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その少女は雨に濡れて

その少女は雨に濡れて


 めっきり寒くなった十一月の下旬。もう確実に冬はそこまで迫っている。ストーブなどの暖房がないと、なかなか寒くてやっていられない。僕は、通っている高校の授業を終え、自宅へ戻っていた。秋雨前線の影響なのか、本日は雨。しとしとと冷たい雨が降っている。止む気配はない。コンクリートの地面を雨が無心に打ち続けている。

 学校の帰り道に、少し大きな公園がある。滑り台やブランコなどの遊具があり、夕方になると、幼児やその保護者でいっぱいになる公園だ。だけど、今日は誰もいない。それはそうだろう。こんな雨の中、遊具で遊ぶもの好きはいないはずだ。だから、僕は特に意識をせずに、公園を通り過ぎようとした。

 けれど、何か視線を感じた。何だろう。この感じ。深い絶望を感じさせるような、不可解な視線を感じるのだ。僕は公園の中央で立ち止まり、視線がどこから注がれているのか、探し出そうとする。すると、滑り台の近くで、一人の少女が立っているのが分かった。つい先ほどまで、そこには誰もいなかったと自覚している。それが、突然少女が現れたものだったから、僕はかなり慌てる。僕が慌てた理由は他にもある。

 それは、少女が雨が降っているというのに傘をさしていないということだ。こんな冷たい雨の中、罪を清めるかのように、ただ立っているのだ。そして、僕を見つめている。その瞳は、キレイに見えた。青い瞳、金色の髪。外国人だろうか? 格好が異様だ。漆黒の鎧姿なのだ。歳は恐らくまだ七歳くらいだろう。小さくてか細い。僕はどうしようか迷った。声をかけるべきか、このまま立ち去るべきか? 仮に声をかけたとしても、僕には何もできない。傘を渡してしまったら、僕が濡れてしまうし、何よりも、言葉が通じるのかさえ怪しい。勇気をもって声をかけて、全く言葉が通じなかったら、かなり恥ずかしい。

 僕が取った選択は『無視』。そのまま通り過ぎた。少女の視線が最後まで僕に注がれているように感じられたけど、僕は無視して通り過ぎた。触らぬ神に祟りなしではないけど、あまり変なことに巻き込まれるのも御免だ。ロリコンであるまいし。第一、雨の中傘もささずに外にいる時点で、少し変わっている。否、変わりすぎだ。何か曰くがあるのかもいれない。

 家に帰ると、僕は少し濡れた制服をハンガーにかけ、床にごろりと横になった。僕は一人暮らしだ。両親は既に他界しており、ここにはいない。僕が幼い頃に亡くなったから、僕は当時のことをよく覚えていない。ただ、嫌な事件だった。家族で旅行をするために、空港に言った時、そこがテロにあったのだ。僕は、父や母の体に守られて、生き永らえることができた。僕の代わりに家族は死に、一人助かってしまった。よく覚えていないのだけれど、あの事件でどうして自分も死ななかったのだろうか? と、よく考える。一緒に死んでいれば、僕は苦労する必要がなかった。だけど、生きなくちゃダメだ。それが生き残った者の定めだろう。

 では、どうやって生活しているのかと簡単だ。国からの義援金。そして、父方の祖父の仕送りで生活している。祖父は新潟県の湯沢町という雪国で暮らしている。学校もない過疎地なので、そこで暮らすのは止め、僕はこうして一人暮らしをしている。一カ月に一度、定期的に郵便局へ仕送りが入る。これは非常に感謝している。祖父だって暮らしが大変なのに、こうして僕のためにお金を送ってくれるのだから。

 家でゴロゴロとしていると、どうしても、あの金髪の少女が気になった。テレビをつけて、ワイドショーでも見て忘れようとするのだけれど、それがなかなかできない。それでも強引にテレビを見つめる。

 やはり、気になる。善の心が試されるわけじゃないけれど、あの金髪の少女は、まだあの公園にいるのだろうか? 僕は昔、父や母に救われた。なら、今度はその救われた命を元に、人を助けなくちゃならない。幸い、家に傘は数本ある。一本くらいあげても問題ないだろう。僕は立ち上がり、小雨が降る中を、傘を一本余計に持ち、公園に向かって走り始めた。

 公園には、依然として少女が立っていた。雨に濡れている。着ている服はかなり異様だ。漆黒の鎧姿。コスプレかと突っ込みたくなる。この時期には少し寒すぎる。この子の親は何を考えているのだろうか? まさか、虐待か? 僕は考える。考えても、埒が明かないのは分かっている。少女に僕が近づくと、少女は大きな瞳で僕を見つめてきた。

「これ、あげるよ。傘、ないんだろ?」

 と、僕は良い、小さなビニル傘を差し出す。コンビニで買った安物の傘だけど、役に立つだろう。あげても全く問題はない。

「お前には妾が見えるのか?」

 妾? 変な一人称を使うんだな。何かアニメの影響だろうか?

