表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

手記#4 ミサイル

 大破した輸送船の倉庫から回収したハトマヴの荷物と、解体したエンジンの部品をひとつひとつ並べてしまったことから、つい自分のことを考えてしまう。俺は果たして何者なのだろうか。思い返せば俺は、母を救えなかった息子、父に捨てられた息子、やたら地球を離れて遠征をしたがるギルドの働き者、地球を出身の地とするが純粋な地球人ではない者、地球の大海に憧れる者。そして、俺が探している船は一体何を目的にこんな深い宇宙まで飛んだのか。

 疑問が次の疑問を呼び、どうにも落ち着かなくなってきた。コクピットに深く座り直す。目の前の漆黒の闇を背景に踊り続けるハワイの首振り偶像だけが淡々としている。首は左右に動き続けているが、俺の中の時間は1秒も進まず、この宇宙で迷子になり同じ道をループしているようだ。背もたれによたれかかる。船の内部タービンの音だけがブーンと鳴り響く。声を出さない我慢比べをしているかのように、宇宙に潜むありとあらゆるものが無音を保っている。ソワソワ、ソワソワ、このむず痒さはいつ終わるのだろうか。何かしなきゃいけない気がするが、何もする気が起きない。実際にしなきゃいけないこともない。スキャナーの音が鳴るまで俺はこの座席で目の前を見ているしかないのだ。

 地球を出発してから2.5年が経った。深く深く宇宙を進む中で何ひとつ障害はなかった。1度、誰かと無性に話がしたくなって、ギルド長に通信を入れようかと考えた。だが、結局かけなかった。落ち着きを取り戻すために必要なのは他人ではなく、自分だからだ。

 宇宙を進むにつれ、徐々に自分の中で閉じ込めていた過去が蘇ってくるのを感じた。幼い頃に何重にも蓋をしていた記憶が、なぜか綻び始めてきてしまったのである。俺が8歳の時に母は戦争兵器によって死んだ。遺体はその日の内に地球軍が引き取って行ってしまった。俺はひとり家に残されたのだ。

 何日かひたすら寝続けていたら、これからは自分だけで生きていかなければならないことに気づいた。まずはこの家を整理しょうと行動を開始するも、あの日どうしても母のために作った料理が目につく。家の中の他の片付けはひとつずつ進めていけたのに、この冷え切り黒ずんだ料理を片付けるのだけがすごく嫌に感じた。これに触れてしまったら、俺は途端に崩れてしまうような気がしていた。ついに俺は我慢ができず家を飛び出して、そのまま着火したライターを家の中に放り込んだ。みるみる火は広がり、業火は勢いそのままに、料理も、母のベッドも、父の書斎もすべてを包み込んだ。

 燃え尽きた灰はそのまま風に吹かれ、どこかへ飛んでいった。俺は燃え残った残骸だけを大きな袋に入れ、それを背負ったまま海へ向かった。高台から、俺は袋ごと家の残骸を海へと投げ捨てた。俺には海をちゃんと見ることができない。ザーン、ザーンと波音のする平面には、薄い橙色の波だけが見える。あとは虚無、何もない空間に俺は家族の名残を捨てたのだ。

 今思えば、俺は臆病だった。母と父は俺の前から早々にいなくなったが、もしかしたら癇癪を起こして家を燃やしたりしなければ、あるいはしっかりと母のために作った料理と向き合っていたら、家族のことをもっと理解できていたのかもしれない。それはまるでエンジンを解体するかのように。

 俺が終日コクピッドの座席でうなだれていると、襲撃は突然やってきた。突如、操作コンソールの左に位置するスキャナーから警報が発された。これは俺の船の航路と交わる可能性のある高速で接近する物体があるときに発令される耳障りな音だ。まずこの警報がなったら、飛来するスペースデブリか、襲撃者と考えて間違いない。宇宙を飛んで8年になるが、初めての事態に焦りつつ、スキャナーを確認する。まっすぐこちらへ飛んでくる。ここ数ヶ月の静寂を穿つもの。後者の襲撃者、宇宙海賊だ。

