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〈転機〉アリエス

「なんでビンタされるか、分かったよ!」

 彼女は目覚めると同時にベッドの上で素っ頓狂な声をあげる。

「そっか、また時間が巻き戻っちゃったんだ」首をガックリと落とした

 同じ一日を繰り返すと気づいて落ち込むかと思いきや、次に顔を上げた時には、その青に白のハイライトが散りばめられた瞳が陽を浴びた地球のように輝かせる。

「アレが原因だったんた。早く教えないと」

 彼女は身体を置き去りにするような速さでベッドから降りると、早速カーテンのかかった窓に向かう。

 廊下の方からはヒールの音が聞こえてくる。

 カーテンを開けて誰もいないか確認するように下を見ると、開いた窓から身を乗り出した。

 スカートを落下傘みたいに広げながら着地し、曇天の下、止まることなくアケノがいるであろう場所へ赴く。

 おさげが置いていかれる程の勢いで走っていると、遠くに人影を見つけた。

 そのジャケットを羽織った後ろ姿に声をかけようと、手でメガホンを形作る。

「アケ――ああっ」

 声を出すことを途中でやめ、その場に立ち止まってしまう。

 格納庫の前で立ち止まったアケノが立ち止まった。顔を向けた方向から、アリスとスイシェンがやってくる。

 おさげに触れて木陰から様子を見ていると、三人一緒に格納庫に入ってしまう。

 彼女からは見えなかったが、アリスは中の砂が三分の一ほど下に溜まった砂時計をアケノに見せていた。

「今行ったら、話できないよね……」

 彼女は格納庫のアケノと会うのは断念したのか、くるっと踵を返して歩き出した。

「ここで待ってればアケノが来るはず、ううん絶対来る!」

 彼女が見つめるプレートには食堂と書かれている。

 すりガラス付きのスライドドアに手を掛けたところで身体が硬直。

 扉に耳を寄せると……

「ママ、まだできないのー?」

「もう少しでできるから、待っててね」

 食堂から漏れ聞こえる二つの声。

「ママ? 親子なのかな」

 更に耳をそば立てて様子を伺う。

「はい。できましたよ〜」

「キタキター! 待ってましたよ。オレの大好物」

 仄かに香る甘い匂いと一緒に、こんな歌が扉を貫通する。

「♪ パンパン パンパン クリームパン! フワフワ生地に包まれた 甘いクリームにメロメロだ パンパン パンパン クリームパン! 一口食べればその瞬間 幸せホルモンドッパドッパ」

