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最終話〈決着〉

 私の偽者を無事に排除したからといって、戦いは終わりじゃない。ここからが始まり。

 学園(クローズドメタバース)から地球にあるメインコントロール・ルームに瞬時に移動する。

「ニェプトゥンさん。艦の状況を教えてください。ニェプトゥンさん聞こえますか」

 不安を駆り立てる沈黙に耐えること数秒。

 イルマのホログラムが現れた。

「……お待たせ。状況確認に時間を取られてしまったわ」

「何処かに損傷が?」

「ええ。昨日、光子装甲が解除されていた間に攻撃を受けて外部装甲一○八番のうち、最大で一○番まで貫通されたけれど、太陽主動力炉、惑星複動力炉、共に稼働順調。遺伝子保存室、万有3Dプリンタに異常なし」

 振動が断続的に伝わってくる。

「今も攻撃を受けているんですね」

「ええ。破片級二十万に取りつかれているわ。流星級二千が後方に控えて続々増援を送っているわね」

「二十万? 二千? それで私達を止められるはずないのに」

「力押しでは勝てないから、ドッペルゲンガーを忍び込ませたんじゃない? 逆算したら、十一日の戦闘後に侵入した形跡を発見したから」

「……頭いいみたいですね」

 首を振って拳に力を込める。

「私とフォトンアークの神経接続もお願いします」

「いいけど、戦闘中だから痛覚への刺激は免れないわよ」

「構いません」

 見えない針が皮膚のみならず、耳の中や目に刺さった感覚に襲われると同時に艦と一体化。まさに手に取るように体内と外の様子が分かる。

 太陽系の種を乗せた箱舟は先端を尖らせた瓢箪を寝かせたような形をしている。

 後部には手裏剣のような形状の外輪があり、艦尾には圧縮した地球が収められていた。

 熱を失って黒ずんだボディには船底に取り付くフジツボのように破片級が隙間なくくっついていた。

 見なければよかったと後悔しながら腕をさする。

「アマルガムボディの再起動はまだですか」

 答えたのはスイシェン。

「いつでも行けるよ。弱気バカ」

「もう、そのあだ名は変えてください」

「この戦いに勝ったら考えてやる」

 口の端を上げて、光子装甲を再起動。

 黒い船体が太陽のように輝き、くっつき虫のような破片級達を消滅させる。

「ミス・アサヒ。わたしは動力炉間の調整に専念するわ。何とか目標までに終わらせるわ」

「了解です。目標、いて座A*(スター)の超巨大ブラックホール。〈超極大光速宇宙船フォトンアーク〉発進!」

 前方には破片級を体内から放出中の彗星級がいたが、構わずに前進して蹴散らした。

 *

 手裏剣型の外輪を回転させて人工重力とエネルギーを賄いながら光の速さで突き進むと、遠くに白色矮星や中性子星に囲まれた明るく輝く熱いガスが見えて来た。

 そこが私達の目的地。

 復活直後に取り付いていた絶獣を追い払ってから、妨害は一切ない。

 追い風に背中を押されるような航海が続く。

 大小様々なダイヤモンドが散りばめられた漆黒の空間を進んでいると、いつかアケノと二人っきりで見てみたいな。と夢想に耽っていると、不意に鳴り響く警報音で現実に引き戻された。

