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〈転機〉タウラス 

「痛い!」

 飛び起きてすぐ頰を抑える。

「力込めすぎだよ〜」

 おかげで戻ってくることができたからか、その表情はしっかりと前を見据えていた。

「早く、アケノと合流しないと」

 彼女はベッドから降りてカーテンに手を掛けたところで止まる。

「何処に行ったら合流できるんだろう」

 格納庫にはアリスが来る。食堂にはユピテルとクロノスがいる。

 どうやら出来る限り時間を無駄にしたくないと考えているようだ。

 彼女は何かに気づいたように顔を上げると、カーテンを勢いよく開く。

 曇り空を切り裂くような勢いで窓から飛び降り、寮の方へ駆けていく。

 アケノの部屋に着くまで誰にも、もちろん前々週に廊下でぶつかったウラヌスとも会わずにここまで来た。

 息を整えることも後回しにして、扉を破る勢いでノック。

 出てこない。

 もう一度ノック。

 既に部屋にいないと想像したのか、青ざめた顔でノックを繰り返す。

「今出るよ!」

 中から怒りを隠す気もない返事が飛んできて、ノックしていた拳を止めた。

「誰だ〜。こんな朝早くに……」

 扉が開く。そこにはフライトジャケットを羽織ったアケノがいた。

「あれ、アメ? なんでここに? ていうか意識が戻ったのか?」

 彼女はアケノを見て涙ぐむ。唯一の協力者と会えたからかもしれない。

「アケノー!」

「ちょ、ちょっと、いきなり何すんの!」

 アケノに軽やかにかわされた彼女はバランスを崩して倒れ、メガネが宙を舞った。

「いたたー」

「ごめん。急に迫ってくるからビックリしちゃって」

 アケノは謝りながら床に落ちたメガネを手渡す。

「ありがとう。私こそごめんね」メガネをかけてアケノと相対する。

「で、何しに来たの?」

「そ、そうだ。私、今日をループしてるの。それを止めるにはエフォールさんとの決闘に勝利する必要があって。でも私の機体故障してるじゃない。だから前週のアケノと相談して二人でドレッドノートに乗って、勝利しようって事に決まったの!」

「お、落ち着いて、アリスと決闘? ループ? 前の週のボク? 意味がわからないよ」

「本当なの、信じて……あっそうだ。合言葉を決めたのよ」

「合言葉、それは、前の週のボクが決めたの?」

「うん。事情を知らないアケノも一発で理解してくれる合言葉。行くよ」

 アケノは唾を飲み込んで待ち受ける。

「あ、ああ」

「『アケノの左のお尻にはホクロがある!』」

 アケノが彼女の口を塞ぐ。その勢いはかなりのもので、彼女の鼻まで塞ぐほど。

「な、な、何言ってるんだー!」

 顔を真っ赤にしたアケノが血管が浮き出るほど拳を握りしめた。

「前の週のボクは何という合言葉を設定してるんだぁぁぁ!」

 片手で頭を抱えて悶えるアケノ。

「んー、んんー!」

 彼女は自分の鼻と口を塞ぐ掌を指差しながら抗議の唸り声を上げ続けた。

 *

「ごめん。苦しかったよね」アケノは頭を下げて両手を合わせた。

「頭上げてよ。でもこれで私の言ってる事信じてくれた?」

「ああ、ああそうだね。信じるよ。でも、今後は大声で言うの禁止。ボクの記憶はリセットされるけど大声禁止!」

「うん。分かった。絶対大声で言わない」

「はぁ……前週のボクは、どうしてコレを合言葉にしたんだろう」

「エフォールさんが扉を切り裂いて迫っていたからだと思う」

「切り裂いて? アリスの執念深さは筋金入りだな。で、その彼女に勝たないといけないんだね」

「うん。原因は分からないけど、明日を迎えるにはエフォールさんに勝つしかないみたいなの」

「アリスは強いよ。ループしてから闘った?」

「ううん。アケノが助けてくれてたから。でも凄く強いのは分かってる」

「アリスの一族はずっとプラネットシスターズのエースを務めていたからね。ボクや他の六人が束になっても勝てない。だから他の人に助太刀頼むは諦めたほうがいい。むしろアリス側につくよ」