「見えるよ。君はどうして雨の中、傘を差さずに……」

「ガーディアンになってくれ!」

 僕がすべてを言う前に、少女がやや食い気味に言った。

「は? ガーディアン? な、何を言っているんだよ」

「お前、名前は?」

「僕は栄太郎。霊界堂栄太郎だよ」

「栄太郎か。妾はトート。魔術の神だ。お前には妾と契約し、ガーディアンになってもらいたい」

 何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 契約? ガーディアン? 

 普段あまり聞かない単語が、僕の頭に広がっていく。

「言っている意味が分からないよ」

「説明する。だが、ここではダメだ。どこか落ち着く場所はないか?」

 このトートと言う少女は、年上を敬うという気持ちがないのだろうか? タメ口以上に高圧的な態度。まぁ少女だから、別に嫌な気分にはならないんだけど……。

「体も濡れているし、僕の家で乾かしてあげるよ」

「忝い。では、お前の家に向かおう」

 トートはそう言うと、僕に案内するように促した。

 なんというか、変なことに巻き込まれてしまった。やはり、声をかけるべきじゃなかったのかもしれない。まぁ、今更こんなことを言っても仕方ないのだけど……。

 家に着き、トートに向かってタオルを差し出す。トートは「すまぬ」と一言告げると、タオルで頭を拭き始めた。と、ここまでは良かった。普通にタオルで頭を拭くだけかと思いきや、トートは着ていた鎧を脱ぎ始め、なんと全裸になったのである。少女の裸体。僕は決してペドフィリア的な嗜好を持たないけれど、この状況には驚いた……。

「な、なんで脱ぐんだよ!」

 と、僕は顔を背けながら言った。

 トートは全裸になったまま、顔を背ける僕に近づく。

「何を照れているのだ? 不思議な奴だ」

「僕は男だぞ」

「それは知っている。お主が男だと、何か問題があるのか?」

「大ありだ。普通、男の前で女は脱がないよ」

「そうなのか。それは知らなかった。だが、鎧が濡れているのだ。何か代わりの服はないか?」

「大きいけれど、僕ので良ければ……」

 僕はそう言い、部屋の中から長袖のTシャツと、ユニクロで買ったステテコを取り出した。大人の男性のサイズだから、かなり大きいだろうけれど、今、この家にはそれくらいしか代わりの衣類がない。僕は、トートが脱いだ衣類を洗濯機の中に入れ、とりあえず洗濯をしてあげた。トートが僕の長袖のTシャツを着ると、ワンピースを着ているかのようになった。アヴァンギャルドな装い。ステテコは大きすぎたようで、ウエスト部分を手で押さえている。

「こっち着て座りなよ」

 玄関で立ち尽くすトートは、不思議そうに部屋の中を見つめている。何かもの珍しいものでもあるのだろうか?

「うむ。栄太郎はここで暮らしているのか?」

 部屋の中で座り込むと、トートはそのように尋ねた。

「そうだよ。ここで一人暮らし」

「狭いのだな」

 かなり痛いところを突く。だけど、子どもの言うことだ。一々気にしていたらキリがない。僕はフンと鼻を鳴らすと、

「狭いけど、気は楽だよ。誰にも咎められる心配がないからね」

「そうか。家族は一緒ではないのか?」

 家族。

 今はいない。否、一生一緒に入られない。

「家族はいないんだ。祖父がいるけれど、ここにはいない。父や母は亡くなったから」

「……そうか。それはすまぬことを聞いた。妾にも家族はいない」

「そう。なら、一緒だね。でも、どうしてあんな雨の中、一人でいたのさ?」

「妾はガーディアンを探している」

 そう言えば、雨の公園でもガーディアンがどうとか言っていたな。一体何なんだろう。良く分からない。小学生の間で流行っているアニメの影響だろうか?

「ガーディアンって何さ?」

 と、とりあえず僕は聞いてみる。

 何となく興味が湧いたのだ。ガーディアンというと、守護者のように聞こえるが、多分、トートが言いたいガーディアンは違うのだろう。

「龍刻を元に、力を解放する人間のことだ」

「龍刻?」

 また、不可解な語句が現れた。そんな言葉は聞いた経験がない。ただ、何となくだけど、カッコいい響きはある。何を考えているんだ僕は。相手はまだ小学生。言っている内容だって、きっと何かの影響だろう。だけど、どういうわけか僕の心に引っ掛かる。何か強く引っ張られる感覚がするのは確かだ。

「そう。これを見よ」

 そう言うと、トートは来たばかりのロングTシャツを脱ぎ、再び上半身を裸にした。僕はそれをモロに見てしまう。まだ、子どもの体。女性というと、胸のふくらみがあるが、トートにはそれがない。その代り、胸には、龍の形をした黒い入れ墨のようなものが彫られている。

