戦闘は校舎裏で……
戦闘は校舎裏で……。
翌日――。
いつも通りの学校。トートと一晩一緒に寝ることになったのだが、いろいろと問題はある。何しろ風呂は一緒に入れないし、食事だって与えないとならない。トート曰く、神々はこの世界の食事を摂らなくても問題ないそうだが、僕が食事をしていると、それを恨めしそうに見ているので、仕方なく二人分買ってきて、一緒に食べたのだ。トートはカレーを食べたのが初めてだったらしく、かなり美味しいと言って食べていた。気に入ってくれて何より。手製のカレーライスだったけど、上手くいって良かったと思う。
そんな僕だけど、学校へ行かないとならない。当然だけど、トートは一緒には連れていけない。一緒に行くと、トートは言い張っていたが、それを丁重に断る。学校に幼女を連れていったら、僕がどんな目で見られるか分からない。変態扱いされるかもしれないし、トートだって一緒にいて楽しいものではないだろう。何しろ、勉強をしなければならないのだから。トートが言うには、ガーディアンと神々は常に近くにいる必要があるそうだ。お互いが離れると、力が弱まる傾向があるらしい。そうは言っても、僕にはどうしようもない。まさか、学校で戦闘になるとは思えないから、まぁ問題はないだろう。問題は、今後もずっとトートと暮らしていかなければならないことだろう。これは結構厄介な問題だ。何しろ男女だし、トートは幼女だけど、見た目は完全に女の子だ。そんな女の子と一つ屋根の下で暮らすのは、やはり抵抗はある。僕には兄弟がいないから、小さい子に対する耐性がないし、女の子と話すのは、どちらかというと苦手なのだ。
学校へ着き、教室へ向かう。僕は友達が多くないから、朝、学校へ行っても特に誰かと喋るわけではない。だけど、今日は違っていた。とある生徒が、僕の前にやって来た。
劉生院隆。
同じクラスで、つい先日まで、僕が入っていた部活動であるパソコン部の部員だ。僕はパソコン部に入っていて、それなりに活動していた。ムービーメーカーなどを使って、動画を作ったり、小説を書いたり、暇つぶしに近い活動をしていた。だけど、それが突然虚しくなって、部活動を辞めた。特に誰も止めなかった。パソコン部での活動は、基本的に一人でやるケースが多いから、あまり友達がいなくても問題はない。むしろ、パソコン部にいる連中は二つに分かれる。友達がおらず、単独で行動するか、友達同士でアキバ系のアニメに夢中になるか。この二つだ。僕はアニメには詳しくないから、必然的に一人で行動するのだけど、この劉生院隆という生徒だけは、どういうわけか、僕に話しかけてきた。劉生院自体も、どちらかというと、単独で行動するタイプだったけれど、馬が合ったのかもしれない。必要最低限の会話くらいはするくらいになったのだから。
「おはよう。霊界堂」
と、劉生院は言った。声は低く、眠たいのかくぐもって聞こえる。
「あぁ、おはよう」
「今日、放課後暇か?」
「今日は、ちょっと、悪いな、用事があるんだ」
「部活を辞めて数週間、一体家で何をしているんだ?」
「まぁ何かをしているわけでないんだけど」
まさか、王神の闘争に巻き込まれたとは言えない。
神々たちの抗争。そんな小説のような話をしても、信じてもらえると思えない。言うだけ無駄だろうし、変な目で見られるのも御免だ。何よりも、王神の闘争のことを話せば、必然的にトートの暮らしも話さなければならなくなる。これは何よりも避けたい。頭を抱える問題なのだから。
「良いじゃないか。付き合えよ。俺たち、友達だろ」
友達。
確かに、劉生院はそう言った。本当にそうなのだろうか? 僕と劉生院は同じ部活動をしているが、決してプライベートで遊んだ経験は一度もない。学校での付き合いだけだ。だから、改めて友達と言われると、些か対応に困る。僕は口ごもる。
「面白いものを見せてやるよ。とにかく放課後、校舎裏に来てくれ」
それだけを言うと、劉生院は僕のそばから離れて行った。
何だか強引な奴だな。仕方ない。ちょっとくらいなら付き合っても良いか。それよりも今不安なのはトートだ。家で大人しくしていろと言ってきたけれど、あいつは意外と好戦的だし、行動的だから、外に出てしまうかもしれない。外に出て迷子になるといろいろと面倒だな。お金だって持たせていないし、何か犯罪みたいなものに巻き込まれてしまうと、説明が大変だ。どう説明しても、あの外国人風のトートを親戚というわけにはいかないし、そうすると、どうして一緒に暮らしているのか説明ができなくなる。警察沙汰だけはなんとかさけたい。まぁ今、こうして心配しても仕方ないのだけれど、今後のことを考えると、やはり早急にトートの居場所を作ってあげる必要はあるだろう。
(あぁ。あの人に頼んでみようか?)
