03.コンサルタントお嬢様
「それにしてもだな。エリザベス」
ハリード王子は何やら可哀想なものを見るような視線を向けてきた。それが相談に乗ってもらうものの態度だろうか。
「そういうところだぞ」
「こっちの、台詞ですが。いえ、何ですか?」
とっとと、この相談会を終わらせたいので喋らせてやろう。
「“真実の刑”の効果か、そなたが、さほど悪い人間でないことは分かった。だから、あえて、助言をしてやろう。そのように周囲の者を手足のように扱っているから誤解されるのだ」
どうやら、指示を出さずともテーブルと椅子を運んできた侍従や、簡単につまめる焼き菓子とお茶を用意した侍女について言っているようだ。
「動いてもらって当然のような態度は、あたかも臣下を使い捨てにする暴君のように見えると、ララが言っていたぞ。反省するといい」
得意げにララの受け売りを話しているが、己のことは見えていないらしい。それに命令されなくても、主人の要望に応えられる優秀な者達がどれ程の価値があるのか知らないなんて。
「殿下は手に怪我をしたら腕を切り落としますか?」
「大袈裟だ。手当をすればいいだろう」
「足を蹴ってくるような輩がいたら、笑って許しますか」
「そんな馬鹿者許してたまるか」
「同感です」
香り高い紅茶を一口飲み、ララの「純粋な笑顔」とは全く違う貴族らしい微笑みをつくる。
「私は、私の手や足に危害を加えるような輩を許しません。私の代わりに手となり足となり、目や耳となる者達がどれ程貴重か」
己の分身の如く、信頼の置ける人材は金や宝石にも優る、掛け替えのないものだ。そして、彼、彼女らの忠誠は決して金銭で買えることは出来ない。
「なので、もし、貴方がたが私の配下に何かしようものなら、全力を持って叩き潰しますので、お覚悟持って下さいましね」
ふふふと声に出して笑うとハリード王子は、素早くジャスティンの背中に移動して叫ぶ。
「無駄に迫力を出すな!」
「たわいも無い雑談じゃないですか」
そう言いながらエリザベスはテーブルに置かれたこのクッキーに手を伸ばす。バラのジャムが練り込まれており、頬張ると口に花の香りが広がり、尖った気持ちが安らぐ。黙っていても、これらを準備できる彼らの優秀さと言ったら!
「殿下にはあげませんけどね」
「いらん。だが、先ほどの“私の手や足に危害を加えるような輩を許さん”と言う台詞は二度と口にするな。今度、私が使うからな」
「著作権など、ございませんのでご自由に」
「本当か?なら“どのような立場になるかではなく“どのような振る舞いをし、何をなすか”も私の言った事にして良いか?」
「あーはいはい。好きにして下さい」
「はっはっは、エリザベス、やはり、そなた悪い人間ではないな」
懐かないで欲しい。しかも、30分と時間に制限をかけたのに、横道に外れている。やはりハリード王子に喋らせるのは時間の無駄だ。
「そもそも、殿下に手足となる者がいないから、ララさんを行方不明にならせてしまったんじゃないですか」
私の周囲の者達なら、ララの所在が分からなくなるなんて事はないだろう。例え無断外出をされても、尾行し詳細を報告してくるはずだ。
「失礼な、ちゃんと信用できる人材を確保していましたよ」
セストはクイクイ眼鏡を押さえながら否定するので、詳しく話を聞いてみる。
話をまとめると、ハリード王子達は噂通り、ララに淑女教育をさせていたそうだ。なけなしの個人資産を出し合って、教師やララ付きのメイドを3人も雇ったというのだ。
「よく、王宮に滞在許可が降りましたね」
「王宮と言っても中央宮でも、東宮でもないがな」
中央宮は夜会が行われるメインホールや議会が行われる大会議室などがあり、訪れた他国の外交官などをもてなす宿泊用の部屋もある。対して東宮は王族の居住区だ。
ララが滞在していたのは王宮の端っこの端っこ、西宮の隅にあるあまり使用されていないという独立した小さい館だ。エリンジウム館という、その館にメイド3名とララが暮らしていたという。
通いで教師が訪れていたが、勉強が得意でないララは時折、無断で外出しており、今回、姿が見えなくなった時も、息抜きに城下に降りているのかと思ったそうだ。ところが、夕方になっても帰宅せず、とうとう朝を迎えてしまったとのこと。
「逃げたんじゃないですか」
学園に在学中の様子を見ただけで、勉強は得意でも好きでもないことが分かる。おまけに努力も嫌いだ。ありのままのララではお姫様になれないことが分かったんだろう。
「ありえない」
「フラれたんですよ」
「ありえない!」
「はい、解決しましたー」
「真面目にやれ!」