 自作の歌から、クリームパンを食べている事が扉越しに推測できる。

「うまっ、うまい!! さっすがオレのママ」

「ありがとう。はい、これどうぞ」

「サンキュー。うーん、やっぱクリームパンには牛乳だよな〜」

 だいぶ満喫しているようで、一向に食堂から出る気配がない。

 そのまま耳を扉にくっつけていると、違う歌が聞こえてきた。

「♪ ママの愛情たっぷりの クリームパンはオレのもの!」

 歌が終わると同時に不意に扉が開いた。

「ひゃあ!」

 驚いて尻餅をつく。

 大きな影が覆い被さってきたので見上げると、ウルフヘアの女性が仁王立ちしていた。

「あれ、誰だと思ったらアメアメじゃん。何してんのこんなところで」

 今にも喉笛に食らいつきそうに犬歯を覗かせると、腰に手を当てて彼女の顔を覗き込む。

「倒れたって聞いたけど、ここ食堂だよ。そっか、トイレ行ったら保健室の場所、分かんなくなったんだな。よし、オレが連れてってやんよ」

「いえ違うんです。えっと、そのアケ……」

「ああ、そういう事か」

 彼女が言い合える前にウルフヘアの女性は食堂を振り返る。

「ママー。アメアメがお腹すいたってさ」

「ええ! 違います。私アケノを――ひゃあ!」

 廊下に嬌声が響く。

 抱き上げられて食堂の中へ連行されてしまった。

 お姫様抱っこをした彼女を椅子に座らせると、調理場に向かって声を張る。

「アメアメがお腹すいたってー! ママー」

「はいはい。聞こえてますよ。あらあらアメ、具合良くなったのね」

 現れたのは、狐のような糸目の女性。

 えんじ色の制服の上から汚れひとつないエプロンを着用した姿は、柔らかな雰囲気を醸し出している。

 二人とも上背があるからか、着席させられた彼女はミーアキャットのように首を左右に動かしていた。

「どしたのアメアメ。身体震えてるけど」

「あら、もしかしてまだ記憶が?」

 エプロンの女性の問い掛けに彼女は頷いて答える。

「そうなの、気づかなくてごめんなさいね」

「ママどういう事、アメアメ元気になったんじゃないの?」

「まだ記憶が戻ってないの。だから、あたくし達の名前が分からないのよ」

「そっか、そういう事か。悪いアメアメ」

「いえ。別に謝らないでいいですよ」彼女は顔の前で両手を振った。

「クロノス、まずは自己紹介といきましょう」

「OKママ。ゴホン。オレの名前はクロノス、クロノス・プワソン。土星No. 1のエースパイロット様だ!」

 クロノスは土星のネイルが施された親指で自分を指した。

「あたくしは木星のユピテル・モンターニャ。パイロット兼調理担当よ」

「よろしくね」と自らの胸に手を添え、首をちょこんと傾ける。

「オレのママは、めっちゃ料理美味いんだぜ。そうだ、アメアメの好物作ってあげなよ」

「それはグッドアイデアね。ちょっと待っててね」

 ユピテルは緑のロングヘアを揺らしながら調理場に消えていく。

「あっ、いえ私」

「遠慮するなって、本当に美味いから。チャンス逃したら、宇宙空間に生身で飛び出したくなるくらい後悔するぞ」

「は、はあ」

 次第に甘く柔らかな香りが食堂中を包み込む。

 クロノスはテーブルに腰を預けると、新たな歌を歌い始める。

「♪太陽ポカポカ あったかい もっちり生地のお布団で バターとメープルお昼寝だ」

 クロノスの独唱が終わる頃、ユピテルが湯気をたつお盆を持って戻ってきた。

「はーい。焼きたてのホットケーキですよ」

 こんがり焼けた生地は見事な球形を形作り、その上ではバターが脱力するようにとろけていた。

「はい。どうぞ」

 ユピテルが容器を手渡す。

「これなんですか」

 中には琥珀色に輝きトロミのある液体。

「メープルシロップよ」

「メープル、シロップ?」

「あらあら、だめよ」

 ユピテルが慌てて止めに入る。彼女が容器に口をつけて直接飲もうとしたからだ。