「そっか、でもアケノは助けてくれる、んだよね?」

 アケノは裏返った写真立ての方を見て答えた。

「もちろん、ボクはどんな時でも君の味方だよ」

「じゃあ、私の提案に賛同してくれるの」

「ドレッドノートの砲撃手だろ。グッドアイデアだと思う」

「じゃあ、すぐに練習しに行こう」

「それがいいね。でもアリスが来る可能性もあるんじゃない?」

「多分夕方まで来ないと思う。私と決闘するためにいろんな場所を探してるみたいだったから」

「アリスの奴、明日まで待てないのか」

「明日って何かあるの」

「明日はこの学園滞在の最終日。式典があるんだよ」

「イベント?」

「ボク達プラネットシスターズの実力を知ってもらう為に、実機で模擬戦を行うんだ。各惑星政府の首相はもちろん、沢山の人が現地に来るし、ネットで太陽系全体に中継される」

「私達が大注目される日なんだね」

「だからこそ、アリスは一位を欲しがっているのかもしれない。それで昨日も勝負を仕掛けてきたんじゃないか」

「負けてあげたほうがいいのかな」

 アケノが片眉を上げた。

「火に油注ぐだけ」

「どう言う意味?」

「余計に怒らせるだけって事。凄くプライド高いから」

「やっぱり闘って勝たないと、ってことだね」

「結論も出たし、善は急げ。シミュレータールームに行こう」

 *

 誰にも見られないように気を使い、シミュレータールームに到着した。

 二人きりで広いシュミレータールームを占領する。

 扉の方で音がしたので振り向くと、アケノが鍵をかけていた。

「外から邪魔が入ったら困るだろ」

 鍵を閉めたアケノはシミュレーターマシーンの椅子に身体を預けると、隣を指し示す。

「ほら、早く来なよ」

 彼女も同じように座面に沈み込む。

 身体を支えるクッションは固すぎず柔らかすぎず、例え一日中同じ姿勢でも疲れることはなさそうだ。

「準備できたね。じゃ行こうか」

 アケノがヘッドセットを装着すると眠るように動かなくなる。

 彼女も続けて、口元が開いた重厚なヘッドセットを頭に被せるように装着した。

 意識が機械に吸い込まれ、闇に包まれた視界に明るいノイズが走る。

 闇が晴れた時、そこは仮想空間に作られた格納庫の中だった。

 現実と違うのは整然と並んでいたスレイヴがおらず伽藍堂。残っているのは今から乗り込むヴィーナス・オブ・ドレッドノートのみ。

 無骨な鉄骨とグレーの格納庫内では、黄金のトライク自身が太陽のように輝いていて、光に吸い込まれる蛾のように彼女は見つめ続けていた。

「アメ、早く乗りなよ」

 先に胸部コクピットに潜り込んだアケノに続いて、彼女もコクピットのハッチを開ける。

 スレイヴは椅子に座ったまま上半身が前のめりになっているので、胸部コクピットから入れない。

 彼女は躊躇うことなく、犬耳のついた頭部のそばで開放操作を行う。

 電子音が鳴り頭部が前にスライド。開いた脱出用のハッチに飛び込む。

 中は非常灯のみで、お世辞にも視界がいいとは言えないが、マニュアルを記憶した彼女は、特に不自由することもなく座席につき主電源を入れた。

 久方ぶりのジェネレータの鼓動によって前のめりだったスレイヴが頭を起こして上体を起こす。

 正面モニターにアケノの顔が表示された。

「問題なく起動できたみたいだね。ニェプトゥンにデータ管理任せてるから、不具合は無いと思うけど」

 改めてコクピット内を見回す。

 椅子の後ろはすぐ壁で、上部に照準装置が取り付けられた天井も頭がつくほどの高さしかなく、窒息するほど狭い。

 視界を確保するモニターは正面と左右に三枚。