あの人というのは、僕のアパートの隣に住んでいる女子大生のことだ。名前を大空寺栗鼠香という。女子大生と言うと、どこか可憐で清楚なイメージがするけれど、栗鼠香さんはどちらかというと、飲んだくれの親父みたいなところがって、憎めない性格なのだ。それにエロトークが好きで、下品極まりない。本来なら付き合いたくはないと思っていのだが、意外と面倒見が良くて、年齢が近いという理由もあって仲良くなってしまった。女子大生だけど、あまり大学へ行っていないみたいだから、日中、トートと一緒にいてもらうことはできるかもしれない。そうなると、幾分か安心できるけれど、やはりそれも問題はあるか。何しろ王神の闘争という不可解な闘争に巻き込まれているのだ。いくら中が良くても、戦闘に巻き込むのは避けたい。まぁ後で考えるか。
放課後――。
急いで帰りたい僕は、さっさと劉生院との約束を果たそうと、校舎裏まで向かった。僕らの学校は比較的新しい新校舎と、古い旧校舎があるのだが、その二つの校舎の間に、人目につかない広場のような場所があるのだ。そこが通称校舎裏と呼ばれている。不良のたまり場というわけではないけれど、告白の場所としても利用されているみたいだから、僕にはなんとなく近寄りがたかった。だけど、そう言っても仕方ない。さっさと用事を終わらせよう。
僕が校舎裏に向かうと、既に、劉生院が待っていた。腕を組み、ニヤリと不気味な笑みを浮かべている。なぜ、劉生院がこのような態度を取るのか、僕にはさっぱりと分からない。何か、劉生院の気を引くようなことをしたのだろうか? 考えるけれど、都合の良い答えは思い浮かばない。一体、何を考えているんだろう。
「何の用だ。劉生院」
と、僕は言った。十一月の冷たい風が、頬を打つ。まだコートを着用せず、制服の上着だけだから、外にいるのは少しだけ堪える。早く用事を終えて、トートの元へ戻ろう。
「焦っているみたいだな。そんなに心配か?」
「ん、心配って何がだ?」
「魔術神。トートのことだよ」
一体何故?
ナゼソレヲシッテイルンダ?
「な、何を……」
あまりの展開で、僕は言葉に詰まった。どうして、劉生院がトートを知っているのか? トートを知るためには、やはり王神の闘争に知識がなければならない。となると、劉生院も王神の闘争に関係があるのか?
