〈転機〉スコーピオ
目覚めてまず目に入るのは見慣れた天蓋。
ベッドから出ると、裸足で美しい毛並みの絨毯を進み厚手のカーテンを開く。
外は見飽きた曇り空。
ネグリジェを纏った肢体が次に向かうのはバスルーム。
熱めのシャワーを浴びていると心に溜まった不満が流れ、集中力が高まる気がする。
浴室を出て鏡を覗く。
火星のように燃える長髪をブラシで整える。切れ長の瞳には濃い霧が立ち込めていた。
アリスは両の頬をピシャリと叩く。
もう一度見ると、霧は霧散して消えていた。
一糸纏わぬまま腰に手を当て胸を反らすと、鏡に映る自分に向けて、深く、大きく頷いた。
儀式を終え、制服に着替えると毎日欠かさない日課を行うために次の場所へ。
集合写真を無理やり引き伸ばしたアメとのツーショットが置かれた机。
その上に座るぬいぐるみ達に話しかける。
「二人共おはよう」
アリスは鳩のフォボスと白鳥のダイモスを顔の前に寄せる。
「今日は良い一日になるかしら? え、きっといい日になるですって。フォボス、外を見てみなさい。あの分厚い雲が目に入らないの? ダイモス、あなたまでそんな楽観的な……でもありがとう二人とも。今日も一日頑張れそうよ」
ぬいぐるみを置いて、シックな木製のお道具箱を開ける。
中には割れないように厳重に保護された砂時計が入っていた。
一眼見て異変に気づき、勢いよく手に取る。
永年使っている箱が音を立てて落ちたが、全く意識に入らない。
前回見た時より砂が少なくなっている。
残り四粒。見ている間に太陽のカケラがまた一つ下に落ちる。
目頭が熱くなってきたので唇を噛み締めるが、全身が小刻みに揺れるのを止められない。
携帯に着信が入る。
「コリウス。アメは今何処に?」
「あたいを撒いた弱気バカは一途バカと一緒に格納庫へ向かいました」
「そう機体のカスタマイズをニェプトゥンに頼むのね。分かったわ。何か変化があったら電話して」
通話を終え砂時計をベルトに装着すると、二体の心友に声を掛ける。
「フォボス、ダイモス。次は貴女達の出番よ。頼りにしているわ」
柔らかな表情から一転、唇を固く結び腕を組み、背中に棒を差し込んだように背筋を伸ばしてから、部屋の外へ踏み出した。
繰り返す悪夢を終わらせるために。
*
アリスが背筋を伸ばしていると、シミュレータールームにあるカーテンの隙間から赤い光が足元まで伸びていることに気づく。
「雲が移動している。そろそろ彼女も用意が終わる頃ね」
監視中のスイシェンから居所を確認すると、逸る気持ちに押されるように足速で向かう。
すぐに彼女は見つかった。その背後にはアケノがついてきている。
「アメ。探したわ」
「アリスさん。私も探していたんです」
「ワタクシに何の用かしら」
「違います。そちらが用がある事を知っているからです」
「じゃあ、今から決闘をする事に異論はないわね」
「はい。ただ条件があります」彼女はアケノの方を意識するように目を動かしてから続ける。
「アケノと二人で戦わせてください」
「構わないわよ」
アリスの即答に一瞬彼女の表情が固まった。
「……ありがとうございます。それじゃ――」
携帯を見ながらアリスは続ける。
「ただし、こちらにも条件があるわ。今日の決闘にプラネット・シスターズ全員が参加すること。反対すれば貴女一人で闘ってもらう。例え生身でもね」
選択肢を潰された彼女の答えは、聞かずとも分かりきった事だった。
*
アリスの校内放送により、急遽プラネットシスターズ全員が彼女とアケノがいるシミュレータールームに集まる。
説明を聴き終えた五人は二つ返事とはいかなくても、文句を言う事もなくシミュレーターの椅子に身体を預けた。
七人の意識が仮想空間に移動したのを確認してから、アリスも深く腰を下ろす。
これが今生の別れになる事を切に祈りながら。
周囲は闇に包まれていたがすぐに明るくなり、立ったまま空に浮かんでいた。
そこはマーズ・オブ・イリュージョニストのコクピット。
球体のスクリーンが空を映し出しているのだ。
眼下を見下ろすと、引き裂かれたように起伏した大地は荒廃して草一本生えておらず、有象無象の谷山が出来上がっている。
正面を零時として、少し右、一時方向には巨大な都市が築かれていた。以前は栄えていたであろうそこは、瓦礫の山と高層ビルの墓標が並ぶ墓地と化している。
アリスは自分を含めた九人が同じ戦場にいる事を確認し、オープンチャンネルで話しかける。
「改めて、集まってもらって感謝しているわ」
「アリスさん。今回のルールを教えてください」彼女から質問。
「時間は無制限。終了条件はワタクシか、アメとストレイトコンビが負けたら」
