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〈転機〉ライブラ 

 保健室で目覚めた彼女は、飛び起きてすぐに悲鳴を上げた。

「な、なんでコリウスさんがここにいるんですか?」

「お姉さまに言われたのよ。貴女が目覚めたらすぐに教えなさいってさ。全くどれだけ待たせるのよ」

 スイシェンは椅子に座ったまま伸びをすると、携帯を取り出し、指で画面をタップし始めた。

 彼女から液晶は見えないが、アリスに連絡しようとしていることに気づいたのだろう。

 ブランケットを払い飛ばし、開けた窓から飛び降りる。

「ちょっと、弱気バカ⁈」

 スイシェンは携帯の操作そっちのけで窓から下を見ると、待ち構えていた彼女に驚き、持っていた携帯を取り落とす。

 彼女はそれをキャッチすると窓枠から手を離し、一目散に走り出した。

「コラ弱気バカ。あたいの携帯返しなさいよ!」

 彼女は聞く耳を持たずに液晶を確認すると、予想通り〈お姉さま〉と表示されていたので、電話を切る。

 後ろから空気が裂ける音が聞こえ、反射的に左に避ける。

 走りながら振り返ると、スイシェンが二つの桃まんのようなシニヨンを揺らしながら迫ってくる。

 その手には、曇天をも易々と裂いてしまいそうな金属の鞭、軟鞭が握られていた。

「弱気バカ。止まれー。そして携帯を返せー! 出ないと胴と頭を切り離す!」

「ひいいっ」

 物騒な事を宣うスイシェンを撒く為に、彼女は振動し続ける携帯を思いっきり放り投げた。

 携帯は放物線を描き、街路樹の木の葉の中に吸い込まれた。

「あ、ん、た……なにすんのよ。このバカァ! お姉さまからもらった大切な携帯なのにぃぃぃ」

 スイシェンの声が遠ざかっていくのを聞きながら、彼女は止まる事なく走り続けて暫くしてから立ち止まり、後ろを確認する。

 スイシェンの姿は見えないが、時おり恨み節が風に乗って聴こえてきた。

 彼女は寒気を紛らわせるように、二の腕を撫でると、再び走り出す。

 向かったのは格納庫だ。中を覗くと、全長よりも長い狙撃銃を携えたスレイヴを整備中の白衣の女性がいた。

 声を掛けようとすると、先に声を上げたのはイルマの方だった。

「ちょっと、クアラ。聞いてるんでしょ。あなたの機体で相談したい事があるの」

 彼女は近くにあった機体の脚に素早く隠れた。

 話し声が聞こえなくなったので、脚から顔を出して確かめると、イルマはタブレットに目を落としていた

「ニェプトゥンさん。ですよね」

 苗字を呼ばれたイルマが手持ちのタブレットから顔を上げる。

 真っ黒なベールに包まれていて、彼女には表情が分からなかった。

「あら、ミス・アサヒ。体調は大丈夫なの」

「はい。記憶喪失以外は全く問題ありません」

「それは不幸中の幸いだったわね。でもアリスを恨まないであげて。彼女にも理由があったのだから」

 イルマはタブレットに顔を戻す。しばらく無言の時間が続いた。

「あ、あのイルマさん。実は助けて欲しい事があるんです」

「わたしが? お役に立てる事があるのかしら」

「はい。何か描くものありますか。絵と一緒に説明した方が早いと思うので」

「これでいいかしら」

 イルマはお絵描きアプリを起動した。

 タブレットを受け取り、ペンで自分の脳内のプランを描きあげてみせる。

「ミス・ストレイトの機体の改良案、凄いわね。接近戦に特化させ自衛能力も強化して且つ機動力も犠牲にしない。いいとこ取りじゃない。記憶喪失って聞いていたけれど、まるで何百年も乗ったパイロットの意見みたいだわ」