 この船には海賊を撃退できるような武器を積んではいない。俺は操作桿を右手で握りしめながら、左のスロットルを上限まで押し上げた。船は亜高速まで加速を開始した。スキャナーを確認する。やつらは2隻の小型戦闘船と1隻の中型巡航船で追いかけてきている。俺が加速したのを見るやいなや、2隻の戦闘機がスピードを上げてきた。やつらの方が速い。このままでは追いつかれる。

 次の選択肢は交渉である。俺は通信チャネルをオープンにし、外部者から通信が入るのを許可できるようにした。しばらくの間、3隻の船はエンジンの燃えん限り宇宙を直線的に走ったが、俺の船とやつらの戦闘機の間隔は徐々に徐々に狭まってきた。

 いきなりコクピット窓に真紅の輝きが映った。船後方からの光線だった。やつら、レーザー銃で威嚇射撃をしてきやがった。やつらが笑いながら、まるでひ弱な小動物の狩りを楽しむかのように、操作桿のトリガーを引いているのが容易に想像できる。俺はスピンを織り交ぜながら蛇行飛行した。どうやら海賊たちはレーザーを直接当てる気はないらしい。だが、全然安心できる気分じゃない。

 すると、通信が入った。

<よお、落ち着けって。船を止めようじゃないか。俺たちは別にお前の命を取ろうっていうんじゃねえ。ちょっとだけ、恵んでほしいだけだ。なあ、頼むよ。船を止めてくれよ>

ハトマヴ語だった。いや、しかもどちらかというと地球標準語とハトマヴ語のクレオールである。俺は額の汗を手で拭い、ツバを飲み込んでから、止まるからまずは撃ち方を止めてくれと、クレオールで返答した。やつらはケラケラ笑いながら、レーザー掃射を止めた。同じ言語で返答が帰ってきたことなど何も気づいていないようだ。脳の足りてない奴らめ。

<さあ、止まりな。止まったら格納庫のハッチは大きく開くんだ>

相手を刺激させないように慎重に了承して、船を減速させた。

<お前は地球からの船か。なんでこんな辺境の宇宙にいるんだ>

やつらはそう言いながら俺の船を中心に周回を始めた。もう観念した、逃げる気はない。俺が廃品回収業者で、ある船の残骸を追っていることを説明している最中にも、やつらはドッキングの準備を開始した。

 遅れて宇宙海賊の巡航船が追いついてきた。

<ボス、このチャネルでやつと通信ができます。地球人の廃品回収屋だそうです>

そういって子分たちとの通信に新しい接続が入った。低く、いがらっぽい鼻声が聞こえてきた。

「地球人か、久しぶりだ、地球人に会うのは。俺の名はウデクミ、宇宙海賊ウデクミだ。」

やつらのボス、ウデクミはハトマヴ語の訛りが少し入った地球標準語を喋った。同郷の者から物資を奪うことに何も感じていないようだ。俺はもう一度子分たちに説明したのと同じ自分の紹介をしてやった。

「そうか地球人。お前も長く宇宙にいるのならばわかっているだろう。我々に少しばかり物資を提供しろ。そうすれば、お前はこのまま安全に先を進める。お前の話が正しければ、トヨテックの船には後部ほどではないが、コクピットの裏側にも多少の倉庫がある。お前はそれを地球に持ち帰れば良い。な、これはこの領域の通行料みたいなもんだ」

俺は素直に同意し、やつらの巡航船から発射されるドッキングケーブルを自分の船に固定した。格納庫のハッチを開け、ドッキングが完了すれば格納庫を通して、それぞれの船の間を宇宙海賊の手下が往来することができる。