「みんなを入れた理由は?」次にアケノが尋ねた。
「ワタクシとアメが味方を得るためよ」
その言葉を聞いたスイシェンの顔が不敵に微笑んだ。
「あらあら、一対一で決着をつけなくていいの」
ユピテルの質問にアリスはアメを見据えたまま答えた。
「ええ。アメの乗る機体がカスタマイズされている情報を入手しました。その戦力差を埋める為に採用したルールよ」
「誰も闘いに加わらない可能性もあるんじゃ」
彼女はみんなを見回すように左右に首を動かしていた。
「構わないわ。見えないところで細工をされでもしたら、それはそれで不愉快だから」
アリスは臍に力を込めて発する。
「例え一対七でも、ワタクシは負けません」
確かな実力差を感じたのか、彼女は身をすくませておさげをいじり、アケノは乾いた唇を舐める。
スイシェンは目を潤ませ頬を上気させながら、しきりに頷いていた。
「他に尋ねたいことがなければ始めようと思うけれど、宜しくて?」
誰も何も言わない。
「では、決闘を始めます」
スクリーン正面に〈デュエル・スタート〉の文字が表示され、戦場にいた全機が一斉に動く。
オープンチャンネルを閉じたアリスは空から地上に向けて降下する。
その後ろを、スイシェンのウィップラッシュ・オブ・マーキュリーが付き従う。
「あたいはいつもお姉さまの味方です」
「頼りにさせてもらうわね」
「はい。盾でも鞭でも好きなようにお使いください!」
二機は地面スレスレを進む。
アリスは、彼女とアケノの機体がカスタマイズされた事は知っていたが、その内容までは流石に分からない。
だが劇的には変わってないと予測し、改造前の機体が地上走行が得意なことから、地上のどこかに潜伏していると考えた。
イリュージョニストは単機で大気圏突破できるほどの推進力を持っているので、スイシェンを置き去りにしないようにスロットルを調節する。
「お姉さま。弱気バカ達は、目視でもレーダーでも見えません」
「稜線の向こうや谷間に注意。レーダー波が届かない分は目を凝らすのよ」
盛り上がった大地の向こう側、裂けて出来た谷間は深く陽の光も届かない。
各種センサーを駆使して索敵するが、動くものも熱を発するものもいない。
他の四機の位置を確認してみると、遠間からこちらの動向を探っているようで動く気配はない。
狙撃を得意とするクアラは、息を潜めてこちらを監視しているのか、レーダーに反応がなかった。
奇襲を避け、蛇のような山間を速度を維持しつつ通り抜けていく。
スピードを落とすことなく機体を旋回させていると、いつもより反応が悪い。
今回は赤児を二体背負い、更に増加装甲とブースターが一体化したスカートを重ね着しているせいだ。
いつもと違う感覚でも迷う事なく、蛇の背を抜け、深い谷底に潜って敵を探す。
索敵をセンサー類に任せ、砂時計に目を落とすと、今まさに一粒落ちていくところだった。
目を奪われている間に、進んでいる場所は数少ない平地。
余所見していたアリスの遥か頭上からトライデントが落ちてきていた。
「――さま。お姉さま避けて!」
スイシェンの声と接近警報が耳に飛び込んだのはほぼ同時。
警報の位置から見上げると、投げ槍が眼前まで迫っていた。
身体は反射的に動いていたが、脳が「間に合わない」と叫ぶ。
穂先が届くより早く、背後から衝撃を受けた。
不意打ちに反応できず、機体が地面を転がりバウンドした。
急停止させて頭部を先程までいた場所に向けると、大破したウィップラッシュ・オブ・マーキュリーが二つに分かれて墜落し最大な土埃をあげる。
「ごめんなさい。あたい、ここまでです」
「よくやってくれたわ。コリウス」
「お姉さま、こんなこと言うのはおかしいのは分かっています。けど、絶対負けないでください!」
退場したスイシェンとの通信を切る。
「ありがとう。無様な姿は決して晒さないわ」
機体のバランサーに異常がない事を認めてから起き上がらせると、スイシェンを倒した機体が地面スレスレまで降下する。
「ニェプトゥン。貴女は敵対するのね」
「ええ。彼女には仲直りのキッカケを貰えましたから。という理由では不満ですか」
「仲良きことは美しきかな」アリスは羨ましそうに呟いた。
イルマの操る〈トライデント・オブ・ネプチューン〉の最大の特徴はその名の通り三叉の穂先を得物としているところだ。
ブースターと一体化した鋭鋒は機体の全長の二倍はあり、背中から伸びたアームによって、獣が爪を振るうように自衛にも使える。
だが、その最大の特徴は……。
「ミス・アリス。避けれるものなら避けてみなさい」
ネプチューンがロケットの打ち上げのように穂先の後端から白煙を噴き出しながら飛び上がった。
