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第三話〈転機〉アクエリアス

目が覚めて最初に視界に入ったのは真っ白な天井だった。

「……ここは?」

彼女は首を巡らせて見回す。

頭の横の台に丸メガネが置かれていたので、ブランケットから手を伸ばす。

フレームに触れるか触れないかのところで右手が止まった。

「……私何で頰をさすってるんだっけ?」

左の頬を撫でていたのは無意識だったらしい。

「そう、夢を見て……ここ、見覚えがあるような、ついさっきまでいたような」

カーテンの閉められた窓、パソコンの置かれた机の隣にある薬品棚。

メガネをかけた彼女は、パーティションに覆われたベッドを覗き込んで誰もいない事を確認してから、スライドドアの方に目を向けた。

待っていると、部屋の外からヒールの踵が床を鳴らす音が近づいてくる。

扉を開けて入ってきたのは、スリットから覗くサラブレッドの脚のような太腿が印象的な女性。

「あら、もう起きてたのね」

「あ、エフォールさん」

「ワタクシの名前、もう記憶が戻ったのかしら?」

彼女は考えるように視線を左右に動かす。

「えっと、記憶は戻ってないです。けど――」

言いかけたところでアリスに遮られる。

「貴女の名前はアサヒ・アメ。実感湧かないかしら?」

「いえ。私の名前……だと思います。確証はないですけど」

アリスは腕を組み、少し口角を上げる。

「記憶を失ったのだから、すっきりしないのはしょうがないわね」

「私はどうしてここに」

「ワタクシとの決闘で大脳皮質にダメージが入ってしまったの。でも安心して記憶障害は一時的なものだから」

「……一緒だ」

「何か言ったかしら」

「なんでもないです。ここは保健室なんでよね」

「ええ。貴女は治療を受けてここに運び込まれたの。見たところ元気そうね」

「はい。もしかして学園を案内してくれるんですか」

「よく分かったわね。一刻も早く貴女の記憶を蘇らせたいの。ついてきて――あら」

彼女の左頰が赤い事に気づき、扉を開けようとした手を止める。

「頰が赤いけれど、熱でもあるのかしら」

「えっと、大丈夫です。多分寝てた時にほっぺを枕に押し付けていたからだと思います」

「なら良かった。じゃあ行きましょう」

廊下を進み、窓に目を遣った彼女が尋ねる。

「エフォールさん。質問が」

「どうぞ」

「この学園の塀すごく高くありませんか。外が見えないんでけれど」

「絶獣の侵攻を受けて塀を改装したのよ。生徒達を守るために」

「生徒想いのいい学校ですね」

「でも無意味だった」

「えっ?」

「後で教えてあげるわ。ワタクシ達を絶滅させようとする敵がどれほど恐ろしいのかを」

格納庫で眠るアース・オブ・ザ・スタンダードから降りる彼女にアリスが声を掛ける。

「さすがね。記憶を失っても身体は覚えているのね」

「そうみたいです」

彼女はある一点に目を止めた。視線の先には黄金のトライクがハンガーに収められている。

「あの、格納庫の中を見てきてもいいですか」

「いいわよ。でもすぐに戻ってきてね」

「はい。いってきます」

彼女は道すがら、前から歩いてくる白衣を着た人物に気づき、軽く会釈をして道を譲る。その女性は目の前のタブレットに集中していて彼女に気づかなかった。

その人物は顔を隠すように漆黒のベールをしていて、よっぽど印象に残ったのか、彼女はしばらく白衣の背中を見つめていた。

「いけない。すぐに戻ってって言われたんだ」

目的であったヴィーナス・オブ・ザ・ドレッドノートを間近で観察する。

「確か隣にもう一機いたような……いた」

そこにいたのはトライクのサイドカーに座る黄金のスレイヴ。項垂れている姿は魂が抜けているようだ。