 コントロールスティックは左右と真ん中にある。

 左右のスティックはスレイヴ操縦用でほぼ使わないもので、砲撃手用に必要なのは、突き立った聖剣のようなスティックだ。

 銃のグリップとトリガーが一体化したような形をしていて、ドレッドノートの武装を全て扱う事ができる。

 彼女は照準装置やスティックを一通り触って返事をした。

「何も問題ないだと思う。早く動かしてみたいな」

「よし。じゃあシミュレーター起動」

 アケノの宣言の直後、モニターが光に包まれ、格納庫の姿は跡形もなく消えた。

 次に見えたのは乾いた陽射しが降り注ぐ荒野の真ん中に設置された射撃場。

「アメ、まずは使える武装の確認からしていこう……ちょっと退屈かもしれないけど我慢して」

「初心は大事だもんね」

 彼女は真ん中のスティックを使って主砲を操作していく。

 スティックの役割は、発射する弾薬を選択する事と、不意の発射を防ぐセーフティ。そして目標に向かって砲弾を発射するトリガー。

 では砲身を動かすのはどうするのか。

 メインとして使うのは正面左右モニター上部に設置された照準装置。

 常時、彼女の頭部をモニタリングしており、セーフティを解除すれば、砲塔と砲身が自分の一部のように動かせる。

 彼女は砲塔の動作を確認すると、次は砲弾を装填し地上のターゲットをロックオン。

 トリガーのスイッチを人差し指で押し込んだ。

 モニター左右端が光り、軽い振動が体に伝わる。ターゲット中央に命中した超硬鉄鋼弾が穴を空けていた。

 砲弾を変更し薬室に再装填。ここまで二秒。

 次に現れた五つの空中ターゲットに照準を定めて発射。

 三式対空弾は揺れ動く目標の動きを予測して爆発。爆風と内蔵された破片がターゲットを叩き落とした。

 次に現れたのは、亀の甲羅とも蟹の背甲とも言える丸みと厚みを持つターゲット。

 鉄鋼弾を装填し放つ。命中するが、あまりの硬さと分厚さに勢いを殺されて中心まで届かない。

 次は主力である対絶獣外殻貫通弾頭を装填して発射。ビーム皮膜に包まれた弾頭が装甲を貫き中心部で炸裂。

 モニターのホワイトアウトが収まると、甲羅に似たターゲットが消滅していた。

「よし。こっちは一通り終わったよ。あれ?」

 連絡するも返事がない

「アケノ? 聞いてる? 終わったよ」

 モニターに映ったアケノは、あろうことか口を半開きにして夢の中にいた。

「ちょっと、アケノ! 起きてよ!」

「んあ? ああ〜ごめんごめん。座ってたら眠くなっちゃって」

 あくびをする姿からは緊張感は感じられない。

「やる気出して」

「分かってるって。で終わった?」

「うん」彼女の返事を聞いてアケノが指を動かし始めた。

「次は実戦形式でいこう」

 射撃場が姿を消し、地面から雨後の筍のようにビル群が生えてくる。

 一瞬にしてクレーターの内側に街が出来上がった。

「アメ、街を偵察して」

「ドローン発進」

 偵察ドローン〈ファルコン・アイ〉が砲塔後部のコンテナ中央から上空へ射出。

 街上空でホバリングすると、獲物を狙う猛禽類のように大きなカメラアイでビル街を見下ろす。

「ER-30スレイヴが二機とER-30rスレイヴ改。北にスレイヴ改。東南と南西にスレイヴ一機ずつ」

「どれから先に叩く」

 彼女は考えるようにカメラアイを注視する。

「私達がいるのは南。近くの敵から叩きたいから」

 南西のスレイヴは北西から東南を監視し、東南のスレイヴは東北から南を監視している。

「こちらを見つける可能性が一番高い東南の敵を先に倒そう」

「了解。任せるよ」