 ベールで表情は分からないが、その口調には興奮の色を帯びていた。

「これを実機に取り入れるの? ミス・アケノには許可をもらっているのかしら。もし改良するとしても明日の式典には間に合わないわ」

「実機の改良ではなく、シミュレーターマシーンのデータに適用して更新して欲しいんです。今日中に」

「そんなに急ぐ理由を教えて欲しいわ」

 彼女はアリスに勝って一位の称号を守りたいとだけ告げた。ループの事は信じてくれないと判断したようだ。

「ミス・エフォールに勝つ為、ね。それは納得できるけれど、昨日も勝負を仕掛けてきて、今日も仕掛けてくるって分かっているの? それとも挑戦状を叩きつけられたとか?」

「ええ。まあ、そういうところです」

 曖昧に答える。

「でもごめんなさい。わたしはミス・アサヒの力にはなれないわ」

「やはり間に合わないからでしょうか」

「いいえ。このデータを適用するなら一時間もあれば充分よ」

「じゃあ――」

 再び説得しようとした勢いを削がれてしまう。

「わたし。一位を取り合う争いに興味ないの。それにミス・アリスを敵に回したら肩身が狭くなってしまう」

 彼女は打ちのめされたのか、金魚のように口をパクパクさせるだけ。

「この事は秘密にしておくわ。どうしても勝ちたいなら別の手段を考えることね。では失礼」

 イルマの居城である格納庫を出ると、タイミングよくアケノと鉢合わせする。

「あ〜〜」

 彼女は飼い主を見つけた犬のように駆け寄った。

「な、なにアメ。って起きて大丈夫なのか? いやそんな全速力で向かってくるな、危ないから!」

 *

「ムグムグ……全く、なんで以前のボクは秘密をバラしてるんだか」

「あの時は急いでいたから……あむっ」

 彼女とアケノは食堂にいる。

 二人以外にはユピテルとクロノスがいるが、調理場の奥にいて姿は見えない。

 アケノはパンケーキ、彼女はホットケーキに舌鼓を打ちながらループの事を話していた。

「アリスに負けたら強制ループ。明日になったら絶獣の総攻撃でボク達は死亡。八方塞がりだね」

「だからエフォールさんに勝って、明日の事を話さなきゃならないの」

「その為にボクのドレッドノートをカスタマイズする」

 既に半分食べ終えたアケノは、新しい一口を放り込みながら、彼女から渡されたノートに目を通す。

「順番前後しちゃったけれど、改良する事許してくれる?」

「許すもなにも、ボクは大賛成。最下位と二位が手を組んで一位を蹴落とすなんて最高じゃん!」

 アケノは見えない一位に向かって指鉄砲を撃つ仕草をした。

「でも勝つには大きな問題があるわ。ドレッドノートのデータをカスタマイズするにはニェプトゥンさんの協力が不可欠。でも断られちゃった」

「アリスに睨まれたくないってのは分かるけど、おかしいなぁ。イルマは重度のメカオタクだから改良って聞いたら、喜んで飛びつくのに」

「他に理由があるのかな」

 アケノは天井を見上げる。

「う〜〜ん」

 アケノのフォークが甲高い音を立てた。皿の上のパンケーキがものの見事に消えている。

「考えてたら頭がボーとしてきた。こりゃ糖分不足かな」

「じゃあ、もう一枚焼きましょうか」

「うわっ」

 いつの間にか二人の前にユピテルが佇んでいた。

 糸のように細い目はフォークが置かれたお皿を見据えている。

「いつからいたんだよ」

 アケノは、おかわりを求めてお皿を渡した。

「最下位と二位が手を組んで一位を蹴落とすなんて最高じゃん!ってところからよ」

「殆ど聴いてるよ」

「あら、調理場の奥まで聴こえるような声を出してたのは、どこのどなたかしら」

 アケノは完全敗北して言い返せなくなった。

「ふふ。もう一枚焼いてくるから待ってて。あたくしも話に入れてもらうから。アメもお代わりします?」

「私はお腹いっぱいなので」

「話に入ってくるのかよ」

 ユピテルはアケノの言葉を無視して調理場に消える。

