が空くと、戦闘の察知はできぬ。よって、明日から妾もがっこうへ行くぞ」

「そ、それは待ってくれ。いろいろと困る」

「なぜだ。栄太郎は妾のガーディアンだ。ガーディアンを守るのは、神としての当然の務めだ」

「学校は小さい子を連れていけないんだよ」

「妾は小さいが、子どもではない。問題ないだろう」

 あぁ。何と言えば良いんだろう。

 トートは学校の仕組みを知らない。何も知らないのだ。そのような状態で、学校について説明をしても、分かってもらえるとは思えない。

「とにかく学校はダメだよ」

 僕は言う。それしか言えない。その時、外から声が聞こえてきた。

「良いじゃない。学校くらい一緒に行けば……」

 この声。まさか――。

 ガチャとトビラが開き、外から一人の女性が入ってくる。その女性こそ先ほど話あがった栗鼠香さんだ。大学へ行かず、今日も自宅でダラダラしていたのだろう。

「栗鼠香さん。そんな無責任な……」

「まさか栄太郎君が、ペドフィリアだとは思わなかったわ。人で意外なのね。エロ本の一冊もないような部屋なのに、幼女がいたらびっくりよね」

「ペドフィリアって言うのは、少し生々しいので、むしろロリコンと言ってもらった方が」

「何、ロリコンって認めるの?」

「そう言うわけじゃありません。僕はロリコンではないですよ」

「なら、どうして外国人の女の子を家に連れ込んでいるわけ?」

 面白おかしそうに、栗鼠香さんは笑みを浮かべる。

 さて、どう言い訳をしようか? 王神の闘争を話せば、いろいろ問題があるような気がする。栗鼠香さんを巻き込むわけにはいかないから、なるべくなら話したくないのだけど。そうすると、都合の言い訳がない。やはり、親戚の子どもと言う線で攻めるか? 否、難しいか、栗鼠香さんは僕の背景を知っている。つまり、僕がテロで両親を喪っていると知っているのだ。そのような状況なのに、親戚の子どもを預かるという話はかなり無理がある。それに外国人の容姿をしているし。……いろいろ無理がある。

「まぁそこはちょっと事情がありまして。聞かないで貰えるとありがたいんですけど」

「詮索はしないけれどさ、やっぱり気になるのよね。それに、こんな小さい子を、学校に行っている間一人で家に閉じ込めておくのは、軟禁だよ。犯罪だと思う」

「犯罪って大袈裟ですよ」

「栄太郎は妾のガーディアンなのだ。栗鼠香、妾は栄太郎と一緒にいるべきなのだぞ。それを説明してやってくれ。栄太郎は、妾はがっこうへは連れ行けぬと言うのだ」

 トートが横から容喙する。あぁこの場でガーディアンとか呼ばないでほしい。

「ガーディアン。何々、栄太郎、自分のことをそんな風に呼ばせているの? こりゃ完全に犯罪だわ」

「違います。誤解しないでください。ただ、本当に事情があるんですよ」

「その事情、栗鼠香お姉さんにも話せないことなのかしら。話次第では協力してあげても良いのだけど」

「ありがたいんですけど、栗鼠香さんを巻き込むわけにはいかないんです」

「巻き込む。何かあるのね」

 察しの良い栗鼠香さんは、僕の些細な言葉だけで、その内部に潜む、何か得体の知れない話に気付いたようであった。あまり、この人の前では隠し事ができないな。だとしても、どう説明するべきなんだろう。第一、王神の闘争なんて言っても、信じてもらえるとは思えない。なかなか説明するのは難しいだろう。

「栗鼠香。栄太郎と妾は王神の闘争を戦っているのだ」

 と、あっさりとトートが語ってしまう。

 参ったな。これじゃもう隠し切れない。

「戦争? ヤクザにでも狙われているのかしら?」

「否、実は違うんです。あの、あまり信じられない話かもしれませんけど、聞いてもらえますか?」

 もう、隠してはおけないだろう。なら、話すしかない。僕は、簡単に王神の闘争について説明した。神々の抗争に、自分は巻き込まれてしまい、ガーディアンとなって戦う羽目になった。こう言っても普通の人なら信じてはくれないかもしれない。中二病の困った高校生の戯言としてみなされるかもしれない。けれど、栗鼠香さんは笑わずに話を聞き、真剣な瞳を向けた。

