表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第二話 〈衝撃〉

「ここは?」

 彼女は視界を埋め尽くす真っ白な天井を見つめる。

 瞬きしながら見続けていたが、天井の照明に目が眩んだのか瞳孔を逸らす。

 逸らした先に置かれた丸メガネを険しい目つきで注目する。どうやら目が悪い事に気がついたらしい。

 ブランケットから出した腕を伸ばしたところで、まるで生まれたての子鹿のようにバランスを崩し、メガネと一緒にベッドからずり落ちた。

「いたた」

 部屋の床に座り込んだまま、拾ったメガネをかける。

「は〜〜びっくりした。それにしても、ここはどこ?」

 布で仕切られたヘッドが二つ。窓にはカーテンが掛けられ、パソコンが置かれたテーブルの傍には、薬品の瓶が入れられた鍵付きのガラス棚。

 それがこの部屋にある全てだった。

 ガラス棚にえんじ色のブレザーに同色のロングスカートを着用している少女の姿が反射する。

「これ、私?」

 自分の容姿をしばらく見ていた彼女は、次に仕切りに覆われたベッドに近づいていく。

 誰かいるのか確認するように中を覗くも、そこには誰もいなかった。

 音を立てると死んでしまうと信じているように、そろりそろりとスライドドアへ歩いていく。

 すると、微かな物音を捉えて足が止まる。

 聞き間違いかどうか確認するように、耳をそばだてた。

 音は部屋の外から聞こえて来る。

 しかも今開けようとしたドアに近づいていた。

 規則正しいリズムで奏でられる音の正体を掴めないらしく、腰が引いたまま見ていると、音がスライドドアの前で止まり、そして勢いよく開かれた。

「あら、もう起きても平気なのね」

 そう彼女に声をかけてきたのは、刺突の如き鋭い目つきの女性だ。

 一歩ずつ足を動かす度、スカートのスリットから覗く黒ストッキングに包まれた太腿が電灯の光を怪しく反射する。

「えっと、あの、その」

 炎のような長髪を靡かせ、自分を守るように胸の前で手を組んだまま、彼女の前で立ち止まる。

「ワタクシの事覚えてないのね。本当に記憶がないみたい」

 赤髪の女性は胸の前で腕を組み息を吐く。その吐息は同性さえも虜にしてしまう。

 スリットから覗く太腿は部屋の質素な照明の下でも妖艶に輝いていた。

「ワタクシの事も覚えてないみたいだから先に名乗っておくわ。アリス・エフォールよ。覚えている?」

 彼女はおさげを掴みながら首を何度も振る。

「ご、ごめんなさい。全く心当たりがありません」

「別に取って食ったりしないから、少し落ち着きなさいな」

 アリスが一歩近づいたことに驚いたのか、彼女は激しく首を振りながら後ろに下がって、またバランスを崩して仰向けに倒れる。

 アリスは素早く彼女の背中に手を回して支えた。

「本当に大丈夫なの。顔も赤いし、まだ寝ていた方がいいんじゃない」

 火星のような瞳に魅入られたように、彼女の白のハイライトが散りばめられた青い瞳は釘付けになる。

「だ、大丈夫、大丈夫です! あっ!!」

 激しく首を振ったせいで掛けていたメガネが勢いよく吹き飛ぶ。

 慌てて取ろうと動く前に、アリスが素早く拾い上げた。

「はいこれ」

「ありがとう、ございます。えっと、エフォールさん」

 彼女は瓶底みたいなメガネを掛けて質問する。

「あの、ここは何処なんですか? それに私は一体? エフォールさんとの関係は?」

 アリスはブレーキをかけるように、掌を前に出した。

「焦らないで。いくらワタクシでも一度に全部は教えられないわ。まずはそこに腰掛けなさい」

 勧められるまま、今まで寝ていたベッドに腰掛ける。

「まず貴女の名前から、貴女はアサヒ、アサヒアメよ」

「アサヒ、アメ……私の名前アサヒアメ」

「そう。しっくり来た?」

「いえ、まだあまり」

「早く慣れなさい。これを渡しておくわ」

 アリスが顔写真が貼られたカードを取り出す。

 三つ編みのおさげにメガネを掛けた彼女の写真が貼り付けられていた。

「これ私、確かに書かれている名前はアサヒアメになってます」