関係――。
つまり、神々のガーディアンであるということ。
「実はさ、俺もガーディアンなんだよ」
「な、何だって」
「お前と一緒ってわけ。ただ、俺の方が先輩だけどな」
「王神の闘争を知っているのか?」
「もちろん、お前だって知ってるんだろ。霊界堂」
「知っているけれど、どうしてガーディアンなんかに」
「知らないのか、王神の闘争の覇者になると、ガーディアンは願いが叶えられるんだよ。トートから聞かなかったのか?」
トートは語らなかった。何故か? 僕が信用できないのだろうか。
否、過ぎたる力は人を狂わせる。願いが叶うなら尚更だ。だからあえて言わなかったんだ。
同時に、劉生院は願いに焼かれている。いつもと表情が違うし、高圧的な態度になっている。力を得たのは間違いない。だけど、戦うのはガーディアンではなく、戦士となる神々の方である。だからこそ、自分が強くなったと錯覚してはならない。そう考えるのは危険だ。だとしても、今の劉生院には何を言っても通じないだろう。否、今考えるのは、それではないだろう。どうやってこの窮地を脱するかを思考しなければならない。
ガーディアンが死ぬと、その神々は王神の闘争からリタイヤしてしまう。故に、神々はガーディアンを守る必要があるのだ。今、僕の神であるトートはいない。つまり、ここで戦うのは僕でないとならない。
「学校へ神を連れてこない時点で、お前の負けは決まっていたんだよ」
冷徹に言い放つ劉生院。
確かに言う通りだ。大きなミスだ。どこに敵が潜んでいるのか分からないのだ。なら、トートを連れているべきだったのだろう。でもそれはできない。トートは幼い容姿をしている。そんな幼女を学校へ連れて来れるわけがない。大きな問題になるだろう。
「僕を殺すのか?」
と、僕は問うた。
半ば、答えは分かっている。王神の闘争は、神々をリタイヤさせれば、戦闘をする意味がない。つまり、早い話、力を持たないガーディアンを攻撃すれば、簡単に話は終わる。これからはいつも危険と隣り合わせだと、自覚しなければならないかもしれない。僕は後退る。しかし、それが無駄だとも分かっている。どう足掻いても、僕は神々には勝てない。何しろこっちは丸腰だ。武器を何も持っていない。もちろん、武器を持っているから神々と対抗できるわけじゃない。小さなナイフでは意味がないだろう。きっと、ライフルを所持していたところで、勝てる見込みは少ないだろう。
敗北――。
死――。
そんな負のイメージがチラつく。ここで死ぬのだろうか? よく考えれば、あっけない幕切れだ。こんな良く分からない校舎の裏側で死ぬ羽目になるとは、つい先日までは考えも及ばなかった。学校で死ぬ。学生としては、ある意味本望かもしれないけれど、僕は死ぬわけにはないかない。若くして亡くなった父や母のためにも、僕は生きなければならないのだ。ここで死ぬのは御免だ。なんとしても生き抜いてやる。
だけど、どうやって? 戦況は変わらない。僕がバトル小説の主人公なら、一時的に覚醒して力が宿るかもしれないけれど、僕にはそんな特殊な力なんてないだろう。確か、トートは言っていた。僕には力があると。もしかしたら、その力がここで役に立つのかもしれない。そうだとしても、その力はどうやって使えば良い? 力の使い方が全く分からないのだ。仮に拳銃を持っていたとしても、使い方が分からなければ、意味がない。つまり、猫に小判だ。やっぱり死ぬかもしれない。
ジャリジャリ……。
セクメトが現れる。どうやら劉生院の神はセクメトのようだ。
鎖を地面で擦る音が聞こえる。地獄からの使者。そう形容しても不思議ではないだろう。セクメトは、僕の前に立ちはだかる。セクメトの身長は一六〇㎝くらいだ。僕が一七〇㎝くらいだから、それに比べればはるかに小柄だ。だけど、何というか圧倒的に大きく見える。鎖についた刃。あんなものが直撃したら、尋常ではない傷みが走るだろう。少し叩かれただけでも痛いのだから、そのダメージは計り知れない。