貧乏になった王子に見切りを付けた説が一番濃厚なのだが、ハリード王子は納得しない。確かに以前より自由になるお金は減ったが、一応は王子だし、大切な金づるだ。逃げるなら、もっと金を引っ張ってからだろう。
「よろしいですか?」
「どうぞ」
セストが生真面目に手をあげた。
「先ほど、エリザベス嬢が仰っていた“手足”の件です」
「そうそう、メイド達はどなたのご紹介で雇ったんですか?」
「いえ、貴族女性を雇うとララが気後れする言い出したので平民から募集をかけました」
「推薦者はどなたですか」
「おりません。公平性を保つべく本人の人間性を重視して選考しました」
これもララの受け売りか。推薦者のいない平民ならば給金も安く済む。おそらく、ララはハリード王子達から貰うプレゼントや小遣いが減る事が嫌だったのだろう。
「気になりますね」
ララが小遣い目当てに安く済む平民からメイドを雇いたいと言うのは予想の範囲だ。
しかし、通常、貴族が雇う使用人は横の繋がりから紹介される。つまり人脈だ。高位貴族であれば代々仕えている使用人の一族もいるし、彼らは能力も信用度も高い。その中には下位ながらも爵位を持ったもの達もいる。
まして王宮に出入りする人間は、最高の人材でなければならないため、もっと厳重に精査される。能力面は勿論だが、人柄重視で選ばれたメイドなど、いくら王子達の個人資産から雇うと言っても簡単に許可が降りるとは思えない。
「先程からメイド達を怪しんでおりますが、私達は彼女達と直接会って話し、採用に至りました。良い人達ですよ」
ファエルがメイド達を擁護した。
高位貴族が雇い主である場合、直接メイドの採用に関わる事は滅多にない。自分達で使用人の人となりを確認するのは珍しい。
「ララ本人も気に入ってたぞ」
ジャスティンもファエルに続いてメイド達を庇う。しかし、学園で男子生徒としか交友関係を持たなかったララが気にいる女性達とは一体どんなメイドなのか。
「最終確認は誰が?」
「ここにいる全員で確認したから問題はないでしょう」
セストは言い切るが、その自信は何処からくるのか。さっきまで、エリザベスはララの虐めの主犯で、誘拐犯であった。こぞって節穴の目を持つ4人の「問題ない」は信用できない。
「あのですね。確認とは、会って話したり、経歴書を読む事ではないんですよ」
調理場担当のメイドを雇おうと募集をかけたとして、デタラメな経歴書を持ってくる者も当然ながら存在する。もしくは経歴書には王都で五代続いてる老舗宿屋の三女と書かれていたが、調べてみたら本物の娘は2歳だったなどと言った事もある。
「応募してきた人物が経歴通りとは限りません」
経歴書なんて、いくらでも偽造可能だ。その点、親しくしてる貴族の紹介や、昔から仕えている使用人の縁者など、信頼性は高い人物だといえる。
「そんな事を毎回確認しているのか?」
「少なくとも我が家の採用担当者、家令や執事、侍女長や家政婦長は何かしらの方法で確認してますね。王宮でも行っていると思います」
バーナード家は紹介が多いのですがと付け加える。
「殿下が思う以上に、我々は皆から守られているのですわ」
主人の安全に努めているのは護衛騎士だけではない。間者や不審者を侵入させないよう、家令達もまた細心の注意を払っているのだ。
「知らなかった」
「知るべきです。我々は彼等の献身を知らなければなりません。それは上に立つ者としての最低限の義務です」
元婚約者の言葉に少し考え込むように目を伏せた。
しまった、また話しが横にそれてしまった。
「ともかく、そのメイド達からの調書があるのなら見せてください」
「調書?」
何それって顔するのやめてください、王子。
「……では、聞き取り調査の結果を教えて下さい」
ハリード王子に代わりセストが口を開いた。
「昨日の昼頃、ララが見当たらないと報告を受け、今朝になっても帰宅しないと聞きました」
「それから?」
「以上です」
「それだけ?」
「はい」
キリリと言い放たれ、エリザベスは苛々で呼吸困難に陥る寸前だ。そんなものは聞き取り調査とは言わない。だが、同時に気付く。婚約中、相手にするのが面倒臭かったため、適当に良きに計らっていた事を。この馬鹿さ加減は自分にも責任の一端はあるかもしれないと、ほんの一瞬だけ考えてしまう。何せ初対面でお互い印象が悪く、最低限の付き合いしかしていなかった。
「でも、私、教育係ではございませんし」
何が楽しくて同じ年の婚約者の育成をしなければならないのか。だが、しかし向き合う事を放棄していた事も真実であった。
「何をブツブツと言っている?」
