04.真実と踊れ
ハリード王子達が連行された、直後、すぐさまエリザベスも召喚される。やはり、あのまま、さようならと言うわけにはならなかった。一応、被害者らしく控えめなドレスに着替え、侍女を2人ほど伴い、王宮に向かうことにした。
婚約解消してから、半年、王宮訪れるのは久しぶりであった。控室に案内されたが、半年ぶりの王宮はどこか以前と変わったように感じる。待ち時間が長そうなので、連れてきた侍女にブレンドハーブティーを用意させるように頼んだ。少し特別なハーブを希望したので、こちらも時間がかかるかもしれない。
癖のある茶を飲んでいると、やっと侍従から声がかかる。中規模の謁見の間へと連れて来られ、入室すれば国王夫妻、宰相、騎士団長、大神官が揃っていた。他には、近衛騎士や文官達の姿が数名。当然、ハリード王子達の姿もある。国王はずいぶんと早く決着を付けるつもりのようだ。
独断での婚約破棄に続き、第一級禁術の無断使用。これ以上、王家の恥を晒すわけにはいかないと言うことだろう。
「偉大なるエルドラの父に拝謁いたします…」
「よい」
緩やかにカーテシーを行うが、国王から遮られた。許可を得て、顔を上げれば渋い顔の国王と無表情の王妃。
「間違いないか」
国王は神官に「真実の刑」がエリザベスに発動されているのか確認させ、深いため息を吐き出した。
「此度の事、王家としては……」
「お聞きください!」
ハリード王子が叫ぶ。
「全ては私の責任です!セスト達は私に従ったに過ぎません。処罰は私に!」
エリザベスは少々驚いた。先ほど、ああは伝えたが実際にハリード王子が側近達を庇うとは思わなかったのだ。ハリード王子に対しての評価をほんの少しだけ修正する事にした。かなり見直したが、少しだけなのは、涙と鼻水で顔がとんでもとんでもない事になっている。数少ない取り柄の顔が台無しだし、膝も震え過ぎだ。残念ここに極まる。
「いえ、“真実の刑”を使用すべきと進言した私に責任がございます」
さらにセストまで口を開けば、ファエルも続く。
「お待ち下さい。“真実の刑”を発動させたのは私です。処罰は私に」
「俺、いや私は!私は、えーと、一緒にやりました!」
最後はジャスティンだ。これが「死なば諸共」だろうか。それとも「みんなで処されれば怖くない」だろうか。
「黙れ」
冷酷にも国王は彼らの発言と止めた。そして、その重苦しい空気を象徴するかのように、夕刻の鐘が響いてきた。
その時、一瞬ではあったが王妃の瞳が伏せられ、頬が緩み、すぐ元の無表情に戻った。エリザベスはその変化を見逃さなかった。
セフィーリア王妃。
ハリード王子と同じ色であるのに、その海を思わせる紺碧の瞳は深い知性を感じさせる。その印象の通り、思慮深く美しいエルドラの母。
この鐘の音が、何故、彼女の表情を崩させたのか。エリザベスの疑問と、侍女が集めた情報。これまでの事が繋がりかけ、思考の波に呑み込まれる。
鐘の音と王妃。
消えたララ。
ドクドクと心臓が走り出す。
「では処分を下す」
「陛下」
普段のエリザベスならば、国王の言葉を遮るなど愚かな事はしない。だが、エリザベスは高揚感を抑えられなかった。
確信はまだ得られていないが、ほぼ間違いないだろう。
そうですか、そうですか、なんと面白い。
「お伝えしたい事が御座います」
「……聞こう」
言葉を遮られ、国王は少しだけ不機嫌なそぶりを見せるが、相手は自分の息子の暴走の被害者だ。寛容な素振りを見せてやらねば。
「王家としては、可能な限り、そなたの希望を叶えるつもりだ」
「寛大なご配慮に感謝致します。ただ今、私は特殊な状況に置かれておりますゆえ、無礼な発言があるやもしれません」
国王はやや表情を崩すと、怯える少女に諭すように言った。あたかも、理解ある偉大な父のように。
「そなたの状況は理解しておる、当然、そなたの責任でもない事もな。エリザベス・バーナードの発言に対し、不敬を問う事はないとする」