 センサーが太陽の約十億倍の質量をガス円盤の中心に捉えた。

 距離は約六十光年。

 光でも六十年かかる距離なので肉眼では全く見えないが、電波とX線のセンサーの右肩上がりの数値が極大の存在を物語っている。

 いて座A*まで残り二光年。まだ巣があるというブラックホールは見えないままガスとちりの渦に近づいていくと……。

 レーダーが敵発見の報を告げる。

 正面に表示されたレーダースクリーンは進行方向が真っ白で五里霧中の状態だ。

 敵の接近警報は鳴り続けていて、何処かにいるみたい。

 目を凝らして見ていると、スクリーンのガスがうじゃうじゃとアブラムシの塊のように動いていることに気づいて思わずスクリーンから顔を離した。

「ガスじゃない」

 肉眼のモニターを最大までズームさせると、無数の目がこちらを見ていることに気づく。

「絶獣がガス円盤に擬態している」

 私の言葉がゴングとなって、待ち構えていた絶獣の軍団が一斉に動き出した。

「ニェプトゥンさん。変形します」

「待って。まだ動力炉間の調節が――」

 モニターが爆発の閃光に包まれ、メインコントロールルームが揺れる。

「そんな余裕はありません。フォトンアーク、トランスフォーム」

 私のキーワードに反応してフォトンアークの船首が下、船尾が上に向かって九十度船体が動く。

 船首が真ん中から二つに分割し膝から下が細い両足を形作る。

 回転を止めた外輪の二つがスライムのような柔らかさで丸くなって円錐の肩となると、一部が垂れて下に伸び左右非対称の腕を作り出した。

 地球が収められた艦尾が引き出され、王冠のように八つの角が伸び、二つの目が光を帯びて、額で月と同じ質量に圧縮された地球が輝く。

 臍にあたる部分には水星、右肘には海王星、右肩にはアケノの金星が浮かび上がる。

 次に四角錐の左肩に土星、左肘には木星。右足には天王星、左足には燃え上がるアケノの火星が、

 そして心臓に位置するところに一秒で地球の海を蒸発させるエネルギーを放つ太陽が表れる。

「これが、これこそが、太陽系の力を借り、太陽系と肩を並べる人類最後の希望。その名は絶獣殲滅決戦形態、サンガイナァァァァだぁっ!」

 大音量と共に変形時の余剰エネルギーが〈サンガイナー〉の全身から照射され周囲を照らす。

 それだけで破片級の第一陣を全滅させた。

「みんな行くよ!」

 エックスの形に配置された背部スラスターを点火。直立した状態でいて座A*の中心へ殴り込みをかける。

「絶獣の壁を突破します。プロミネンスフォイア……」

 必勝技を選択した瞬間、警告が表示される。

「動力炉間に異常。エネルギー伝達が上手くいってないの? きゃあ」

 サンガイナーの照明が明滅し身震いする。外側からではなく破裂するような内側からの衝撃。

「ニェプトゥンさん。一体何があったんですか」

 サンガイナーは動くが、誰からも返事は来ず、七つの必勝技も使用不能。

 こちらが不調だからって敵は容赦してくれない。

 破片級は群集となってまとわりついてくると、手足胴体無差別に自爆していく。

 痛みはないが百足が這い上ってくるような不快感を覚え、両手を振り回す。

 神経のつながったサンガイナーが腕を振るい、羽虫を追い払うように絶獣を潰していく。

 蚤くらいの大きさなので、一振りで数十万が潰れているはず。しかし全く感覚はなく、視界に小さな爆炎が見えるのみ。

 しかし数を頼りに自爆攻撃を繰り返してきて、鬱陶しいことこの上ない。

 悪い事はつづくものでサンガイナーの前進が止まってしまう。

「スラスターも停止したの?」

 光子装甲で損傷は皆無だが、立ち往生したままトコジラミに全身を噛まれているような刺激は、私の精神をガリガリと削っていく。

 更にブラックホール側からエネルギー砲撃による攻撃も行われる。

 損傷はないが、両目を執拗に狙われて眩しくて叶わないので、左掌で砲撃を防ぐ。

 絶獣に見事に足止めされてしまった。埒が開かないのは分かっているけども、こう絡まれてしまっては対処法がなく暗澹とした気持ちになってくる。

「泣くなよ アメ」

 アケノが私の肩に手を置いた。

 慌てて目尻を拭うも、湿った感触はない。

「騙したのね」頬を膨らます。

「でも元気になっただろ」

「うん」

 何百回目の揺れが私達を襲う。

「待たせたな。ニェプトゥンが調整を終わらせてくれた。全必勝技を使うにはまだチャージが必要だが、消費の少ないものから使えるようになる」

「反撃、開始だね」

「こっちのターンだ。思いっきりぶちかませ」

 アケノが拳を突き出して発破をかけてくれる。

「後で力を貸してね」

 頷くアケノの姿が消えた。

 改めて絶獣に向き合う。

 まずは肉薄する破片級を両手で払い、復活したスラスターで彗星級の砲撃を回避。

「ニェプトゥンさん」

「呼んだ?」

「調整ありがとうございました。早速ですけど力を貸してください」

「喜んで」

 破片級とそれを生み出し輸送する流星級の激流が距離を詰めてくる。

 その中心に狙いをつけ、右腕を思いっきり引くと前腕が変形を開始。拳が引っ込み腕の三つの矛先が一つに合体。

 巨大なドリルが高速回転を始める。

「「回れ剛腕、貫け穂先! この螺旋が全てを打ち抜く(ぶちぬく)。ロケットジャヴェリン!!」」

 回転する投槍は岩盤を掘削するように、絶獣の急流を掘り進む。

 ロケットジャヴェリンの風圧に巻き込まれただけで、ちり紙のように引き裂かれていく。

 最小の破片級はもちろん、シンカイウツクシイトカケに似た全長一キロある流星級も押し潰され捩じ切られ、中で飼育されていた破片級が連鎖爆発を起こし次々と爆発していった。

