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02 警戒心

「あ。そうなんだ。やっぱり。私、ディアーヌはクレメントとは、いずれ別れると思ってた」


 母方の従姉妹で小さな頃から仲の良いラウィーニアは、歯に衣着せない言葉で終わったばかりの恋をあっさりと評した。幼い頃から気心の知れている彼女は、触れれば危険な失恋したての乙女に対しても全く遠慮などはない。


 付き合っていたクレメントに失恋して、ランスロット・グラディスにすぐに告白されたのはつい昨日の事だ。


 泣き明かす予定だった夜が、いつもと同じように明け、とてもすっきりとした気分で私は朝早く目を覚ました。


 そして、なんとなく習慣付いている日記の昨日の部分を読み返して、あの庭園での出来事が夢や幻ではないと確認した。その時にようやく色々と実感が湧いてきた私は、仲の良い従姉妹ラウィーニアに午後のお茶を一緒にしようと手紙を書いて呼び出すことにした。


 突然の失恋をしたばかりの私は、とっ散らかった心の整理などもまったく出来ていない。今自分が正常な判断が出来る状態であるとは、とても言い難い。


 冷静な第三者的な意見が必要であると、そう思ったから。


 涼しげなしたり顔をして、向かいの席に座っている私を見つめているラウィーニアは、私のお母様の姉の娘。我がハクスリー伯爵家より、かなり格上となる王家の流れを受け継ぐライサンダー公爵家のご令嬢。


 彼女の母イザベラ伯母様は、日頃から磨き上げられた美しい容姿を持つ上に、頭もすこぶる良い回転を見せる優秀な女性で当時一番人気の貴公子だったというライサンダー公爵を見事に射止めた手腕の持ち主。


 そして、その娘であるラウィーニアが射止めた人物は。きっと、誰もが驚きの。


「もう。自分は首尾良く王太子さまと正式に婚約が決まったからって、失恋したての従姉妹に言って良いことと悪いことがあるわよ。ラウィーニア」


 私が拗ねてそう言うと、ラウィーニアは表情を変えず優雅な仕草でお茶を飲みつつ肩を竦めた。要点だけを言うと私の母方の従姉妹はついこの間、まだ内々にであるものの、めでたく未来の王妃になることに正式決定した。


 我が国の王太子の周囲には幼い頃より、彼女を含め身分の高い令嬢五人が王太子妃候補として集められていた。


 それは必ず血筋を残さねばならない王となる身分も考えて、正妃の他にも側妃を娶ることも想定してのことだったとは思う。けれど、王太子殿下が選んだのはこのラウィーニアただ一人だけだった。他に側妃を娶る時は、数年間彼女との間に子どもが出来なかった時のみという破格の好条件付き。


 他の令嬢達は候補としてはお払い箱になるとは言え、美しく高い身分を持ち、もしかしたら未来の王妃になるかもしれないと施された高い教養も兼ね備えている。王太子妃候補だったという揺るぎない事実も手伝い、彼女達はこの先良い縁談には、決して困らないだろう。


「だって、付き合ってからもう一年も経っているというのに、ディアーヌはクレメントの前では猫を被ったままだったでしょう。お茶会だって夜会だって、向こうの機嫌を窺ってばかりで。言いたいことも言えずにお互いの素が出せない恋愛関係なんて、いずれ破綻するしかないわよ。もし結婚すれば同じ家に住み、かなりの時間を共に過ごす事になるのよ。生涯猫をかぶり続けるなんて、絶対に不可能だもの」


 ラウィーニアの胸に突き刺さる指摘は、いつも鋭く的確だ。


 聡明な彼女が未来の王妃に選ばれたのが、良く理解出来る。だからと言って、その忠告を理解は出来た私がすんなりと聞き入れられるかと言えば、それはまた別の問題で。


「……素を出せば、きっと嫌がられると思ったのよ。クレメントは、大人しくしている方が好きみたいだったから。いつもの私みたいな感じだと、すぐに振られてしまうかもって」