エリザベスは歓喜した。
「げーんち、取ったっぴ」
楽しいパーティーを開催するおつもりなら、このエリザベスがファーストダンスを踊りましょう。
「どうした?」
「陛下、私、申し上げたい事が御座います」
「許可する」
エリザベスはそばに控えていた騎士団長に向き直る。皆は息子の暴走に対し父親に文句を言ってやりたいのだと思ってた。ところがだ、エリザベスの口元は三日月のように弧をえがく。
「騎士団長様におかれましては、先月にお一人、今月はお二人、お子が誕生されたとか。ふふふ」
ハッピーバースデーの話題であった。
突然の追加情報に最初に反応したのはジャスティンであった。
「さっき、25人だって言ってただろ!」
「ええ、あの後、家の者から報告がありましたの。知ってしまったら、どうしてもお話ししたくって」
“困るわー真実の刑困るわー”などと言う被害者エリザベス。
ジャスティンの母は妊娠していない。当然愛人の子供達だ。
「いやあ、何人いても赤子は可愛いですなあ」
突然のお祝いに戸惑うどころか照れる騎士団長。お父さん、今、謁見中ですよ。一方で息子は父を怒鳴り付ける。
「ふざけんな!エロ親父!」
「何を言うか。お前はまったく、30人兄弟のお兄ちゃんなのだぞ。自覚を持てい」
「愛人12人とか、ありえないだろ、そんなんだからお袋に“帰ってきても邪魔”とか言われるんだ」
「かっーー!お前は男と女というものを分かっておらん。それはアレだ“デンデレ”とか言うやつだ」
「ツンデレな!あと、お袋は違うからな。この種蒔きジジイ!」
「こいつぅ、上手いこと言うではないかぁ」
「褒めてねぇから!生まれてきた子供に罪はないけど。お袋やミリヤが傷付くとか考えてなかったのかよ」
「妻達の事は13人全員愛しておる。もちろん子供達もな。それに娘というものは、父親が理想の男なのだぞ」
「不潔って言われてるよ!俺もだけど!」
筋肉親子の喧嘩が始まってしまっので、エリザベスは楚々とした動きで大神官の元へ。
「大神官様」
まるで好々爺のような慈愛を感じさせる風貌。久しぶり会う彼は元々涼しげな頭部から、完全に毛髪が絶滅しかかっていた。
「バーナード嬢、この度はなんとお詫びして良いか」
「とんでもない事で御座います、ですが、1つお願いが御座いますの」
「ええ、ええ、私に出来ることなら何でも言っ……」
エリザベスは侍女から受け取った1冊の本を見せると、大神官の時は止まった。息してるかな。気にせず、エリザベスは翁に頼み込む。
「これにサインを頂戴できますか?」
その本の題名は「神官達の恋文」。
「明日、店頭に並ぶとの事でしたが、どうしても早めに手に入れたくて、知り合いに都合してもらいましたの。王宮に出掛ける直前に我が家に届きましたのよ」
大神官の心の恋人の夫は出版を手掛ける商会の会長だ。友達に恋文を回覧する女が夫に見せない訳がない。その夫も大概な性格で、著名な神官達の恋文を本にまとめた。心の恋人は「素敵なサプライズになるわ」と喜んでいるそう。
「残念ながら、皆様のお名前は仮名となっておりますが、大神官様は第三章から第五章まで、かなりの頁数を締めておりましたわ」
大神官は硬直したまま微動だにしない。どっかの種蒔きオジサンと違い「恥」という概念を知っているようだ。
「な、な、なんて事だ、神よ」
やっと、絞るように出た、その言葉にファエルが怒りを見せる。
「貴方に、神を語る資格があるのですか」
「何を言うか。お前は」
「こんな気色の悪い手紙など書いて、父上は恥ずかしくないのですか!」
ファエルは、エリザベスがプレゼントした大神官の手紙を床に撒き散らす。ハラハラと舞い落ちる用紙を見て大神官は叫んだ。
「それは私の竜王伝ではないか!」
「だいたい何故貴方が金髪なのです。生えてきても焦茶色でしょう」
「黙れ!光の加減で黄金のように輝いて見えると言われているのだぞ」