「飲み物じゃないんですか」

「これはホットケーキにかけるものなの」

 ユピテルがお手本を見せる。メープルシロップがホットケーキを包みわ溶けたバターと混じり合う。生地の熱で甘い匂いが花開くように広がった。

「すんすん……いい匂い」

「どうぞ。召しあがれ」

 ナイフとフォークの使い方を教わり、ギザギザになった断面から口に入れる。

「……ゴクン。ゴホッゴホッ――」

 彼女が突然咳き込む。

「バカ、何やってんだ!」

 クロノスが背中を強く叩く。

「これ飲んで」

 ユピテルから手渡された水を一気に飲み干す。

「プハー。ありがとうございます。た、助かりました〜」

「アメ。食べる時はよく噛んで食べるのよ」

「は、はい。よく噛むよく噛む」

 ユピテルに言われた通り、新たに切り取った一口を頬張ると、何度も何度も咀嚼する。

 段々と頬が朱に染まり、瞳が潤んでくる。

「お、美味しい」

「よかった。気に入ってもらえて」

「ホットケーキってすごく美味しいんですね。記憶を無くす前の私が気にいるのも分かります」

 彼女は大層気に入ったのか、切り取っては食べ、切り取っては食べを繰り返す。

 クロノスが剥き出しのお腹を撫でながらユピテルに話しかける。

「ホットケーキ見てたら腹減ってきた。クリームパン作ってよ」

「駄目です。もう三十個食べたのだから、お昼まで我慢しなさい」

「は〜〜い」

 クロノスは渋々ながらもユピテルに逆らうことなく従う。

 彼女がホットケーキを半分ほど食べたところで、新たな食堂の利用者が扉を開けた。

「ユピテル、パンケーキ……あれアメ何でここに?」

 アケノが食堂にいる彼女を見て驚いて固まる。

「あっ」

 同時に彼女も固まった。

「私、アケノに用があったんだ」

「なんだよ。ボクに用って」

 ユピテルはクロノスと一緒に食堂の奥に消えていた。

「私、目が覚めてから、今日という一日をループしてるみたいなの」

「それは大変だ! と言いたいけれど、いくら親友のボクでも簡単には信じられないよ。証拠はあるの」

「私、今日起こる出来事が言えるよ。アケノは今まで格納庫にいたんでしょ」

 彼女は自身たっぷりに言うが、アケノは特に感嘆した様子もない。

「あれ、合ってない?」

「合ってるけど、毎日の日課だし、隠してるわけじゃないからな〜」

「ええー。じゃ、じゃあ」

 彼女は残っていたホットケーキを呑み込むように平らげた。

「そんな食べ方したら喉に詰まるって」

「ふぁいふぉうふぅ……大丈夫だよ」

 彼女は顔を守るように食べ終えた皿を左頬に添えた。

「何してるの?」

「ループのきっかけはアケノのビンタなの」

「ボクのビンタ? 何でそんな事しなきゃいけないの、する理由がないじゃん。言っておくけど人を殴って愉しむ趣味はないから」

「わかってる。今から、アケノの右手が一人でに動く魔法の言葉を唱えるわ」

「ボクの手が勝手に動くってこと?」

「左手で右手抑えててもいいよ。ほら早く、掴んで掴んで」

 アケノは半信半疑でありながらも、右手首に左手を添える。

 彼女はそれを目視で確認してから、アケノの顔を見て口を動かす。

「『私、一位の座をエフォールさんに譲ります』」

 風切り音が響き、頬を守る皿と掌が激突する。

 お皿越しでも鼓膜に衝撃が来たのか、彼女は耳をさする。

「うー、これで信じてもらえる?」

 アケノはジンジンと疼く掌に視線を注ぐ。知らぬうちに細工されたのかと、何度も握ったり開いたりを繰り返していた。

「いや……まだ信じられない」

「ええっ?」

「今度はここにいるから、もう一回言ってみて」

 アケノは食堂の出入り口まで後退するだけでなく、廊下に出て扉を閉めてしまう。

「ボクの準備はいいよ。外に聞こえるほどの大声で頼んだ」