「私が見たところ、あの俺様クレメントには、もっときっぱりはっきりと物を言った方が良かったと思うわよ。でも、あの男の事は既に別れて終わった事だし、もう良いでしょう。ところで、失恋してからすぐに心の整理が付いていない段階で、ディアーヌが私を呼び出すという事は、クレメントと別れた以外でも何かがあったんでしょう?」


 流石、未来の王妃に以下略。幼い頃からずっと一緒に居て、何でも話し合う関係のラウィーニアには私の行動で何もかもお見通しみたいだった。


「ランスロット・グラディスに告白された」


 彼女に促された通りに白状すると、いつも冷静なラウィーニアにしては、とても珍しくぽかんとした表情の後で机に両手を付き、勢い込んで私に向かって聞いた。


「いつ? 何処で?」


「クレメントと別れた直後に、彼と別れたお城の庭園で」


 ラウィーニアは的確に彼女が知りたがった疑問に答えた私に対し、少し考えた様子の後でこう言った。


「ではランスロットとお試しでも良いから、付き合ったら良いのではないかしら。美形でも名高い氷の騎士は、次期王宮騎士団副団長候補でもあるし……それに、コンスタンスのお気に入りよ。絶対に出世するでしょうね。求婚相手としては、願ってもない好条件ばかりよ。後、大事なのは彼と実際話して、ディアーヌと性格が合うかどうかでしょう? その他に、何を考えることがあるの?」


 ちなみに我が国の王太子のお名前は、コンスタンス様。王子様という身分を持つ人に対して勝手に抱いてしまう期待を裏切らない金髪碧眼の美男子だ。


 ラウィーニアは、彼の唯一の婚約者になり幼馴染で気心も知れている。その彼女がそう言うのなら、間違いない情報だ。


 氷の騎士ランスロットって、王太子のお気に入りでもあったんだ。クレメント……彼とライバルとは言われているものの、その時点で負けていない? ううん。別れてしまった私は、彼とはもう無関係なんだけど。


「クレメントと彼がライバルと言われているのは、知ってるでしょう。だからもしかしたら、何かの嫌がらせの一環かもしれないと思って……」


 氷の騎士ランスロット・グラディスと、私の元彼である炎の騎士クレメント・ボールドウィンの不仲は割と有名だ。皆が知っていると言っても、過言ではない。


 確かに昨日少しだけ話したランスロットの淡々とした様子から察すると、俺様タイプのクレメントとはどう考えても性格は合わなさそう。


 二人が普段どんなやりとりをしているかは、見たことのない私にはわからないにせよ。そういうややこしい関係性は、警戒しておいて損はないはずだ。


「元彼とライバルだからって、なんなのよ。もうディアーヌとクレメントとは、他人同士なんだから遠慮なんか、しなくて良いわよ。あんなに美形で出世確実の人、どこを探してもなかなか見つからないわ。彼がディアーヌが良いと言っているんだから、一度付き合ってみれば良いでしょう」


 ラウィーニアは、良い意味で計算高いし気持ちの割り切りも素早く出来る。でも、心の整理があまり得意ではない私には昨日まで恋人だった人の事をこうして明け透けにもう他人なんだからと言われると、やはり胸が痛んだ。


 とてもとても今更なんだけど、やっぱり私はクレメントと別れたんだと心の奥底からじわじわと実感が湧いてくる。


「……でも、彼に告白されたのは別れて本当にすぐよ。あの場所に居たのも、もしかしたら……」


 クレメントに別れを告げられたあの城の庭園は、確かに花が咲く季節に目も楽しめるし散歩をするには丁度いい。現に、庭園を散策する人たちは沢山居た。けれど、あんなにタイミング良く現れた彼が、どうしても不思議だった。