パイロットを探すが、周囲には誰おらず、結局アリスに呼ばれてしまい、ドレッドノートの方を名残惜しそうに横目で見ながら、その場を去る。

「じゃあ次は絶獣の事を教えるから資料室へ行きましょう」

「お願いします」

アリスに連れられた彼女が格納庫から出た直後、トライクに跨るスレイヴの頭が動き、四つのメインカメラが食い入るように出入り口を見つめていた。

視界が揺れ一人でに動き出す。

上から伸びた大人の手によって視界の右隅が暗い。

彼女は今見ているのはある少女の視界。右側にいるのは少女の父親だ。

「絶獣の事を知るために」と、アリスに渡されたゴーグルをつけると視界いっぱいに、どこかの街が映し出された。

二人は手を繋いで街中を歩いていく。周りの人達は皆どこか浮かれていて、夜空を見上げたり携帯のカメラを向けていた。

少女は人混みではぐれないように、父親としっかり手を繋ぎ、その表情はこれから訪れるであろう幸福を期待して頬を赤らめている。

親子が立ち止まった先には、高層ビルがそそり立っていた。それは街どころか世界で一番高い建造物で少女が首が痛くなるほど見上げても天辺は見えない。

二人の目的地は高さ一万四千メートルのビルの最上階にある展望台だ。

エレベーターは僅か数分で到着し、親子を含めた百人を展望台に吐き出した。

最上階はドーム状で三百六十度吹き抜けになっている。これはガラスではなく、外側に埋め込まれたカメラによって映し出されている映像だった。

機械の目とはいえ、高精細な画質は肉眼と同じかそれ以上で星々のスポットライトで明るく照らされた夜空の壮麗さを少女と父親に伝える。

今はあるイベントの為、街の電気も抑えられていて、一層輝きを増している。

展望台に集まった人達の目的は、頭上を飾る天然のプラネタリウムや衛星軌道上で建造中の移民船ではない。

どちらも頻繁に見学会が行われているが、今回のイベントは二百年に一度という、文字通り一生に一度しかみれないもの。

「彗星予報ではもう少しの筈だ」

携帯で時間を確認しているのは父親だけでなく、他の人達も同じように興奮した表情で携帯の液晶や腕時計と睨めっこしていた。

「お母さんも来れたらよかったのに」

父親は娘の頭に優しく手を置いた。

「こらこら、そんな悲しそうな顔をするんじゃない」

「だって〜、三人で来たかったんだもん。お母さんだけ留守番なんてかわいそうだよ」

父親はしゃがんで、娘と目線の高さを合わせる。

この展望台のチケットは、今日の分だけで倍率は普段の数百倍。チケットの転売が連日のワイドショーに取り上げられるほどだった。

勿論、父親は三人分のチケットを求めたが、一人分が抽選に漏れてしまったのだ。

「いいか。三枚必要だったところを二枚当たった。これはとても運が良い事なんだ。だから悲しい顔をするな。母さんも家で中継を見ているんだから」

「うん」

「ようし。ほら俯いてないで上を見るんだ。今日は二百年に一度の大イベント。瞬きしてる時間さえ勿体ないぞ」

タイミングを合わせるように展望台の時計が定刻を知らせて鳴り響く。

同時にドーム内の照明が落とされた。

星々の輝きに照らされながら、親子は夜空を見上げて宇宙からの来訪者を待ち受ける。

「来た!」

誰かの一言が幕開けのきっかけとなった。

それは、カッターで紙を切り裂くように夜空を真っ直ぐ進んでいく。

「二百年ぶりの太陽系再訪だ。目に焼き付けておきなさい」

「うん。あれがススハライ星なのね」

平安時代の大晦日、長い尾が煤払いに使う箒に似ていた事から名付けられた彗星。

今では調査により、いて座A*(スター)方面から到来している事が判明しているが、紀元前に確認された当初はその夜空を白く染まるほどの輝きは恐れられていたと壁画に残されている。

