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08.その願い

そして数年後の春。


エルドラの法改正が整い、家門の同意も取り付け、エリザベスはバーナード家の正式な後継に指名され、王家からも承認された。


「反逆罪ですって?」


そんな時に入手された情報。


「間違いないのね?」

「はい、表には出ていない情報ですが」


クレアからの報告書を受け取り、内容に目を走らせる。


「よりによって、国王が売国奴だなんて」


事の始まりは、国王が他国の商会の商いを許可した事からだ。その商会こそ、かつての愛人、初代「レディ・ボットン」の嫁ぎ先であった。


「すでに、罠としか思えないけど。国王は気が付かなかったのかしら」


その商会は国王の後ろ盾を得て、王家直轄地の領で商いを始めたのだが、その中に他国の間者を紛れ込ませ、エルドラに潜入させた。


間者達はその領都にある神殿を乗っ取り、活動を始める。エルドラで禁制品に指定された商品の売買だ。


「間者達は、神官とその神殿で面倒を見ている孤児達をバラバラに監禁し、互いを人質に取る事で、支配下に置いたそうです」

「嫌らしいけど、頭の良いやり方ね」


大人は神殿の奥に閉じ込め、子供達は禁制品の原材料となる植物の栽培を手伝わせたという。その植物は名は芥子(ケシ)。まさか王家直轄地の神殿の敷地内で栽培されているなど誰も思わないであろう。


芥子(ケシ)とは。

そう、阿片(アヘン)の材料なる植物だ。


間者達は教会で、阿片(アヘン)を製造、商会を通して、エルドラの貴族に蔓延させる計画を立てていたのである。しかしながら、阿片がエルドラで流通する前に、間者と商会も騎士団によって捕縛された。


商会の人間は国王の元愛人を含めて処刑。元愛人の生家である伯爵家も取り潰しとなった。この騒動に関わりがあったそうだ。表向きは関わった前当主と現当主が相次いで病で亡くなり爵位を返上したとなっているが、実際は毒杯だ。現当主の奥方は、この件には関与していない事が真実の刑により確認され、幼い娘と共に神殿に入る事を条件に処刑を免れる。


「被害者は?」

「子供達の中に、暴行を受けた者が数名。神官が1名、阿片(アヘン)の使用を強制されました」


エリザベスの報告書を握る手に力が込められる。暴行を受けたのは小さな子供と、その子を庇った孤児達のリーダー格の少年だったそうだ。阿片(アヘン)を強制された神官は神殿の長であった。己が実験台になる故、他の神官や子供達に阿片(アヘン)の使用をさせないよう願ったのである。


「死者は?」

「おりません。阿片(アヘン)の使用を強制された神官も中毒に至るまでではなかったようです」

「医者が必要なら手を回して。まさかと思うけど、栽培を手伝った子供達が罪に問われるなんて事はないわね?」

「はい」

「彼らに必要な手配を」

「かしこまりました」


この件に関して、エリザベスは知らない事になっている。そのため、秘密裏に動かなくてはならないが、クレアを始めとした公爵家の者達であれば問題なくこなせるだろう。


「民を危険に晒して、何が国王か」


腑が、内臓が、全身が煮え沸る気分だ。

国王はこんなにも愚かだったであろうか。


しかし、数年前までは小狡くも目敏い元宰相が側で目を光らせていたし、友人でもあった元大神官が神殿での事件も揉み消してくれたに違いない。


それにしても皮肉なのは、間者と商会の人間の捕縛の指揮を取ったのが元騎士団長、ジャスティンの父親である現東方師団長だったという事だ。


「第二王子から“国王の名誉を守ってくれた事に感謝する”とお言葉を頂戴したそうです」

「ジャスティンの父親も次代の王の駒の一つになったと言う事ね」


今回の騒動、第二王子が陣頭指揮をとって、解決したように見える。第二王子が国王に“毒杯”か“退位”かを迫り、国王は退位を選び、責を取らせたのだと言うが、タイミングが良過ぎる。良い塩梅過ぎるのだ。犯罪の準備が整い、言い逃れは出来ない。しかし、エルドラに被害はない。子供達と彼らを守らんとした神官達以外は。


エリザベスは確信している。

セフィーリア王妃が国王にとどめを刺したのだ。


「未だに国王は“あやつが余を忘れないと言うから情けをかけてやっただけ”ですとか“未然に防げたのだから問題はない”などと世迷言を喚いているようですよ」


最後にクレアが侮蔑を含んだ声で言った。


「愚かね。本当に愚か」


こんな王のために子供や罪もない民が傷付いたなんて。


その後。


第二王子は立太子する事なく、王継承の儀を行った。世間には、国王の体調が思わしくなく療養にはいるため、第二王子は急ぎ戴冠式を行う事となったとある。


戴冠式には出席せず、ひっそりと王宮を去った国王。少しずつ、味方を、影響力を、権力を削ぎ落とされ。ただ一人となった男は何を思うのか。民の守護者としての矜持を持たぬ者の気持ちなどゴミ同然とエリザベスは思っていた。


