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〈転機〉ヴィルゴ 

 コンコンと弱々しい力でノックする。

 しばらく待つと中から声が聞こえて来た。

「こんな朝早くに誰だよ……あれ、アメじゃん」

 扉を開けたアケノは狼狽する。

 立っていた彼女はボロボロと大粒の涙を流しながら、覚束ない足取りでアケノに抱きつく。

 アケノは驚きながらも、涙と鼻水でグチャヌチャの彼女を抱きしめ、背中を優しく叩いた。

「ごめんね。ごめんね」

 彼女は啜り泣きながら謝り続けていた。

 *

「じゃあ、もう八回も今日を繰り返しているってこと?」

「うん。今回で九週目だよ。因みに信じられないと思うからアケノと合言葉を決めたの。絶対本人しか知らない秘密」

「へえ、聞かせてよ」

 アケノは目を逸らせ、指でテーブルを叩く。

「左のお尻にホクロがある」

 聞いて後悔したアケノの顔が真っ赤になる。

「びっくりしないの? 最初これを聞いたアケノに凄い勢いで口を塞がれたよ」

「いや驚きすぎて、身体が動かなかっただけ。でもループしてるのは嘘じゃないね」

「信じてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。それで一体何があったのか聞いてもいい。そんなに目が腫れるほど泣いてるなんてよっぽど嫌な事でもあったの?」

「うん。何もかも嫌になったから、誰にも会わないで二月十三日を過ごしてみようと考えたの」

 彼女はアケノと喧嘩した事は伏せる事に決めたようだ。

「六週目は学園の外に出ようとしたんだけど、扉は内側からも固く閉ざされて壁も山のように高くて、どう頑張っても生身で越えられなかった。だから次の週は学園内に隠れることにしたの。でも一箇所に隠れても見つかっちゃう。だから八週目は前週で見つけた複数の隠れ場所を利用して一日を過ごしてみたんだ」

「よかったじゃん。十四日を迎えられて。ん? でもループしてるよね?」

「明日、何があるか知ってるよね」

「式典のこと? それを見に各惑星の要人や一般の人がここに来る予定になってる筈の」

「うん。何千人もの人が集まってその数十倍の人達がネット中継を見てたよ……そして招かれざる客も」

 彼女は自分を癒すように、おさげを弄り続ける。

「招かれざる客って、まさか……」

 アケノは彼女の様子から何かを察した。

「うん。突然警報が鳴り響いて見上げた時にはもう、空は絶獣の群れで埋め尽くされてたの」

 *

 ――彼女は今まで聞いたことのない喧騒に目を覚ました。

 一日中、隠れ場所を探し回り歩き続けたからか、最後の隠れ場所で横になって、そのまま眠ってしまったらしい。

「ここは、白い天井じゃない」

 見上げると、太陽と目が合いそうになり、慌てて目を細める。

 彼女がいるのは円形の給水塔と給水塔の間。横になると丁度周りから死角になる位置にいた。

「そうだ。私隠れる為に横になって、そのまま寝ちゃったんだ……って事は!」

 起き上がって周りを見回す。

 屋上には沢山の人がいる。制服を着ておらず親子連れもいて、学園の生徒には見えない。

 子供も大人も一箇所に視線を集中させている。

 彼女は何が何だか分からない様子で、ゆっくりと給水塔から出てきた。

 周囲の人はそんな彼女に目もくれない。

 フェンスから覗くと、グラウンドを囲むように人が集まっている。

 そこには各惑星の要人達が貴賓席に座り、ドローン達が学園周囲を飛び回っていた。

「一体何が起きたの?」

 ここまで見たことのない人の群れに辟易した様子で辺りを見回していると、後ろからの強風で暴れるおさげを手で抑えた。

 青空を横切って来たのは、七体のロボット。

 プラネットシスターズの七機がグラウンドに静かに着陸すると、学園がジェット機のエンジン音に負けないくらいの大歓声に包まれる。

 彼女はあまりの大音響に耳を塞ぐ。

 七機の中心に立つのは、火星代表アリス・エフォールの乗機マーズ・オブ・イリュージョニスト。

 胸部コクピットが開き、アリスが出てくると、さらに歓声が上がる。

 アリスが静かに手を挙げると、皆が一斉に静まり返った。

「皆様。今日はお集まりいただきありがとうございます。一年に一度の式典、太陽系防衛軍を代表するワタクシ達の実力をしかと見届けてくださいませ」

 群衆が拍手しようとすると、アリスは先に手を挙げた。

「ここに集まり、そして配信をご覧の皆様の中で疑問に思っている人もいると思うので、始まる前に先に話しておきたいと思います」

 アリスは腰のベルトから砂時計を取り出した。

「チームの一位、サン・オブ・ザ・パワーの称号を持つアサヒ・アメの不在を訝しがるのはごもっともです。彼女は今日の為に訓練中、事故で負傷してしまいました。しかしご安心ください。命に別状はなく、安静の為に今日は大事を取って欠席となりました。本人も今日の祭典を参加できなかった事を嘆いております。彼女の一日も早い回復を願ってくれると助かります」