だが人類が太陽系全体に移住するようになってからは、宇宙へ旅立つ人類の道標として希望の星となっていた。

今はススハライ星が出てくる超巨大ブラックホールの謎を解明するための調査計画も進んでおり、将来的にはブラックホールを安全に超える事もできるかもしれないと期待されていた。

そんな明日への希望ともいうべき明るい彗星に人々が目を奪われている間、太陽系の各惑星を飛び交っていた無数のSOSが彗星に遅れて地球に向かってるとは、親子に知る由もなかった。

「あっ、流れ星」

少女が指差したのは、まるでススハライ星から切り離されたようだ。

流星は燃え尽きるどころか次第に輝きを増し大きくなっていく。

父親はそれを見て不審に思い、眉をひそめながら携帯のカメラを向ける。

彗星は絶え間なく産卵するように破片を次々と投下していた。

「お父さん、綺麗だね……お父さん?」

「ああ、そうだな」

父親は上の空で返事をする。少女も異変に気付いたのか、夜空から父の顔を見上げた。

大気圏に突入した流れ星が水平線の向こうに消えていく。

しばらくすると水平線の向こうで複数の太陽が生まれていた。

親子は向き合っていたので、その光に気づかなかった。

父親のカメラで追っていた破片の一つが地上に落ちていく。

その方向は自分達の家がある街の方だ。

「お父さん。あっちって確か……」

一足早く気づいた父親は家に連絡を入れる。

少女は家の方に落ちていった破片の行く末を目で追い続ける。

高さ一万四千メートルの展望台からは、破片が母親のいる街の真ん中に落ちたように見える。

「今、街に隕石のようなものが落ちただろう! 何が起きるか分からない。急いでシェルター――」

父親が耳をおさえるのと街が光に包まれたのは、ほぼ同時だった。

閃光は半円状のドームの形となって広がり、半径三十キロが一瞬にして消滅。

あまりの眩しさに目を閉じた少女が次に目にした光景は……。

「穴が、出来てる。お父さん、私達が住んでた街が、家がなくなっちゃった……お母さんはどうなっちゃったの?」

父親もまた、クレーターとなった街を見たまま呆然と立ち尽くす。

手に持っていた携帯がけたたましい警報を鳴らす。それは父親だけでなく、展望台にいた全ての人の携帯が鳴り響いていた。

警報と同時に送られたメールには、直ちに地下シェルターに避難する旨が書かれている。

中々事態を飲み込めない人達はネットを使って情報を得ようとする。その中の一人が、ある動画を見つける。

内容は太陽系の一番外側に位置する惑星、天王星からの動画だった。

場所は街中の大通りであり、上空から光る破片が降ってくる。それは大通りの真ん中に墜落すると光の塊となり、街だけでなく動画撮影者もろとも飲み込んでしまった。

動画を見た父親は、破片が爆発する直前に動いていたのを見逃さなかった。その姿は鋏を持たないタカアシガニによく似ている。

少女が外を見ていると、複数の箇所で光が膨らんでいく。それは動画で見た光と全く同じものだった。

事の重大さに気付いた人々がエレベーターに殺到する。

父親も茫然自失の少女を抱え上げ、押しつぶされないように乗り込んで地上を目指す。

乗っている間、何度か振動が起こり悲鳴が上がるが、エレベーターは止まる事なく一階へ到着した。

父親は少女を抱き上げたままタワーの外へ。背中を押されたり、足を踏まれたりしながらも、脇目も振らずにシェルターを探す。

何箇所か満員で入れなかったが、三箇所目の入り口を見つけて、そこに駆け寄る。

ずっと肩越しに空を見ていた少女が父親を呼ぶ。

「星が、小さな星が落ちてくる」

声に釣られて父親も夜空を見上げた。