「何か、面倒は話ね。何か証拠はあるの?」

 と、栗鼠香さんは言った。

 証拠。

 証拠を見せるのだとしたら、トートに戦闘態勢に入ってもらうしかない。現在のトートは、僕の部屋着を着ているが、戦闘状態になると、漆黒の鎧を纏うようになる。あれは魔法のような感じだから、証拠としてみせるのには適しているのかもしれない。僕は、トートに変化できるか提案する。

「トート、変身できるか?」

 すると、トートはキョトンとしながら言う。

「変身? どういう意味だ?」

「その、つまり、戦闘する時の恰好になれるか?」

「無論だ。どこでも戦闘状態になれる。今ここで、戦闘をするのか?」

「違うよ。ただ、変身してほしい。漆黒の鎧姿になれば、栗鼠香さんに話を信じてもらえるんだ」

「栄太郎が言うなら、妾はそれに従うだけだ。待ってろ、今変化する」

 トートは胸に手を当てる。胸には、神々に証である龍刻が彫られている。あの龍刻が変化のトリガーになっているのだろうか? よく思えば、僕はあまりに無知だ。いろいろ聞かないとならないだろう。

 変身するトート。僕の簡素な部屋着から、戦闘美少女の証である漆黒の鎧姿になった。その姿を見ていた栗鼠香さんは、感嘆の声を上げる。

「どうやらマジみたいね。トートちゃん。ただの美少女ってわけじゃないみたい」

「信じてもらえましたか?」

 僕は問う。すると、栗鼠香さんは首を上下に振って答える。どうやら信じたみたいだ。

「問題になるのは、どこに神々っていうのがいるのかってことね。こっちから察知はできないの?」

「こちらから、誰がガーディアンであるかは自覚できぬ。それが王神の闘争の厄介なところだ」

「そうなんだ。じゃあ、こちらから調べないとダメね」

「うむ。そうなるな。しかし、神々が近くに来れば察知はできる。神々の近くにガーディアンはいるはずだから、神々さえ分かれば、自ずとガーディアンも分かるはずだ」

 どうして、劉生院は僕がガーディアンだと分かったのだろうか? 考えられるのは、昨日の戦闘の話をセクメトから聞いたことだろう。確か、トートが僕の名前を言っていていたからそれで察したのかもしれない。よく考えると、不思議な出来事だ。あっという間に戦闘に巻き込まれ、そして一人の神々を葬った。これが正しい行いなのかは分からない。ただ、やらなければ、僕がやられたのは間違いない。今日、確かに劉生院は僕を殺しに来ていた。それは変えようのない事実だ。

 劉生院は生き残っている。だから、学校では会うのだ。僕はパソコン部を辞めたけれど、クラスは一緒なのだ。故に、一緒にいるのは間違いない。神々を失った劉生院が、どういう行動に出るのか不明だけど、何か嫌な予感はする。もう、元通りの関係には戻れない。そうは言っても、元々、拙い関係だった。学校で話すくらいで、それほど仲が良かったわけではない。だけど、僕にとっては大切な友達の一人だった。少ない交友関係。そんな中、もっとも強いつながりがあったのが、劉生院との関係だ。それ故にその関係が断たれてしまい、僕はどうするか迷っていた。いつも通りの対応はできない。何しろ殺されかけたのだから。

「何を考えてるの?」

 と、栗鼠香さんが不安そうな顔で呟いた。

 僕はハッと我に返る。考え込むと、ついつい周りが見えなくなる。悪い癖だな。

「いえ、ただ、どこに敵がいるのか分からないのは、少し怖いなって思って……。それに他にも考えること?」

「何を考えているの?」

「今日、友達がガーディアンであると分かったんです。それで命を狙われました。僕はずっと、彼を友達だと思っていました。でも、それは違ったみたいです。向こうは僕を殺す気だった。もしも、トートが来るのが遅ければ、僕は死んでいたかもしれない」