 蜻蛉返りしてきた右腕が肘とドッキングした時には、ブラックホールまでの進路上に障害物がなくなった。

「わたしは各部の調整に戻るわ」

「また壊さないように気をつけます」

 そう言うと、イルマが吹き出す。

「失礼。今、全力を出さないでいつ出すのよ。あなたは目的を達成する事だけに集中しなさいな」

「はい!」消えていく背中に感謝を込めて。

 スラスターを全開にすると、左右に切り開かれた絶獣が後ろに回り込むのをレーダーが知らせてくれる。

「プワソンさん」

「あいよ」

 天井から現れてヒーローも拍手を送りたくなるような着地をすると、鋭い犬歯を覗かせる。

「アメアメ、背中はオレに任せな」

 親指を立てたポーズが世界一似合っていた。

 クロノスは背後から迫る敵に向けて手を伸ばす。

「回る回る、くるくる回れ」

「この狩人から逃れる術なし!」

「「 ハンターサーキュラー!!」」

 サンガイナーの左肩を囲うように巨大な光輪が出現。それは意志を持つように動き出すと、背中を襲撃する絶獣の群れに飛び込んだ。

 回転鋸のように回るチャクラムは獲物を前にした狩人の如く絶獣を一匹も逃さない。群れの中を突っ切るだけで数万を超える爆発が閃く。

 ハンターサーキュラーは全ての獲物を狩り尽くす為に分裂。四つのチャクラムは思う存分狩猟を堪能していた。

「後ろの奴らの全滅確認。後は頼んだぜ!」

 小気味いい音を立ててハイタッチ。

 ロケットジャヴェリンで開拓した洞穴を進んでいくと、次第に侵攻方向が塞がれていくことに気づく。

 絶獣集団は銀河系すら通れないほどの大きな壁を作り出していた。

「ウラヌスさん」

「呼んだ?」

 私の右足近くの床から仰向けで現れると、気怠げに起き上がる。

「天王星の必勝技を使います」

「分かった」

 クアラは目を擦りながら私の横に並ぶ。

「もしかして寝てました?」

「ううん、寝てない」

 必勝技を叫ぶ時も自分のペースを崩さない。

「これは鞭? それとも触手?」

「触れたら最期。全ての命は凍りつく!」

「「せーの、テンタクルズビーム!!」

 左膝を上げ、膝蹴りの姿勢をとると膝から下、二七億の砲門のハッチが開き、超超絶対零度の光線が放たれた。

 檻から解き放たれた触手は、時にバレエのリボンのように、時に餌を丸呑みにする大蛇のように襲い掛かる。

 ビームが直撃した絶獣達は瞬時に凍りつく。その速さは自身の体が凍り出したと気づかないほど。

 二十億を超える氷の塊が自壊し、氷の粒がサンガイナーの心臓の光を反射してキラキラと光る。

 天然のスノードームに目を奪われていると、右手の袖口をクイクイと引かれる。

「ちょっとお昼寝」

 クアラはあくびをしながら仰向けになって退室した。

「はい。おやすみなさい」

 私が受け答えしている間に崩壊した壁が新たに作り直されてしまった。レーダースクリーンには以前の倍の数が表示され、見るだけでうんざりしてくる。

「次はあたくしの番じゃないかしら」

 今日も光を発するほど真っ白なエプロンを着けたユピテルが床から現れる。

「ユピテルさん。まだ呼んでないですけど」

「あらあら早とちりだったかしら? でも必要でしょう」

「お願いします」