白昼の星となると全速力で真っ逆さまになって急降下。
アリスは見ている方が頭に血が昇りそうなネプチューンを見上げながら、スラスターに喝を入れるが起動には数秒を要した。
その数秒は勝敗を分ける数秒だった。
胸部が貫かれる寸前、イルマ機の横っ面がぶん殴られて吹き飛ぶ。
地面をバウンドする穂先を見届けると、新たなスレイヴが二機、アリスの眼前に降りてくる。
「よっリスリス。援軍参上だぜ」
「もう少し早く来てくれたら、コリウスは退場しなくて済んだのだけれど」アリスがぼやく。
「よく言うだろ。援軍は遅れてやってくるって! ……違ったっけ?まぁ細かいことは気にするなよ。アッハッハ」
闘いを楽しむように笑うクロノスの機体、〈チャクラム・オブ・サターン〉は枯れ枝のような細い手足に背中には大きな光輪を背負っていた。
ユピテルはというと、イルマ機が吹き飛んだ方向に機体を向けて一言も話さない。
ネプチューンが起き上がる。穂先の一本にプレス機に掛けられたように拳の痕がついている以外は行動に支障はなく、再び突撃を敢行。
「ニェプニェプも懲りないなぁ」
サターンが両手足を背中に回して光輪に触れる。
すると光輪は四つに分かれ、投げてよし切ってよしのチャクラムとなった。
クロノスが迎え撃とうとすると、ユピテル機が手を伸ばして制する。
「待ちな」
ドスの効いた声は確かにユピテルから発せられたもの。
「アイツはあたくしの獲物。邪魔したら承知しないよ」
スクリーンに映るユピテルの糸目が開かれている。顕になった瞳からは、待ち侘びた闘いを前に興奮で涙を流すほどだった。
〈フィスト・オブ・ジュピター〉の攻撃方法はシンプル。
背中のサブアームによる鉄拳のみ。
ユピテルは両拳を何度も打ち合わせて戦意を高揚させると、音速を変えるジャベリンに正面からぶつかっていく。
「オラァッ!」
いつも料理やお菓子を作り、母性溢れる彼女からは想像もできない蛮族のような雄叫びを挙げて拳を打ち振る。
鉄拳と穂先の先端が激突。ジュピターは後方に何度も宙返りするように転がり、イルマはアリスから見て左に軌道が逸れていた。
ネプチューンは軌道を修正し、再度イリュージョニストに矛先を向けた。
再び立ち塞がるジュピター。
「何度も同じ攻撃は通用しないんだよッ!」
ユピテルはすれ違いざまに下に潜り込むと、大きく沈み込んで渾身のアッパーカット。
トライデントの隙間に潜り込んだ鉄拳は、ネプチューンの胴体に直撃。
イルマの機体は砕けた装甲を撒き散らしながら何度も後転すると、背面から地面に落下し動かなくなった。
クロノス機が近づき右手のチャクラムを振り上げる。
「確実にトドメ刺しておかないとな」
大の字のまま動かないネプチューンに光輪が触れる寸前、超音速の冷凍光線が飛来した。
チャクラムに命中したそれは、瞬きする間にサターンの手から腕に絶対零度の手を伸ばす。
クロノスは焦ることなく右肩部をパージ。胸部から切り離された右腕は芯まで凍りつき地面に落ちてダイヤモンドダストと化す。
「やるじゃん。ヌスヌス。でも居場所分かっちゃったんだけど……あっ!」
クアラの方に意識が集中した隙に、イルマはその場を脱出。
距離を取ったネプチューンを見ながらユピテル機が拳と拳をぶつける。
「あいつはあたくしの獲物。アリス、さっさとアメ達のところへ行きな」
「ママ。クアラはオレに任せてよ」
クロノスは片腕を失った事を気にすることもなく愛機を狙撃された方向に向けて飛翔させた。
ユピテルは飛び去ったクロノスの事も、死角からの狙撃の事も頭にない。
ただひとつ、目の前の獲物の事しか見えていない。
イルマのネプチューンは迷子のように飛行機雲を描いていた。
ユピテルはそんなイルマに向けて、こっちに来いと指を動かして挑発。
決心したイルマは、ブースターを全開にしてトライデントをジュピターに差し向ける。
加速しながら三つの矛先を一つに集約し、一点突破の破壊力を高めた。
ユピテルは着陸して下半身を安定させ、鉄拳を硬く硬く握りしめて振りかぶる。
音速を超えるジャベリンと圧縮点の如く握りしめられた拳が激突。
その衝撃は大地を抉り戦塵が晴れた時、新たなクレーターが姿を表すほどだった。
*
地平線に星が瞬いたのが、狙撃手と距離を詰めるクロノスの視界に映る。
機体を左に動かすと右側スレスレを冷凍光線が通り過ぎていく。
「ひゅ〜おっかねえ」
口笛を吹くその姿からは恐怖は微塵も感じられなかった。
「♪ビュンビュン ビュンビュン飛んでくる 凍えるような眼差しが 見つめられたどうなるの 骨の髄までカチコチで 最後はバラバラ砕けちるっと!」