直径十二メートル程の光球が街を照らしながら横切る。揚力がない為、高度は徐々に下がり、親子が先刻までいたビルに直撃。

ビルを貫いて街の真ん中に墜落。振動で周囲の窓ガラスが砕け親子に降り注ぐ。

「怪我はないな」

「……うん。あっ、おでこから血が」

「大したことない……」

父親は開いたシェルターの扉から中に入る。中はそのままエレベーターになっていて地下へ直行できるようになっていた。

安心したのも束の間、外で眩い閃光が生まれる。

父親は少女を守る為に背中に隠すが、間一髪のところで扉が閉まり、なんとか二人はことなきを得た。

西暦二九七四年二月十三日。この日を境に人類の状況は一変する。

「絶獣」

アリスの声に現実に引き戻された彼女はゴーグルを外した。

「奴らは地球を含めた七つの惑星に攻撃を敢行。二十四時間で総人口の四割の命を奪い、更に体内の汚染物質による環境汚染で地表を住めなくした。初遭遇から一年で人口は最盛期の三割にまで減少したわ」

アリスは次の言葉を強調するために、ここで一息つく。

「人類が千年もの間、死闘を繰り広げる宿敵。カビの如く爆発的に繁殖し、機械のように冷酷無比、その名を人類絶対絶滅怪獣、略して絶獣。これがワタクシ達の敵よ」

「絶獣……人類を絶滅させるために存在している」

あまりの情報量に脳が処理しきれないのか、彼女は自分の頭を支えるように手を伸ばした。

「次はシミュレータールームを案内するわ」

「あの、私達、千年も戦っているんですか」

「絶獣は二百年毎に太陽系に襲来する。第四次侵攻が二百年前の事」

「じゃあ次の襲来は今年……」

「ええ。二月十三日から日にちがずれる事もあるけれど、必ず二百年毎にやってくる。これはワタクシには覆す事のできない事実。けれど!」

アリスは彼女の両肩を強く掴んだ。

「けれど、ワタクシと人類は屈しない。例え手足をもぎ取られようとも、喉笛に喰らいついてやる!」

彼女は自分が噛みつかれると錯覚したように、自分の首を手で守る。

「だからアサヒには一刻も早く目覚めてもらいたい。今は一人でも多くの戦力が必要なのだから。さあ!」

アリスは腕を引いて彼女を立たせる。

教室を出たアリスは携帯を取り出して誰かと通話を始めた。

「コリウス、準備は終わってる? ご苦労様。後はストレイトを部屋に近づかせないように。頼むわね」

通話中でも掴む力を緩める事はなかった。

到着してすぐ、アリスは彼女をシミュレーターマシーンに座らせようとする。

「貴女が腑抜けたままなのは困る。だから今から決闘を行うわ。記憶喪失だからといっても手を抜かない。完膚なきまでに叩き潰して一位の称号を返してもらう」

観念したのか、彼女は椅子に腰掛け、それを見たアリスもシミュレーターマシーンに腰掛ける。

アリスが先にシミュレーターにダイブするのを見た彼女は、部屋の出入り口の方に視線を送る。

「アサヒ、早くシミュレーターを起動しなさい」

嗜められても、彼女は視線を固定したまま。

「一体何を――」

扉が勢いよく開かれ、アリスの言葉を遮った。

夢と同じ出来事を見て、彼女の目が大きく見開かれる。

「アケノさん」

「ストレイト、何故ここに」

「スイシェンに止められるボクじゃないんだよ」

アケノは肩で風を切るように大股で二人に近づく。

「アメの意識が戻ったと聞いて探してみたら、何してんだアリス」

「邪魔をしないでくださる。これは一位の座を賭けた決闘なのだから」

「いくら一位だからって記憶喪失の奴に勝負を挑むなんてフェアじゃないだろ」

「そんな悠長な事言っている場合? 絶獣は今年中にやってくるの。即戦力が必要なのよ。役に立たない人に一位の王冠を被らせているほど人類に余裕なんてないわアサヒ早く準備を」