 まるで、クレメントが私と別れることを、ランスロット・グラディスに事前に言っていたみたいに思えるからだ。


「私は個人的にはあまり物を考えない好戦的なクレメントより、周囲を見る余裕のある知的なランスロットの方が良いと思う。それに、彼は性格も真面目だからディアーヌと合ってると思うわ。クレメントと一緒に居た時に気を使っていたのは、いつもディアーヌの方だったでしょう? 片方だけが疲れる関係なんて、どうせ無理しても続かないわよ」


「そんな……」


「お嬢様。お手紙でございます」


 理路整然としたラウィーニアの言葉を聞いて、口を開こうとしたら、執事のチャールズが部屋へと入り控えめに声を掛けて来た。白髪できっちりとした執事服を着ている彼は、当主であるお父様のお気に入りの優秀な執事だ。ハクスリー家に仕えて、長い。


 そして、いつも通りならば彼はこんな無作法なことはしない。


 私がこうして誰かとお茶をしているのなら、その間に届いた手紙は部屋に帰ってから渡してくるはずなのにと不思議になって首を傾げた。そして、恭しく彼の差し出している銀色のトレイの上にある白い手紙を、そっと手にした。


「ディアーヌ。裏を返して見てみなさいよ。きっと……彼じゃない?」


 ふふっと意味ありげに微笑むラウィーニアは、手紙裏に書かれている差出人の名前に見当がついているようだ。


「……ランスロット・グラディス」


 彼の真面目で几帳面な性格を表すように、飾り文字の隅にまできっちりと美しい線で名前が書かれている。


「ほらね。絶対にそうだと思った。告白したんだし、当然かしら。きっと何かのお誘いね……それで彼は、なんて?」


 私は好奇心に目を輝かせるラウィーニアに促されるままに、チャールズの差し出したペーパーナイフで手紙の封を開けた。一枚の手紙に書かれている初めて見る彼の文字は、美しいけれど……。


「……どの夜会に出席されますか?」


「それで?」


「それだけ」


 頷いた私がそう言って一文だけ書かれて署名のみの手紙をさっさと封筒に仕舞うと、きっと後に続くはずの甘い言葉なんかを期待していただろうラウィーニアは顔を顰めてがっくりと肩を落とした。


「流石は氷の騎士。素っ気なさは、噂に違わずね。ディアーヌ、どうするの?」


「どうするって……」


「きっと貴族令嬢に対する正式な求愛の手順を踏むために、夜会でディアーヌに会いたいのよ。真面目な性格の彼、すごく良いじゃない。今週末に、コンスタンスが主催する大きな夜会が城の大広間であったはず。そこで会いましょうって、すぐに返事しなさい」


 ラウィーニアは命じることに慣れている彼女らしく、浮かない顔をしたままの私にてきぱきと段取り良くそう言った。


「……でも。ラウィーニア」


 彼女の言っていることは、いつも正しい。けれど、私はどうしても気が進まなかった。


 そんな大きな夜会で、この前までクレメントと付き合っていたはずの私がいきなりランスロットと踊っていれば、口さがない連中になんて言われるか。すぐに想像出来た。


「ディアーヌ。悪いことは言わないから。一度会ってみなさいよ。別に会うくらいなら良いでしょう? 何もすぐに彼と付き合って結婚しろと、そう言っている訳じゃないわ。夜会で少し、会って話するだけ。気が向けば踊っても良いかも。それにクレメントとの事は、もう終わったことよ。早々に忘れなさい。落ち込んで後ろ向きになっていても、何の良いこともないわよ」


「私が別れてすぐに、あのランスロットと踊っていたら……やっぱり、クレメントへの何かがあるのかと疑われてしまうわ」


 人目は気にならないとは言えない小心者の私がそう言えば、ラウィーニアは大きく息をついて言った。


「そう思いたい人間には、思わせておけば良いでしょう。そんな大したことない噂なんて、三ヶ月も経てば続々と出てくる新鮮な話題に埋もれて、いつの間にか誰にも忘れられているものよ。名前も知らないような人が、何を言おうと気にしてていても仕方ないでしょう。それに失恋に一番良いのは、新しい恋よ。古今東西、そういう風に決まっているもの」



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