 彼女はドローンから距離、位置、方角の情報を貰って照準を調整し、砲身に仰角を与えて鉄鋼弾を発射。

 なだらかな曲線を描いた砲弾は東南のビル屋上を陣取っていたスレイヴに真上から襲い掛かる。

 頭部と胸部を貫かれた敵機は屋上から足を踏み外して落ちた。

 攻撃に気づいた二機が当たりを見回す。その視野さえドローンは捉えている。

「まだボク達に気づいてないけど、いずれバレるよ」

「じゃあ、こっちから攻めよう」

「いいね。それでいこう!」

 アケノがアクセルを操作すると、ドレッドノートのタイヤが猛烈に逆回転して砂埃を上げた。

 バックして方向転換、前輪を西に向けて走り出す。ビル街を右手に疾走していると、二機の敵が屋上から八つのカメラアイをこちらに向けている。

 その視線の先に腰だめしたライフルの銃口を向けた。

「来るよ!」

 彼女の警告、警報、衝撃。

 着弾地点が次第に近くなってくる。

「アケノ!」

「回避はボクに任せて。反撃に専念」

 機体が左右に揺れ、モニターの映像が荒波に揉まれる小船のように傾く。

 彼女が首を右に曲げる。

 乗っているスレイヴが右を向くと同時に、砲塔も右を向く。

 距離の近いスレイヴ改に砲撃。

 直撃するも、球形のバリヤーに阻まれた。

 バリヤーを張りながらも敵の反撃が緩むことはない。

「カウンタースフィア展開中でも攻撃してくるから」

「アケノ、先に言ってよ! きゃあ」

 進行方向から飛んできた弾が装甲を掠める。

 いつの間にかスレイヴが前に回って距離を詰めてくる。

「突っ込んでくる奴は任せろ」

 アケノはアクセルを吹かし、スレイヴに激突する直前に前輪を持ち上げた。

「きゃっ!」

 下から突き上げる衝撃で、彼女は悲鳴を上げる。

 拳を振り下ろすように、前輪がスレイヴの頭頂部を直撃。

 アケノはアクセルを吹かしたまま、スレイヴの左手にマシンガンを持ち、前輪に引っかかった敵向けて連射する。

 多数の弾丸で穴だらけになったスレイヴは、前輪から外れると大きな後輪に踏み潰された。

「残り一機だ」

「アケノ。無茶苦茶だよ」

「マニュアル通りにやっても勝てないって!」

「もう」

 彼女はスレイヴ改をロックオンして、コンテナからミサイルを垂直発射。

 敵は腰のドロワーズのスラスターを全開にしてミサイルを置き去りにする。

 スレイヴ改の射撃がアケノのスレイヴの左肩を貫いた。

「しまったブレーキが使えない」

「どうするの⁈」

「速度を殺さずに突っ込む。主砲を直接ぶつけてやれ!」

「ええっ?」

「カウンタースフィアの性能を思い出せ!」

「あっ、そういう事か!」

 カウンタースフィアは外部からの速度と質量を吸収し、更に反射も可能。

 だが一定の速度を超えなければ、バリヤーを通り抜けられる。

 アケノは被弾しながらもアクセル全開で突撃。騎馬突撃のランスのように、主砲をスレイヴ改の腹部に突き刺す。

「アメ!」

 砲弾が腹部を貫通。その衝撃で機体が上半身と下半身に分断して吹き飛んだ。

 ブレーキが効かないのでビルに激突しそうになるが、ここは仮想空間。シミュレーターを終了すれば、まるで巻き戻ったように全てが元通りになった。

「アメ、やったね」

「うん。でも突っ込むのはびっくりしたよ。心臓止まるかと思ったじゃん」彼女は胸の辺りに手を添えた。

「ビルと正面衝突する前にシミュレーターリセットしてくれて助かったよ」

「えっ、アケノがリセットしたんでしょ」

「いや、ボクは何もしてないけど?」

「貴女達、練習熱心ね」

 通信に第三の声が割り込んできた。

「アリス」

「エフォールさん」

