#エピローグ
これが約1万年前の地球人の手記を翻訳した結果になります。我々は偶然にも宇宙空間に漂うこの手記を入手することができましたが、周辺の探索ではこの男の遺体を見つけることはできませんでした。彼の手記はここで終わっており、彼がこの後どうなったかは知る由がありません。
この当時の人間は各個人の意識が他者と共有されることなく、孤独の戦いを強いられていたことが想像されます。ええ、そうです、確かに個人の意識を話す自由はあったでしょう。それは一方で、話す不自由でもあったのです。
今、我々の意識は、言語を介することなく、思念波として自然と体外に放出されています。そして、同様に自他の思念波を触覚の感覚器官で自然に受容しているのです。これによりスムーズな意思疎通と完璧な理解が促進される一方で、各個としての自我の確立は我々にとって大変興味深い事象です。
これから行われる実験については既に皆様ご存知の通りです。反対する者がいないことも承知しています。さあ、それでは、開始しましょう。
我々はまず、この人間の手記から採取された遺伝子情報を元に、身体組織を再形成しました。既に地球人の身体を構成する一般的な分子構造を我々は把握しておりましたが、ここに遺伝子情報である染色体を体内で再合成させることは最新技術になります。これは明朝の実験で成功したと、先程実験者の思念波の報告を受けました。
この男を再構成するためには、男の誕生以来の非遺伝的情報も組込む必要があります。我々のデータベースが有する当時の地球人の一般的な知識および教養に加えて、この手記の内容を電子化し、男の大脳皮質へ転送しました。これも明晩無事アップロードできたそうです。
我々はこの地球人から自我を学ぶとともに、彼の行動を観察することとしましょう。彼が求めるのであれば、手記中に記載された彼の宇宙船を再構成する材料も整っています。これから我々は思念波が通じない生命体とファーストコンタクトすることになります。ええ、万全を整えているとのこと、安心しました。
それでは皆さん、思念波に集中してください。我らの新時代へ、さあ参りましょう。