「じゃあ準備しないとね」ユピテルは着脱したエプロンを丁寧に畳んだ。

 次の声音はお腹を刺されたような迫力が詰まっていた。

「さあ、いつでもいいわよ」

 瞼を開け、闘争本能剥き出しにして左手の骨をパキパキと鳴らす。

「道を作りなあんた達。邪魔をするなら、まとめて握り潰す!」

「「グラビティ・トアミ!!」」

 空母に相当する惑星級も混ざった厚い厚い鉄壁に左手をまっすぐ伸ばした。鋭い指先から暗紫色の糸が伸び、途中で網になる。

 投網に覆われた絶獣の群れはギュッと押しつけられる。

 ただ密着しただけで終わりではなく、名前の通り重力を制御しているのだ。

 サンガイナーの左手を握り締めていくと、投網の中の絶獣達も原型を失って特異点となり、その一つ一つがくっついて特異点の鉄球が誕生した。

 ハンマー投げの選手のように遠心力を利用して振り回す。

 鉄球は次々と絶獣の壁に直撃。障壁は跡形もなく崩れ落ちた。

「これでフィニッシュ!」

 グラビティ・トアミを放り投げる。鉄球はブラックホール目指して飛んでいくが、絶獣の猛撃によって破壊されてしまった。

「あらあらまあまあ、巣には届かなかったわね」

 ママに戻ったユピテルはいそいそとエプロンを着用する。

「後はお願いね。あたくしは今日のご馳走の献立を考えておきます」

「美味しいの期待してます」

 ユピテルは去り際に手を振りながら、この場を後にした。

 肉眼でもブラックホールが見える距離まで来た。

 牛飲馬食のブラックホールから、誤飲したおもちゃを吐き出すように次々と絶獣が出現してくる。

 その動きは城門を閉じるように左右から集まって一塊になった。

 流星級は破片級を吐き出し、全長八十キロを越えるゴブリンシャークとも呼ばれるミツクリザメに似た絶獣の主力である彗星級が、顎が外れそうなほど上下に口を開き、喉奥から強烈なエネルギーを放射する。

 自爆攻撃も砲撃もサンガイナーの頭脳とも言える額にある地球に集中する。

 おでこにデコピンされるような痛みを受けるが、私は守る事を捨てた。

「アリス」

「やっとワタクシの出番ね」

 アリスはいつもと変わらず腕を組んだ凛々しい姿勢で私の前に現れる。

「邪魔する絶獣を突破して、そのままブラックホールに突入します」

「それならワタクシの必勝技が最適ね。よく分かってるじゃない」

「お姉さま」

 鼻息荒くスイシェンさんが飛び出してくる。

「左足へのエネルギー充填終わってます」

「分かったわコリウス。アメ、行きますわよ」

「この一撃は魂を焼き尽くす一撃」

「左足に宿した炎を受けてみなさい!」

 サンガイナー胸の前で固く腕を組み、その姿勢のまま上昇。

 ただのお姉さまオタクと化したコリウスさんの黄色い悲鳴を聞きながら、アリスさんと二人で必勝技を叫ぶ。

「「ヒ・ノ・タ・マ……キィィィィィック!!!」」

 組んだ両腕を大きく開き、右足を曲げ、左足をまっすぐ伸ばした飛び蹴りの姿勢で眼下のブラックホールに突き進む。

 左脚から溢れるエネルギーの炎は爪先から全身を覆い、その一兆度の炎に触れただけで、直径十三万キロはある紅白饅頭の片割れのようなベニマンジュウクラゲそっくりの惑星級が溶けていく。

