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手記#5 俺 

 地球を出発してから何日経ったのだろうか。もう今日の日付も時刻も分からない。俺は両の手の拳を握りしめ、うつむいた。目を閉じれば数日前(感覚では数日前だ)のあの瞬間が思い出される。

 ウデクミの輸送船から発射されたミサイルの内、2発が大きく口を開けていた俺の船の格納庫に着弾した。激しい衝撃が船内を走った。周りの操作コンソールや背中にある配電盤からは火花が飛び散っている。俺は着弾の衝撃で、この広々とした椅子にひっくり返っていたが、急いで起き上がった。格納庫の様子を見たが、モニターは真っ黒の映像を映し出している。メキメキという亀裂音とともに船体から何かが剥がれた音がした。たぶん格納庫が砕け散ったのだ。

 俺は操作コンソールから船体状況を呼び出すも、真っ赤なアラートしか確認できなかった。破壊の連鎖は格納庫に留まらず、船体後部を次々に塵にしている。この船はもうだめだと悟った。俺はコクピットから離れ、脱出ポッドに向かった。途中、宇宙用の作業服とヘルメットを回収し、脱出ポッドに投げ込む。船の後部とコクピッドを隔てるカーボン扉は熱によって黒く変色するとともに泡を吹き始めた。もう時間がない。俺は脱出ポッドに飛び乗り、ポッドのハッチを閉め密封状態にした。

 既に船の後部の熱を閉じ込めていた扉は溶融し、船内は真っ赤なアラートの光に包まれながら、真空状態で様々なものが散乱していた。俺が初めて地球を飛び出してから調整を重ねてきた様々な部品や内装がひとつひとつバラバラと吹き飛んでいく。俺はこの船のすべてを理解していた。何日も宇宙を飛び、壊れては修理してきた。1も、全も知っている。すべてを理解しているのに、もう2度とこの船で飛べないことを確信している。そういうこともあるのか。

 道は2つに1つ。このまま宇宙海賊の元へ向かい人質となり全権をウデクミの選択に託すか、この大して推進力もない小さな脱出ポッドでどこか宛もなく宇宙を彷徨うかだ。少しでも生き残る可能性がある方は決まっている、前者だ。脱出ポッドの操作盤の方へ振り返ろうとしたとき、そのポッドのハッチの小窓から俺の船の最後の様子が見えた。

 いつも眺めていたコクピッド窓。その窓の手前にはハワイの首振り偶像がいた。頭に花輪をかぶり、手を波立たせた人間の女性は、普段は首を左右に振りリズムにのっているのに、今はおそらく爆発の衝撃でバネが壊れたせいか、目を閉じ、静かに首を縦に振っている。コクリ、コクリ。彼女は俺の底にある既に決め込んでいた信念に同意してくれている気がした。俺の道筋は決まった。

 彼女を取りに戻ろうかと俺はハッチに手をかけたが、その時に操作コンソールに火花が走るのが目に入った。急いで脱出ポッドの操作盤へ振り返ると、背後では操作コンソールが爆ぜる衝撃と光を感じた。俺はポッドの進行方向を定め、推進力を全開にした。

 脱出ポッドは宇宙へ飛び出し、宇宙海賊たちを背後に進んでいった。周辺に散らばった破片や残骸を通しては、その向こうにいる脱出ポッドには気づかないはずだ。そうして、俺の次なる宇宙航海が始まったのだ。

 この脱出ポッドには半年分の酸素が蓄えられている。食料と水も4ヶ月分ある。その間、通信装置もビーコン発生機も持たないこの脱出ポッドで、俺は進み続けるのみ。誰も通りかからず、外灯も何もないアウターフロンティアを進み続けるのみ。俺が焦がれて、何かを求めて、そして何かに導かれている、この漆黒の深宇宙を進み続けるのみなのである。

 ギルド長には悪いことをしてしまった。20代中盤の俺を拾い上げ、機械の触り方と宇宙の飛び方の基礎を教えてくれた。俺が地球を遠く離れ、フロンティアの端っこで仕事をしたがることについて、何も文句を言わず仕事を紹介してくれた。俺は今まで仕事をしっかりとやり遂げてきたし、綺麗に部品や資源を回収してくる才能もあったが、それももう裏切ることになる。今回の任務の正体不明の中型輸送船の回収品はすべて失ってしまった。それにもう、地球にも帰ることができないだろう。

