02.残酷な真実
「うう、母さまぁ」
セストはまだ、幼子のようぐずっているが、落ち着いてきたようだ。しっかりジャスティンが手を繋いでるし、もう大丈夫なはずだ。
「さあ、もうお帰りください。これ以上、居られたら、また余計な発言をしそうです」
「なんだと、何か隠しているなら吐け!」
しまった、言い方間違えた。そう思ったが、ハリード王子に命じられるまま、エリザベスは答えてしまう。ただし、ララ関連ではない。
「例えば騎士団長様は“英雄色を好むのだ”と仰っていて愛人が12人おられる事でしょうか?」
ビックリ・ジャスティンはセストを放り投げてしまった。優しくしてあげなさい、心は幼児だぞ。
「そ、そんなに、大勢。冗談だろ?」
「いえ、真実です」
確かに多過ぎる。ところが騎士団長は恥じる様子もないので、堂々としたもの。この件に関しては簡単に情報が手に入った。鈍感なジャスティンは気付いていないようだが、奥方と妹君は知っているはずだ。
「お子さんも25人いるそうですよ、ジャスティン様は同父母の妹君と合わせると27人兄弟ですわね」
騎士団長は子供だけで小隊が組めると得意げで「隊長は長男のジャスティンだ」とお酒の席で話していると聞く。
「それから騎士団長様には、ご自身がとても気に入ってる通り名がございますが、その……」
「何だ!はっきり言ってくれ!」
「“種馬団長”です」
「気に入ってんじゃねぇよ、エロ親父!」
この国では側室と愛妾の子であれば、継承権も相続権もあるが、愛人の子にはない。それらを与えるには正妻の子供として養子にする必要がある。一応は、争いにならないよう考えているようだ。
「あと、妹君が団長様とジャスティン様と口をきかなくなったのは、“不潔な浮気者だから”だそうですよ」
「思春期だからではないのか!?」
「違います。“気持ち悪い。腐って、もげればいいのに”とご友人に話していたそうです」
「うわーーーー!」
絶叫・ジャスティンから、ほんのり距離を取るファエルと目が合ったためか、大神官について思考が巡らされた。
「まさか、そんな……」
自分の父親にも浮気相手がいるのか。
「はい、大神官様は奥方とは別に愛する方がいます」
後ずさるファエルに真実の刑。
「ああ、なんて事だ。父上は誠実さは美徳だと仰っていたのに」
「ご安心下さい。プラトニックな関係だそうです」
「……大切なのは心のあり方だと仰っていたのに」
大神官の秘密の恋は種馬団長と対極にある不倫の形で、エリザベスはどちらがマシかは分からない。何故なら若い頃より清廉潔白さを求められてきた大神官は、かなり拗らせている。
「大神官様はその方を“心の恋人”と呼んでいるそうです。その方は大変人気のある方で、他の神官仲間も思いを寄せてるようですね。心の恋人さんが既婚者のためか、皆様、生涯抜け駆けしないという誓いを立てているそうですよ。さすが神職にあられる方はストイックですね」
身体的接触がなければ良しと言う考えなのだろう。心の浮気は罪にならないらしい。
「それから熱烈な恋文を何通も何十通も書いておらます。また、心の恋人さんは“皆さん素晴らしい文才”だと言って、貰った恋文を友人達に披露しているようです」
調べたところ、心の恋人は決して、晒し者にする意図はなく「素敵なお手紙をもらったから」と言い、ただ皆にも見てもらいたいという単純な理由で友人達に回覧している。どこぞの人工天然素材の行方不明の令嬢とは違う。何をしでかすか分からない本物の天然女こそ、最も恐ろしいとエリザベスは思う。
そして神官達の恋文の中でも、大神官の手紙の内容は、少々変わっている。自分と心の恋人をヒーロー・ヒロインにした小説形式の恋文なのだ。しかも大神官は、身分を隠した王族、さすらいの騎士、野性味溢れる冒険者、世界を救う英雄などなど。様々な設定に変わる。
共通している事は、本人達の名前、最終的に悪を倒してヒロインと結ばれる事、そしてヒーローの容姿が金髪の長髪という事だが、実際の毛髪量はゼロに等しい。きっと自分の理想の姿なのだろう。
何故、そんなに詳しいのかって?