 モニターにアリスが映り、アケノが吠えた。

「何しに来たんだ」

「アメを探してたらシミュレータールームで見つけたの。そしたら二人で練習してるから、一部始終を見させてもらったわ」

「覗きは犯罪だぞ」

「あら? やましい事でもしてたの」

「してないって!」

「じゃあ、見学しててもいいじゃない」

 アケノ言い負かしたアリスは、彼女の方に視線を向ける。

「さて、ワタクシがここに来た目的が分かるかしら」

「私が持つ一位の称号ですよね」

「アケノから聞いたの? それとも記憶が戻ったの。まあ、どちらでもいいわ」

 レーダーに新たな機影が現れる。

 スレイヴのカメラアイを向けると、上空からマーズ・オブ・イリュージョニストが降り立つ。

 その機体は後光を浴びて神々しい。

「貴女は闘える。だから、今ここで決闘を申し込むわ」

「ボクがいてもいいのかよ」

「アメの機体は使用不能で慣れない機体に搭乗。そしてストレイトは最下位。二対一で丁度いい実力よ」

「言ってくれるじゃん」

 挑発に乗ってアケノがアクセルを吹かす。

「アケノ!」

「ここまで来たら闘うしかない」

「でも、勝てるの?」

「やってみなきゃ分からないだろ!」

「口論は終わったみたいね。そろそろ始めてもよろしくて」

「こっちはいつでもいいよ」

 アケノとアリスは彼女を無視して話を進めた。

 ドレッドノートは南のスタート地点へ。

 イリュージョニストは北のスタート地点で開始の合図を待つ。

「お姉さま。一途バカ。用意はいい」

 アリスについて来ていたスイシェンが決闘開始のゴングを鳴らす。

「アメ、ドローンを飛ばして」

 アケノの指示通りドローンを飛ばす。ビル街の上空に留まる敵の位置を知らせてくれる。

「エフォールさんの機体は、街の真ん中」

「見えてる」

 イリュージョニストは街で一番高いランドマークタワーの上で揚力を発生させて浮遊していた。

「目立ちたがり屋め」

「アケノ、どうするの」

 イリュージョニストが手招きするように右手を動かして挑発。

「ミサイルを全弾発射して」

「この位置から? 丸見えだよ」

「言う通りにして」

 彼女はロックオンしてミサイルの鎖を全て解き放つ。

 アリスは百を超える誘導弾に怯む事なく、引きつけてから上空に飛び上がる。

 ミサイルの先頭集団はランドマークタワーを破壊するだけだった。

 イリュージョニストが両手のビーム刃を展開。まるで踊るようにミサイルの隙間をすり抜け、恋人の顎をなでるように優しく艶かしい手つきでビーム刃を振い続ける。

 爆発する為の信管を作動させる間もなく、誘導装置だけ切断されると、魅了されたようにコントロールを失い、激突したり自爆して墜落する。

「ミサイルを切った⁈」

「見とれてる場合じゃないって」

 アケノの声で我に帰った時には、上空に飛ばしていたドローンが真っ二つになっていた。

 アケノがビル街に突入する。

「目を潰される事は、予想済みだ」

 背後で物音がして彼女が振り返る。見ると残弾ゼロのミサイルコンテナ外れて地面に落ちていく。

 コンテナ分軽くなった事でドレッドノートの加速が増した。

 アケノがイリュージョニストの動きについていくために、錘を捨てたのだ。

 速くなったのはメリットだが、当然デメリットもある。

「アケノ、アケノ! ブレて狙えないよ!」

 ロックオンカーソルに目標を捉えようとしても、イリュージョニストの動きと、トライクの暴走にも近い走りで全く狙いがつけられない。

「さっきみたいに密着して撃てばいい。それまではトリガーから指離して!」

