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ハイボールの精
「俺ハイボール作るの超上手いんすよ」
初めて聞くナンパだった。
ドリンクバー形式の 飲み放題の店だった。
ハイボールが好きだ。
体が冷えない限り、私はハイボールを飲む。
だからかなり興味が沸いた。
彼は私に ハイボールを振る舞った。
びっくりした。
ちょっと美味しすぎる。
氷も道具も材料も、私と同じはずなのに。
「何をどうやったんですか」
「いや、普通に……」
普通ってなんだよ。
作ってるところを見せてもらったが、ほんとうに全部がふつうで、理由がわからなかった。
「炭酸が死ぬからマドラーは縦に動かす」などとよく言われるけど、そんなふうにもせず、べつにバーテンでもなく、普通のサラリーマンらしくて、なのに 私の目の前には厳然と「異様に美味しいハイボール」だけがあった。
自作のものと飲み比べて、彼作のハイボールだけが減っていって、彼はそれをひたすら「うん、うん」と満足げに眺めていた。
何度か その店に行ったけど、彼とは会ってない。
ハイボールの精だったのかもしれない。