「ツテで、何通か手に入れたんです。もちろん、筆跡鑑定もしましたので、本人の直筆である事は確認しています」
そう説明していると、侍女が銀のトレイに手紙の山を載せて持ってきた。公爵家の使用人は優秀なので、何も言わずに主人の気持ちを汲み取って動いてくれる。
「一部ですが、読んでみますか?」
「こ、こんなに沢山あるのですか」
ファエルは震える手で手紙を受け取ると内容に目を通す。
「間違いなく、父の文字です……」
ファエルの瞳からホロリと雫が溢れた。父の物語が息子の心を揺さぶったのだろうか。
「それは農村に住む勇敢な青年である大神官様が、悪徳貴族に攫われたヒロインを助ける物語ですわね」
「この“風の如く颯爽と現れた輝くような美貌の青年”というのが父なのですね……その後に続く、髪についての描写がさらにネチネチとしつこいようですが」
「ええ、他の物語でも髪の描写は丁寧、かつ細やかに表現されています」
大神官なりのこだわりがあるのだろう。また、この物語では大神官は珍しく普通の農民だと思っていたが、終盤で伝説の竜の生まれ変わりだと明かされる。そして古の力が覚醒し、圧政を強いていた王を倒して国を救うのだ。
その後、ヒロインと結ばれて王となるのだが、今世はただの農民であった大神官が、国を統治出来るのか不安が大き過ぎるので、エリザベスとしてはハッピーエンドではない。
「竜の能力の描写は国王軍に対しての破壊活動だけなんですよ。ヒロインが王族や貴族なら、まだ安心感があるのですが、ただの心優しい村娘で、特徴は国一番の美女としか書かれてません。あっ」
ファエルは両手で顔を隠すように覆ってしまった。いけない、自分はなんて事をしてしまったのだろうか。
「私ったら!申し訳ございません。ネタバレしてしまって」
「いえ、大丈夫です。竜……そうですか。ははっ。へぇ、竜かぁ。あはは」
「よろしければ、そちらは差し上げますわ」
「アリガトウゴザイマス」
ファエルにも感想を聞いてみたいがダメだろうか。侍女達の意見は満場一致で「気色悪い」だった。
セストだけでなくジャスティンやファエルも塞ぎ込んでしまった。それに対して、耳を塞いで叫ぶハリード王子。
「あーーーあーーー!私は聞かない、何も聞かんぞ!」
この人、最近まで王太子だったのよね。と、エリザベスは悲しい気持ちになった。
「大丈夫です、殿下」
「ほ、本当か?そんなことを言って、陛下の恥ずかしいポエムとか自作の歌があるとか言い出さないだろうな」
「ええ、陛下は何年も前に学生時代からお付き合いしていた愛人とは関係が終わってますし、隠し子もおりません。恋文も出回ってはおりませんよ。ただ王妃様との関係修復は微妙と言わざるを得ませんが……」
「良かった!思ってたより、ずっとマシだ」
ハリード王子はホッと胸を撫で下ろすも「いや、マシ?本当にマシなのか。母上と上手くいってないのか?いつから?」と自問自答している。
「さてと。もう、よろしいでしょうか」
そろそろエリザベスがララについて語る事はないと理解できただろう。これ以上、話していても死人に鞭打つ真似をしてしまうだけだ。エリザベスに加虐趣味はない。ハキハキと暴露しているように見えて、これでも胸を痛めてるのだ。
「いや、もう少しだけ時間をくれ」
帰りを促そうとすると、ハリード王子が拒む。確かに他の面々も顔色が悪い。屋敷には絶対入れなくはないが、そのまま休憩くらいはさせてやっても良いかと考える。
「どうしたんだ、殿下、早く城に戻ろう。俺は親父と話さなきゃいけない事ができたんだ」
