09.おまけのハリード
エルドラ最西端の海に浮かぶ島、ウェル・ドーナ。
島民はおらず、あるのは森と動物達。ただし、海の国境線とも言える島なので、放置というわけにはいかない。定期的に役人が訪れてはいたので、全くの未開の地ではない。
「あれが、ウェル・ドーナか」
第一級禁術無断使用という、とんでもないやらかしをしてしまった元王子。王籍を抹消され、平民の役人として、無人島の管理官として10年の任期を言い渡された。
ウェル・ドーナの海岸は浅瀬なので、大型船で近くまで行けない。一旦、小舟に乗り換え砂浜まで漕がなくてはならない。
「旦那ぁ、そんな所に足かけてちゃ、危ねえですぜ」
「む、そうか」
ハリードは小舟の先端に片足を乗せて、己の住まいとなる島を見つめていた。声をかけた男はベンと言う、平民の役人で、これから三ケ月間、ハリードの島での生活の補助をしつつ、暮らし方を伝授する。少々口が悪かったが、これは演技だ。ベンはバーナード家から派遣された間者でもあったのだ。
任務はハリードの監視。監視だけで良いのかと確認したが、姫君が手打ちにしたとのこと。ならばベンは淡々と任務をこなすだけだ。
それにしても意外だと思ったのは、傍若無人な王子と聞いていたが、素直にベンの言う事を聞いて足を下ろした。おまけに。
「そなた、名は何と言う?」
「ベンと言いやす」
「そうか、ベン。私のことはハリードと呼ぶが良い」
「え、いや、呼び捨ては、ちょいと落ち着きませんで」
「そうか、遠慮はいらぬぞ。私もそなたと同じ平民なのだからな」
やけに馴れ馴れしい。思ってたのと、ちょっと違うと考えつつベンは島へと降り立った。とはいえ、ベンは職務を果たすのみ。ハリードにも荷物を背負わせると滞在する家へと連れて行く。
「かなり重いな」
「大丈夫ですかい?」
「いや、なんの、これしき」
文句の一つも言うかと思えば、中々頑張るではないか。草木がうっそうと茂る森の中を歩き着いたのは、家というよりも小屋だ。それも、どちらかと言うと粗末な部類。ハリードはしばし小屋を見つめ、無言のまま扉を開け中に入る。
ハリードが小屋の中で目にしたのは吊るされた大きな布である。それは大人がすっぽりと包まれてしまいそうな程の大きさであった。
「……これは?」
「ハンモックでさぁ」
「これに私が寝るのか」
「へい」
ベンはさすがにキレるかなーと思った。
「浪漫ではないか」
しかしハリードの反応は真逆だった。
「この小屋には男の浪漫が詰まっている!」
かつて少年だった頃。様々な探検家の本を読み漁り、夢にまでみたハンモック。憧れのハンモック。執事に、絶対ダメ、ベッドで寝てくださいと言われたハンモック。
「良いのか?私がこれほど幸せで……」
それからというもの、ハリードはベンの想像以上に頑張った。泥まみれになり、汗まみれになり、この島で生きる術をベンから学ぶ。
「美味い!自分で釣った魚はなんて美味なのだ!」
そして時折り。
「大丈夫だ、エリザベス。案ずるな、私はやり遂げるぞ、友よ」
ブツブツ言ってるので、ちょっと怖かった。
そして3ケ月が経ち、ベンは島を離れる事になった。その頃にはハリードも薄汚れつつも、逞しくなり「実は王子だったんですよぉー」と言ったら「またまたぁー」と誰も信じてくれないくらいにはなった。
「ベン。息災でな」
「ヘイ、ハリードの旦那もお元気で。そうは言っても、アッシは1ケ月後には、また物資を届けに来やすがね」
「ハハ、そうであったな。楽しみにしておるぞ」
三ケ月も共に生活していたせいか、実はベンはハリードに絆されていた。だって廃嫡されても愛した女にふられてんだぜ。しかも糞の付いた手でぶん殴られたとか。ベンは慰めの言葉も見つけられなかった。
ハリードは一通の手紙を託した。
「これを頼んでも良いだろうか」
エリザベス・バーナード宛の手紙だ。
「お任せくだせぇ」
こうしてハリードは1人、本土に戻る船を見送った。
翌月。
ベンはドキドキしつつ、エリザベスからの返信を手にウェル・ドーナへと向かう。
ハリードは1人で大丈夫だろうか。
食料が尽き、飢え死にしてないだろうか。
獣に喰われて死んでないだろうか。
崖から転げ落ちて死んでないだろうか。
船から砂浜を見つめていると、小さな点が次第に人型をとっていくのが分かった。
「いた!」
砂浜に男が、ハリードが立っているではないか。
ベンは無言で砂浜に降り立つとハリードに向かい合い、抱擁を交わす。男達は言葉を交わさずとも通じ合っていた。
ご無事で!