「私達の邪魔をするなぁぁぁぁッ!」

 城門を形作っていた絶獣の前座を全滅させ、ブラックホールに突入。

 地球のあった位置から二万七千光年の旅路が今終わろうとしている。

 境界線である事象の地平面を越えれば、そこは人類未到の地。

 見える世界が青く染まり、視界の四方が黒く塗りつぶされ、飛び蹴り姿勢のサンガイナーの全身が細長く引き伸ばされている。

 私は恐怖を振り払う為に喉が枯れるまで吠え続けた。

 アリスと一緒に叫び続けていると、不意に落ちている感覚がなくなった。

 常時光が吸い込まれているからか、内部は驚くほど明るい。

「無事に絶獣の巣に突入できたみたいね」

 アリスが飛び込んできたところを見上げる。

 私も見ると、入り口だろうと思われる場所が黒く輝いていた。

「ここから先はあなた達に任せるわよ」

 アリスは背中を向ける。

「弱気バカ。お姉さまのお膳立てを無駄にしたらタダじゃおかないから!」

「はい! ありがとうアリス。それとコリウスさんも」

「ちょっと、なんであたいに「も」をつけたー⁈」

 アリスは終始後ろを向いたまま、騒がしいスイシェンと共にメインコントロール・ルームから退出した。

 一人になってから改めて下を見る。ブラックホールの出口は見当たらず、光の底なし沼に落ちたよう。

 落ちていく光と共に一方通行のエレベーターを降りていくと、サンガイナーの心臓部である太陽とほぼ同じ直径の絶獣を発見する。

 姿形は円形で表面温度は三千度以上、明るさは太陽の十万倍と、とてつもないエネルギーを発散する赤色巨星によく似た絶獣。

 巨星級の数が自動的に計測され視界に表示される。

「四十、一万三千、十億七千、三九億……」

 もう数えたくもない。四十億を超えてもまだカウンターは止まる気配を見せない。

 一つ一つが太陽系の半分はありそうな巨星級はブラックホールの重力に負ける事なく、むしろその空間を歪ませる重力を防壁として利用しながら、絶獣を生み出していたようだ。

 私は数の暴力に負けそうになる気持ちを深呼吸する事で落ち着かせる。

「そちらが数を頼りに攻めてきても、私とサンガイナーはその全てを捩じ伏せる力を持っている。今見せてあげるわ」

 私が胸の前で両腕をクロスさせると、サンガイナーも両腕をクロスさせる。

「時に慈母のように優しく、時に厳父のように敵を滅する強い炎。その名は、プロミネンスフォイアー!!」

 クロスした両手を解くと、胸部の太陽からブラックホール内を埋め尽くすほどの極太の熱線を発射。

 プロミネンスファイアーに呑まれた巨星級は炎天下のアイスのようにドロドロに溶けていく。

 機体各所のセンサーが警告を発する。このまま撃ち続ければサンガイナーが崩壊する。けれど巨星級を一匹も残すわけにはいかない。

 警告を無視し、太陽のエネルギーのみならず、各惑星の核からもエネルギーを抽出して放ち続ける。

「全部消え去れぇぇ!」

 母を奪い、私を消滅させ、人類を滅亡寸前に追い込んだ恨み、怒り、悲しみ全てを込めて放ち続けた。

 太陽と七つの惑星の寿命が尽きたところで、巨星級の反応が消滅した事に気づく。

 私は放射を止め辺りを確認する。肉眼でもレーダーにも絶獣の影も形もない。

 後は脱出するだけ、と考えた時だった。

 サンガイナーが引き摺り込まれていく。

 今まではスラスターを吹かして少しでも重力に抗っていたが、プロミネンスフォイアーによって限界を越えたらしい。

 仰向けの姿勢になっていつ辿り着くか分からない出口に落ちていく。

 けれど絶獣を全滅できたので、問題はない。父さんの推測によれば脱出の方法はある。

 それは――。

「レーダーが反応してる? このブラックホールに存在しているのはサンガイナーだけの筈なのに……ああっ!」

 降下していくうちにレーダーが捉えたのは巨星級の夥しい群れ。

 私が倒したのは表層にいた絶獣だけで深部にいた化け物共は無傷だったようだ。

 カウンターが止まった数は六百六十六億。なんとも不吉すぎる。

 巨星級達は攻撃してくる気配はないが、空腹のサンガイナーも最奥に落ちていくことしかできない。