「いや、このまま城に帰っても、ララを探す手掛かりがない」
「確かに、今、戻っても状況は変わりませんね」
「セスト、そうは言いますが、貴方は大丈夫なんですか?その、精神的に」
「問題ありません。いざとなれば、背中をトントンして下さい。気持ちが安定するので」
「よし、任せろ」
「いえ、ファエルにお願いします。ジャスティンは力加減がおかしい」
「優しくしただろ!」
何やら、顔を寄せ合って相談している。早く終わらないかな。馬鹿でもマザコンでも脳筋でも根暗でも、王侯貴族だ。これから、お茶の時間なんで、あとは勝手に帰って下さいと言えない事が辛い。
「エリザベス」
しばらく、ボソボソと会話を続けていたハリード王子達はやっとこちらに向き直ったので、サクッとカーテシーを見せ付ける。
「はい、では、皆様、ご機嫌よう」
「違う、聞け」
何だと言うのだ。お別れの挨拶以外、もう話す事などないと言うのに。
「ララの行方がわからない」
「ええ、さっき伺いました。それでは、失礼致します」
「城から姿を消したのだ」
「そうですか、さようなら」
「攫われた可能性が高い」
ハリード王子の人の話聞かないモードが発動している。
「はっ!」
エリザベスの直感が働いた。久々にぶつけられた忌々しい選民意識。これは王族特有の図々しさで「察して、良きにはからえ」と言っているのだ。
「嫌です」
断った。
真実の刑がビンビンに効いている。
「まだ、本題に入ってないでしょうがぁーー!」
情緒不安定なセストの叫び声が響いた。
「分かります。無理です」
「何で無理なんだっ。聞いてみないと分からないだろう」
「ジャスティン、痛い。痛いです!」
セストの背中をドンドンと打ちながら、ジャスティンが格子門に詰め寄ってきた。叩き方が強過ぎるし、さっき、お前は叩くなって言われていなかっただろうか。
「どうせ、ララさんを捜索しろとか言うんでしょう」
エリザベスは長らく、ハリード王子の婚約者というお世話係を担っていたのだ、言いそうな事は分かる。
「バーナード騎士団を動かしてくれればいいんだ」
「それが一番、やってはいけない事です。ララさんは王宮で消えたのでしょう?近衛騎士の管轄ですよ」
越権行為も甚だしい。
何より、王子と婚約解消したエリザベスが、私設騎士団を王宮に送り込んだら、とんでもない誤解を招くだろう。
「それは、分かっている。だが!」
「私が動けば無用な混乱を招きます」
「くっ……ララ」
「ララァ」
「ララッ」
「ララ……」
エリザベスがハッキリ断ると、ララララララララと全員が呟く。下手くそな発声練習のようだ。そして出来ないものは出来ないと理解はしてるようだが、帰る気配はない。
仕方なく、エリザベスは多少譲歩してやる事にした。言葉のナイフでブッ刺した事に、少しだけ罪悪感を感じているのだ。
小さくため息を吐き出すと、公爵家の侍従達が東屋に置いていた屋外用のテーブルと椅子を運んできた。エリザベスがそこに座ると、すぐに専属の侍女が紅茶を入れる。最近気に入っているブレンドティーだ。
「30分だけ、話を聞きます。それで状況を整理しましょう」
「おおっ。エリザベス!そなた、意外と話の分かるヤツだな。初めて知ったぞ」
「話を聞くだけですからね」
はしゃぐハリード王子達を見てるとイラッとするが、こちらも、少々気になる事があるので、城の情報を聞き出すついでだと考えれば、無駄な時間にはならないだろう。
「おっと……」
余計な事を口走らないようエリザベスはララについて意識を向ける。