オリジナルの歌を歌いながらも、迫り来る冷凍光線を全て避けていた。
遂に岩影に隠れる狙撃手をスクリーンに捉える。
そこは山と山に挟まれて谷間のようになっていて、レーダー波も届かない。
狙撃手にとっては視界が開けた絶好のポジションだ。
「見ぃ〜つけた!」
クロノス機がチャクラムを振りかぶると同時に、ベッドでうつ伏せになっていたクアラ機がベッドごと動く。
投げられたチャクラムはさっきまで寝そべっていた場所を通り過ぎる。戦果はくたびれた大地のみ。
サターンはブーメランのように戻ってきた光輪を左手でキャッチすると、両足のチャクラムを投擲。
二つともベッド裏面で防がれるが、それはクロノスの読み通り。距離を詰め、左手のチャクラムで切り付ける。
「捕まえたぞ。ヌスヌス」
「しつこい」
クアラの〈スナイパー・オブ・ウラヌス〉は超超遠距離戦に特化した機体。
スレイヴの全長より長い狙撃銃を扱うため、いつもうつ伏せの姿勢はまるで戦場でも眠っているようで、防御と移動を担うベッド型のサポートメカに搭乗している。
勝利を確信したクロノスが歯を見せる。
「早く降参しないと、ご自慢のベッドが真っ二つになっちゃうよー」
「やれるものなら――」
クアラはベッドをチャクラムに向けて押し込む。
「――やってみなさい」
自分の得物であるチャクラムが眼前に迫り、サターンは咄嗟に身を引いた。
あと少し遅ければ光輪でコクピットがある胴体が二つに分かれていたであろう。
距離を離したウラヌスは、狙撃銃との接続を解除。
目を丸くしたクロノス機に向かってベッドごと体当たりを食らわす。
タンカーが正面衝突したような衝撃に身体を揺さぶられながらクロノスは毒づく。
「オレに接近戦を挑むってか。いいぜ、かかってこいよ」
視界を塞ぐベッドを押し退けると、両手で持ったチャクラムを振りかぶったクアラの機体が迫ってきていた。
「あーー! オレのチャクラム!!」
二つの光輪が接触によって辺りに飛び散った火花が、二機の周辺をドロドロに溶かしていく。
*
四機が鎬を削っている間、アリスは唯一の人工物が密集する場所へ急行していた。
戦闘か天災か、ナメクジの歩いた後のように炎の軌跡が走り、装飾品を根こそぎ奪われた高層ビルは、どれひとつとて直立していない。
倒れるビルの間に損壊したドームを見つける。
数々の名試合を繰り広げたであろうグラウンドは、客席ごと夥しい数の瓦礫に埋もれていた。
上空を飛ぶイリュージョニストの影が被さると、瓦礫の隙間から突き出ていた鉄骨が火を吹く。
一瞬早く気づいたアリスはその場で火星が自転するように回避した。
瓦礫の山が震え、まるで卵から孵化するように内側から盛り上がる。
表れた金属製のモーニングスターは、浮遊してアリス機に影を落とす。
楕円形のボディから威嚇するように突き出す無数のスパイクの威容は、まるで空飛ぶ雲丹のようだ。
アリスはオープンチャンネルを開く。
「それがカスタマイズした機体?」
ボディの中央、埋め込まれるようにドッキングしているスレイヴに乗った彼女が応答する。
「はい。新しく生まれ変わったこの機体の名前はシーアーチン、〈ヴィーナス・オブ・シーアーチン〉です」
「見た目のままじゃない。ストレイト、貴女は納得しているの?」
アケノは返事をしなかった。
「アリスさん。この距離は私達の方が有利です。投降してくれませんか」
シーアーチン中央の彼女の機体は、椅子に座るような姿勢をとり、両手にはキノコの傘のようなシールド発生装置を装備。
アケノ機はその下でバイクに跨るような姿勢で固定されていた。
二機の周囲から伸びる六つの突起は、宇宙艦艇や衛星要塞で採用されていた機関砲。
その砲口が今にも飛び付かん勢いで狙いをつける。
「投降? 愚問ね」
アリスは蛇に睨まれたカエルではなかった。
「じゃあ、撃ちます」
宣言と同時に六問の機関砲が弾丸の牙で噛み付いてくる。
アリス機は回避しながらビルの影に入り込む。
機関砲弾はビルを厚紙のように引き裂き、目標に命中しなくても一定の距離を詰めた瞬間、爆発して破片を撒き散らす。
上半身よりも長く大きな増加装甲に何発も命中。
本体にダメージは通らなかったが、追加されたブースターが使い物にならなくなった。
デットウェイトと化したスカートを着脱すると同時に、背部の赤子を解き放つ。
「頼んだわよ。フォボス、ダイモス」
膝を抱いた姿勢から手足を伸ばす双子の自律人形。
体型はどちらもスリムな女性型でツルりとした顔にはそれぞれフォボスと白鳥がマーキングされていた。
爪先立ちで降り立った二機は自らの判断で、アリスを護る為に行動を開始。