 このまま生み出される絶獣になぶり殺しにされる未来しか待っていない。

 以前見た戦争映画で、兵士の腐敗した傷口を食い破る蛆虫のシーンを思い出し吐気が込み上げてくる。

「おい、おいアメ!」

「アケノ、エネルギー使い切ったのにどうやってここに」

「よく見ろ。ボクの金星はハイオク満タンだぞ」

「えっ、ほんとだ」

 改めて確認してみると金星のある右肩だけエネルギーがフルに残っている。

「みんなが万が一の事を考えて残してくれたんだ」

 私はアケノに抱きついた。

「三秒だけ、こうさせて」

「……ほら、三秒たった」

 私を引き離したアケノの顔は茹蛸みたいで、思わず笑ってしまう。

「笑う元気があるなら大丈夫だな。そろそろ絶獣共に永遠のお別れを言わないとな!」

 アケノが指鉄砲を作った右手を漂う巨星級に向ける。

 私は利き腕を伸ばし、アケノのピストルにしっかりと指を絡める。

「ボクとの約束覚えてる?」

「うん。体を乗っ取られても忘れない。例え記憶を消されてもね」

 サンガイナーが各関節から火花を上げながら、まっすぐ両腕を伸ばし、両手を固く握り合わせ、永い砲身を創り出した。

 息がかかる距離で私は最愛の人と一緒に、最後の力を振り絞って必勝技を叫ぶ。

「あなた達との腐れ縁もここまで」

「星達の力を借りてボク達は大円団を迎える!」

「「 ビィィックバァン……ブゥラスタァァァァァ!!」」

 かつて小さかった宇宙を膨張させるきっかけになった現象の名の通り、そのエネルギーの爆発は巨星級どころかブラックホールさえも風船のように膨張させる。

 遂にブラックホールは破裂。空間や時間を歪ませるほどのエネルギーがサンガイナーに襲いかかり、最深部へと押し込んでいく。

 目も開けられないほどの閃光と身体が引き裂かれそうな振動をアケノと二人でただただ耐える。最奥にあるはずの唯一の希望を信じながら

 ***

 **

 *

「ほら、買ってきたぞ」

 アケノが投げた缶コーヒーを受け取る。

「ありがとう。……苦っ、これブラック、私,甘いの頼んだんだよ」

「折角二人っきりになったのに、ずっとボーとしてるからだよ」

 アケノは私と同じように停車させたトライクに体重を預ける。

「なんか実感わかなくて」

「まぁ、気持ちは分かるよ。ボク達三万年近く戦ってたんだし。でも戦いは終わったんだ。おまけに新しい安住の宇宙も見つかった。ボク達の大勝利じゃん」

 アケノが夜空を指差した。その先には私達の勝利の証である二つ目の月が太陽の光を反射して誇らしげに輝いている。

「ここには絶獣は存在していない。それどころかまだまだ惑星開拓も行われてないんだ。宇宙へ進出する時はボク達も協力するから忙しくなる。それまでにリアルな地球を少しでも堪能しておかないと」

 この次元の人達とは、そういう誓約を取り交わして移住させてもらったんだっけ。

「アケノの言う通りだね」

「分かってくれたところで、そろそろ移動しますか」

 自販機のところまで歩いていくと、アケノが手を差し出す。

「ん、空き缶」

 手渡すと、私と自分のアルミ缶を背後に向かって投擲。まるで操られているかのように二つの缶はゴミ箱に入った。

「後ろ乗って」

 私が跨ると、アケノは愛馬のエンジンを始動させる。

「ちょっとアメ?」

 私は腰に両手を回した。

 アケノは最初驚いた様子だったけど、手を退けることはしなかった。

「もう、戦闘の時はあんなに凛々しいのに。しっかり捕まっててよ。振り落とされたら置いてくから」

 そう脅しながらも、トライクがゆっくりと走り出す。

 私はお腹から腕に伝わる熱と、背中からヘルメット越しに感じる鼓動から、最愛の人がデータではなく生身で存在しているんだと改めて実感する。

 夜空には満天の星。この中に私達を敵視する存在がいない事を切に願いながら、アケノと二人で静寂の森の中をいつまでもいつまでも駆け抜けていくのだった。


 ――完――

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