 三分の二ほど下に溜まった砂時計を弄びながら、アリスは彼女がいる屋上の方に目を向けていた。

 アリスの言葉に酔いしれた人々が熱に侵されるように拍手をしている。

 プラネットシスターズの彼女達が歓声に応えていると、不安を掻き立てる警報が学園中に鳴り響く。

 直後、青空が一瞬にして夜闇に覆い尽くされた。

 彼女も屋上の人々と一緒になって上を見る。

 空が雨雲より暗い。そして風の流れに逆らって動いている。

 破片級の群れが陽射しが入る余地もないほどひしめき合っている。

 それに気づいた人達がパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 彼女はフェンスにしがみついたまま見ていると、プラネットシスターズの七人が冷静に行動を起こす。

 アリスのイリュージョニストを筆頭に空高く舞い上がり、破片級の群れに突入していく。

 スコールのように破片級が墜落し、そこかしこに残骸が降り積もる。それは学園の敷地も例外なくグラウンドや校舎を破壊していく。

 機体のない彼女は見守ることしか出来なかったが、機能停止する絶獣を見て、段々と不安の霧が薄くなっていく。

 が、次に墜落したものを見てフェンスを力いっぱい握り締めた。

 背中に巨大な拳を装備したスレイヴがグラウンドの真ん中で落ちて動かない。

 開いたハッチから出て来たのはパンケーキを焼いてくれた、

「ユピテルさん……」

 ユピテルは折れた左腕を抑えながら、空を見ていた。

 彼女もつられて見ると円を描きながら破片級が降りてくる。

「ユピテルさん、逃げて!」

 彼女の声は届かず、ユピテルは死を覚悟したように動かない。

 助太刀にきたのは、両手足にチャクラムを装備した細身のスレイヴ。手に持った円盤で切り裂き、足を持った円盤を投擲する。

 しかし数の暴力には勝てず、両手足を体当たりで破壊され、ユピテルの機体の上に落下。

 絶獣達は二機の上に覆いかぶさると自爆。

 彼女が吹き飛ぶ直前に見たのは重傷のユピテルを庇うクロノスの姿だった。

 爆風で少しの間気を失った彼女が見たものは、変わり果てた学園の姿。

 直前まで沢山の人で賑わっていたグラウンドは絶獣の自爆で大きなクレーターに変貌し、全ての窓ガラスは窓枠しか残っていない。

 屋上にはついさっきまでいた人達が落としていった食べ物や携帯、靴などが散乱していた。

 クレーターの爆心地にいたはずのユピテルやクロノスはおろか乗っていた機体の影も形もなくなっていた。

 上空ではまだ戦闘が続いているのか、爆発音が断続的に聞こえてくる。

 崩れた学園の隙間から、三つの黒い建造物を見つけた。

 目を凝らすとそれは高熱で炭化した三機のスレイヴ。まるで墓標のようにクレーターの中心に聳え立っている。

 屋上に向かって黄金のスレイヴが落ちて来たので、彼女は悲鳴を上げながら逃げた。

 うつ伏せの姿勢で固まったスレイヴの頭部がスライドする。

「アケノ!」

 駆け寄ってハッチから出てきた血塗れの右手を掴む。コクピットの中はドス暗く鉄錆の匂いが充満していて中はどうなっているか分からない。

「アケノ、アケノ。大丈夫、動ける?」

「ア、メか。ボクは駄目そう。一人で逃げて……」

「だめだよ。闘わ――」

 陽射しが差し込んだと錯覚するような閃光が上空で瞬いた。

「アリスだ。限界まで戦って、自爆したんだ」

「じゃあエフォールさんも……死んだの?」

「みんな死んだ、ボク達も終わり」

「そんな、まだアケノは生きてるわ。早く闘いましょう」

 彼女は腕を弾くのを途中でやめた。根本から血が溢れ出し、固定された身体から離れようとしていた体。

 彼女はその惨状を見て、汚れるのも構わず腰が抜けるように座り込む。

「私達負けたの」

 ハッチの中から返事はない。

「もう闘えないのね」

 絶獣達がアケノのスレイヴに集まってきた。

 彼女はぬめるコクピットの中でアケノだったものを自分に取り込むように強く、強く抱きしめ、四方から迫る光に身を任せた――。

 *

 彼女は、新たなティッシュを渡そうとしたアケノの手を勢いよく掴む。

「このまま明日を迎えたら、いて座A*のブラックホールの巣から絶獣達が来る。アケノやみんなが死んで、私達は負けちゃうの!」

 彼女は頭痛に耐えるように手を頭に添えながら訴える。

「いて座A*のブラックホールの巣から……」