片手からビーム刃を伸ばすと、氷上を滑るように、ひび割れた舗装路を進みながら空いた手から光弾を連射する。
光弾は全てシールドで防がれたが、機関砲の豪雨を一瞬中断させる事には成功した。
シーアーチンが新たな敵を認めると、攻撃せず中央部が上下に展開。その隙間からトライクに乗ったアケノ機が飛び降りる。
双子はタイヤから白煙を上げながら突き進むトライクを跳躍して避ける。
アケノ機はハンドルから手を離すと、トライク側面のハッチが解放され、二丁のハンドガンが押し出される。
手を交差させながら銃把を握りしめ、両脚でトライクを制御する。
急ブレーキを踏んでボディを横滑りさせながら銃撃を行う。
フォボスは壁面を垂直に滑りながら光弾を撃って牽制。
その隙にダイモスが真上から斬りつけた。
アケノは前輪を振り上げ、トライクの腹で光弾を防ぎつつ、斬りかかるダイモスの胴体に二つのタイヤをめり込ませた。
フォボスは動きを止めたアケノ機を攻撃できたはずなのに、その手を止めてしまう。
アケノはタイヤをロックしないように注意しながらブレーキを掛けると、前輪に引っかかっていたダイモスがゴム紐で引っ張られるように前に吹っ飛ぶ。
そのままビルの残骸に激突したダイモスに向けて必殺の銃弾を放った。
やっとフォボスが動き出す。転回したトライクを追ってビルの壁面から舗装路に滑りながら降りていく。
横に並んだフォボスにアケノが銃撃のシャワーを浴びせかける。
フォボスは上半身を大きく反らせて避けると、ビーム刃を横薙ぎに振るう。
アケノ機は上半身を屈めて回避。距離を取るためか、手近な曲がり角にトライクの鼻先を向けた。
後を追うフォボスも曲がろうと用意したところで、それが自分を誘き寄せる罠だと気づいた時には勝敗は決していた。
アケノはトライクを九十度横に向けると同時に今度は後輪を浮かせる。
宙を舞う後輪は振り子のようにフォボスの顔面を直撃。
アケノは糸の切れた人形のように倒れ伏したフォボスに向けて引き金を引き絞る。
双子との闘いを制して二丁のハンドガンを収納すると、空薬莢の雨が降りしきる空を見た。
「負けるなよ」アケノはコクピットの中で誰にともなく呟いた。
フォボスとダイモスが退場した事を確認しても、アリスの動きに迷いはない。
暴風雨のような弾幕を延々と回避しながら、必勝のチャンスを見極めようとしていた。
シーアーチンのメインウェポンである六問の機関砲は砲身を赤く染めながらも休む事なく弾丸を放ち続ける。
マズルフラッシュが瞬くたびに、本体下面のエジェクションポートから空薬莢が絶え間なく吐き出されていく。
イリュージョニストの数倍の大きさを持つシーアーチンだが、各所に配置された揚力発生装置によって、巨体でありながら旋回性はアリス機に決して引けを取らない。
楕円形のボディで傾いたビルを薙ぎ倒し、周囲を飛び回るイリュージョニストを決して見失わずに攻撃を続ける。
アリスもただ避けているわけではない。
マーズ・オブ・イリュージョニストの戦法は近接戦闘。
推進力と機動力を活かして懐に飛び込めば、敵はなます切りになる運命しか待っていない。
弾幕を避けながらいくつか装甲の弱点に見当はつけた。
本体下部の排莢口、ボディ各所にある剥き出しの揚力発生装置。そこがシーアーチンのアキレス腱。
しかし攻めあぐねているのは、機関砲の連射が捌き切れないからではない。
楕円形ボディ各所から突き出るスパイクだ。
一体何のために存在しているのか、巨体を鉄球に見立てて体当たりをしてこようというのだろうか。
考えても埒があかないと判断し、アリスは両手からビーム刃を伸ばして、ビルを目眩しに使いながら距離を詰める。
機関砲は前方に集中して配置されているので、旋回性能は高くても死角は多い。
六問の機関砲の前に出てわざと撃たせてから、下に潜り込む。
今まさに排出し続けるエジェクションポートに真っ直ぐビーム刃を突き立てたが、ボディに届く寸前、収束したビームの剣先が無数に枝分かれする。
「シールド」アリスは彼女が乗るスレイヴの両腕を見た。
試しに揚力発生装置のひとつにも切りかかるが、同じように防がれた。
「一部だけでなく全周防御。これは手強そう」
アリスは機体を最大速度で上昇。
下方から曳航弾がレーザービームのように通り過ぎ、徹甲弾が空気をかき混ぜるように螺旋を描き、炸裂弾が破裂する様は死神の打ち上げる花火のよう。
死の嵐が届かないところまで距離を取ると、イリュージョニスト最大の必勝技の準備を行う。
左前腕部の側面が開くと紅い光刃が、右手が剣のつばのように変形しその中心から炎のようなエストックが飛び出す。