 アリスから学生証を受け取り、繁々と眺める。

「名前の隣に書いてある番号はなんですか」

 ECr.03と書かれている。

「貴女の出席番号よ。ワタクシならMCr.04といった具合に学園にいる八人全員に割り振られているの」

「へえ〜〜……学園?」

「ええ。ここは都立ゼラニウム学園。この部屋は校舎二階の保健室。貴女もワタクシもここの卒業生なの」

「私はここの生徒、でも何で保健室にいるんですか」

「ワタクシと決闘の最中に事故があったからよ」

 アリスの一言がよほど衝撃的だったのか、彼女は文字通り開いた口が塞がらない格好で固まる。

「決闘って、まさか、ここに来たのも私を殺しに⁈」

「落ち着きなさい。何故そんな物騒な考えに……ああ決闘の事も記憶にないのね」

 怯える彼女を見て、アリスはどこか疲れた表情をする。

「まず前提条件として、殺し合いはしないわ。シミュレーターで専用のスレイヴに搭乗して闘うの。スレイヴというのは人型機動兵器の名称ね」

「ロボット、兵器、私達は軍人ということですか」

「ええ。ワタクシ達は軍に所属しているわ。でも相手は同胞の人類でも隣の国家でもない。絶獣よ」

 ついてきなさいと言われ、アリスと共に校舎のエレベーターに乗り込み地下へ行く。

 扉が開いた先には機械の巨人達が立ち並んでいた。

 二足歩行で立つ青い機体もあれば、下半身がスカートに覆われた真紅の機体、三輪のトライクに跨る黄金の機体もあった。

「これが貴女の乗機、〈アース・オブ・ザ・スタンダード〉」

 彼女の前に立つのは全長十八メートルの人型ロボット。

 青のボディには白のラインが走り、二本の足と二本の腕を持つ、名前の通り誰もが思い描く人型ロボットの外見をしている。

 頭部は前後に長く、削った鉛筆のように尖った顔には四つのカメラアイが配置されている。

「耳がついてますね」

 彼女のいう通り、頭部にはハスキー犬のように鋭く伸びた二つの耳がついていた。

「あれはレドーム。レーダーなどの電子機器が詰まっているの」

 アリスが胸部のハッチを開けた。そこから覗くコクピットは椅子に座ってレバー類を操作するタイプだ。

「座ってみたら」

 勧められて腰を下ろそうとするも、予想以上の狭さに悪戦苦闘しているのか、何度も頭をぶつけながら座り込む。

 火の入っていないスレイヴのレバーを前後左右に動かしていると、不意に彼女の口が動き出す。

「メインエンジン始動、ジェネレータ作動開始、ライフルにBR弾薬装填よし、質量反射装置作動確認完了……」

「どうやら身体は覚えているみたいね」

 アリスの声に我に戻ったのか、目に光が戻る。

「えっ、はい……でも全く動かないんですけど」

「当たり前よ。ハンガーにある機体を勝手に動かしたらどうなるか分かるでしょ」

「そうでした。すみません」

「例え起動できても、アサヒの思い通りには動かせないわ」

「どうしてですか?」

「ワタクシとの決闘で多大な負荷がかかったみたいでOSが死んでしまったそうなの。同時に貴女の脳にも負荷がかかった」

「負荷が記憶喪失の原因」

「ええ。リスクは承知の上、お互い同意して行われたものよ」

「同意って、一体何で決闘してるんですか」

「一位の称号、サン・オブ・ザ・パワーをかけた決闘よ」

「サン・オブ・ザ・パワー? 何ですか。それ?」

 彼女は、一度も聞いたことのないような顔をして首を傾ける。

「百聞は一見にしかず。実際に見てもらうわ」

 ヘッドフォンとセットになったゴーグルを渡されて、メガネの上からそれを装着した。

 眼前に広がる青い空。二機の機体が空を切り裂くように飛んでいた。

 彼女はまるで戦場カメラマンのように二機の戦いを見守る。

 青い機体アース・オブ・ザ・スタンダードと対峙するのは、下半身が大きなスカート状になっている赤い機体〈マーズ・オブ・イリュージョニスト〉だ。

 イリュージョニストは円を描くようにスタンダードの射撃を回避し続けると、スカート下部のスラスターによる高い推進力を活かして肉薄し、光を放つ手刀で犬の尾のようなプロペラントタンクを切断。