 アケノは通信回線をオープンにする。

「アリス、高みの見物しててもボク達は倒せないぞ。降りてこい。一撃で勝負をつけてやる」

「受けて立つわ」

 イリュージョニストが半壊したランドマークタワーに沿うように頭から降りてくる。

「挑発に乗った」

 アケノは前輪を跳ね上げ、ランドマークタワーの垂直の壁面をトライクで登っていく。

 タイヤが次々とガラスを砕くが反重力装置が辛うじて機体を支え、上に進ませてくれていた。

 アケノのスレイヴがマシンガンを撃つ。

 イリュージョニストには当たらず、その周りのガラスが細かく砕けて粉雪のように散っていく。

 アリスは弾幕を気にすることもなく、逆さまのまま落ちていく。

 アケノが彼女に指示を出す。

「用意はいい?」

「う、うん」

「アリスの土手っ腹を主砲でぶち抜いてやれ!」

「ワタクシ、汚い言葉は嫌いなの」

 アリスの声がアケノの動きを鈍らせた。

 イリュージョニストが主砲を両手で撫でると、一瞬にして砲身がバラバラに小口切りにされてしまう。

「くそっ」

 アケノが悪態を吐きながらマシンガンを構えるが、トリガーを引き切る前に腕部ごと切断されてしまった。

 イリュージョニストはすれ違い様にトライクのタイヤも切り落とす。

 流石に反重力装置だけでは自重を支えきれずに背中から落ち、勢いを殺せず道路に落下した。

 彼女は衝撃で意識が朦朧とするなか、モニターを見る。

 乗っているスレイヴは天を見たまま動けなくなっていた。

 日差しを遮るようにイリュージョニストが現れビーム刃を突きつける。

「貴女達の負け。見事な敗北よ」

「……ダメだったか」

 モニターに現れたアケノは顔を覆っていた。

「私達負けちゃったね」

「アメのせいだ」

「えっ何言ってるの」

「ボクの言う通りに動かないから負けたんだ」

「そんなこと言うの? 遠距離用の機体で接近戦を挑む方がいけないのよ!」

「ボクのせいだって言いたいの」

「違うの? この戦法を考えたのはアケノよ」

「じゃあ、どうやったら勝てたんだよ」

「お黙りなさい」

 アリスの叱責に二人は冷水を浴びせられたように押し黙る。

「反省会なら、ワタクシの用を先に済ませてからにしてくれない」

 アリスは手に持った砂時計を眺める。今も砂は落ち続け、下の容器に半分ほど溜まっていた。

 彼女が先に降りると、アケノもコクピットから這い上がる。

 お互い視線を合わせようともしない。

 アリスはイリュージョニストのコクピットから地面に降り立つと、二人の前に立って腕を組む。

「さあ、アメ。サン・オブ・ザ・パワーを渡して、いいえ返してもらおうかしら」

「さっさと渡しちゃえよ」

「アケノは黙って。エフォールさん。渡せるものなら渡したい。けれど無理なんです」

「時間稼ぎのつもり?」

「覚えられないと思うけど一応言っておきます。ループして今日の朝に戻るんです」

「貴女、まだ病室から出ない方が良かったんじゃない」

「私も、出来ることなら何もしない一日を過ごしたいです! こんな称号欲しければあげますよ!」

 彼女は不満をぶちまけると、大きく息を吸い込んだ。

「一位の称号を渡します!」

 案の定アケノの張り手が頬を叩く。

 目が覚めたとき、見知った白い天井と目が合った。

 何も変わることのない朝を迎えて、彼女はベッドの上で大きなため息をつくと、ブランケットを頭からかぶって不貞寝する。


 ーー次回〈ヴィルゴ〉ーー

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