 今度は彼女の方が信じられないといった様子の表情になる。

「……分かった。じゃあいくよ。一位の座をエフォールさんに譲ります!」

 すりガラスにヒビが入りそうな勢いで扉が開き、全速力で近づいたアケノの張り手が盾となった皿に直撃する。

 あまりの衝撃で彼女はよろめくほど。

「ごめんごめん。嘘じゃないんだね」

 アケノはあまりの勢いで手を痛めたのか、埃を払うように手を振っていた。

「信じてくれたみたいで、よかった。じゃあ話を――」

「待った」

 アケノが自分の唇に指を添えた。

「この話は人に聞かれない方がいい。当事者以外は絶対に信じてもらえないと思う」

 彼女も同じ事を考えていたのか、頷こうとすると、食堂の方からユピテルの声が聞こえてきた。

「アケノ、パンケーキお待たせ〜。あらあら二人とも仲良しさんね」

「そんな事ない。そうだユピテル、包んでもらっていい。自分の部屋で食べるから」

「いいわよ。今用意してくるわね」

「よろしく」

 アケノは、ユピテルが調理場に消えたのを見てから、彼女の方を見る。

「パンケーキ貰ったらボクの部屋に行こう。話はそこで」

 *

「……ふーん。同じ日を繰り返している。か」

 部屋に着いて早々、アケノはパンケーキを頬張りながら彼女の話を聞いていた。

「アリスに一位を譲る――ボクが言っても大丈夫そう。やっぱりアメが口に出すのがトリガーになってるんだね」

「うん。そうみたい」

 アケノは焼きたてのパンケーキの美味しさを少しでも逃すまいと、食べながら考える。

「んで、ボクの手が撃針となってループを発動させる」

「そもそも論として、どうしてループできるようになっちゃったんだろ?」

「しかも、ボクに張り手されると時間が巻き戻る。ボクとアリスもループに関わってるのにその記憶は持ってない」

「エフォールさんも、ループの事には気付いてないみたいだった」

「ループするからには原因や目的がある筈、何千年も前から人気のエンタメジャンルだしね」

「例えば?」

「エイリアンの体液を浴びたのが原因の映画とか、目的だと祖父の殺人を防ぐ小説とかあったかな」

「その二つはどうやってループが終わるの」

「ネタバレになるから言わない。気になるなら資料室で調べるといいよ。後でタイトル教える」

「そんなこと言ってる場合じゃ……」

「どちらにしても、アメのループとの類似性は無いよ。あるとすれば、好きなようにはループできないってことくらいかな」

「何の参考にもならないよ」

「いや、ループから抜け出す方法は推測できる」

 アケノはパンケーキの最後の一口を呑み込む。

「アリスはアメの一位の称号を執拗に狙ってる。そしてアメが一位の座を譲ったらボクの張り手が飛んでループ。これが条件ということは」

「という事は?」

 アケノは指鉄砲を彼女に向けた。

「アメがアリスに勝つ。どちらが玉座に相応しいか分からせてあげればいい」

「記憶なくなってるのに勝てるはずないよ」

「でも操縦方法は覚えてるんだろ。戦闘になったら思い出すんじゃないか?」

「そんな運任せな方法で、エフォールさんに勝てるの?」

 アケノは両腕を組んで目を閉じた。

「う〜〜ん。無理だね。ボクは神様じゃないけど負ける未来しか見えない。一万回やって一回は勝てるかもね」

「一万回もループするの〜」

 彼女は力尽きるように首を落とす。

「そもそもエフォールさんは何でそんなに一位に固執してるの。話したら分かってくれるんじゃないかな」

「無理。そもそもアリスには一位に執着する理由があるんだ」

「どんな理由なの」

「彼女の家系はプラネットシスターズ創立者の一人。サン・オブ・ザ・パワーはその創立者達が作った歴史ある称号なんだよ。そして一位の称号を二百年以上保持してきた。もちろんアリスも加入した年に一位になった。その輝かしい栄光の座を――」

