さるかに合戦 10
ところで、「さるかに合戦」とはどんな話だったのか、思い出してみたい。
「さるかに合戦」という話は、悪知恵(知的優位性)を持つ猿が、狡猾さ、冷徹さを発揮して人の良いカニの親子をだまして、自分の利益のために働くよう仕向け、あげくの果てに、自分の利益を独占するために、カニの親子を殺してしまうという話しである。
「さるかに合戦」という話し。猿は、まずカニの持つおにぎりを言葉巧みに自分の無価値な柿の種と交換し、とりあげる。そして、柿の種が柿の木として立派に育つとまだ堅い柿の実を選び、カニの親子に投げつけて、カニの親子あわせ三匹を殺して、柿の実を独り占めしたという話しである。
だが、この猿は、生き残ったカニの子とその仲間達による仇討ちをうけ、殺されてしまうというそんな話し。
「さるかに合戦」という話し。このように情報強者のタイムトラベラーが、自分の知的優位性を絶対に悪用してはいけないという戒めが語られている「さるかに合戦」のストーリーであるが、実は「さるかに合戦」は、タイムトラベラーにとっては、タイムトラベラー達の世界の成り立ちについて、密かに核心的情報が盛り込まれているのだ。
「さるかに合戦」に盛り込まれている核心的な情報とは?
それは、タイムトラベラーやタイムトラベラー世界においての柿という果物の持つ重要性である。
タイムトラベラーにとっては、健康維持やスムーズなタイムトラベラー活動のために、柿という果物は絶対に欠かせない存在である。
時間旅行が生み出す巨大なストレスに人が対応するために、人は大量の柿を食べる必要がある。
柿の実が手に入らない時代や、地域においては、タイムトラベラーの活動というとのは大いに制限される。
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一見美女の乙姫は、上司から渡された今度の任務のために用意された「さるかに合戦」と題するファイルを読み終えた。
乙姫が「さるかに合戦」ファイルを読み終えたのが分かると、乙姫の上司の顔は真剣さをぐっと増した。乙姫は、上司の表情から深い悲痛さを感じ取った。
上司は、乙姫に話し始めた。
「そもそも、タイムトラベルの技術においても、柿というものは、欠かせないものなのだよ。タイムトラベルの際には、移動先や、タイムトラベラーの回収のために、柿の木の果樹園が必要であるというのは、乙姫君、君もよく知っているだろう。柿の木の果樹園がある世界と言うことは、タイムトラベラーにとつて、好適な環境がそこに存在するという証しであるからだ」
「我々、タイムトラベラーの関係者にとって、このように必要不可欠な柿の木の果樹園。実は、この柿の木の果樹園というものが激減してしまっていることが分かったのだ。最近の調査の計算によると、あと何年もしないで、この宇宙の柿の木の果樹園がことごとく枯れてしまうだろうということ。柿の木の果樹園がなくなってしまえば、タイムトラベラーは、もう活動ができなくなってしまう。当然、うちの会社も成り立たなくなってしまう」
「そういう訳で、タイムトラベラーとして、非常に優秀な乙姫君に、この柿の木の果樹園が持つトラブルについて、宇宙の時空空間のすべてにわたる調査を担当して貰いたい。本来は、我が社のベテラン、エースのタイムトラベラーが、本件を担当するべきところなのだが、様々な要素を検討してみた結果、新入社員で、未成年の乙姫君、君に頼るほかに道はない。うちの会社の運命は、君の双肩にかかっているんだ」
乙姫の上司の瞳は、充血していた。上司の頬を伝い、涙が次々にこぼれ落ちていく。
乙姫は、この話が説明不足であり、ちょっと納得できない話であった。
しかし、乙姫は上司から反論できない、問答無用の雰囲気を感じ取った。