 甘い匂いと一緒に戻ってきた時には、クロノスも一緒についてきた。

「お前も加わるのか」

「なんだよ。面白そうな話してるのに、オレを除け者にするのか」

「どうする? アメ」

「聞いてもらおうよ。他の人の意見で光明が見出せるかもしれないし、最悪の事態になっても――」

「記憶はリセットできる」

 彼女は大きく頷いた。そのタイミングを見計らってユピテルが入ってくる。

「わたくし達も仲間に入れてくれるという事でいいのかしら」

 小首を傾げるユピテル。

「はい。お二人にも相談したいので、是非聞いてください」

 ユピテルとクロノスも先に着いたところで、ループを繰り返している事。今日中にアリスに勝つ為にイルマにカスタマイズを了承してもらうにはどうすればいいか打ち明ける。

 明日絶獣の総攻撃がある事は黙っておくことにしたようだ。

「あらあら、まあまあ。記憶喪失で同じ日を繰り返してる。それを終わらすにはライバルを倒さなきゃならない。凄いわ。まるで映画の世界みたい」

 ユピテルはこういう話が大好物で、声に楽しさが満ち溢れ、胸の前で手を叩く。

 一緒に聞いていたクロノスは、ウルフヘアの髪を激しく掻き回している。

「ループで同じ日を繰り返してる? ぐるぐるグルグル回ってる……そっか、アメアメはハムスターだったんだな」

「クロノス。アメはハムスターではないわ。アメは……人間よ」

「そうだった。アメアメはアメアメ。ハムスターじゃない」

「はい。よく出来ました」

 ユピテルに頭を撫でられ、クロノスはニマニマして頬が緩みっぱなしになった。

「ママ。もっと褒めて褒めて」

「お二人さん。じゃれあってないで話を聞いてくれないかな」

 クロノスはもっと頭を撫でてもらいたくて、ユピテルに頭を寄せる。

「あらあらごめんなさい」

 ユピテルは謝罪しながらも、膝枕したクロノスの髪を撫でる事は忘れない。

「じゃあ、どうしたらいいか教えてくれ」

「アケノ。そんなトゲトゲしなくても」

 彼女が仲裁に入る。

「そうね〜。イルマ、誰かと口論してたのよね」

「あっ、はい」

 言われて思い出したようだ。

「その口論が問題解決の糸口になると思うの」

 ツンツンとしたウルフヘアの手触りを楽しみながらも、ユピテルの一言は的を得ていた。

「口論が? じゃあ本人に聞いてきます!」

 彼女は立ち上がるなり、旋風の如く食堂を後にした。

「おいちょっと待てよ。ユピテル、アドバイスありがとう」

 アケノもすぐさま彼女の後を追った。

 二人を見送ったユピテルが下を向く。

「さあ、この後の準備をしましょうか」

「オッケー。ママ」

 *

「あの、ニェプトゥンさん」

 格納庫内のデスクで、タブレットに視線を落としたまま返事する。

「ミス・アサヒ。先ほども言ったように――」

「誰かと喧嘩したんですか」

 タブレットに向かう指が凍りつく。

「なんのこと?」

「さっき聞こえたんです。携帯で誰かと話しているのを。喧嘩の相手はウラヌスさんですか?」

「あなたに話すことかしら」

 ベールでも隠しきれない憤りが声色に混ざる。

「私が――」

「アメ!」

「ミス・アケノ、彼女を一人にするなんて感心しないわ」

 怒りの三又矛が後から来たアケノに向けられた。

「悪い。ほらアメも謝って」

「私、悪いことしてない」

「二人の問題に軽々しく口出しするなんて、他人の家を覗いてるのと同じだよ」

 彼女はイルマに向き直る。

「私がお手伝いします」

 イルマはタブレットに視線を落としたまま次の言葉を待つ。

「私が二人を仲直りさせます」

「ミス・アサヒ。それはお節介よ」

「ニェプトゥンさんに協力してもらわないと困るんです」

「あなたの問題なんか――」

「これは、太陽系に住むすべての人に関係する問題なんです!」

「スケールの大きなこと」

「冗談じゃないんだよ。イルマ」

 アケノが救いの手を差し伸べる。

「あなたまで?」