 彼女の操るスタンダードは装甲に裂傷を負いながらも腰部(ドロワーズ)のスラスターを活用して回避と射撃を同時に行う。

 一発がイリュージョニストの頭部を直撃。勝負あったかに思われたが、勢い止まらず、両手の手刀が腹部を貫いた。

 二機は絡み合う蔦のように錐揉みしながら高度を落とす。

 スタンダードは両足を使ってイリュージョニストの腹部を蹴り飛ばし距離をとる。

 イリュージョニストの右腕を腹に突き刺したまま、ライフルの銃口を向けたその時、画面全体が大きく揺れ、時が止まる。

 次の瞬間、彼女の乗ったスタンダードはライフルを構えたまま地面に激突していた。

「不運なことに、アサヒの驚異的な操縦技術と地震によるシステムダウンが重なってシミュレーターが限界に達し、貴女の頭にダメージを与えた」

 アリスは自らのこめかみを指さした。

「記憶が無くなったのはショックなのは分かるわ。けど安心して、治療は完璧に成功しているから後遺症も残らない。失った記憶もじきに戻る。次は人類全員の天敵、絶獣の事を教えてあげるわ」

 彼女は映像の中の自分と、今の自分のかけ離れた状況を理解するのに必死なようで、「絶獣はいて座A*から襲来する。けれども巣がどこにあるか正確な位置は突き止められていないの」アリスの説明もどこか上の空のように聞いていた。

「アサヒ。アサヒ!