 やつらの船が徐々に近づいてくる中、ウデクミとの通信はつながったままだった。

「俺も地球出身だ。だが、もう20年以上帰っていない。あの星は腐っている。食べ物も美味くねえし、空気も臭い。どこに行ってもコロニーやコミュニティを大事にしろとうるせえ。辟易した。あの海から来る芯まで冷え切る風も好きじゃねえ。この仕事は楽しいぞ。俺らは気ままに宇宙を走るだけだ。走っている最中は何者も邪魔することはできねえ。たまに誰かを見つけたら捕まえて挨拶する。警察やら連合軍の隙間をぬう飛び方を覚えさえすれば、ここは自由だ。」

船が大きく振動し、やつらの船がドッキングした。子分4人が俺の船の格納庫に入り、荷物の物色を開始した。やつら全員レーザーライフルを肩からぶら下げている。通信を通してウデクミの自慢話はまだ続いた。

「宇宙海賊になって一番の獲物はナリ星の王族の船を捕まえたときだ。あの船は貴重な鉱石を大量に積んでいて、あれは良い額が手に入った。ここまで事業を拡大できたのは、あの獲物のおかげだ。俺には運もある。俺が宇宙海賊のボスになったのも、元ボスを蹴散らしてやったからだ。船ごと奪ってやった」

ウデクミはしゃべりながらも、収穫できる獲物に夢中のようだ。俺の船の格納庫にいる子分たちをモニターを通して見ている。

「ん、おい、そのケースは何だ」

ウデクミは子分のカメラを通して、俺の格納庫に保管されていたハトマヴ語の書かれたケースを目にした。

「これは見覚えがある。俺、俺らがずっと前に運んでいたものだ。俺らは地球を飛び出したとき、このケースを使っていた。いや、文字は書いてないが。お前、トヨテックの船を追いかけていると言ったか。それはv12機じゃないか」

ギルド長はたしかそう言っていたはずだ。そうだ、と俺は答えた。

「それは、俺の船か。俺が何十年も前に家族を捨てて乗った船だ。なんていうことだ」

 俺は背中に冷や汗が流れるのを感じた。頭の中を様々な公転速度で回っていたパズルのピースが太陽に向かって吸い込まれ、組み上がっていく。

「なんで今さら廃品回収屋が出てくるんだ。俺の船は25年も前に捨てたはずだ」

ハトマヴ語訛りの地球標準語、ハトマヴ語の書かれた荷物ケース、家族を捨てた、だと。異常に手が震えている。何も考えられなくなってきた。俺の探していた船は以前宇宙海賊が乗っていたもので、その地球を飛び出した宇宙海賊は俺の。父。まさか。ただ、ここから逃げたい、という強い思いが俺を支配した。

 俺は咄嗟に操縦桿を前に倒した。船はドッキングした状態で前進しようとし、双方の船に大きな衝撃が走った。格納庫内にいる宇宙海賊4人が頭を打ちながら転倒するのが見える。俺は操縦桿を倒したまま、スロットルも押した。エンジンが大きく振動している。俺の船が前に進もうとするたびに、ドッキングケーブルがたわむ。

「おい、何をしているんだ。やめろ。今さら逃げようとするな。こっちとドッキングしてるんだぞ」

ウデクミの喉に詰まったような罵声が聞こえる。船を全速力にしてもドッキングは外れないと判断するやいなや、俺は操作コンソールの武器欄からレーザー小爆弾を選択した。自分の船後部をターゲットに設定し、操縦桿のトリガーをひいた。小爆弾は船の正面に向かって発射された後、Uターンして後部に向かって飛んだ。レーザーの眩しい光が後部から発された。ドッキングしていたお互いの格納庫とケーブルはバラバラに切断され、俺の船は自由になった。格納庫内は収集していた廃品や荷物も粉々になっており、何もかもが宙に散乱している。子分4人は必死にレーザーを避けながら、母船に戻ろうとしている。俺は、フルスロットルで前進を開始した。

「止まれ。止まらないと撃つぞ。くそ、何してるんだ。ええい、撃て撃て」

ウデクミの号令と同時に宇宙海賊の巡航船は4連ミサイルを発射した。俺はフレアをたこうと思ったが、俺と宇宙海賊の距離が近すぎた。ミサイルは俺の船に直撃した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