「うん。突拍子もない話だけど、彼女は今日をループしている。もう九回?」

「今回で十回目」

「原因は分からないけれど、アリスに勝って未来を変えないといけないんだって」

「ミス・エフォールに負けるとどうなるの」

 彼女が答える。

「明日二月十四日に絶獣の総攻撃があります」

 式典でプラネットシスターズ全員が死ぬ事を告げた。

「根拠は? 言っておくけど『私が見ました』は却下。第三者がいるなら連れてきてちょうだい」

 イルマは反論の芽を摘んだと確信して、コーヒーの香りを楽しみながらタブレットに集中する。

「彼女はボクの秘密を知ってる」

「何を言ってるの――」

 アケノの耳打ちにイルマは凄い勢いで向き直る。

「そんな顔をしてるって事は真実なのね」

 激しく頷くアケノの顔は湯気が出そうなほど赤く染まっていた。

 彼女も打ち明けた事は事実だと言いたげに首を縦に振る。

 イルマはタブレットを裏返すと、改めて二人と正対した。

「まだ一割くらいしか信じてないけれど、あなた達の誠意は伝わったわ」

「じゃあ、ニェプトゥンさんの問題解決のお手伝いをしてもいいんですね」

「そう言ったつもりだけど」

 イルマは伝わなかった事を嘆くように、ゆっくりと足を組み替える。

「素直に助けてって言えよ」

「アケノ」

 嗜められ、自分の口にチャックするジェスチャーを返して、アケノは一歩下がる。

「喧嘩した相手はやっぱり……」

「ご名答。クアラよ」

「原因は」

「さあ、何かしらね」

「おい、誤魔化してる場合――」

「アケノ!」

 彼女は口に人差し指を添える。

「本当に分からないの。昨日まではいつも通り一緒に寝たのに、朝起きたらいきなり――」

 彼女が尻尾を踏まれた猫のように声を上げる。

「ニェプトゥンさん。クアラさんと一緒に寝てるんですか」

「なんで驚いて、ああ、クアラと一緒に寝ているわ。わたしが抱きしめながらね」

「二人は恋人?」

「ご想像に任せるわ」

 イルマは、頬の熱を覚ますように手で仰ぐ彼女にイタズラ心が湧いた。

「あなた達こそ、そういう関係でしょ」

「いやいや! 違います。違いますよ!」

 慌てふためく彼女をベールの下で嘲笑いながら続ける。

「――本当いきなりだったの。起こされた次の瞬間には、怒り出すんですもの」

「寝ている間に何かあったとか」

「わたし。いつも彼女のお腹を護ってあげているの。こう後ろから手を回してね。寝相が悪いからパジャマが捲れてお腹をよく冷やすのよ」

「昨夜もそうやって寝たんですね」

「ええ。添い寝してあげないとベッドから落ちるほど動き回るの。本人は認めないけど。キングサイズのベッドでも足りないくらい」

「前の週で会った時は、そんな印象は抱きませんでした。とても眠そうなのは感じましたけど」

「クアラは猫かぶりだから」

 アケノが後ろから口を挟む。

「二つ名は眠り姫」

「だから目覚めのキスをしないと起きないの。なのに今日に限って……本当どうしたのかしら」

 イルマは真因が分からず頭を抱える。

「やっぱり今日より前、つまり昨日とかに原因があるんじゃないですか? 心当たりありませんか?」

「昨日も忙しかったけど、それ以外はいつも通りだったし……それより前も、特には」

 イルマはデスクに置いたタブレットから過去のスケジュールを遡っていく。

 小さな声と共に指の動きが止まる。

「これ、でもまさか、今になって?」

「見つかりました?」

 イルマは言うかどうか迷っていたが、これしか心当たりがなかった。

「誕生日、毎年プレゼントを渡していたんだけれど、去年渡しそびれてしまったの」

「それですよ!」

 彼女と対称的にアケノは冷ややかな反応を示す。

「一年前の誕生日の事、いまだに根に持ってるのかよ」

「他に喧嘩の原因は考えられないんですよね。じゃあそれですよ」

「機嫌を直してもらうにはどうしたらいいのかしら」

「ニェプトゥンさん。誕生日プレゼントを渡しましょう!」