「――はい!!」

「聞いているのかしら」

「き、聞いています」

 彼女は瞬きを何度も繰り返しながら答える。

 窓から差し込む光で赤く染まった二人が立っていたのは、全身を包み込むような椅子が八脚置かれた部屋だった。

「エフォールさん。ここは」

 アリスはカーテンを閉めながら続ける。

「シミュレータールーム。ワタクシ達のスレイヴのデータを入力し、専用のバトルフィールドに出力して闘う為の部屋よ」

「でも何でここに連れてきたんですか」

「察しの悪いこと。今から昨日の続きをするからに決まっているじゃない」

「昨日の続き? ええっ! 私、闘えません」

「起動手順を覚えているから、戦闘も問題なくこなせるわ」

「無茶なこと言わないでください。それにエフォールさんと闘う理由がありません」

「大有りよ。自分の学生証をご覧なさい」

 彼女は言われるまま先程のカードを受け取る。

「そこには自身のランキングが刻印されているわ。貴女は何位になってる?」

 彼女は初めて見たランキングの順位に目を見開く。

「一位、私が一位?」

「そう。貴女はプラネット・シスターズの中で一番の称号を手に入れた者。そしてワタクシは……」

 アリスの学生証に刻印された順位は二位。

「ワタクシは唯一貴女に挑戦する権利を持っている。さあ今すぐ決闘を始めまるわよ」

 アリスは彼女の手を引っ張って椅子に座らせようとする。

「せめて記憶が戻ってから……」

「駄目。ワタクシは今すぐ一位の座が欲しいの」

「でもこのままじゃ絶対勝てません! 勝負にならないですよ!」

 彼女の大きな声は、シミュレータールームの外に聞こえるほどだった。

 アリスの動きが止まり、頭を下げる。

「……そうね」

 自分の言った事を理解してくれたんだ。彼女は椅子から立ちあがろうとすると、アリスが両手を掴んだ。

「えっ?」

「ワタクシの玉座に座る貴女が、記憶喪失とはいえこんな軟弱になるなんて、ショックだわ」

 アリスは離れると、彼女に向かってまっすぐ手を伸ばした。

「……明け渡しなさい」

「……?」

「だから、一位の座をワタクシに明け渡さない。今すぐに!」

 アリスの刺すような剣幕を見て、彼女は涙を浮かべ自身を守るように両手を胸の前に持っていく。

「貴女が『渡す』と言えばそれでお終い。さあ早く渡しなさい」

 アリスの要求を満たそうと決めたのか、彼女の唇が上下に動き始めた瞬間、シミュレータールームの扉が勢いよく開いた。

「ちょっと待った!」

 二人の目が出入り口に釘付けになる。

 息を切らした闖入者は、思わず撫でたくなるような顎の汗を拭ってから、彼女の方を見据える。

 その大きな眼は金星のように輝き、見るものを捉えて離さない。

「ストレイト、何しにきたのかしら」

「何しにじゃないよ。なにアメに無理強いしてるんだよ」

 ストレイトと呼ばれた女性は肩で風を切るように入って来て二人の間に立つと、フライトジャケットの背中に彼女を隠してアリスと対峙する。

 ミルクチョコのようなショートカットを揺らしながら抗議の声を上げた。

「アメの意識が戻ったと聞いて探しにきたら、弱い者イジメかよ」

「弱い者? イジメ? アサヒは腐ってもランキング一位の実力者。女王に決闘を挑む事に何の問題があって」

「アメは記憶喪失というハンデを背負ってんだよ」

「そんな言い訳が通用するのかしら。目の前の絶獣に同じ言い訳が聞くと思って」

「決闘は殺し合いじゃない!」

 アリスの言葉を切り払うように手を横に振った。

「ワタクシ達はお遊戯会でスレイヴを操っているのではなくてよ!」

 アリスとの舌戦に負けてストレイトは固めた拳を震わせる。

「敗北を認めたのなら、そこを退きなさいストレイト。ワタクシはアサヒに用があるの」

「……ボクと闘え」

「何ですって?」

「アサヒの代わりにボクが闘うって言ったんだ!」

 指鉄砲を突きつけるストレイトを見たアリスが鼻で笑う。

「代わりに、ね。よろしくてよ。ただ貴女が敗北を喫しても一位の座を渡してもらう。その覚悟があるのね」

「ある!」

「では着席しなさい」

 着席したストレイトが彼女の方に視線を送る。

「絶対勝つから。ボクを信じてくれ」

 そこにアリスの言葉が重なる。

「威勢だけは一位の勢いね。アサヒ、白馬の王子様の順位を教えてあげる。最下位よ」

「うるさい。順位だけで判断すると大火傷するぞ」

 アリスは何も言わずに仮想空間へダイブした。

 ストレイトは肩に羽織っていたフライトジャケットに袖を通してから彼女の方を見る。

「ボクの名前はアケノ・ストレイトだ。覚えておいてくれ」

「アケノ……」

 何かが引っかかるような声は、戦場へ潜った二人には届かない。

「MCr.04アリス・エフォール。行きます」

「VCr.02アケノ・ストレイト。出る!」

 お互いのスレイヴがほぼ同時に北と南のハッチから戦場に飛び込む。ステージの構成は雲が優雅に漂う青空。地上は鬱蒼と樹木が生い茂る森。

 アリスのマーズ・オブ・イリュージョニストが索敵しながら空を進む。

 見学する彼女の視界にもアケノの操るスレイヴの姿は見えなかった。

 突然、木々の隙間から光の柱が天に昇る。

 避けたイリュージョニストが発射地点へ向かうが、襲撃者の姿はなく、巨大な蛇のようなタイヤの轍が残っているだけだった。

 轍は森を切り拓きながら東に向かったところで途切れていた。その方向から再びの閃光。

