1.勇者、誘拐される
「ロインが魔王に攫われた」
「…………は?」
国王である私の父の部屋。
急に呼び出され、なんだよめんどくさいなと思いながら眠い目を擦り、部屋に入ったところで、一言目にそう言われた。
ロイン、というのは私のひとつ下の幼馴染だ。
――そして同時に、伝説の剣を抜いた勇者でもある。
「……はあああああ!? いや、おかしいでしょ! おかしいでしょ!? なんで姫である私が攫われなくて勇者が攫われんのよ! 私を攫いなさいよ――ッ!!」
激怒である。誠に遺憾の意である。
どう考えたっておかしい。いつの世も姫が攫われて勇者が助けにくる、というのがセオリーのはずだ。魔王はふざけてるのか。お約束くらい守りなさいよ。
「許せない……許せない……! ロインを攫いやがって……こんな、こんな可愛い私を差し置いてロインを誘拐するだなんて……! 魔王の風上にもおけないわ!」
私は可愛い。自分で言うのもなんだが、本当に可愛い。
まるで宝石のようだとも言われる紫の目に、透き通るような金色の髪。整いまくった顔パーツが完璧な位置にある顔立ち。長い手足。まるでおとぎ話に出てくるような見た目をしている。
対してロインは、確かにゴツくはないけど、整ってはいるけれど、可愛いか? と言われるとうーん……である。
「それなのに、私……ロインに負けたの……? それともロインが魔王のタイプだったの……?」
「負けたって、自分じゃなくてよかった、みたいな思考回路にはならないのか……」
愕然と膝をつき、手も床について四つん這いのような姿勢になる私。
いや別に自分でよかったとはならないわよ。普通にロインは心配なんだけど……でもそれ以上に姫としての矜持が……。
「……もういいわ、私が魔王を倒しに行く。というか説教しに行く」
「えっちょ……」
「そのついでにロインのところにも行ったげるわ。そんでもって説教する。私の役目を奪うなって」
「ロインも奪いたくて奪ったわけじゃないだろうが……」
「待ってなさいよ、魔王! 勇者なんてクソ喰らえよ、私が直々に怒りの鉄槌を下してやるから――ッ!」
「待てまだ話が――!!」
私は部屋を飛び出した。
■
勢いのまま飛び出して、動きやすい服装に着替えて、荷物を整理して、部屋に置いてあった手紙を読んで、クールダウンして、その中のいくつかバッグに突っ込んでから、冒険者ギルドに出かけた。騎士とかは出動していないみたいだし、極めて個人的な私の感情に突き合わせるのも悪いし、一から仲間を探すことにした。
私の役職は回復者だ。俗に言うヒーラーである。
多少攻撃魔法も覚えているし、護身用のナイフもあるけれど、一人で魔王の城に行くにはあまりに心許なさすぎる。一人で行ったら、たぶん、道中で、しかもかなり序盤でゴブリンに殺されるだろう。かっこ悪すぎる……。
なので、せめて何かしらの前衛か魔法使いが欲しい。できればどっちも。できれば年が近いと嬉しい。できれば同性だと……いや、そんなにわがままは言わない。
「あれ、姫様じゃないですか! どうなされたんです?」
近くにいた職員が驚いた顔をして声をかけて来た。
その近くで新人だろうか、見たことのない職員が怯えた顔をしている。
おそらく来たのが最近なので、私が護衛を連れてたまに城下町に遊びに来ていることを知らないのだろう。周りを見れば、冒険者の中にも距離を取っている人がそれなりに。……この避け方は嫌ね、なんだかやばいやつみたいで。
「仲間を募集しに来たのよ。前衛か魔法使いで、できれば年が近くて、できれば同性だと……」
俺なんてどうですか!? みたいな声が私が要望を言うに連れてだんだんと萎んでいく。
女子で冒険者ってだけでも少ないのに、年が近くて、しかも前衛なんてまぁいないか、と言うだけならタダ精神で言ってみた。
「それでしたら、最近ここに来た……あの子ですね、あの子なんてどうですか?」
言ってみただけなのに、その激狭条件に当てはまる人材がどうやらいるらしい。
職員が手を出した方向を見ると、この喧騒の中、一人お昼ご飯を手を止めずに食べ続けている少女がいた。
かなり毛量の多い灰色の髪をボブにして、至る所に包帯を巻いた少女だ。怪我すごいな、大丈夫か?
人の間を潜って少女に近づく。近くまできたところで少女も私の存在に気づいたらしく、重たい前髪でよく見えないが、蛍光ピンクみたいな色の怯えたような目でこっちを見て、
「あ、ああ、あげません、から、ね……?」
「い、いらないわよ……」
2024/05/06、姫様の瞳の色がしっくりこなかったので、緑から紫へ変更しました。