「今日渡すの?」

「はい。一年前とはいえ今からでも遅くはない筈です」

「ボクは手遅れだと思うけど」

「だったら数に頼ろうよ!」

 *

「あらあらまあまあ、みんなでクアラに誕生日プレゼントを渡すのね」

 まだ調理場にいたユピテルとクロノスにも事情を説明した。

「そうなんです。だから二人にも協力してもらいたいと思って」

「プレゼントで機嫌を直すか、アメアメ冴えてる〜。オレなら計画を知っただけで許しちまうな」

「。それでプレゼントは何がいいでしょうか」

 ユピテルが次々とアイデアを閃く。

「やっぱりお菓子は外せないわね。誕生日だから女王の気分になれるような。後は好きなものとか、苦手な事を代わりに終わらせるとか」

「ニェプトゥンさん。ウラヌスさんの好きなものとか分かりますか」

「クアラは古今東西の狙撃手の物語が好きなの。後めんどくさがり屋で機体の整備を怠るのが悪習ね」

 クロノスが両手を高く挙げる。

「じゃあオレは格納庫に行ってきまーす」

「お願いねクロノス。ご褒美にクリームパン作ってあげる」

「よっしゃ!任せとけ」

 クロノスは猫のような軽い身のこなしで食堂を飛び出す。

「あたくし達はお菓子を作りましょうね」

「ミス・モンターニャ。何故わたしを見ているの? わたしの料理の腕は知っているでしょ」

「だから『あたくし達と』言ったの。二人で作ればより美味しいものが出来るわよ」

 アケノは自分の携帯を取り出した。

「イルマ。格納庫の3Dプリンタは使える?」

「ええ。電源は入っているわよ。使い方は――」

「知ってる。ボクも格納庫へ行ってくるよ」

「いってらっしゃい」

 アケノを見送った彼女はユピテルとイルマのお菓子作りを見学する。

「いい手際じゃない。アメ、お願いがあるの。お菓子はもう少しで完成よ。けどイルマは手が離せないからクアラを呼んできてくれない? イルマ、場所は知ってる?」

「この時間なら、屋上にいるわ」

「ですって。でも誕生日プレゼントを渡す事は内緒ね」

「屋上ですね。行ってきます」

 *

 屋上への扉を開くと、眩しい日差しに出迎えられた。

 眩しさは一瞬だったようで、彼女はすぐに慣れた様子で、日光に温められた屋上を進んでいく。

「ウラヌスさん」

 クアラはすぐに見つかった。背負った鞄からベッドを展開し、日光浴しながら眠っている。

 もう一度呼びかけると、瞼を閉じたまま唇だけが動く。

「アメちゃん。もう起きて大丈夫なの」

「はい。ウラヌスさん、一緒に食堂に来てください」

「なんで?」

「それは……」

 言葉に詰まる。プレゼントを渡す事は内緒と釘を刺され、それ以外の理由を考えていなかったようだ。

 返答に詰まっている間にクアラから健やかな寝息が聞こえてくる。

「ああっウラヌスさん。寝ちゃダメです」

 クアラはゆっくり瞼を開くと、鼻を微かに動かす。

「なんか、甘い香りがする」

 その言葉で彼女は閃いたようだ。

「そうなんです。ユピテルさんが新しいお菓子を作ったんです。それでクアラさんも一緒にどうですか?」

 眠り姫の二つ名の通り微動だにしなかったクアラだったが、上半身を起こすと同時に背中のカバンの中にベッドが収納されていく。

「行く」

「よかった。じゃあ一緒に行きましょう」

 クアラは差し伸べられた手は無視して自力で起き上がる。

 彼女はあくびを我慢できないクアラに話しかける。

「いつも眠いんですか?」

「何もない時は、ずっとこんな感じ」

 廊下を歩いているだけなのに、偶にふらつくように足元が覚束ない。

「でも、〈スナイパー・オブ・ザ・ウラヌス〉に乗っている時は集中できる」

「眠る事で、力を蓄えているんですね」

「そうね。光合成もできたら最高なのに」

「光合成?」

「こっちの話」

 携帯を振動させると、クアラは歩きながら画面を凝視する。

「イルマとはもう会った?」

「はい。今は食堂で――あっ!