無事、戴冠式が終了し、エルドラに新たな国王が誕生した。若き王の誕生を祝う夜会には、その傍らに次期王妃となる侯爵家の令嬢が立っている。優秀な女性で、新国王との仲も良好であると聞く。


そして、若い2人の側で静かに微笑むセフィーリア王太后の姿があった。多くの貴族に囲まれる新国王からは距離を置いた場所で静かに見守っていた。


そして、誰にも声掛けず、夜会の場から出て行く。エリザベスは一人、後を追う。側仕えも護衛騎士も伴わず、振り返らずに歩き続けるセフィーリア王太后。行き当たった場所は薄く暗い回廊であった。明かりは窓から降り注ぐ月明かりのみ。


奥の間に入ると、王太后はエリザベスへと向き直り静かに微笑んだ。


「不用心です」

「あら、心配してくれるの?」


エリザベスが言えばセフィーリア王太后はクスクスと笑う。


「首を獲りに来たのかもしれませんよ」

「まあ、素敵」


セフィーリア王太后を尊敬していた。保守的で利己的な国王とその側近達。中央政治は馬鹿者達の手にあった。彼女は唯一、エルドラの行方を案じている人であった。いや、今もなお、この国の未来を思っているのであろう。セフィーリア王太后は時間をかけ、着実に力を付け、馬鹿者からエルドラを奪還した。


新国王の元でエルドラは変わる。

時代は動き始めている。

エリザベスは確信していた。


しかし、国王を陥れるために、犠牲者が出た。セフィーリア王太后は、子供達が、神官達が、他国の間者に傷付けられている事を把握していただろう。


馬鹿共を全てゴミ箱にぶち込めたのだから、死者は出ていないのだから、被害は最小限であったのだから。様々な思いが巡る。


エリザベスも国のために決断せねばならない事もあるだろう。理解しているが気に入らない。矛盾している事は自覚している。甘い考えと言われるかもしれない。全てを守れるだなんて考えてもいない。


こう考える反面、それはセフィーリア王太后の策略の一つで、最小限の被害を敢えて出し、エリザベスを動かそうとしてるのではないかとも思う。


けれど。


「エリザベス・バーナードはこの生涯かけて、エルドラとその民の盾となる事を誓います」

「覚悟が決まったのね」

「はい、偉大なるエルドラの母、セフィーリア王太后陛下。貴方の願い。必ずや叶えてみせましょう」


覚悟はとうの昔に固まっている。ならば、後は行動あるのみだ。


父や亡くなった母、クレアやサラ、領民や公爵家の者達。大切な人達が住まうこの国をただ守って行く。それは、昔も今も、これからも変わらない事なのだから。


屋敷に戻ると、クレアとサラが迎えてくれた。


「聞いて、二人とも。言ってやったわ、あの怪物に」

「さようですか、ようございましたね」

「それより、お嬢様。釣書がたんまり、届いてますよぉ」

「ねぇ、ちゃんと、聞いてちょうだい、二人とも」

「はいはい、お嬢様は頑張りました」

「怪物に喧嘩を売ったんでしたら、味方を増やさなきゃですよぉ、お嬢様」


エリザベスの今一番の問題は見合いである。仕方ないので、サラに選別を依頼する。


「じゃあ、邪魔にならなそうな男を見繕ってちょうだい」

「え、お嬢様の好みって“頼れる大人の男”じゃないの?」

「そんなもの、残ってるはずないでしょう」

「えー身も蓋もないなぁ」

「浪漫の欠片もございませんねぇ」


エリザベスはエルドラが好きだ。

エルドラにはエリザベスの大切な者達がいる。


「仕方ないわね。それじゃあ、比較的使えそうな男を調べておいて」

「お嬢様のダーリン探し、承りましたぁ」

「今度こそ素敵な旦那様を見つけましょうね」


だから、この掛け替えのない日々を守る。

今までも、これからも。

これにて「真実の刑に処す」終了でございます。

応援して下さった方々に感謝を込めて、

おまけの一話を準備中です。

よろしければ、ぜひ。


おまけは、みんなのキラキラ王子様。

彼は島でどうしているのか?

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― 新着の感想 ―
第2王子が戴冠したので、セフィーリア様は妃よりも皇太后の表記の方がよいかと 前作含めてお手洗いと友達な貴族が多いですね
完結ありがとうございます。面白かったです。 > そう、阿片の材料なる植物だ。 アヘン戦争を片仮名で学んだ世代だと、漢字ではちょっとピンときません。 ルビ打ってもらうか、「阿片という麻薬の材料となる植…
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