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手記#2 格納庫

 翼を回収した日から8ヶ月が経過した。ここまでの旅程は順調だった。途中、数回食料の買出しと燃料補給を兼ねて、フロンティア連合の人工衛星に立ち寄った。

 ここまで来ると地球人の数は減るので、様々な種族でごった返す店内で身を潜ながら買い物をした。俺は地球標準語と、それとハトマヴ語のクレオール語しか話せない(だからもちろん翻訳機は携帯している)。そもそも異星人の発声は地球人のできる代物じゃない。地球から離れるほど食料も地球人好みのものは少なくなる。食べられないわけではないが(たまに、どう頑張っても消化できないものもある)、食べた気がしないのだ。別に俺は食にうるさい方じゃないし、グルメのやつだったらそもそもこんな仕事にはつかないか。

 俺は早々に衛星を離脱し、買ってきたゴヅヅヂカ星の鶏肉を機内で頬張りながら、ただ宇宙を眺めていた。船の窓はわざと大きく設計している。断熱シートは貼ってはいるが、冷気をヒシヒシと感じる。それがいいのだ。昔、地球に陸上の車が走っていた頃は、風になった気分、と表現していたそうだ。だが、宇宙では風になることはない。目印になる星たちは、たとえ数日分宇宙船を走らせたとしても、今と全く変わらない景色だからだ。自分の目指している方向は合っているのか、本当に自分は進んでいるのか、たまに自分に懐疑的になる。宇宙船の計器だっていつ壊れるか分からない。信じるしかないのだ。広々としたコクピット窓を背景に踊るハワイの首振り偶像はその俺の指針である。

 ハワイ像の左手のスキャナーがまた反応を始めた。それは最初に見つけた左主翼と同じくらい巨大な反応だった。近づくとそれは正体不明の中型宇宙船の機体の後ろ半分とわかった。トヨテックの中型輸送船の後部には輸送用の大きな直方体形の倉庫が設けられている。どうやら船の左から発生した破壊の影響で、翼が分離した後に、エンジンに引っ張られた倉庫部が機体から引き裂けた残骸のようだ。今、目に見えている倉庫は前方から上部に向けて大きな亀裂穴が見られ、中の荷物が辺りに散乱していた。

 宇宙を漂う残骸や荷物によって、俺の船が傷つかないように慎重に近づき、限界の場所で船を停止させた。俺は実はワクワクしていた。地球を出発したときからの疑問が解決するかもしれない。この船は何を運んでいたのか、どこを目指していたのか、誰が操縦していたのか。そして、俺は何に魅了されて、こんな辺境の宇宙まで飛んできたのか。それを少しでも知ることができるなら、この何百にも散らばった荷物をひとつひとつ確認して、その正体を知る気持ちだった。各荷物を知ることを通して、船の目的を理解することができる。船の目的を理解できれば、同様に各荷物の役割を想像することができると思っている。

 俺は船外に出て荷物の中身を確認しようと、操縦用の宇宙服の上から作業着を着た。作業着と言っても宇宙での作業では油汚れなど付着しないので、新品同様にツヤのある薄い灰色をしていた。ジェケットとズボンを着てから、作業靴と手袋をつける。これをそれぞれズボンとジャケットに固定し、中で気密を保てるようにした。ヘルメットを左手に抱えあげ、折りたたまれた大量の収納バッグを右手に持ち、ハッチの前に立った。

 実は、毎回船から宇宙に出る瞬間は緊張する。何かひとつ確認を怠っていたら致命的な事故になりかねない。虚無の世界で孤独に死ぬことを想像すると、心の深くから冷や水が湧き上がり、手足の先へと駆け巡る。大丈夫、宇宙活動可能、オールクリアだ。俺はヘルメットをかぶった。

 船の二重ハッチの内側へ入り込む。後ろで内ドアが閉まり、シュッと減圧される。すると外からの音は何も聞こえなくなった。外ドアの開ボタンを押し、音もなく深淵への扉が開く。再度自分の身体を固定するケーブルをチェックして、宇宙へと飛び出した。

 自分の荒い呼吸音しか聞こえない。ハー、ハー。そのまま数秒間手放しで漂う。目を閉じると、俺の意識は無に包み込まれる。何物からも切り離されてしまった。しかし、どこか安心感もある。

 何秒間、何分間、あるいは何時間そうしていたのかわからない。このヘルメットには時刻の表示はない。各種気温や放射線量などの宇宙気候の情報と、俺の酸素量や脈拍、血圧などの生命情報しか映らない。呼吸はどうやら落ち着いてきたようだ。俺はもう少しこのまま、この状態にいたい意思を我慢して、作業ジャケットの肘に搭載されている噴射機を使って前進した。

 一先ず、1番近いケースに近づいた。幅1メートル程度のケースは小さな摺り傷を負っているものの、大きな破損はなく、ロックされた状態だった。ケースの密封ロックはスパナで簡単にこじ開けることができた。宇宙で開封してしまったため、中は一気に減圧され、ケースから何か液体が飛び出してきた。中には果物が入っていた。しまったな、と俺は後悔しながら、宇宙に晒され一瞬で干からびてしまった果物を手にとった。地球産ではないが、地球でも取引されることのあるケエオデヤプと呼ばれる緑色で酸っぱい果物だ(味は地球産キウイに似ている)。