「そんな奴は友達じゃない。むしろ、関係を絶つべきね」

 あっさりと言う。確かに言う通りなのだろうけれど、なかなか難しい。信頼していた人間に裏切られるのは、とても辛い。それは裏切られた人間にしか分からないかもしれない。だから、僕は栗鼠香さんには何も言わなかった。ただ「そうですね」と、だけ、曖昧に答える。部屋の中が暗くなる。もうすぐ師走。日は短くなっている。今日はずっと曇り空だから、部屋の中で電気をつけていないと、酷く薄暗く思える。薄暗い空気がより一層、部屋の雰囲気を暗くしてしまう。こんな時にこそ、もっと明るく振舞わなければならない。分かって入るのだけど、上手くできない。ショックが大きすぎる。

「僕はどうするべきなんでしょうか?」

 僕は縋るように栗鼠香さんに尋ねた。

 こう言っても、きっと栗鼠香さんも困るだろう。だけど、僕よりも数年は長く生きているのだ。大学生だし、それなりに人生経験を積んでいるだろう。だから、アドバイスか何かが聞けると思った。けれど、栗鼠香さんは困ったように顔を左右に振った。

「栄太郎は、覚悟を持って王神の闘争に参加したんでしょ。なら、戦いは避けられない。トートちゃん。リタイヤってできるの?」

 問われたトートは、しっかりと栗鼠香さんを見つめ、

「リタイヤと言うのは死ぬという意味か?」

「ううん。そうじゃなくて、戦いを諦めるの。つまり棄権するって意味」

「棄権はできる。神が敗北を認めれば良いのだ。ただ、一度始まった王神の闘争は、神々が消されるか、ガーディアンが死ぬまで止まらない。そして、最後の一人になるまで戦い続けるのだ。前の王神の闘争も、その前もそうだった。それにな、妾は棄権などするつもりはさらさらない。願いのために戦うだけだ」

「だってさ」と、あっさりと言う栗鼠香さん。「栄太郎君。君は覚悟を決めて戦うしかないみたい。神々を上手く使えば、自分が死ぬ可能性は下げられる。だから、戦闘をするから死ぬなんて考えない方が良いわね。生き残るために戦う。トートちゃんと一緒に」

「そうですね。それしかないのなら、もう進むしかない……」

 棄権が選択肢にないのなら、もう戦うしかない。だけど、それは僕にとって茨の道だ。難しい。戦いは辛い。いくら戦うのが僕でなくても、痛みはある。トートが傷つくのを見るのは、やはり辛い。トートは魔術神だ。けれど、容姿は完全に幼女。そんな幼女が傷つき、戦っているのは、おかしいと思える。おかしいと思ってはいるけれど、僕に何かできるわけではないのだけど。

「栄太郎。お前は妾を信じてくれればよいのだ。言っただろう。信じる力が妾に力を与える。劉生院という人間が勝てなかったのは、セクメトを信頼していないからだ。セクメトを道具のように扱い、自分の力が高まったと錯覚した。このようなガーディアンは長生きできぬ。むしろ、劉生院が生き残ったのは奇跡と言える。だから栄太郎は、妾を信じてほしい。妾も栄太郎を信じるから……」

 幼い容姿なのに、妙に熱っぽく語る、愛の言葉のようにも聞こえる。何か、こんな小さな女の子の言われるような言葉と思えず、僕は驚く。だけど、直ぐに思いなおす。そう、僕にできるのは、トートを信じることだけだろう。信じる力が、トートの力を高めるのなら、僕はトートを信じるしかないのだ。

「愛の言葉ね……、なんか素敵。栄太郎君、トートちゃんを信じてあげなくちゃね」

 と、栗鼠香さんは言う。 

 それを受け、僕は答える。

「そうですね。逃げられないのなら、トートを信じるしかない」

「やっぱりロリコンね。もうお姉さん、茹であがっちゃいそう」

 何だか一人悶えている栗鼠香さんを見て、少しだけ緊張が取れた。こういう時、楽観的な性格は大きな武器になる。僕は考え込んでしまうけれど、栗鼠香さんのような性格なら、きっともっとうまく生きていけるのだろう。僕が不器用なだけだ。