「待てって」

アケノが彼女を守るように仁王立ちになる。

「ボクが闘う」

「貴女が? 万年最下位が何を言うのかと思えば」

「記憶喪失の一位とは闘えても、最下位の奴とは闘えないのかよ」

挑発を受けたアリスの眉が一瞬吊り上がる。

「……そこまで言うなら受けて立つわ」

アケノは拳で勢いよく掌を打つと、ジャケットに袖を通し、手近のシミュレーターマシーンに飛び込む。

準備が完了し二人が飛び込む寸前、またも部屋の扉が開いて三人が一斉にそちらに注目する。

扉から飛んできたのは、金属で出来た八つの節を持つ軟鞭という鞭だ。

獲物に飛びかかる蛇のように室内に飛び込むと、アケノが被ろうとしていたゴーグルを奪い取る。

「スイシェン! お前!」

懐に手を伸ばしたアケノの鼻先に再び軟鞭が迫る。

「一途バカ。よくもあたいから逃げてくれたわね!」

軟鞭を振るう少女はギザ歯を見せながら唸りを上げてアケノを睨め付ける。

「コリウス、落ち着きなさい」

「はい。お姉さま」

素直に返事しながらも手に持った鞭はそのまま。

アケノもまた、懐に手を入れたまま動こうとしない。まるで今にも果たし合いをする侍のように相手の出方を伺っている。

緊迫した空気を破ったのは、甲高いヒールの音。その音は遠巻きに見ていた彼女も思わず声が漏れてしまうほどの迫力を孕んでいた。

「ストレイト、コリウス。この部屋を壊されては困るの」

二人は構えを解いたが、まだ視線で鍔迫り合いを続けている。

「二人とも、最適なものがあるじゃない」

アリスの視線の先を二人が追いかける。

まずアケノが懐から手を抜いた。

「そうだスイシェン。ここはシミュレータールームだ」

スイシェンと呼ばれた女性は、鼻で笑いながら鞭をえんじ色のジャケットの懐におさめる。

「一途バカ。あんた、あたいと闘う資格があると思ってるの? 最下位のくせに」

「何だと!」

「コリウス。決闘してあげなさい」

「けど、お姉さま」

「自信過剰なストレイトに実力の差を見せつけてあげなさい」

「分かりました。この一途バカをお姉さまの代わりに、コテンパンにしてやります」

アリスは腕を組みながらアケノに顔を向けた。

「ストレイト。貴女が負けたらアサヒの一位の座を譲ってもらうから。そのつもりで闘いなさい」

「負けねえよ。次はお前だからな」

スイシェンはすれ違いざまに彼女を睨んだ。

「その目で見てなさい弱気バカ。一途バカが泣き喚くところをね」

彼女は信じられないと言った顔で自分を指す。

「弱気バカって私のことですか」

二人は同時にシュミレータールームに潜り込む。

「MCr.1スイシェン・コリウス。行くわよ」

「VCr.2アケノ・ストレイト。行くぞ」

二機が闘うのは東西に長い戦場。地面は波が唸るように起伏のある地形で空は厚い曇天に包まれている。

アケノのドレッドノートとスイシェンの操る〈ウィップラッシュ・ザ・マーキュリー〉の後ろには、遠くからでも目立つようにライトを点滅させるタワーが設置されている。

今回はこのタワーを防衛する闘いだ。

タワーを攻撃してくるのは、現役引退した戦車と戦闘ヘリ群。中央ゲートから続々と現れ、まるで明かりに群れる蛾のように大群を成していた。

戦車隊は傾斜を利用して、装甲の厚い砲塔だけを出して攻撃してくる。アケノはドレッドノートでタワーへの直撃を防ぎつつ、主砲を撫でるように発射。戦車隊は隠れていた地形ごと消滅する。