 言葉を区切り、彼女を指し示す。

「アメが奪い取った。二百年間一族が守ってきた玉座を奪われたんだ。アリスの執念は相当なものだと思う」

「じゃあ、闘いを回避する道はない……でも私の機体はエフォールさんと戦って故障したって聞いたけど」

「だからボクが助けに来たんだろ」

「うん。どの週でも助けに来てくれた」

「じゃあボクに任せなよ。代わりに勝ってやるから」

「でも……アケノ全然太刀打ちできてなかったよ」

 彼女の言葉にアケノは心臓の当たりを抑えた。

「そりゃボクはプラネットシスターズの中でも最弱だけど、アメのためなら、どんなに勝算が低くても力になるよ」

「アケノ、泣いてるの」

 彼女に言われたアケノは涙を拭って天井に視線を浴びせる。

「どんなに心が引きちぎれそうになっても、ボクはアメの力になるから」

「あ、ありがとう」

 彼女は目頭を抑える。

「おまえまで泣くなよ。泣くときは全部終わってから、ね」

「うん! でも勝つ秘策はあるの」

「それは今から考える。あ、今日中には思いつくよ。出ないと記憶も今日の朝にリセットしちゃうからね」

 アケノが眉間に皺を寄せるのを見ながら、アメが呟いた。

「……二人乗り」

「ん?」

「アケノの機体って二人乗りできないの。確か、もう一機が気絶するような格好でいたと思うんだけど」

 彼女がいうのはドレッドノートのサイドカーに収まったスレイヴの事だろう。

「専属パイロットがいないだけで、あれは乗れるよ。元々ドレッドノートは二人運用が前提だからね」

 元来、ヴィーナス・オブ・ドレッドノートは〈艦艇の主砲を自由に動かす〉をコンセプトにカスタマイズされた。

 つまり、軍艦や要塞で使われる強力な大砲を移動しながら攻撃できるようにしたのだ。

 なので機体を動かす操縦手と攻撃を担当する砲撃手の二人が絶対必要だった。

「何でアケノ一人なの」

「それは、アレだよ」

 アケノは口を尖らせる。

「ボクの操縦にみんなついていけないんだって。乗ると必ず酔って、攻撃に集中できないらしいんだよ」

「だから攻撃する時、一回一回停車していたのね」

「そういうこと」

「じゃあ、私が砲撃手になる」

「アメが?」

「うん。最初は戸惑うだろうけど、私にはループしても記憶が残るというメリットがある」

「そうか! 一度じゃダメでも何度も何度も練習や実戦をこなせば」

「うん。エフォールさんにも勝てるようになると思うの」

「それはグッドアイデアだ。じゃあ早速マニュアルを見せるよ」

 大きな音と共にテーブルに置かれたそれは、百科事典以上の厚みを持っていた。

「ちょっと分厚いけど、目を通しておいて」

「うん」

 彼女は表紙を開き、ページの一文字も逃さないように目を動かしていく。

「西暦二九七四年。絶獣に全く対抗できなかった既存の兵器を超えるために開発されたのが人型機動兵器スレイヴ――対絶獣外殻貫通弾頭BR(バタリングラム)と共にスレイヴは絶獣に対する有力な対抗手段となる――地球製のスレイヴはバーニアを増設したドロワーズと、質量反射装置カウンタースフィアによって走攻守揃った万能機となる。その後各惑星企業に輸入され、独自の改修を経て――」

 まるで人間スーパーコンピュータのように瞬きひとつせずに知識を吸収する彼女の姿に、アケノは一種異様なものを見るような目で観察していた。

「――金星で改良されたヴィーナス・オブ・ドレッドノートは全長百二〇メートルと最大。前半分はコンポジットアーマーと特殊ゴムを混ぜ合わせたタイヤ、後半分は巨大なコンテナミサイルを支える反重力エンジンを装備――主砲は二問。バタリングラムを搭載した弾頭は砲身内でビームコーティングが施され外殻貫通の補助をする……」

 彼女が一息ついた。

「どう、ボクの乗機の感想は」

「うん……」

 彼女は言いにくそうに口をモゴモゴ動かしていたが、観念したように開いた。

「えっとバランスが悪い、と思う。でも弱い機体だとは思わないよ!!」

 アケノを庇うようにフォローする。

「艦艇の主砲に機動力を付与したコンセプトは素晴らしいと思う。でも使いこなすには、一人じゃ無理だよ。これ」

「やっぱり二人で使うのがいいってことか……おっ?」

 小さな音に気づいたアケノが立ち上がりる。

 棚に並べていたトロフィーに向かうと、倒れていた写真立てに手を伸ばした

 飾られていたのは愛車のトライクの前でアメと撮ったツーショットだ。

「ねえ。約束覚えてる?」

「約束?