 両手を口で塞いだがもう遅い。

「さよなら」

 クアラは肉食獣を見つけたウサギの如き脚力を駆使して廊下の角に消えた。

「ま、待ってくださーい」

 *

 彼女がノックすると、ユピテルの「どうぞ」という声が聞こえた。

 扉を開けると、クラッカーが祝砲をあげる。

 第一声を上げたのはアケノだった。

「どうしたんだアメ。前髪がオールバックになってるぞ」

 彼女は片手で頭頂部に張り付いた前髪を直す。

「ちょっと強風に煽られちゃって」

「学校の中で風吹いてたのかよ」

「そ、そんなところ。ね、ウラヌスさん?」

「離して」

 彼女に手を握られたクアラは扉の前にいながら食堂から目を逸らし、今にもその場から離れようとしていた。

「クアラ。いらっしゃい。ほらそんなところに立ってないで。入って入って」

 ユピテルは声をかけながら、クアラが反論する前に中に招き入れた。

「今日の主役はあなたよ。さあ座って」

 上座の椅子に座るも、リスのようにほっぺは膨らせたまま。

「主役って何?」

「お話はお菓子を食べながらにしましょう」

 ユピテルが視線で促すと、調理場からクロノスが大きな皿を持って現れた。

「♪ハピハピバースデー ハピバースデー 今日はめでたい一日だ 眠り姫の誕生日 ハピハピバースデー ハピバースデー」

「歌やめて。あと誕生日じゃない」

「細かい事は気にするなよ。ヌスヌス」

「その呼び方嫌い」

 クロノスはどこ吹く風でテーブルに持っていたお皿を置く。同時に甘い香りが食堂にいる全員の鼻をくすぐる。

 グゥ〜と圧縮されるような音が轟き、クロノスがおずおず手を挙げる。

「ごめん。腹減っちゃった」

「ふふ健康の印よ。さぁみんな座って。わたくしが切り分けるから」

 ユピテルは全員が座る中、一つの空席があるのを逃さない。

「イルマ。ほらあなたも」

 部屋の隅で壁の一部になるように佇んでいたが、呼ばれて初めてスイッチが入ったようにゆっくりと椅子の背もたれを引く。

「そこじゃないでしょ。あなたはここ」

 ユピテルに指定されたのはクアラの真向かいの席だった。

 食堂にいる六人が席に着いたところで、ユピテルはテーブルの真ん中に置かれたお菓子を六等分に切り分けていく。

「ママ、これはなんて菓子?」

「これはガレット・デ・ロワ。」

 香ばしい焼き色が目にも鮮やかな王様のお菓子は、飾り包丁で〈ハッピーバースデー〉と刻まれていた。

 クアラはその文字を見て顔を綻ばせるも、すぐに表情筋を引き締めてしまう。

「はい。みんな召しあがれ」

 待ってましたと言わんばかりに、全員がほぼ同時にフォークを入れる。

 サクサクの生地は切り分けるだけで楽しく、一口食べればアーモンドクリームの香ばしい甘味が口一杯に広がった。

「飲み物もどうぞ」

 湯気を立てるストロベリーティーは、爽やかな風味と共に口の中をサッパリしてくれる。

「あれ」

 クアラのフォークが固い音を立てて止まる。

 事情を知っているユピテルとイルマ以外の三人が注目した。

「あらまあ、今日は運がいいわね」

「コインが入ってる」

 王冠を頂いた女王の金貨が照明の下で輝く。

「これ本物じゃない。アルミホイルだ」

「そう、コインチョコよ」

「何故こんなものを」

「王様のお菓子の名の通り、この中に王冠を入れておくの。それを当てた人は今日一日女王になれるのよ」

「スッゲー。ヌスヌス超幸運じゃんか」

 興奮が光となってクロノスの瞳が輝きを増す。

「切り分けたのユピテルちゃん。幸運でもなんでもない」

「誕生日は一年に一度しかない貴重な日。それを迎えたクアラは充分幸運よ」

「……納得しない」

 クアラは、おくるみに包むように両手で金貨を持つ。

「さて、クアラ女王」

 ユピテルが胸の前に手を添えて頭を下げる。

「わたくしとイルマお手製の菓子は口に合いましたでしょうか?」

「イルマも手伝ったの」

 今日初めて、イルマに視線を送る。

「そう……うん、美味しかった」

 クアラは言いたい事を無理矢理呑み込む。

「陛下に喜んでもらえて法外の喜びです。では次――」

「ユピテルちゃん。いつも通りでいい」

「あらあら。分かりました。じゃあ次はクロノスから」

 クロノスがフォークを握りしめたまま挙手しながら、天井にぶつからん勢いで立ち上がる。

「はーい。ヌスヌスの機体の整備を代わりにやっておきました!」

「クロノスちゃん。ありがとう。これからも頼むね」