闘牛士が構える赤布のように前面に構えると、重力に背中を押されながらスカート内の全スラスターを点火。
シーアーチンが上を向く前に間合いに入る。
確信を持って間隔を縮めていくと、次第に大きくなるシーアーチン本体に違和感を覚える。
距離を取れという判断を平手打ち。
攻撃の準備に入ると、違和感の正体が判明した。
楕円形のボディに生えていた突起が風邪をひいたように振動している。
次の瞬間スパイクが本体から分離、そのまま誘導弾としてアリス機に体当たりを敢行する。
「そんなもので」
アリスは回避しない。必要最小限の動きで左腕のムレータをはためかせ、直撃コースのスパイクをいなしていく。
通り過ぎたスパイクがアリス機を猛追。
空飛ぶ針山が迫るなか、左腕を真っ直ぐ伸ばした。
すれ違いざま、針を無くした雲丹のようなボディを二つに両断する。
シールドごと楕円形のボディを斬られたシーアーチンは制御を失い、潜んでいたドームに落ちていく。
アリスの攻撃はまだ終わらない。
彼女の乗るスレイヴの真下に潜り込むと、今度は右手から伸ばしたエストックを真上に向けた。
狙いはコクピット。
上昇していると、衝撃と警告が走る。
「スカートに着弾?」
スラスターが破損し、バランスを崩したイリュージョニストが錐揉み状態で落ちる。
視界がぐるぐると回っていても、アリスはアケノ機の方へ正確に狙いをつけていた。
二機は激突し、両腕が絡まったせいで一緒に道路を削っていく。
腕が離れ、弾かれたように二機は離れた。
アリスがイリュージョニストを立ち上がらせると、同じように転がっていたアケノ機が一足先に立ち上がっているのを認めた。
「武器エネルギー残余なし」
アケノ機がタイヤが無くなったトライクから降り、両手のハンドガンの銃口を向けてくる。
「スカート内のスラスター損傷。再起動不可能……」
二丁の銃を突きつけられながらも、アリスは機体の状態をチェックし続けていた。
「両手足は動く。ならまだ闘える。そうよねイリュージョニスト」
アリスは愛機を立ち上がらせると、壊れたスラスターを廃棄して軽量化を図る。
同時にスカートにスリットを入れて歩きやすくすると、普段なら着陸にしか使わない二本の脚で歩き出した。
亀の歩みの如く一歩一歩進んでも銃声は聞こえてこない。
それどころか、アケノ機は二丁の拳銃を手放し、無手のまま近づいてくる。
紅の踊り子と黄金のガンマンは構えも取らずに近づいていたが、先に動いたのはガンマンの方だった。
拳を固めて空を飛ぶような勢いの右パンチ。
踊り子は指をまっすぐ伸ばした左腕で拳の軌道を逸らすと、容赦ない右の平手打ちを繰り出す。
体制が崩れたガンマンは、平手打ちをモロに喰らってよろけた。
踊り子がガンマンの首を狙って左の手刀を繰り出すが、それは左腕に掴まれてしまい、動きを止められたところで右のフックが頭部を揺らす。
灰色の雲の隙間から覗く夕陽に見つめられながら、二機は両腕を動かし続けていた。
有利なのはガンマンの方で、元々機動性を高める為に装甲の薄いイリュージョニストに着実にダメージが蓄積している。
現に、コクピット内のアリスにひっきりなしに警告が伝えられていた。
サーボモーターの異音さえも無視して、攻撃を続ける。
「……何で貴女なの」
「なんだって?」突然の通信にアケノは戸惑う。
「だから、何で貴女が選ばれたのよ!」
踊り子のボディ各所から砕けた装甲の欠片が涙のように落ちていく。
「いつも、いつも貴女が信頼されて、ワタクシはうまく話せなくて、でも自分を認めてもらいたくてあの日、勝負を挑んで、そしたらそしたら――」
コクピット内のスクリーンに透明な雫が落ちる。
「あの日、アタクシは伸ばされた手を掴めなかった。災厄の時間は今も続いてる。けど頼られたのは貴女、ワタクシじゃない!」
いつのまにかガンマンは動きを止め、イリュージョニストの攻撃とアリスの口撃を受け止めていた。
無理に動かしたツケが回り、遂にイリュージョニストが活動限界を迎え寄りかかるように膝をつく。
決壊したダムのように泣きじゃくるアリスに声がかけられる。
「あいつは、お前も頼りにしてる」
「嘘よ。指示はストレイトが受け取ったじゃない」
「指示はな。でも大切なものがもう一個あるだろ。今も腰に提げているんじゃないか」
涙に濡れた両手で砂時計を掴むと、今まさに最後の一粒が落ちるところだった。
「終わった、いえ始まる」
再び涙腺が崩壊したアリスの言葉にアケノも噛み締めるように頷く。
「そうだ。ボク達の反撃が始まるんだ」
膝をついたアリス機の胴体が切断される。