 一度、ケースの蓋を閉め、ケースを180度回してみると文字が見えた。ハトマヴ語でしっかりケエオデヤプと書かれていた。俺は近場にあったもう数個のケースを見てみる。やはり同じようにハトマヴ語で食品名が書かれているのに気づいた。なるほど、どうやらこの船はハトマヴ人が操縦していたに違いない。行き先はまだわからない。ハトマヴへ向かっていたわけではないことは確かだ。なぜなら、衛星ハトマヴは約100年前に未曾有の宇宙嵐に巻き込まれ壊滅しているからである。

 俺はまた、この正体不明の中型輸送船に奇妙な縁を感じ始めた。俺は地球標準語と、地球/ハトマヴのクレオールしか分からない。俺は地球で生まれ、地球で育った。だが、俺の父にはハトマヴの血が流れている。

 これは俺の母から聞いた話だ。地球が宇宙文明を開化してすぐに他の星と同様に、ハトマヴ星との交流が始まった。ハトマヴは地球と非常に似た環境を持つ衛星で、ハトマヴ人も地球人と近しい身体構造を持っていた。炭素骨格を基本とし、酸素を吸い二酸化炭素を吐く呼吸を行う(実は地球人よりも多めに一酸化炭素を吐き出す)。2本の腕、2本の足を持ち、同じように2足歩行を行い、外見では地球人と見分けがつかないのだ。唯一ハトマヴ人は地球人よりも低音から高音までの可聴領域が広い一方で、青色が見えづらいという特徴をもつ(青色を受容する低波長の錐体だかが退化しているらしい)。

 そんな似た境遇を持つ2種族間の交流が活発になることは想像に容易いことだ。次第にハトマヴで暮らす地球人、地球で暮らすハトマヴ人が増え、そこで異種間の繁殖を行い、混血種のコロニーが誕生した。

 俺の父はそんな地球にあるハトマヴコロニーの出身である。だから俺は純粋なハトマヴ人ほどではないが、深い青から紫色にかけての色を感じないことがある。俺は幼い頃から地球の海に憧れていたが、古い記録に残る地球の大海の青々しさを俺は知ることができない。

 ハトマヴコロニーで育った父は地球標準語とハトマヴ語の混在したクレオールを話す。地球もとい宇宙には常に新しい言語体系が生まれ、多くの生命が様々な言語を話す。しかし、純粋に同じ種族を祖先に持つ者からは、こうした雑種はたまに忌み嫌われるのも確かだった。しかし、地球人の母はコロニーで出会った父に純粋に恋をした。共に生活する中で母はハトマヴとのクレオールも自然と話せるようになった。2人は街の郊外に家を建て、母は俺を産んだ。

 そして、父は俺が7歳の時にいなくなったらしい。母はその理由を語らなかった。いや、なぜ失踪したのかその理由を知らないのかもしれない。父が蒸発してからも、母は家で内職をしながら俺を育てた。ハトマヴとのクレオールも母から学んだのである。今思うと、母はいつか父が帰ってきた時に、父と息子の共通点を与えておきたかったのかもしれない。しかし、父は結局帰ってこなかった。

 父が消えたのと同じ頃から、地球を巻き込む宇宙大戦が勃発した。何十億人もの生命と数十の星を巻き込んだこの大戦により、地球の暮らしも非常に厳しくなった。元々家で服飾をしていた母も軍装備の作成および配達の人員として都市へ招集された。たまの休みに母が帰ってくる他に、俺は家に1人で生活するようになった。俺はまだ7,8歳だった。もちろん学校や施設に行く余裕などなく、この頃から俺は1人でいることに慣れてしまった。

 ある日、まだ休みの日じゃないのに母が家に帰ってくると連絡があった。俺は家を片付け、質素だが手を込めた料理を準備して母を迎える準備をしていた。ドアベルが鳴り、俺は駆け足で玄関に向かいドアを開けた。母はやせ細り、青白い顔をしていた。母は大戦で使用されたウイルス兵器に身体を侵されていたのだ。母は結局寝室のベッドから出られず、そして間もなくして死んだ。その数カ月後、戦争は終結した。

 俺はこの頃のことをもうあまり覚えていない。ただ、ドアを開けたときの母の憔悴しきった顔だけは脳裏に焼き付いている。戦争を恨んでもいないし、父のことも恨んではいない。恨まないというか、何か感情を沸き立たせることに疲れてしまったのだ。

 今、宇宙に広がる残骸を見ていると、記憶の奥深く、既に蓋を何重にも閉め、暗くホコリをかぶった感情がくすぐられているようだ。俺はなるべくその部分を意識しないようにして、他の散乱物を回収した。多くの荷物は食品、飲料品だった。それからケースの蓋は宇宙では開けないようにして、俺の船の牽引機で回収した。今日は疲れてしまった。この宇宙で目を閉じ、手放しでうたた寝をしたかったが、まぶたの裏に散乱した荷物が見えてきたので、仕方なく船への帰路についた。

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