「本気か? 劉生院?」
時間を稼ぐ。それしかできない。
「本気だよ。やれ、セクメト」
と、あっさりと言ってのける劉生院。つい先日まで友達だったとは思えない口ぶり。本当の友達は、友達を殺したりはしない。否、友達だけでなく、普通は人を殺さない。だから、劉生院は狂っている。やはり、過ぎたる力は人を狂わせるのだ。これは間違いないだろう。ヒトラーしかり、金正日しかり、多くの独裁者は狂っている。それと同じだろう。劉生院は狂っている。それを止めるのは、今の僕には難しい。だけど、目を覚まさせなければならない。
「僕を殺せば、君は殺人鬼になるんだぞ。それでも良いのか?」
と、僕は劉生院の目を覚まさせるため、必死に問いかける。思いが届くのを信じて、語り続けるしかない。しかし、劉生院は「くくく……」と、不気味に笑うだけだ。
「霊界堂、お前を殺しても問題はない」
「何? どう意味だ」
「まぁ良い。冥途の土産に教えてやるよ。お前の死を悲しんでくれる人間なんていないんだよ。そうだろ?」
痛いところを突く。確かに、僕の死を悲観する人間はいないかもしれない。否、そんなはずはない。僕には、僕を心の底から思ってくれている祖父がいる。その祖父よりも先に死ぬわけにはいかない。死ぬのはダメだ。やはり虚しい。心が叫びたがっている。生きたいと……。
「まぁこれくらいで良いだろう。とにかくお前は消える。そして、この王神の闘争で勝つのは俺だ。俺は無敵の力を手に入れるんだ」
完全に狂っている。もう、止められない。
僕は覚悟を決めた。
ゴメン、トート。君との約束を早速破ってしまいそうだ。ダグラスの復活。それは夢のかなたに消えてしまうだろう。
「やれ、セクメト」
セクメトの鎖が僕に飛んでくる。
速い。避けきれない。まさに直撃するかと言った時、一瞬であるが、時が止まったかのように思えた。
目の前に透明のバリアが現れた。
「危ないところだったな。栄太郎」
声が聞こえる。
その声は聞き間違えることなく、トートだった。
「トート。どうして?」
「詳しい話は後だ。今は妾に任せろ」
そう言うと、トートはキッと強い目線でセクメトを睨みつける。「ガーディアンを狙うとは、神々の片隅にも置いておけない愚行。セクメト、自分がしようとしている愚かな行為を猛省するが良い」
「こいつがトートか。意外と小さいんだな」
と、あっけらかんと言う劉生院。態度は余裕だ。
「栄太郎下がっていろ」
トートは言う。
僕は言われるままに引き下がる。確実にここは修羅場になる。
セクメトの攻撃がトートに向かって注がれる。トートは真っ直ぐに立ったまま、鎖の攻撃を受け流す。非常に流麗な動作。無駄のない動きで、目の前にバリアを張る。
「ガキィィィン」
鋭い炸裂音が鳴り響く。鎖の攻撃は、トートのバリアの前では無効のようだ。
「セクメト覚悟は良いか?」
トートは静かにそう言うと、風を作り出す。確か、以前の戦闘の時も風を司る呪文を使っていたはずだ。得意なのかもしれない。
大きな竜巻のような風が唸りを上げる。圧倒的な風量。校舎の窓ガラスが、粉々に砕け散る。
「唸れ、ウイングライザー!」
トートが叫び、風の一撃がセクメトを直撃する。
セクメトは、鎖の縦横無尽に振るい、体をグルグル巻きにすると、風の攻撃を防ぐために防御態勢に入る。鋭い風の一撃が、セクメトを襲う。どちらが優勢なのか、素人目には判断ができない。圧倒しているようにも見えるけど、神々の戦闘は、きっと一瞬の油断が命取りになるだろう。だから、油断はできない。ただ、僕ができるのは、トートが勝つように祈るだけだ。祈りの力なんて、きっと些細な力だろうけれど、何もしないよりかはマシであろう。僕は祈り続ける。