 ギルド長の顔を詳細に思い出すことができないくらい、長い日数が経ってしまった。ただ、真紅のタバコの煙に巻かれたその面影だけが少し懐かしい。こんなことなら、ギルド長との最後の通話くらいビデオ映像をオンにしておけば良かった。それに、同じギルドの先輩ヅラをするコチュ人のルモメ。彼女との会話の詳細は中々思い出せないが、俺はなぜか関わるのを拒否してしまった。それはコチュ人特有の触覚で俺の感情を読み取られてしまうという恐れがあったからだ。それでも、もう少し会話をしたかったと今更ながら考えてしまう。


 あれから何ヶ月が経ったのだろうか。脱出ポッド内の酸素が切れ、どうにも息苦しくなったときに、俺は作業服とヘルメットをつけ、宇宙にこの身ひとつで飛び出した。しばらくは脱出ポッドに捕まりながら前へ前へと進んだが、次第にポッドの推進力も尽きると、俺はポッドから手を放し、宇宙作業服の肘にある噴射機を使って勢いをつけた。俺は宇宙作業服のみで、宇宙への次の旅に挑むのだ。振り返ると推進力を失った脱出ポッドは力なく傾き、後方で止まっている。

 あのハワイ人形が思い出される。彼女はずっとこの宇宙で裸のような姿で踊り続けていた。今ではこの俺自身がひとり宇宙で遊泳している。あのとき、俺の船が破壊されたとき、宇宙海賊の元へ戻るべきだったか常々考えてしまうことがある。後悔はしていないが、悔しい。ハワイの彼女と宇宙を飛べたらどんなに心強かっただろうか。

 肘の噴射を小刻みに調整しながら、前だけを見つめる。もう俺が今どこにいるのか。正しい方向に進んでいるのかもわからない。しかし、きっと進んだ先には何かがあると信じている。宇宙がそう説いてくれている。

 暗く深い宇宙に点々と光る孤独な星たち。遠くに見えるガス星雲は近くの光を取り込んでしまうと感じくらい広々と存在している。さらに、この夜空を何倍も深くした星空自体が俺を包み込み、気づかない内に取り込んでしまいそうだ。寒い。手足の先と、鼻や耳は感覚がおかしい。既にこいつらは宇宙に囁かれてしまっている。ツンとした静けさは無音の音となって囁いているのだ。

 視線の先に何かが光った。俺は肘の噴射を全開にして、その物体に近づいた。鼓動が高まり、心血が前進を駆け巡り、鼓動の音が聞こえる。それはトヨテックの中型輸送船のコクピッドだった。船体前部に位置していたコクピッドは本体から引き剥がされたため、その後部に大きな亀裂が入っている。中は真空状態のようで、様々な部品がコクピッド内で浮かんでいる。

 俺は亀裂からコクピッドへ入り込んだ。中は長い間時間が止まっていたように、妙な静けさを放っていた。操作コンソール上で何かが周期的に点滅している。俺はヘルメットの光源をつけ、顔を近づける。そこにはハトマヴ語で発信ビーコンと書かれていた。どうやら近距離通信用の低速波のようだ。地球にめがけて発信されているが、これでは地球に届くまでに多くのノイズに干渉されてしまうし、運良く届くとしても、地球側が受信するまで何十年もかかってしまう。しかし、どうやら地球の廃品回収ギルドが拾った正体不明の中型輸送船の信号はこの発信ビーコンのようだ。なぜ、船が損壊している最中に緊急用の高速ビーコンではなく、短距離通信用のそれを使ったのだろうか。おそらく、高速ビーコンを送信するアンテナや発信装置自体が壊れていたのだろう。