「な、なんで脱ぐんだよ」

「龍刻を見せるためだ」

「龍刻って、君の胸の入れ墨か?」

「入れ墨? これは刻印だ。ドラゴンディスティニーとも呼ばれている」

「僕には君の言っていることがさっぱり分からない。ただ、どうして君はそんな歳で入れ墨なんか入れているんだ?」

「妾は魔術の神。トート。戦士なのだ」

「戦士? 君が、子どもだろ」

「見た目は子どもだ。だが見た目で惑わされてはならぬ。お主が妾のガーディアンになってくれれば、その力を見せられるのだが、今は、力がない」

 う~ん。何と言えば良いんだろう。少し頭の悪い子なんだろうか? 第一、自分を戦士という時点で、まともじゃない。それに魔術の神って何なんだよ。神様って、あの世にいるあの神様のことか? それか、超自然現象での神を言っているのだろうか? 僕は神なんて信じない。神がいれば、僕の家族はきっと死ななかったはずだ。あの空港でのテロ以来、僕は神を信じるのを止めた。信じられるのは自分だけだ。

「そう。良かったね」

 とりあえず、そう言っておく。子どもの言葉に逐一反応していたら、やはり体が持たない。子どもの世界で流行っている話かもしれないし、頭ごなしに否定するのもかわいそうだ。何しろ、僕と同じで、トートには家族がいないらしい。だけど、そこで不思議になるのは、どこで暮らしているのかということだろう。まだ子どものトート。僕と違って一人で暮らしてはいけないだろう。僕だって、祖父からの金銭的な援助がなければ、生きていけない。高校を出たら、漠然と働こうとは思っているけれど、まだ将来性は見えない。果たして生きていけるのかだって分からないのだ。

 そんな中、子どものトートが家族の支援なしで生きていけるとは思えない。何か秘密があるのだろう。義理の両親がいるかもしれない。だとすると、その人たちが探しているかもしれない。あまり、僕の部屋にいるのも、逆に問題があるだろう。早く保護者の元へ返してあげないとならない。

「君はどこから来たの。しばらく休んだら、送っていくから帰ろう」

 すると、トートは首を左右に振った。

「妾に帰る場所はない」

「どう言う意味だ?」

「妾には、ガーディアンがいないのだ。つまり、今の妾は魂の残り滓のような状態。もう、長くないだろう。早急に新しいガーディアンを探す必要があるのだ」

「長くないって。死ぬわけでもあるまいし」

「否、死ぬのだ。この世からの消滅。今回の闘争から、妾は消えることになる」

 また、不可解な話を言う。

 この世からの消滅とは、また穏やかな話ではない。

「僕には君が何を言っているのか分からないよ」

 と、僕は正直に言う。いくら子どもの言葉だとしても、やはり理解できるのには限界がある。しかし、なんというか、不穏な響きがあるというか、ただならぬオーラを感じる。何か、大きな不安がこちらに近づいてきているような、おどろおどろしい感覚が、僕の体内に広がっていく。

「来たか……。どうやらつけられていたらしい」

 と、トートが言った。

「な、何が?」

 と、僕はすべてを言う前に、家のトビラが破壊された。

「バキベキバキ」

 めりめりとスチール製のトビラが破壊されていく。は? 何が起きている?

「栄太郎。後ろへ下がれ」

 トートは言うと、途端、トートの体に神々しい光が注がれていく。次の瞬間、トートは漆黒の鎧に身を包んでいた。まさに中世の戦士。そんな言葉で形容できる。

「妾には力が少ない。残された力がどれだけあるか分からないが、ここは妾が食い止める」

 壊れたトビラの先から、鎖を持った、女性が現れた。

「ここにいたのね。魔術神。ガーディアンがまだいないあなたは、この闘争から消えるべきよ」

 と女性が言った。なんといか恰好がおかしい。この寒い中だというのに、平らなテープ状の衣類を体に巻きづけている。テープ版のボディコン的な装い。完全に狂っている。そして、手には、刃がついた鎖を握っている。こんな武器、僕は見た経験がない。

「あ、あんた、何なんだ?」

 と、僕は言う。トビラを壊されて、黙っているわけにはいかない。

「栄太郎、危険だ、下がれ」

 トートの言葉は真剣だった。確かにあの武器は本物のようである。ここで刺激するのは良くないのかもしれない。

「一般人を巻き込んで、まぁ良いわ。一緒に葬り去ってあげる。ロリコンさん……」

 鎖の女が、鎖を大きく振るう。部屋の壁がズタズタに破壊されていく。おいおい、マジかよ。こいつかなり頭がトチ狂っているぞ。こんな狭い部屋であんな危険な武器を振り回す時点で、正気ではない。すると、トートが僕の手を掴んだ。そして、部屋の窓を突き破り、外に逃げ出した。僕は何か得体の知れないバトルに巻き込まれてしまった――。

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