堕ちたシーアーチンから分離した彼女のスレイヴが、腰のビームソードを抜き打ちしていた。
*
「アケノ!」
決闘が終わったアリスがシミュレータールームに戻ってくると、一足先に戻ってきていた彼女が笑顔で飛び跳ねていた。
「勝った。遂に私勝ったんだよ。これで絶望の明日を回避できる。早くアリスさんに話そう。さあ早く!」
引っ張るように手を掴むと、アケノは能面のまま、彼女の手を振り払って立ち上がる。
彼女は豹変した様子に狼狽したのか、助けを求めるように辺りを見回す。
「みんな、どうしたの?」
シュミレータールームに戻った七人の硬質な視線を浴びて、彼女はおさげを力強く掴む。
七人は怯えた様子の彼女を逃さないように取り囲む。
「ユピテルさん教えてください。クロノスさんなんで黙っているんですか? イルマさん何か言ってください 何でそんな目で見上げるんですかクアラさん!」
「もう終わりよ」
アリスが腕を組みながら一歩前に出る。
「その、不意打ちした事は謝ります。でもみんなの運命を左右する大事な話が――」
アリスが遮る。
「ない。貴女の伝えたい明日なんて存在しないの」
「意味が分かりません。私は見たんです。明日、二月十四日に絶獣による五度目の侵攻で皆死んでしまうんです。記憶喪失になってから手に入れたループ能力で明日を見て今日に戻ってきたんです。眉唾ものなのは自分でもわかっていますが、信じてください」
アリスが人類に大切な情報を確認した。
「いて座A*にあるブラックホールから現れるのよね」
「そうです。その中で絶獣達は巣食っていますから」
「よく知っていること」
「いて座A*から来ることは誰もが知っていること……です」
「そうよ。以前話したわねいて座A*までは人類は特定した。けれど発生源は分からなかった。天体望遠鏡では本拠地を護るように群がる絶獣に阻まれ、無人探査機も一機も帰ってこなかった。人類で巣の正確な場所を分かるものはいない。いるとしたらそう……巣から出てきた存在だけ」
「おかしいですよ。だってそれじゃあ私が、私が絶獣だって言ってるみたいじゃないですか!」
「やっと気づいたのね」
アリスは平然と彼女の疑問を肯定する。
「貴女はアサヒアメじゃない。絶獣、アタクシ達の親友を消滅させ身体を乗っ取ろうとした憎き絶獣よ!」
次第に熱を帯びていく声音はまるで噴火する直前の活火山のようだ。
「違う。私は昨日の二月十二日にアリスさんと決闘中にトラブルで記憶を失った。ただの人間です」
「フ、フフ。ただの人間ですって」
アケノに釣られて周りの六人も釣られて歯を見せる。
「ねえ、ここがどこか知ってるわよね?」
「……都内にある都立ゼラニウム学園で。私はプラネットシスターズの一員としてここで明日の式典の為に訓練を」
アリスが乾いた拍手を贈る。
「植え付けられた記憶を一字一句違わずに覚えてくれてありがとう」
「植え付けられた? まさか私の頭に偽の記憶を?」
アリスが携帯の液晶を見せつける。そこには彼女のセリフがテキストとして表示されていた。
「そうよ。全ては貴女を騙すための大掛かりな芝居。貴女はループしてると思っただろうけど、それも嘘。そういう能力があると私達が一致団結して見せかけただけ」
「じゃあ、みんなで今日の記憶をリセットされた演技を」
「この場所は、絶獣を殲滅する為に決行された防衛艦隊の自爆によって海王星の一部と共に消滅したの。プラネット・シスターズも同じ年に全滅してとっくに解散しているわ」
「ここはどこ? 貴女はなんなんですか⁈」
近づこうとする彼女にアリスのエストックの鋒が突きつけられる。
「ひっ、みんな騙されないで」
彼女は唾を撒き散らす勢いで口を開いた。
「この人が偽者よ」アリスを貫かん勢いで指を突きつける。
「仲間に武器を突きつける人が本物のはずないわ。今の状況が偽物という証拠――」
冷たい金属音が響き渡る。彼女は音の正体に気づいて固まった。
霜に覆われた狙撃銃をクアラが両手で構えている。
その照準の先には彼女がいる。
「クアラさん。こんな時に寝ぼけてないで……」
「あたしの頭はこれ以上ないほど冴えてる」
彼女は他の人に助けようと首を巡らせたが、血の気が引いたように顔が青白くなる。
クロノスは両手の人差し指で器用にチャクラムを回し、イルマはトライデントの石突で床を打つ。
「ユピテルさん。助けて」
「ごめんなさいね」
ユピテルは柔和な笑顔のまま、傷ひとつない両手にナックルダスターを取り付けた。
「争いは苦手だけど、アメの偽者に容赦する理由は見当たらないわ」
薄く開かれた糸目から、殺意の膜に覆われた瞳が現れる。