ああ、私はやり遂げたぞ、ベン!
島男ハリードの誕生である。
その後も、ハリードは厳しい環境の中、エリザベスの手紙と、短いながらもベンとの関わりを楽しみに生活していた。
島での生活は、王子として過ごしていた時には知らなかった事だらけであった。居心地良く環境を整えていてくれた執事や侍従達。それを当然として受け取っていた自分はなんと傲慢だったのか。ここでは風呂を準備するのでさえ重労働だ。
だが見上げれば、暗闇の中、星が降ってきそうな夜空が広がっている。
「美しいな。世界は」
しかし生まれた時から周囲に人がいたハリードにとって、孤独感だけは慣れる事はなかった。
そんな時、エリザベスの手紙に「新しい友達でもつくったらどうですか」とあり、森の中を散策しながら考える。
友達、友達、友達……
すると。
ブー……
弱々しい鳴き声が聞こえてくるではないか。見れば沼地に子供の野豚がハマっている。
「なんと哀れな」
ハリードは己が泥まみれになりながらも、その小さな子豚を助け、川で体を洗ってやった。どうやら親とはぐれてしまったようで、ハリードから離れない。
「私と共に来るか?」
「ブー」
「そうか、一緒に来るか。ん、そなた、雄か。では、ジャスティンと名付けよう」
雌ならエリザベスと名付けたのに。
ともかくハリードは友人を一匹作ることに成功した。そうなると、不思議な事で、友人はまた一匹、二匹と増える。
次に出会ったのはヤギであった。
ジャスティンと共に島の警邏から戻ると、小屋に侵入者の気配を感じ、臨戦体制に入る。
「何者だ!」
「ブー!」
扉を開けると、今まさにヤギが、エリザベスの手紙を食らわんとしていた。
「貴様!」
「メー!」
ジャスティンと共に死闘を繰り広げたものの、勝利を納め、その後ヤギと和解。友情を交わし友となる。
「そなたも雄か、ではファエルだな」
雌ならエリザベスと名付けたのに。
次の出会いはまさに奇跡と言っても過言ではなかった。ベンからの物資に何故か卵が混ざっており、その卵からヒナが孵ったのだ。
「おお……」
「ピヨ」
愛らしく鳴く雛。我が子のように可愛い。
多才なベンはヒヨコの雌雄の判別も出来ると言うので聞いてみた。
「旦那、こいつぁ、雄でさぁ」
「では、セストだな」
雌ならエリザベスと名付けたのに。
こうしてハリードは、ジャスティン、セスト、ファエルと共に管理官として島を守る事となった。
「ブー」
「こら、ジャスティン、どこへ行く。一匹で出歩くと、また沼地にハマるぞ」
「メー」
「ファエル、紙は食べるな。島では貴重なのだぞ、草にするがいい」
「コッコッ」
「はっはっは、セストは鶏に成長しても甘え癖が抜けないな」
ハリードは独りぼっちではなくなった。さすがエリザベスだ。
「まったく、お前達ときたら、私の手足となるには、まだまだだな。だが、私はお前達に危害を加えるような輩を許しはせぬ。全力を持って叩き潰してやろうぞ!ははは!」
エリザベスよ、我が友よ。
我が親友よ、見てるがいい。
私はこのウェル・ドーナからエルドラを見護ると誓うぞ。
海を見れば定期船がこちらに向かってくるのが見えた。きっとベンがエリザベスの手紙を持って来ているだろう。
「皆の者、私について参れ!」
「ブー」
「メー」
「コケー」
極甘ちゃん王子と言われ、途中で野垂れ死ぬと思われたハリード。しかし彼はウェル・ドーナの管理官として10年間の任期をやり遂げた。