 アケノの顔に一筋の汗が流れる。

「うん。だから早くみんなに明日起こる事を伝えなきゃ、そうだ。まずエフォールさんに!」

「ちょっと待った」

「どうして止めるの。世界が滅びるのよ!」

 アケノは耳を覆う。

「冷静になれって、今の話を誰が信じてくれる?」

「アケノは信じてくれたじゃない!」

「ボクだって半信半疑だよ。でも、秘密を知ってたから信じる。けど他の人は明日の出来事を言われて、すぐに信じると思う?」

「どうしたらいいの。私はループして今日に戻れるけど、みんなはそんな事出来ない――そっかループだ」

 彼女はアケノに詰め寄る。

「私のループはこの為にあったんだ。明日を勝利するためのループだったんだよ」

「その力をどう役立てる気?」

「エフォールさんに勝つ! そして一位の称号を諦めてもらう。そうすれば私の話を聞いてくれると思うの」

「そんな単純にいくかな」

「やってみなければ分からないわ。もしだめだったらその時は別の手を考えて実行して見る。だって私には――」

 アケノが指鉄砲を作って引き継いだ。

「ループがある。でしょ」

「うん」

「それで、アリスに勝つ方法は考えてあるの」

 立っていた彼女は椅子に座る。

「聞いて。これはアケノが了承しないと不可能な計画なの」

「じゃあどんなプランか聞かせてもらおうかな」

 アケノはテーブルに両肘をつき、口元を隠すように両手を組んだ。

 真剣な姿勢に、彼女も改まって姿勢を正す。

「ヴィーナス・オブ・ドレッドノートを改良したい。なにか書くものある?」

 アケノが目線で置いてあるペンとノートを示す。

「ちょっと借りるね」

 彼女はノートを開くと、真っ白なページにペンを走らせた。

「隠れてじっとしてたら、自然に頭の中にアイデアが溢れて改造案が浮かんできたんだ」

 完成したページを見せる。

 アケノはじっくりと細部にまで目を通す。

「アリス機の機動性と接近戦に対応するためのカスタマイズか」

「それと、アケノが得意な事もできるようになる」

 アケノが獲得したトロフィーに目を通す。

「確かにこれが出来れば勝率は上がるね」

「でしょ、機体を実際に改良するのは時間がかかって間に合わないけれど、シミュレーターのデータなら今日中に完成できるはずよ」

「なるほど、でも誰に改良してもらうの」

「え?」

 彼女の笑顔が北極の海に突き落とされたように凍りつく。

「だって、ほら……えっと」

 どうやらアケノが改良するものと考えていたようだ。

「自分の機体だから、出来るかと……」

「出来なくはない。けれど、とてつもなく時間がかかる。うん絶対。だってこのノートを見た限り、新規の機体を作るようなものだもん」

「一日じゃ無理?」

「徹夜すれば一ヶ月かな」

「もう世界滅びてるよ!」

「それは困る。だからカスタムが得意な彼女に頼もう」

「誰?」

「イルマ。もう会ったかな? いつもベールで顔を隠してる」アケノが掌で顔を覆う。

「白衣着た人ね。格納庫で合ったわ。いつもいるの?」

「うん。彼女にとって格納庫が家みたいなものだからね」

「じゃあ今すぐ行こう。時間が……」

「――ないって言いたいんだね。了解……どうしたの窓の外見て」

 彼女は気づいたようだ。今が夕方だと。

「時間切れ」

「えっどういう――」

 アケノの言葉は激しいノックに掻き消される。

「誰だ」

「コリウスさんだ。私を呼びにきたのよ」

「一途バカ。弱気バカと一緒にいるんでしょ。開けなさいよ!」

 扉を破らんばかりのノックが続く。

「アケノ。もうすぐしたらエフォールさんが扉を破って入ってくるわ」

「扉を破って? 何する気なの」

「鍵を切り裂くの。そんな事はいいから早くビンタして」

「ちょっと訳が分からないって」

「アケノ、アメさんがいるのは分かっているの。匿っていても貴女の為にならないわよ」

「アリスだ。本当に来た」

「アケノ早く」

 ドアの鍵がドアノブごと菱形に切り落とされた。

「アリス⁈ ボクの部屋を破壊するなんて非常識にも程があるぞ!!」

「ああもう、一位の座を譲ります」

 破壊されたドアを見ていたアケノの視線は固定されたまま、手だけが動き彼女の頬を叩いた。


 ーー次回ライブラーー

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