その思いが通じたのかは分からないが、トートのウイングライザーが強くなっているように感じた。
セクメトの体を包み込んでいる鎖にひび割れが入る。
次の瞬間、鎖は粉々に砕けた。丸腰になったセクメトに風の一撃が直撃する。
「ぐぁぁぁ」
セクメトが叫ぶ。そして、ガクッと膝をおり、その場に倒れ込む。これで勝負ありか。これで終わってほしい。僕はそう思っていた。しかし、そこでありえない光景が目の前に広がった。なんと、怒りに狂った劉生院が、強引にセクメトを立ち上がらせたのだ。
「だ、誰が負けて言いなんて言ったんだ。勝てよ。お前は勝つんだ。トートと、霊界堂を殺せ」
「り、劉生院様。力が足りません」
「何言ってんだよ、力なんて与えているだろ」
そう二人がやり合っていると、そこにトートが口を挟んだ。
「人間。セクメトは妾には勝てん」
「は? ガキが何言っている。セクメトは強いんだ。お前を倒す。ほらやれよ。セクメト、寝てんじゃねぇよ」
ガシガシとセクメトの体を蹴る劉生院。
「無駄だ。人間。ガーディアンの神々が契約により一心同体になる。思いの強さが、そのまま魔力に変わるのだ。お前のような邪悪な心では、神々に一〇〇%の力を与えられないのだ」
「力を与えられない……だと」
愕然としている劉生院。もはや勝負はあったのかもしれない。トートは強い。確実にセクメトよりも高い戦闘力を持っている。これは何故なのか? ずっと不思議だった。トートは僕と出会った時、セクメトに対して防戦一方だった。何もできず、攻撃を受け傷ついていたのだ。それが、一体どういうマジックを使ってここまで進化できたのか? その謎が今解き明かされたような気がする。
ガーディアンと神々は一心同体。思いの強さが力に変わる。それが正しいのだとすれば、劉生院は僕らには勝てないだろう。劉生院とセクメトの関係は、僕らのような平等な関係ではない。どこか、支配者と奴隷という関係を思わせる。セクメトは、恐らくだけど高い戦闘力を有しているはずだ。それなりに経験を積んでいるだろうし、戦闘の流れは淀みない。だが、問題となるのは、その戦闘力を引き出すための、ガーディアンの協力だ。ガーディアンが傲慢であり、神々を武器の一つのように扱ってしまっては、神々は力を発揮できない。それが今、僕でも簡単に分かった。
「劉生院。僕らの勝ちだ。君は負けたんだ」
と、僕は言い放つ。少し冷たいかもしれないけれど、勝負の世界は非情だ。甘えはいらない。
「な、何を言っているんだ。俺は強い! 無敵なんだ。セクメト、ほら、立てよ」
必死にセクメトを揺すり、立ちあがらせようとする劉生院。しかし、セクメトの体にはまるで力が入っていない。ダメージが大きいのだろう。それを見ていたトートが再びウイングライザーを放つ。
「せめてもの情けだ。傷みなく葬り去ろう」
ウングライザーが唸る。圧倒的な風の魔法がセクメトを包み込み、やがて、粉々に打ち砕いた。粉砕された粉のように、セクメトは消え去る。風の流れが穏やかになると、そこは森閑とした静けさに包まれていった。
「う、嘘だろ」と、劉生院は膝を折り、ガクッと項垂れる。「セクメトが負けた。否、俺が負けただと……」
「トート。なぜ、セクメトを消した!」
僕はトートに詰め寄り、非難した。しかし、トートにはその意味が分からなかったようで、静けさを感じる瞳で、僕を見つめている。
「栄太郎、何を言っている。これは勝負だ。負けたものは消えなければならない。それが王神の闘争の掟だ。妾とセクメトは命を賭けて戦った。その結果、妾が勝ったのだ。それならば、敗者であるセクメトは消えなければならない。王神の闘争と言うのはそう言うものだ」