「いえ、何でもありません。過去は、過去です。未来について考えましょう」
今はララ失踪についての情報があまりにも少ない。
「改めて、メイド達に聞き取り調査をして下さい。皆様ではなく警備担当の騎士に質問をさせる事。自分達で行なわず、必ずプロに任せなければダメです」
「俺がやる」
騎士を目指しているジャスティンが立候補したが、却下だ。
「却下です。貴方は捜索訓練も受けてないし、経験もないでしょう。本当にララさんを救いたいなら相応しい能力のある者に任せるべきです」
ただでさえ、思い込みで突っ走り、バーナード邸まで来てしまい、時間を無駄にしてしまっているのだ。もし、本当に誘拐なら時間との勝負だ。
「だけど……いや分かった」
ララの事を考えてか、ジャスティンは素直に引き下がった。
「これでララさんが見つかるかは分かりませんが、今できる事は捜査のやり直しです」
「そうだな」
ハリード王子は珍しく素直に従った。
「感謝するぞ、エリザベス」
「は?」
続けて礼を言うのだが、エリザベスは驚き過ぎて固まってしまう。10年間婚約していたが、お世話係のエリザベスに感謝した事はあっただろうか。
「それから、これまでの事、全て、すまなかったと思っている、悪かったな」
「え?ええええ?」
さらには謝罪の言葉が飛び出した。エリザベスはハリード王子は「ごめんなさい」と言う言葉を知らないと本気で思っていたのだ。
戸惑うエリザベスに向かって、ハリード王子に続きセスト達も謝罪の言葉を紡ぐ。
「今までの無礼を謝罪します」
「誤解していて、申し訳なかった」
「許して頂けるとは、思いませんが、謝罪させて下さい」
エリザベスの彼等に対し、馬鹿でマザコンで脳筋で根暗で極力関わりたくないという認識は変わらない。
「謝罪を受け取ります」
だが、受け入れないという選択肢を選ぶほど狭量でもなかった。
「そろそろ時間だな」
「はい、ララさん見つかると良いですね」
真実の刑は実行中である。これはエリザベスの本音だ。彼等がやっと帰路に就くと思った時。
騎士の集団がこちらに向かってくるではないか。しかも、純白に金のラインの入った制服は近衛騎士だ。彼らは門の前に止まると馬を降りてくる。
「重大犯罪の恐れ有りとの事。急ぎ、王宮へお越しください」
隊長らしき男は無表情で言った。
「いや、待ってくれ」
それを制したのはハリード王子だった、セスト達もエリザベスを庇うように立ち塞がる。
「エリザベス・バーナード嬢は無実だ。私が保証する」
信じられないが彼等はエリザベスを守るつもりのようだ。1時間前までは有り得ない光景にエリザベスは戸惑った。
だが、無情にも騎士は言うのだ。
「はい、エリザベス・バーナード嬢は被害者です。第一級禁術無断使用の疑いで、ハリード殿下、以下三名。ご同行下さい」
エルドラ国第一級禁術「真実の刑」。
聖なる神聖魔法により、全ての真実を明らかにする。
対象は国家反逆罪が確定した売国奴など。
使用するためには、国王、宰相、大神官、騎士団長、法務大臣、王立最高裁判官、内、最低三名の許可が必要である。
「あーやっぱり、無許可でしたか?」
有無を言わさず、馬車に詰め込まれる四名を眺めつつ、エリザベスは紅茶を口に含む。いつのまにか、温かい茶に入れ替えられている。
「待て!誤解だっ誤解があったのだ!」
「これから、ララの捜索があるんです!」
「放せーー!」
「神よ、愚かな我々をお許しください!」
「はいはい、城で陛下がお待ちですよ」
「ララー!ララー!」
「ララ嬢でしたら、またドレスショップかカフェでは?」
エリザベスはふと考え、格子門を開け4人が詰め込まれた馬車に駆け寄る。
「殿下っ。お聞きください」
せっかく乗り掛かった船だ。アフターフォローの助言もしてやろう。
「陛下に“全ては自分の責任だ”と申し上げて下さい」
「わ、分かった」
動揺しつつもハリード王子は頷く。
「さすれば、きっと殿下の斬首で、他の3人は許されますわ」
エリザベスは片目をつむって、親指で首を引っ掻く仕草を見せる。
「は?」
「ご自分を犠牲にし、友を守る。ご立派で御座います」
「いや、待て、死ぬ以外の責任の取り方とかないか?」
「いけない、私ってば、浅はかですね。むしろ、固い絆で結ばれた皆様は死なば諸共ですか?」
そして馬車は王宮へと走り始める。
「エリザベスは感動致しましたーー!まっこと素晴らしき友情で御座いますーー!」
「違ーーう!他の方法、他のやり方教えてくれーー!」
ごめんなさい!まだ続きます!
始まって早々で申し訳ないのですが、
ストックがなくなってしまったので、
更新に少しお時間もらうかもしれません。