「えへへ。褒められちった」

 嬉しさのあまり毎回機体整備を肩代わりすることに気がついていない。

 そんなクロノスを尻目にアケノが立ち上がり、テーブルの下に隠していた長物を取り出す。

「はい。ボクからのプレゼント」

 クアラは立ち上がると、空いているテーブルに置かれた包装を丁寧に剥がしていく。

 ロックを解除し、子供一人が入れそうなケースを開ける。

「わぁ」

 クアラが胸に抱いたのは古めかしい狙撃銃。

 大事な人形を抱くようにしっかり支えると、木製のストックを撫で、照準を覗き込み、引き金を引く。

 そしてボルトを何度か動かしたところで熱っぽい息を吐いた。

「気に入ってくれたみたいだな」

「アケノちゃん。わたしボルトアクションより、セミオートの方が好き」

「へぇ。じゃあ返せ」

 クアラは胸に抱いた狙撃銃に力を込める。

「折角だから貰っておく」

「素直じゃないんだから。大切にしてくれよ」

 クアラが満足したところを見計らったユピテルが軽く手を叩いて、全員の注目を集める。

「それじゃあ、そろそろお開きに――」

「待って」

「どうしたのクアラちゃん」

「今日はあたしが女王様。なのにあたしの機嫌を損ねたままの人がいる」

 電流を流されたようにイルマの全身が震えた。

「わたしは、お菓子を作ったわ」

「発案したのはユピテルちゃん」

「じゃあ、どうしたら許してくれるの」

「プレゼントちょうだい」

「何が欲しいの? クアラの機嫌が悪い原因も分からないのよ」

「むっ。まだ分かってない」

 クアラは狙撃銃をテーブルに置くと、招き猫のように手招きをする。

「機嫌が悪い理由を教えてあげる」

 クアラは近づいてきたイルマのベールを手に取り、口元をあらわにし間髪入れずにキスをした。

 食堂が驚きの声に包まれる。

 クロノスに至ってはひとつになった二人を穴が開くほど凝視して、ユピテルに視線を手で遮られる始末。

 クアラから唇を離す。

「思い出した? 毎日の日課」

「……すっかり忘れてしまっていたわ」

 今度はイルマからキス。

「そうよ。眠り姫は、愛する人からの口づけを待ち続ける」

 クアラは周りの視線も気にせずキスを繰り返し、イルマもそれを受け入れる。

「一日欠かした罰。今日はずっとキスする日。分かった?」

「ええ。我が儘な女王様」

女王になった姫は。好きな人を片時も手放す事なんてしない」

 コインチョコをシェアしたりキスを繰り返すクアラが、野次馬達に向けて、ヒラヒラと上下に手を振った。

「邪魔者は退散しましょう」

 ユピテルに促され食堂から出て行こうとすると、

「ニェプトゥンさん。機体のカスタマイズの事忘れないでくださいね」

「アメ、空気読めって」

 彼女はアケノに引っ張られて食堂を出た。

 五人が廊下に出たのを確認したアケノが扉を閉め、手扇で顔に風を送っていると、何度も聞いたヒールの音が廊下に響き渡る。

「もう、そんな時間」

 窓を見た彼女の目に映る夕焼け空。

 近づいてくるアリスの反対側から、足元に向かって軟鞭が振り下ろされる。

「弱気バカ。もう逃げれないわよ」

「コリウスさん、さっきはごめんな――」

「謝ったってもう遅いわよ!」

 金属の鞭が彼女の鼻を抉る寸前「コリウス!」という声に反応して急停止、天井を切り裂きながら手元に戻っていった。

「コリウス。それ以上はやめなさい」

「……はい。お姉さま」

 素直に従ったが、手にする鞭をしまおうとはしなかった。

「単刀直入に言うわ。貴女の持つサン・オブ・ザ・パワーの称号を賭けて決闘を申し込むわ」

「一族が護ってきた誇りを、今すぐ取り戻したいんですね」

 アリスは制服の膝に皺がつくほど、手に力を込める。

「よく知ってるわね。その通りよ。ワタクシの代で手放す事なんてあり得ない事なの。さあ今すぐ決闘よ!」

「一時間、待ってはくれませんよね」

 彼女の提案は、アリスのレイピアの如き眼差しで却下された。

「じゃあ、『一位の座をあなたに譲ります』」

 いつも通り、アケノの張り手が飛んでくる。

 トマトをぶつけられたように頬を腫らした彼女がループ直前に見たのは、手に持った砂時計を見つめるアリスの姿。

 上に残された砂はあと十一粒。

 決して露見してはいけまいと、アリスは必死に口角が上がるのを抑え込んでいた。


ーー次回スコーピオーー

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