「それは禿げです。己を偽るのは止めて下さい」
「抜け切ってはおらん、抜け切ってはおらんぞ!」
「それから、何ですか、この“彫刻の如き、均整の取れた美しき肉体”って。筋肉が欲しければ体を動かして下さい!母上にも運動不足だと言われていたでしょう。ああ、父上がこんな薄気味悪い手紙を女性に送り付けていると知ったら、母上はどんなに悲しむか!」
「う、うるさいっ。私の心は私だけの物だ!心はどこまで自由なのだ!」
大騒ぎしてる息子達に向かって、騎士団長は諭すように言った。
「大体な、お主らと何が違う。あの“ロロ”とか言う娘とお前達のように、4人に絞れば良いのか?」
「そっ、そう言う事じゃない。あと“ララ”だからな」
自分達の事を言われて、ジャスティンは動揺した。男女が逆転しただけで、ララとの関係も大した違いはない。
「そうだ、ファエル。お前も“例え、結ばれなくとも心を捧げたい”と言っておったであろう」
「それは……」
己の発言を指摘されてファエルも押し黙る。
「確かに、違いはありません。私達と父上方は同じです」
そう言ったのは、父である宰相を睨みつけるように見つめるセストだった。
「ですが、私達は間違っています。己の身勝手な感情で、周囲の人間を傷付けていいはずがない。愚かにも気が付いたのは、先ほどですが、私達は婚約者に誠意を持つべきだった。誠心誠意、謝罪をし、赦しを得るべきだった。ましてや、驕り高ぶって、自分のために誰かを利用し、踏み付けるなど、人として最低の行為だ!」
セストは自分の父親に向かって、直接意見を述べることは、これまで許されなかった。婚約破棄騒動の中でも、宰相は静かに彼を切り捨てていたのだ。
「戯言を」
だが、宰相には息子の言葉は届かない。悔しげに俯くセストに侮蔑を含んだ視線を向けると、次にエリザベスを見やる。
「バーナード嬢は少々おしゃべりが過ぎるのではないですか」
「あらまあ、いけませんね。私ったら。ですが、宰相閣下にもお伝えしたい事が御座いますのよ」
「何です」
さっさとこの騒動を終わりにしたい。そんな感情が見え隠れする神経質そうな男に向かってエリザベスは優雅に微笑んでみせる。
「宰相閣下、並びに騎士団長様、大神官長様。この度は婚姻のご卒業おめでとうございます」
謁見の間に静寂が降りる。この沈黙。間違いなく、宰相達は気が付いていなかったとエリザベスは確信した。
「何です、藪から棒に、それに“卒業”とは」
「最近では離縁のことを“卒コン”と言うらしいですわ」
動揺を隠す宰相にエリザベスは親切に教えてあげる。
「離縁、母が……ふざけるな!」
それを聞いていたセストが叫び、そのまま宰相に襲いかかる。彼は決して暴力的な人間ではなく、むしろ格闘技は苦手としていた。だが、宰相も同様で、相手は若い青年で宰相は文官職の中年だ。簡単にセストに組み伏せられる。
「よくもっ、よくもっ。あんなに尽くしてきた母上を!」
セストは宰相に乗り掛かり拳を振り上げ、それは何度も繰り返される。
「ゴミのように切り捨てるなど!」
ジャスティンやファエルは、父親の真実を知るまでは悪い関係ではなかった。しかし、セストにとって父は絶対的な存在であり、母を苦しめる悪、そして恐怖の対象であった。
「この人でなし!」
エリザベスは何でも暴力で解決することはスマートではないと考える。だが、宰相に関しては一発お見舞いしてやりたいくらいには嫌悪してるので、いいぞセスト、もっとやれといった感想しかない。
そして周囲を見ると、控えている近衛騎士は動く気配はない。これは通常ならありえない。国王の右腕でもあり、文官達のトップである宰相が相手が息子とはいえ、暴行を受けているのだ。
制止しない。これは権力者の意向。
その事から考えられるのは、この場で最も権力を握っているのは国王ではないという事だ。
この場を。
この王宮を掌握しているのは国王ではない。
王妃だ。
結局、1話でまとめられず…
申し訳ない!