01.ザマーズの襲来
ざまあされた王子、宰相の息子、騎士団長の息子、大神官の息子が、真実によって精神的にボコボコにされます。
「エリザベス・バーナード!エルドラ王国第一王子の名において貴様を“真実の刑”に処す!」
バーナード公爵家の敷地内、荘厳な城が奥に見える中庭へと続く格子門の前。
何やら騒ぎが起きてると聞きつけ、出向いてみると、エリザベスの元婚約者のハリード王子、宰相の息子であるセスト、騎士団長の息子であるジャスティン、そして大神官の息子であるファエルが気取ったポーズで並んでいる。
見覚えのある光景を見て、エリザベスは嫌な気分に襲われた。
ともかく父の代わりに対応しなければと考えていると、ハリード王子は高らかに宣言し、伴っていた大神官の息子であるファエルが神聖魔法を発動させる。
「一体、何を!?」
驚愕するエリザベスを黄金の光が包み込む。
「真実の刑」それは、真実のみを口にすることしか出来なくなる神聖魔法。上級神官のみ取得が許された魔法であった。
「もう、嘘やごまかしは不可能だぞ、ララを誘拐し、どこへ連れ去ったか包み隠さず白状するがいい!」
ハリード王子が勝ち誇った顔で指差した先にいるエリザベスは答える。
「知りませんけど」
エリザベスの返答に4名に沈黙が降り、そして全員同じ台詞を宣うのだった。
「馬鹿な!」
また厄介な事に巻き込まれてしまったと思った瞬間に、口が反応してしまった。
「馬鹿は貴方がたでしょう」
なるほど、これが「真実の刑」の効果か、などと思案しつつ、エリザベスは学園の半年前の卒業式での夜会を思い出す。
エリザベスとハリード王太子は幼い頃から、王命によって結ばれた婚約者同士だった。しかしながら、ハリードは彼女の事を気に入らず、学園で出会った平民上がりの男爵令嬢ララと親密になり、エリザベスを蔑ろにするようになった。
本来なら側近候補や学友であった、宰相の息子セストや、騎士団長の息子ジャスティン、大神官の息子ファエルが諌めるべきであったが、揃ってララに傾倒してしまった。それぞれ婚約者がいるにも関わらず。
そして今から半年前。
愚かにも卒業式での夜会で婚約破棄宣言。さらにはララを虐めた事を謝罪するよう迫った。
しかしながら、エリザベスがララを虐めた証拠はない。あっさりと濡れ衣がはれた。また大勢のいる場での婚約破棄宣言だったので、ハリードとエリザベスの婚約は解消となり、2人はめでたく他人となったはずだった。
愚かな事をした王子達に罰が下り、王子は王太子ではなくなり、ただの第一王子に格下げとなる。他の3名も後継者の立場を外された。エリザベスはおそらく5歳下の第二王子が成人と共に王太子に任命されるだろうと考えている。
慰謝料として、かなりの個人資産を無くした4人。しばらくは、大人しくしていなければならないだろうと思われていたが、最近ではララに教育を施し、立派な淑女となった平民上がりの男爵令嬢と王子が結ばれるという、物語を展開させ、国民の人気を得て返り咲こうと画策していると噂されていた。
「ファエル、今の本当に“真実の刑”だったのか?間違えたんじゃないのか?」
初めに口を開いたのはジャスティンだった。その言葉にファエルは顔を青ざめつつ横に振る。
「間違いなく“真実の刑”です」
「では、エリザベス嬢はララの誘拐に関わっていない……という事ですね」
かなり動揺しているのかセストはグリグリと眉間を押さえている。
どうやら、ララが行方不明のようだ。きっと、まともに捜査もせず、エリザベスが犯人だと決めつけ公爵邸に押しかけたのだろう。この4人は未だにエリザベスがララを虐めていたと信じ込んでいるのだ。面倒臭いなと思ったエリザベスは、さっさと追い返すことにした。
「疑いが晴れたようなので、お帰りください」
「いや待て、他の者に命令した可能性もあるだろう」
「いいえ、私の配下も、派閥の者も、公爵家も、ララさんに関わっておりません」
エリザベスはハリード王子を遮ると、再び驚愕した4名に告げた。
「せっかくですので言っておきますが、私や私の関係者が学園在学中にララさんを虐めたなどという事実もありません」
「馬鹿な!」
再び、同じ台詞を叫ぶ4人。
語彙力がないのだろうか。
「ですから馬鹿は貴方がたでしょう。お引き取りください」
「エリザベスが何もしていないなら、何故ララが嫌がらせを受けねばならなかったのだ!」
悲劇のヒーローぶって、頭を抱える元婚約者を見て、他人になれて本当に良かったと思う。しかし、このままでは埒が明かない。せっかく「真実の刑」にかけられているのだ。真実を突きつけてしまおう。
「殿下が宣言なさったでしょう。ララさんを側室にも愛妾にもするつもりもないと」
全く理解していない様子の4人に説明をしてやる。あれはララが転入し、半年ほどたった頃だろうか。ララと4人の距離が普通の友人と呼べるものではないと噂され始めていた時の事だ。その頃までは、ララに対して極端な態度を取るものもなく、皆が対応を決めかねていた。