「戦いが終わったら地球に降り立って、夜空の下を二人でツーリングするって……それも覚えてないんだね」

「ごめんなさい」

「謝んないでよ。記憶喪失なんだから」

 アケノは倒れた写真立てを一度は直して、すぐに裏返した。

 そのあと二人の間に会話はなく、彼女がページを捲る音と、

「――機体の操縦を一任する事で砲撃手は砲撃に専念できるので、移動しながら攻撃が可能となる。重要! 最大限の実力を発揮させたいのなら、必ず二人で運用する事。一人で戦場に出るなんて目隠ししてバイクに乗るようなものだ。絶対二人一組のルールを守れ!」

 彼女がマニュアルを読み終えた時には、窓から夕陽が差し込んでいた。

 バイク動画を見ていたアケノが画面を閉じる。

「読み終わった?」

「うん。この後は操縦訓練したい」

「もう夜になるよ。少し休んだら」

「ループを早く終わらせるためにも、練習は必要だよ」

「ああ。でも明日になるとどうなるんだろう」

「どうなるんだろうって?」

 新たに噴き出した疑問の霧は、突然のノックに吹き飛ばされる。

「一途バカ。弱気バカと一緒にいるのは分かってるのよ。弱気バカ、お姉さまが用があるの。待たせないで出てきなさい!」

「一途バカってアケノの事?」

 アケノは渋柿を食べたような表情で頷く「スイシェンだ」

「どうしよう。このままじゃエフォールさんと決闘することになっちゃうよ」

「今は闘っても負けるだけだ。ボクが時間を稼ぐから逃げろ」

「一途バカ、鍵を開けなさい。開けなさいってば!」

 ノックの合間に会話を続ける。

「逃げるって何処に?」

「この学園は広い。隠れようと思えば隠れられる場所は沢山ある」

 近づいてくるハイヒールの音が聞こえ、二人はドアの方に目を遣る。

「お姉さま」

「アメはまだ出てこないの」

「ごめんなさい。あたい役立たずで」

「卑下する事なくてよ」

 彼女は唇を噛み締めた。

「アケノ。私にビンタして」

「はぁ? こんな時にな――」

「ループすれば今日の初めに戻れる。そうすれば操縦訓練の時間ができる」

 控えめなノックが響く。

「アメ。貴女に用があるの。ストレイト、鍵を開けてくださらない?」

「アケノ早く!」

「分かった……いや待った」

「時間ないよ」

「ループしたら一から説明しなきゃならない。すぐに理解してもらう為に合言葉を決めておこう」

「何にするの?」

 再び控えめなノック。

「二人で何を話しているのかしら。開けなければ実力行使するわよ」

「アケノ早く」

「今考えてるから! 黙ってて」

 扉から風切り音が聞こえてきた。

 彼女が見たのは、扉の周囲を菱形に走る赤い切っ先。

 菱形に切り取られたドアノブが蝶番ごと床に落ち、その穴から赤い瞳と目が合う。

「探したわよ」

「ひっ」

 アリスの執念深さに思わず声を上げてしまう。

「アメ、合言葉が決まった」

「早く教えて」

 アリスが扉を開けるのと、アケノが大声で合言葉を伝えるのは、ほぼ同時だった。

「ええ! それが合言葉なの」

 教えたアケノの顔はトマトのように真っ赤だ

「ボクしか知らない秘密だ。忘れないでよ」

 アリスは余裕の足取りで近づく。

「早くループ始動の言葉を!」

「うん! エフォールさんに一位を譲ります!」

 空気の詰まった袋が破裂するような音と共に、頬に強烈な熱が走る。

 最後に見たのは歯を食いしばるアケノの顔だった。


ーー次回タウラスーー

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