その傍には、常に、豚、ヤギ、鶏がいた。
島の近くで難破した船の乗組員が流れ着くこともあり、ハリードと豚達は彼らを助け、手厚く介抱した事もあった。時には密入国者の捕縛を手伝ったりと、中々どうして意外にも活躍した。
特に、小さいながらも歴史的に重要な遺跡を発見した事は、島に大きな変化をもたらした。
研究家達が島へ調査へやってくるようになり、殆ど人が訪れることがなかったウェル・ドーナに人の行き来が始まったのだ。
10年の任期終了後、国王となった弟から本土への帰還許可が降りたが、ハリードはそれを拒否。
「捨て置けない者達がいる」
との事で、生涯、ウェル・ドーナで生きると宣言した。国王はそれを了承。正式に無任期での管理官に任命される。
また、後に奇跡の再会が訪れる。かつての側近達が島へと訪れたのである。ただし、辺境で兵士長となったジャスティンと豚を巡り、少々諍いがあったとか。
「俺と豚と、どっちを取るんだよぉー!」
「ブー」
「人のジャスティンも豚のジャスティンも苦楽を共にした大切な仲間、私には選べぬ!許せ!」
人のセストが怒り立つジャスティンの肩に手を置いた。
「まあまあ、豚は繁殖力が高いですし、ぷっ……タリですよ」
「それは、俺じゃねぇ!あと、今、笑ったの誤魔化しただろ!」
人のファエルは口元を押さえつつ、ジャスティンを宥める。
「せっかくの再会なんですから、おち、プッ、落ち着いて」
「ファエル!お前、お前だって、ヤギなんだからな」
「このヤギ達に私の名前を付けてくれたんですね。中々賢そうなヤギですね」
「私は鶏ですか。皆、凛々しい瞳をしてますね」
「そうであろう、そうであろう」
年月が経ち、豚のジャスティン達は各々、繁殖していたため、ウェル・ドーナはとても賑やかだ。そして、豚は全部ジャスティン、鶏は全部セスト、ヤギは全部ファエルであった。
「チキショー!何で俺が豚なんだよ!」
「ジャスティンはいくつになっても落ち着きませんね」
「まったくです、子豚も怖がってますよ。貴方には慈しみの心が足りませんね」
「仕方あるまい、次世代の子豚からはジャストンと名付けよう」
「ちょっと、変えただけ!?」
「ほらほら、久しぶりに会えたんですよ。楽しくやりましょう、ジャス豚」
「おい、ファエル、お前、今わざと間違っただろ?」
「いいえー」
「神官が嘘付いていいのか?オイ」
自らの行いにより、王族ではなくなったハリード王子。そして、貴族ではなくなった側近達。彼等は国の中央での輝かしい未来は失ったものの、一平民として国のために己の出来る事を探し、努力を続けた。
また、ハリードのウェル・ドーナでの手記をまとめた書籍が出版されると、サバイバルの手引書として、冒険者達や野営などを行う騎士達にも読まれる事となる。
その本にはこう書かれていた。
私はハリード。
ただのハリードだ。
何者でもない。
人生において大切な事は
どのような立場になるかではなく
どのような振る舞いをし、何をなすかだ。
この本を、我が親友
ジャスティン、セスト、ファエル
そして、E・Bへ捧げる。
E・Bが誰か、後世でも分かっていない。
一部では、かつての婚約者エリザベス・バーナードではないかという説もあるが、エリザベス・バーナード自身によって否定されている。