そんな状況の中、ハリード王子は学園のカフェテリアで、大勢がいる前で発言したのだ。「ララは私の愛する女性で、側室にも愛妾にもするつもりはない」と。
「今、振り返ると、殿下はララさんを真実の愛のお相手であり、妃となる女性だと言いたかったのだと、分かりますが、当時は学生の間だけのお相手だと皆は認識したのです」
「馬鹿な!」
だから、語彙力。
いちいち、指摘していると話が進まないので、エリザベスは無視する事にした。
「それから“エリザベス・バーナードと、その派閥の者は一切ララに関わってはならない”とも仰っていましたでしょう。期間限定とは言え、殿下のお相手なのですから、当時の婚約者の私が後ろ盾になってもおかしくはありませんでしたが、殿下の発言によって、それもなくなりました」
ならば、王子に気に入られてるだけの男爵令嬢に手を出すなんて容易い事だ。単純に高位貴族にチヤホヤとされている事が気に入らない者、ララの立場に取って代わりたい者、そんな人間はいくらでもいただろう。
「また、側近方の当時の婚約者のご令嬢も虐めなんてしてませんよ。皆様、さっさと、貴方がたを見限っておりましたから」
「馬鹿な!」
これはハリード王子以外の3名の発言であるが、ここまで来ると語彙力なさが心配になる。ちゃんと文章表現の講義を聞いていたのだろうか。
セストの婚約者は「本来なら殿下を諌めねばならないのに、自分まで骨抜きになるなんて愚かの極み」と呆れていたし、ファエルの婚約者は「4人で1人の女性と付き合うなど穢らわしい」と嫌悪していた。
セストの婚約者はとても理知的な女性だったし、ファエルの婚約者は潔癖な女性だった。あまりの言われように青ざめるセストとファエルだが、本当の事なので仕方がない。
「ジャスティン様の婚約者様は“あれのことは間抜けな弟としか思っていないからな!”と笑っておられました」
ジャスティンの婚約者は気性のさっぱりした快活な女騎士だ。
「ジャスティン様の事は見限ったと言うより、最初から殿方として見ていないようでしたね」
「間抜け?笑って?え?」
そういった理由から、各々の婚約者がララを害する理由は全くないのである。
「さて、ご理解頂いたと思いますので、そろそろ失礼致します」
「待てい」
屋敷に戻ろうとしたエリザベスをハリード王子が再び引き止めた。まだ、続けるの?早く帰れ。エリザベスは段々と苛々してきた。真実の刑は感情の起伏も激しくするようだ。
「嫌がらせをしていないことは分かったが、それならば、何故ララを守ってやらなかった!」
「は?」
「嫉妬か?ララに嫉妬して、わざと虐めを放置していたのだろう!」
「好きな男性が婚約者なら嫉妬もしますが、ただの政略の相手ですよ。嫉妬などしません。殿下に対して、ただの一瞬でもトキメキを感じた事さえございませんのよ」
「なっ……なんだと」
ハリード王子はエリザベスの好みではない。エリザベスお嬢様は頼りになる大人の男性が好きなのだ。断じて、ボクちゃん王子ではない。
「では次期王妃の座を奪われまいと、ララを排除するために、あえて見て見ぬふりをしたのではないか?」
「いいえ。王妃様は尊敬しておりますが、そもそも私は王妃になりたいと願った事はありません」
ハリード王子との婚約も貴族間のパワーバランスと王家への後ろ盾などを考慮した政略だ。そこにエリザベスの意思は反映されていない。
「こっ、この期に及んで、そんな戯言……」
「いいですか。大切な事は、どのような立場になるかではなく“どのような振る舞いをし、何をなすか”です。王妃であろうが、ただの令嬢であろうが、国と民に尽くす事に変わりはありません」
一体何を言い出すのか。呆れた視線を向けるとハリード王子の顔は凍り付いていた。
ハリード王子は衝撃を受けた。エリザベスは自分を愛していると思っていたが、1ミリだって、そんな事実はなかった。しかも、元婚約者はとてもカッコいい事を言っているではないか。自分も皆の前で言ってみたい。
「殿下」
ファエルが硬直しているハリード王子の肩に手を当てた。
「“真実の刑”は解除されてません。エリザベス嬢は貴方を愛してはいなかったし、王妃の座にも興味はなかった。それは真実なのでしょう」
そして珍しく嗜めた。ハリード王子としては追い討ちをかけられた気分になる。
「ですが、エリザベス嬢、貴女は学園では最高位にある貴族令嬢でした。その様な立場にあるなら、率先して不幸な令嬢を守るべきだった」
もっと言ってやれと思っていたら、ファエルが意味不明な理論を展開し始めた。
ララを不幸な身の上に置いたのは、お前達なのだが。ララ本人も望んでチヤホヤとされたがっていたので、自業自得とも言えるが。