 俺は操作コンソール上をさらに見渡した。あらゆるスイッチやボタンにハトマヴ語が書かれている。俺は試しにコンソールのメインパワースイッチを入れてみた。一瞬、すべての機器系統が稼働状態となり、操作コンソール上が光に彩られたが、その後すぐに低パワーモードとなりコンソール中央に位置する一部のメイン系統のみが起動した。真っ暗闇の中で俺のヘルメットの光源と、正体不明の宇宙船のモニターの光だけが互いに見つめ合っている。

 俺は注意深くモニターを調べた。そして、この船の最後につけられた記録を見つけた。どうやら音声ファイルのようだ。再生ボタンを押した。どうやら2人の船員が地球/ハトマヴのクレオールで語り合っているようだ。

<なんとしても、この船の救難物資を次の星に届けなければいけないことはお前もわかっているだろう。この大戦も終りが近いが、どの星も疲弊している>

<いいや、俺達のほうが疲弊している。地球とこんな辺境の往復ばかりだ>

 2人目のこの声、低く、いがらっぽい声は聞き覚えがある。ウデクミだ。彼は戦争中にこのトヨテックの補給物資の輸送船に乗っていたのだ。確か本人もそう言っていた。だが、その任務に嫌気がさしており、もうひとりの男と口論になっている。男は続けた。

<俺たちが行かなければ、星1つの生命が死に絶えるのかもしれないのだ。いいから、その長距離通信用のアンテナを修理しろ。たとえ事故で壊れたにしろ、アンテナはお前の管轄だ>

<たとえだと。お前、俺を疑っているのか。これは事故で壊れたんだ。俺がどれだけこの戦争に仕えてきたと思ってるんだ。いいか、俺とお前は同郷地球で共に育ってきた。そして、お前が俺を誘ったんだ。戦争で活躍しようと。それが今はどうだ。地味な配達仕事ばかりだ>

<違う。戦争で活躍なんかしたくない。ただ、戦争に巻き込まれた星で命を救いたいんだ。俺は幸い、地球で幸せに暮らせていた。だが、俺達みたいな混血種は痛いほど差別される。それは痛感してるだろう。それに、俺達の祖先の故郷ハトマヴは思い出せ。故郷がないつらさを思い出せ>

<うるせえ、いいか。この船に乗ってる仲間ももう全員辟易してるんだ。お前以外な。お前も俺たちについてくるか、この船を降りるか、2つに1つだ、選べ>

<ウデクミ、そうか。ああ、わかったよ>

<そうだ。俺たちはこれから来た道を戻り、この船に積んである補給物資を売って、新たに戦争の英雄になるんだ。おい、待て、何をしている。ハッ、そんな近距離通信用のビーコンで地球に助けを求めたところで、信号は届きはしない。さあ、おとなしくこっちに来い。お前はこのコクピッド裏の貨物庫で反省してるんだな。さあ、入れ>

ギュイーン、ギュイーン(船のアラーム音が鳴り響く)

<ウデクミさん、ボス。大変です。宇宙海賊です。宇宙海賊が襲来してきました>

<なんだと、くそ、なんてタイミングだ。おい、戦闘態勢を取れ。この船に積んでいる武器をすべてアクティベートしろ>

<待て、ウデクミ。宇宙海賊と戦う気か。俺たちの命はないぞ。仕方ないが、おとなしく補給物資を受け渡せ。一部は残せるかもしれない>

<だまれ、この船の船長はもうお前じゃない。このウデクミ様だ。おい、ミサイル照準範囲に入ったら一斉掃射だ>

「ああ、そんな。すまない、リン。ここまでかもしれない。お前たちのいる地球に帰れそうもない。だが、どう」

 ここで音声記録は途切れてしまった。リン、これは俺の母の名前だった。母は父が信念を持って戦争難民を救うために地球を離れたことを知っていたのだろうか。その真相は俺にはもうわからない。俺は家族のものをすべて虚無の海に捨ててしまったのだから。父はコクピッド裏の格納庫に閉じ込められたというが、もうこの周辺にはそれらしき残骸は見当たらなかった。

 音声ファイルの音の余韻がコクピッド内を漂っている。俺はコクピッド窓からもう一度その先の宇宙を見通した。俺は気づいたのだ。この手記が俺で、手記を見てる俺が理解者なのだと。

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