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第一話〈起床〉

「では自己紹介をしてください」

「はい。校長先生」

 私は深く椅子に腰掛けて深呼吸をした。

「アサヒ・アメです」

 お父さん以外の他人と話すのは実に久しぶりで、真っ直ぐ見られない。

「貴女がここ、都立ゼラニウム学園に入学を志望した理由を教えてください」

「父に言われたから、です」

 何度か首を動かしたせいでズレたメガネを直しながら答えた。

「お父様、アサヒコウイチロウ博士ですね」

「そうです」

「あまり、入学に乗り気ではなさそうに見えますが」

「ええと、はい……」

 ここで素直に「はい」なんて言わない方がよかったかも。

「踏み込んだ話ですが、お父様とは仲が良くないのかしら」

「いえ、父とは仲良しです!」

「そのお父様に薦められたのに、貴女の顔色はとても悪く見えるわ」

「それは……」

 スカートの裾を皺が出来るほど握りしめる。

「言いたくないのなら、言わなくてもいいの。でも溜め込んでいるよりは、誰かに話したほうが楽になるわ」

 その言葉に心のかんぬきが外れる音が聞こえた。

「……私、ここに来て今まで殆ど一人で過ごしてきました。だから人がたくさんいる、そのがっ、がっこう?」

「ええ。学校です」

「学校初めてで、その周りの人と仲良くできるか、不安で不安で、あまり眠れなくて」

「あの時、貴女はまだ学校に行く前だったのね。それに、今では初対面の人と面と向かって話すのも珍しい状況よね」

「私もアバターはよく使ってます」

「私も愛用しているわ。実はね、今とても緊張しているの」

「校長先生がですか?」

 学校で一番偉い人でも緊張するんだ。

「アメさん。良かったら貴女の事を聞かせて」

「私の話、ですか」

「ええ。何でもいいわ。学園に入学するしないは関係なくね」

 そう言われて思いつくのはひとつだけ。

「じゃあ、お父さんの話でも」

「是非聞かせてちょうだい」

「お父さんが〈絶獣〉対策の第一人者なのはご存知ですよね。お母さんを殺した絶獣を倒すために日夜研究漬けで、家の中は時が止まったように静かでした」

「お父様を恨んだことはなかったの」

「最初は嫌いでした。私は顔を合わせる度に、怒鳴って物を投げつけたりしてました。でも怒られたことはなかったです」

「意外ね。アサヒコウイチロウ博士はとても気難しくて、同僚だけでなく上司とも口論が絶えないと聞いたわ。時には手を上げることもある。と」

「それは、お父さんは必死だからです。絶獣を討伐する為に命を賭けていると私は思います。でも一年に一回、私の誕生日にはどんなに忙しくても帰ってきて一緒に夜空を見るんです」

 一緒に夜空を見上げるお父さんとの会話を思い出す。

『アメ。いつも寂しい思いをさせて、すまない』

 お父さんの大きな手が頭を撫でる。

『私、寂しくないよ。お父さんのお仕事がみんなの役に立っていること知ってるもん!』

『私の研究は人類みんなを助けている。けどね、それが一番の目的じゃないんだ』

『お母さんの敵討ち?』

『それもあるが、今はお前の為なんだよ』

 お父さんが頭に手を置いたまま夜空を見上げたので、釣られて首を後ろに傾けた。

「私の為?」

『ああ、夜空に輝く無数の星々を肉眼で見てもらいたいんだ。こんな狭い空間で一生を過ごして欲しくないんだよ』

『でも私弱虫だから、宇宙に行けないし、絶獣とも戦えないよ……』

『恐れることはいいことだ。でも恐れたままでは駄目だ。その原因と対策を調べて立ち向かえば、どんな困難も打ち破れる』

『私にも出来る?』

『ああ。実はお前の力になる物を今開発中なんだ。完成すれば絶獣も敵じゃないし、まだ人類が行ったことのない銀河の中心にもいけるだろう。すぐに完成させるから、寂しくなったら私の言葉を思い出すんだ』

『あれね。『悲しくなったら上を向く。アメという名前は下を見るんじゃなく、素晴らしい未来を見上げる為につけた名前だから』でしょう』

『そうだ。上を見ていれば悲しい涙も流れることはないんだ』

 *

「悲しい時はお父さんの言葉を唱えているんです」

「いいお言葉ね。それで、お父様が貴女の為に作っている物は完成したのかしら」

「もう少しで完成するって……あっでもこの事は秘密にしておいてください。あんまり周りに話しちゃいけないって」

 私があたふたする様子を微笑ましく見つめながら、校長先生は答えた。

「アサヒアメさん。貴女に是非、学園生活を送ってもらいたいと思っているわ」

「それってつまり、合格って事ですか?」

「あとは貴女の気持ち次第」

「私は、まだ気持ちの整理がついていません」

「いいのよ。ここでは時間は無限にあるのだから。ゆっくり考えてみて」

「はい。ありがとうございます」

 今日はもう疲れた。帰ったら一度寝て頭をスッキリさせよう。

「……きろ!」

 面接の緊張から解放されたからだろうか、優しい手つきで瞼を撫でられる、そんな耐え難い眠気に抗うことができず、その場で体の力を抜けていく……。

「起きろ。いつまで寝てるんだよ! 起きろって、ボクの声が聞こえないのかよ!」

「えっ!」

 *

 目覚めてすぐ彼女の目に飛び込んだのは見知らぬ白い天井だった。


 ーー次回〈衝撃〉ーー

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