「貴方がたが、自ら“我々がララを守ーるぅ!”と触れ回っていたじゃありませんか。殿方が4人も集まって、女性1人守れなかった無能さの責任を押し付けるなんてみっともないですよ」
「なっ」
ハッキリと言ってやると4人は黙ってしまった。正直に話せるとはなんと、清々しいのか。真実の刑万歳だ。
「しかしそれでも、貴女は殿下の婚約者でした。ならば、殿下のお気持ちを汲み取るべきだったのでは?」
セストが、しつこく食い下がってきた。もはや言いがかりではないだろか。その時、ふと、頭に浮かんだ事が口をついて出てしまう。
「それは、手出しするなと言われつつも、周囲に悟られずに、ララさんが困った立場にならないよう保護し、殿下とララさんが憂いなく過ごせるよう手を回すべきだったと仰ってます?」
「そうです。貴族女性ならば、婚約者や夫に尽くすべきです」
確認すると、セストは満足そうに頷いた。心からの言葉の様に見えるが、彼の家庭環境を考えると、にわかには信じられない。
「セスト様の母君のようにですか?」
真実の刑の効果のためか、疑問に思った事がポロリと口から出てきてしまった。セストは眉間に皺を寄せエリザベスを凝視する。
「私の母とララに何の関係があると言うのです?」
これは、単純に気付いてなかった様子だ。はっきり言ったら可哀想かもしれない。しかし、頭に浮かぶ言葉が止まらない。
「宰相閣下は、側室にも出来ないほど身分の低い女性を愛人にしてますが、ご自分はお忙しいため、母君が愛人とその子供達の衣食住を世話してらっしゃいますよね?」
この国では側室や愛妾は、正規の契約に則った婚姻に連なるものだが、愛人は恋人のように、ただの恋愛関係に近い扱いだ。当然、支援は本人がすべき事だ。しかしながら多忙の宰相は愛人の面倒を妻に任せている。表向きは、そうと見せずに。
「本当に愛してるのは、その愛人の方で、母君とは政略のため、仕方なく結婚したとか。結婚してやったのだから、自分と愛人が滞りなく過ごせるよう努めよと、母君に申し付けたと聞いた時は、宰相閣下は中々の鬼畜ですわと思ったのですが、セスト様は貴族女性は母君を見習うべきだと仰るのですね。それに殿下とララさんは結ばれるべきとも仰ってましたから、母君もいずれ正妻の座を退くべきとのお考えですか?」
「あ、あんなに父や家に尽くしている母に正妻の座を譲れと言うのですか?いや、それよりも何故そんな事を知って……」
エリザベスは貴族の嗜みとして、表に出ない他家の情報もしっかりと掴んでいる。その中には、心を抉るもの多い。
「私、個人としては、宰相閣下の奥方を蔑ろにするような振る舞いはいかがなものかと思ってます。ですが、セスト様の先ほどの発言からは、母君も、宰相閣下と、その愛人のために生きるべきだと仰ってるように感じました」
「違います。そんな事、私は……」
そんな訳はない、セストは夫と愛人との関係に苦しむ母を見て育ち、母の支えになりたいと、父のようになるまい神経を尖らせて生きてきたのだ。そのストレスを屈託のない微笑みで癒してくれたのがララであった。
「いや、違う。ぼくは、母さま、母さま、母さま……」
かなり動揺してるのか、一人称が「私」から「ぼく」に変わってしまっている。首を小さく横に振りながら、後ずさっていく姿は、まるで叱られた少年の様だ。
「違う違う。ぼくは、アレ?ボクは、うわあああああ!」
ララをハリード王子に譲ったため、これまで気付かなかった事実に気付いてしまった。己と友人達が父親と同類であった事を。
「ちがうもん!ちがうもん!」
あーあ、とため息をつく。正直に言い過ぎて泣かせてしまった。でも真実の刑に処されてるのはエリザベスだ。自分は悪くない。彼女の言葉は矛盾に気付くきっかけでしかないだろう。
「セスト、落ち着つけ!」
手を伸ばしたハリード王子を振り払い、成人男性であるセストが幼子のように地団駄を踏んで泣き叫ぶ姿は、なんとも言えない情けなさがある。
「主人であり親友とも言える殿下が、己の憎むべき父と同じ振る舞いをしてると気付いてしまったんですよ、お可哀想に」
しかも、自分と友人達はその手助けをしていたのだ。幼児退行もしたくなるというものだ。
「私が悪いのか!?」
「皆様、全員悪いと思います」
「母さまをイジメるなぁー!」
感情が爆発したセストは落ち着く気配はない。エリザベスは格子門の中にいるので被害はないが、王子達が大変だ。仕方ないので、慌てふためく男達に指示を出す。
「ジャスティン様、セスト様を優しく抱きしめて下さい。母のように」
「何故!?」
「以前、ララさんがそうしてる姿を見かけました。きっと安心なさるでしょう」
「いや、だから、何で俺なんだ?」
「体格的な問題ですよ。大暴れしてる男性を取り押さえられるのは、この中で貴方だけです。あ、それでは羽交締めです。向き合って、優しくですよ、そうです。では背中をトントンして差し上げて下さい」
「どうどう。セスト、どう」