 回避したイリュージョニストには当たらず、背後の岩が溶けるように大穴が開いた。

 発射地点から土埃が上がったのを見逃さなかったアリスは、高度を上げ機体のスカートに内蔵されたスラスターを全開にした。

 一気に距離を詰めてくると読んでいたアケノが攻撃を開始するが、イリュージョニストは急降下して回避。

 必中の一撃を避けられたアケノはその場で数十発のミサイルを撃ち上げた。

 ミサイル達は白線を引きながら、両手で押し潰すように頭上から迫る。

 アリスはレーダーの情報のみで誘導弾の集団から免れる。

 ミサイルは森を掘り返しただけで、アケノの期待に応えることはできなかった。

 アケノは木々の隙間を縫うように愛機を動かす。

 その軌道はまるで稲妻のよう。

 イリュージョニストのメインカメラがアケノの機体を捉えると同時に、彼女の視界にも映る。

 〈ヴィーナス・オブ・ザ・ドレッドノート〉超弩級の名のとおり、全長は百二○メートル。

 アケノのスレイヴは前一輪、後二輪のトライクに跨り、その後部にはミサイルコンテナと主砲が一体化したウェポンユニットが接続されている。

 隣にはサイドカーに乗り込むように首を力なく垂らしたスレイヴが乗っていた。

 ドレッドノートは迎撃しようと停止したまま主砲を動かすが間に合わないと判断し、三輪を猛回転させてその場を離脱しようと図る。

 しかしトライクの全長より大きく重いウェポンユニットのせいでタイヤが土を耕している間に、アリスの接近を許してしまう。

 ドレッドノートは自衛用のマシンガンを発砲するが、イリュージョニストの手刀で腕ごと切り飛ばされてしまった。

 アケノは機体を百八十度ターンさせ、スモークディスチャージャーが装備されたウェポンユニットのラリアットで吹き飛ばそうとするが、アリスは真っ直ぐ突っ込むと手刀で武器弾薬の詰まったコンテナを切り裂き、返す刀で主砲を二問とも両断。

 ドレッドノートはスピンしたまま、近くの岩に激突して動きを止めると広がる白煙に包まれた。

 勝利したはずなのにアリスは背中を向けたまま動く気配がない。

 ドレッドノートを包み込んだ煙の膜を突き破るように長大な砲身が顔を覗かせた。

 アケノは負けを認めていなかった。

 ドレッドノートはウェポンユニットのエネルギーとそれを支える反重力装置。

 更にトライクの心臓として特製のジェネレーターで構成され、形状は長大な円筒形で遠くから見ると砲身に見間違えるほど。

 そのジェネレーターを使用した捨て身の攻撃、デスパレートモード。

 咄嗟に煙幕を張って体制を整えると、着陸脚でジェネレーターを支え、肩越しに構えながら、全エネルギーをイリュージョニストに向けて照射。

 発熱したジェネレーターが赤熱。溶けた外装が蝋のように垂れて、支えるドレッドノートを地面もろとも溶かしていくが、アケノは構うことなく放射を続けた。

 だが、それだけ犠牲を払ってもアリスの機体にはかすりもしない。

 元々デスパレートモードは全長一キロある流星級を撃沈する為のもの。

 全長二十メートルクラスで機動力もあるイリュージョニストを向けて撃つように設計されてはいなかった。

 余裕を持って接近したアリスは、手刀を用いてジェネレーターを真ん中から切断。

 溶けかかったジェネレーターの前半分が、支えていたドレッドノートを押しつぶした。

 勝敗が決まり、周囲の風景と二人が乗っていたスレイヴの姿が消滅。

 彼女がゴーグルを外すと、一足先にアリスとアケノが火花を散らして睨み合っている。

 アケノは今にも拳を振り上げそうな剣幕だが、アリスは悠々閑々と微笑みを浮かべていた。

「邪魔よ。敗者に用はないの。道を開けなさい」

 アケノは言い返す言葉も思いつかず、バイク用のブーツを履いた爪先に視線を落としたまま道を譲る。

 その顔は前髪の影に隠れ、どんな表情をしているのか彼女には分からなかった。

 ヒールの甲高い音が彼女に迫る。

「約束通りサン・オブ・ザ・パワーを渡しなさい」

 アリスは腕を組み、答えを求めてヒールの踵を床に叩きつける。

 驚きで戦慄く彼女の髪がウニの針ように飛び上がる。

「早く、渡しなさい」

 彼女はおさげを触ったり、視線を泳がせてばかりで渡すそぶりを欠片も見せようとしない。

 苛立つアリスが口を開きかけたのを見た途端、彼女が叫ぶように声を発した。

「私、自分の事も、今の状況も、分からないんです。なのに突然一位の座を渡せって言われても、困ります!」

 またヒールが踏み鳴らされ、彼女は身体をすくませる。

 唯一助けてくれたアケノは顔を下げたまま動く気配はない。

「貴女の事情は関係ないの。貴女は戦わずに負けた。これが真実。さあ、潔く渡しなさい」

 彼女は要求に折れたのか何度も首を縦に動かす。

「分かりました。エフォールさんに一位の座を渡します。だ、だから睨まないでください!」

 宣言を聞いたアリスは、おもむろに腰に提げた砂時計を手に持つ。

 上半分に溜まった砂が一粒ずつ落ちている。

 砂時計に意識を集中していたアリスがよろめく。突然後ろからアケノが割り込んできたからだ。

 味方の登場に煌めく彼女の瞳に、思いっきり手を振りかぶるアケノが映る。

 彼女は、驚愕で瞳を見開いたまま、勢いよく倒れた。


ーー次回〈転機〉アクエリアスーー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