「だけどさ、問題はトートちゃんを学校に連れていくのかってことよね」

 そう、栗鼠香さんの言う通りだ。トートを学校に連れていくのは、いろいろと問題がある。なぜなら、トートはまだ子どもだ。いくら神といっても、周りは納得ないだろう。高校は学び舎である。だから託児所なんてものはない。無理だろうな……。大きな問題だ。

 敵はどこに潜んでいるのか分からない。外部からガーディアンが誰であるかは視認できない。神々がある程度近くに来ないと、把握できないらしいのだ。となると、今回の件のように、敵が身近にいた場合、僕とトートが離れていると、戦闘にならない。ガーディアンを殺せばそれで神々はリタイヤになるのだから、早い話ガーディアンを殺せば戦闘は早く済む。ガーディアンは基本的に戦闘力を持たない。戦うのは、神々だからそれは仕方ないんだろうけれど、やはりいろいろと厄介だよな。

「妾が学校へ行けば問題はない」

 と、トートは言う。こればっかりは直ぐに承諾できない。

「姿を消すとかできないのか?」

 と、僕は一縷の望みをかけて尋ねる。姿が消せれば、学校へ連れていっても問題はないだろう。

「姿を消すなんて器用な真似は妾にはできぬ。何か、学校へ行くのが問題なのか?」

「あぁ。学校へは小さな子どもは行けないんだ。だから困っている」

「なぜ小さいといけないんだ?」

「う~ん、何と言えば良いんだろう。トートくらいの女の子は普通小学校ってところに行くんだけど、そこは僕が通っている高校とは違うんだよ」

「色々面倒なのだな。なら、学校とやらの外で待っていよう。それなら問題はないだろう」

「この寒空の中をずっと待っているのか? 結構辛いぞ」

「だが、他に方法がないのだろう」

 僕が困り果てていると、横から栗鼠香さんが口を挟む。

「ねぇトートちゃん。栄太郎君が窮地に陥った場合、どのくらいで栄太郎の元まで行けるの?」

 すると、トートは少し考えた素振りを見せ、

「ここから学校までの距離なら、およそ五分。力が高まれば三分で行けるはずだ」

「なら、スマホを一台買って、それをトートちゃんに持たせる。窮地に陥ったら、トートちゃんに速やかに連絡して助けを待つ。これしかないわね」

 それを受け、僕は答える。

「トートが来るまで間。何とか耐えるってわけですね」

「そう。それしかない。話を聞く限り、劉生院って子が特殊なだけだと思う」

「特殊?」

「そう。つまり、神々と戦うのではなく、ガーディアンを狙うって意味」

「だけど、普通はガーディアンを狙いますよね。そっちの方が勝ちやすい」

「トートちゃん。ガーディアンを殺す神々っているの?」

 栗鼠香さんはトートに話を振る。

 トートは速やかに答える。

「一般的には少ない。神々は高貴な存在だ。弱き者を攻撃するのは、基本的には考えられない。しかし、今回の件により、ガーディアンの命令なら話は別だ。以前の大戦の中でも、ガーディアン殺しと畏怖される狂人ガーディアンは存在した。まったく例がないわけではない」

 そんな恐ろしい奴もいるのか、やはり、劉生院が珍しいわけではないようだ。そうはいっても、栗鼠香さんの言う通り、スマホを一台買って、トートに持たせるという方法が、もっとも現実的であると思える。スマホの操作くらいなら、トートでもすぐに覚えるだろう。だけど、戦闘になったらトートが来るまで、僕は戦わなければならない。柔道部にでも入っておくんだった。何か体術に心得があった方が、幾分か心強い。そんなはずはないか。いくら僕が柔道の黒帯であったとしても、神々を前にしたら赤子も同然だろう。

「栄太郎。すまほとは何だ?」

 と、トートが高らかに言った。

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