「なんなの、みんなで寄ってたかって。ねぇアケノ」
唯一武器を構えていないアケノは顔を俯かせたまま。微動だにしない。
「アケノは私の味方だよね。ね? ねぇアケノ!」
「……その顔で、その声でボクに話しかけるな。絶獣」
アリスは剣を突きつけたまま、腰から砂時計を取り出す。
「もう茶番はおしまい」
顔の前に持ってきた容器に入っている橙色の砂は全て下に落ちて溜まっている。
「これが貴女が偽者という証拠よ」
「ソレと私に何の関係が」
「口を閉じて見ていなさい。さあ、今こそ語り手が表舞台に立つ時」
砂時計は指から滑り落ちるように重力に逆らえずに落ちていく。
床にぶつかってガラスの入れ物は砕け散り、足元に砂が散り敷かれた。
彼女が鼻で笑う。
「こんな時に砂遊びでもするんですか」
砂時計を落としたアリスは動揺する風もなく、彼女の首元に鋒を突きつけたまま。
変化が起きる。
最初は風に吹かれるように砂が僅かに動き出す。
しかし、室内の空調は動いておらず風など起きていない。
一人でに動き出した砂が起き上がり、竜巻のように彼女の周りを何周もすると背後に落ちて発火する。
彼女は驚いている様子だが、他の七人は武器を構えたまま微動だにしない。
天井にも届くほどの眩しい炎は次第に形を変え手足を形作り、胸にはなだらかな稜線が盛り上がり腰は緩やかにくびれ、鎌首をもたげるように頭が起き上がる。
えんじ色の制服に変わった炎を纏って現れたのは私。
そう私だ。
*
「私? えっ私がもう一人、どういう事」
「ずっと見ていたから変な感じだけど、初めまして、かな」
私が近づくと彼女は後ずさるが、突きつけられた剣によって動きが止まる。
彼女の瞳に私が映る。瓜二つの私達。違うのは私は眼鏡を掛けていないこと。そして太陽のような瞳。
「あなたの事は狂言ループ、いえ二月十二日に身体を乗っ取られた直後から見ていたわ。そして私が消滅する直前に計画を伝えた」
ニェプトゥンさんがヴェールの向こうから声を紡ぐ。
「ミス・アサヒが立案した作戦をわたしが補強して全員に伝えたの。もちろん偽者さんには秘密にしてね」
墨色の手袋に包まれた指を、色っぽく唇の部分に添えた。
「身体を乗っ取った偽者さんを数秒後には隔離に成功。けれど困った事にミス・アサヒの身体データと完全に癒着し記憶もコピーされていた。だから新しい身体をプログラミングする時間稼ぎをする為に記憶を消し、わたし達は口裏を合わせてループしていると信じ込ませ、そして我らがエースが完全復活するのを待った」
話し終えると、両手で砂時計を形作る。
「この計画はアドリブが重要。だから語り手のミス・アサヒが、何度か修正指示をわたしたちの携帯に送ってくれていたの」
「ニェプトゥンさん。彼女の正体を彼女自身に教えてあげて」
「よくってよ。大きさはミクロ以下、カメラは勿論、専用のセンサーがなければ探知できなかった」
「本当の大きさはどれくらい」
「こちらのネットワークに侵入する前は体長約〇.〇二ミリ。八つの脚を持ち小山のような胴体はまるでクマムシのような見た目をしていることを確認したわ」
「そんな醜い姿が本当の私?」
「それがあなた」
私はずっと顔を伏せたままのアケノに近づくと、ショートカットの影に覆われた頰が濡れている事に気づく。
「待たせてごめん」
「遅い。ボクがどれだけ待ったと」
「一日しか経ってないよ」
「たった一日でも辛いものは辛いんだ! 偽物と知りながら本物のように接する気持ちがアメに分かる?」
大粒の涙を拭って口に含む。
「もう絶対離れないから」
「その言葉、聞いたからな。ボクだけじゃないここにいるみんなが証人だから」
「アメ、この絶獣の処理はワタクシに任せて」
アリスの剣が彼女の首に食い込む。
「待った。それはボクの役目だ」
涙を袖で拭ったアケノは猫耳フードを被り、懐から黄金の拳銃を取り出す。
射撃準備を完了したピストルを彼女の眉間に突きつけた。
「ア、アケノ。私は偽者じゃない……信じて」
引き金に添えられた指が震えているのが見え、私はアケノの手に自らの手を添え、一緒に引き金に力を込めた。
「バイバイ、ドッペルゲンガー」
空薬莢が床に落ちて澄んだ音を立てると同時に、彼女の姿は煙のように消滅した。
「ニェプトゥンさん、フォトンアークの状況は?」
「メインパイロットが不在だったから宇宙の真ん中で停止していたけれど、すぐに再起動可能よ」
アリスとコリウスさんの会話が耳に入る。
「……お姉さま。いいんですか?」
「いいのよ。コリウスありがとう」
「アリス。どうしたの?」
「……おかえりなさい。アメ」
「ただいま」
ーー次回 最終話〈決着〉ーー