上空から迫る対地ミサイルの群れを確認し、誘導電波を撹乱するチャフスモークを発動。目を潰されたミサイルはまっすぐ飛ぶ事もできずに、ミサイル同士で激突したり、明後日の方向へ飛んでいってしまう。

ドレッドノートが反撃のミサイルコンテナを展開。ヘリ部隊は誘導弾を騙すフレアを放出しながら回避行動を取るが、誘惑に負けることなく、全てのミサイルが自らの仕事を遂行した。

溶けた大地にも厚い曇り空にも敵の姿はないが、ゲートがある限り増援が尽きることはない。いつ何が来ても良いように警戒していると、レーダーが空を移動する物体を捉える。

モニターに映るのは、漢字の水のように手足を伸ばしたスレイヴ。

全身水色のカラーリングで、四つのカメラアイがドレッドノートを見下ろす。

「やっとあたいの接近に気づいたのね!」

スイシェンは自分の勝利を確信しているのかオープン回線を使い、姦しい声を戦場全体に響かせる。

ドレッドノートが残りのミサイルを全て放つ。マーキュリーは菱形の両手足から水星産の液体金属を噴き出す。

それは四振りの鞭となり、自身に迫るミサイルを次々と切り捨てていく。

アケノはミサイルを落とされるのは予測済みだった。ミサイルに気を取られている隙に主砲を放つ。

マーキュリーはそれを回避するが、液体金属の鞭が爆風に巻き込まれて消滅する。

しかし、マーキュリーの手足の菱形には液体金属が充填されており、すぐに新しい鞭が出現した。

スイシェンの操るマーキュリーは手足は固定されていて動かない。その代わりを鞭が務める。一見すると鈍重に見えるが、指以上に繊細な動きをする鞭によって自分の手足以上に自由に振る舞える。

アケノは止められないと判断し、その場を離れる。

ついさっきまでいたところに鞭が襲い掛かり大地が深く切り裂かれた。

ドレッドノートは距離をとって急停止すると、すぐさま砲撃。近づかれる前にマーキュリーを撃破する狙いだ。

「くらえ一途バカ。ルイン・スプラッシュ砲、発射」

マーキュリーの臍の部分から、拡散する複数のビームに包まれた棘状の液体金属が放たれる。

狙いが逸れるようにドレッドノートの周囲に着弾。大きな土埃がいくつも上がる。

モニターは潰れたが、センサーは生きており、しっかりとスイシェンのマーキュリーを捉えていた。

センサーを頼りにロックオンし、主砲のトリガーを引く。

が、引き金を引いても発射されない。

モニターには自分の敗北が表示されている。

「一途バカ。あんたの負けよ」

言われてから自分のタワーが破壊されている事に気づいた。

スイシェン側の部隊を一度は全滅させたのだが、ゲートから現れた増援によって破壊されてしまったのだ。

「こっちの部隊は? スイシェンが前線に出てるんだから防御が手薄になって……ああ、そう言うことか!」

「やっと気づいたのね」

アケノは怒りに任せて操縦桿を叩く。スイシェンは前線に出る時に敵ゲートを破壊してきていた。その為にアケノ側の増援は出てこなかった。

「目の前の事しか見てないから、負けるのよ」

アケノは何も言い返すことができず、そのままシミュレーターマシーンの世界が闇に包まれていく。

「やはり最下位の実力はこんなものなのね」

一部始終を見守っていたアリスが砂時計を見ながら追い打ちをかける。

敗者よりも手に持つ砂時計に意識を集中していた。

「ではアサヒ。一位の座を渡しなさい。拒否する権利なんてないわよ。恨むなら自信満々で返り討ちにされたストレイトを恨むのね」

アリスの後ろに立っていたスイシェンが同意する為に鼻で笑った。

「分かりました。一位の座を渡しま――」

彼女が一位の称号を渡そうと一歩進み出たその時、とてつもない速さでアケノの平手打ちが飛んでくるのだった。


ーー次回ピスケスーー


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