「だ、だからって消す必要はないだろ。もう、勝負はついていた。そんな死者に鞭打つような真似をしなくても良かったはずだ」
「勘違いしているな。栄太郎、これは遊びではない。真剣勝負なのだ。戦いは、どちらかが敗れるまで続く。勝者がいれば、敗者もいるのだ」
言っている内容は分かる。王神の闘争は、神々が命を賭ける真剣勝負。つまり、遊びではない。だけど、僕は納得できなかった。なぜなら、もう勝負はついていたのだ。それなのに、あえて勝負を決するために、セクメトを葬り去る行為が、僕には許せなかった。これは、甘いのだろうか? 僕の考えが間違っているのだろうか? 良く分からない。だけど、ただ、納得できないという気持ちは、沸々と湧き上がってくる。
「セクメトが消えた。お、俺はどうなるんだ?」
わなわなと震えながら、劉生院は告げる。彼は神を失った。それは王神の闘争から脱落を意味する。ただ、唯一救いがあるのだとしたら、消えたのがセクメトであり、劉生院は生きていることだろう。トートの話では、神々がこの世界から消える条件はただ一つ。王神の闘争に勝ち残り、その後発生する闘神との戦いに敗れた時のみ。つまり、闘神ではなく、神々に敗れるだけなら、神々はやがてやってくる未来の王神の闘争で復活ができるのだ。それが、いつになるか分からない。二〇〇年前の戦いがあったのなら、今回の王神の闘争が終わってから、二〇〇年は戦いが起こらない可能性だって十分にあるのだ。
「人間。お前は、王神の闘争に負けた。それだけだ、ただ、力を失うのみ。死ぬ必要はない。通常に日常が戻ってくるのだ」
と、トートとは言い放つ。
よく考えると、負けた方が戦いから退けられるのだから、メリットが多いように思えた。王神の闘争が続く限り、ガーディアンは常に命を狙われている。だけど、王神の闘争で自分と契約している神が敗れてしまえば、戦いからは解放されるのだ。それはむしろ、喜ばしいのではないか。命のやり取りをしなくてもすむ。安息の日常が手に入るのなら、僕にとっては嬉しい。僕は決して好戦的ではない。だから、戦いをしないで済むのなら、それに越したことはないのだ。少しだけ、劉生院が羨ましくなる。そうは言っても、何も変わらないのは分かっているのだけど……。
「お、俺が負けた。あ、あははは。ははははははははは」
狂ったように劉生院は笑い始める。そのまま、よろよろと校舎裏の広場から離れていく。狂った人間の末路。劉生院が今後どうなるかは、僕には考えられない。ただ、戦いからは解放される。今は心の整理がつかないのだとしても、いずれは立ち直る時が来るのかもしれない。その日が来るのを、僕は信じている。だからこそ、あえて劉生院を追わなかった。追っても何を話して良いのか分からないし、きっと劉生院は慰めの言葉など聞きたくないだろう。ならば、放っておくのが一番だ。時が傷を癒してくれるのを、僕は待つしかない。
割れた窓ガラス。戦闘が終わった校舎裏は、悲惨な状況を呈していた。教師が数名やって来て、対処に当たっている。僕はというと、簡単な事情聴取をされることになった。生徒指導室に呼ばれ、そこで話をする。もちろん、戦闘が行われたと言えない。強力な旋風が巻き起こり、それがガラスを砕いたという、苦しい証言をして、何とか難を逃れた。
実は、僕が難を逃れたのは、きっとトートの姿があったからだと思う。生徒指導室に呼ばれた時、なぜかトートも一緒についてきたのだ。教師には、親戚の子どもと言う説明をしたけれど、完全に見た目が外国人で、鎧姿であるトートを親戚と言うのは、些か無理があるように思えた。何とか納得してもらったけれど、トートがいるという理由もあり、話は直ぐに切り上げられた。校舎裏を繋ぐ通路は、一時的に立ち入り禁止になり、戦闘の爪痕を色濃く残した――。