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手記#1 翼

 かつて地球にあった島ハワイの伝統的な舞い、フラを踊る首振り偶像が、頭を左右に振っている。肌を大きく露出した人間の女性が、頭に花輪をかぶり、手を波立たせ、まるで無音のリズムに乗るように一定の間隔で首を振っている。目を閉じ、少し下を向いた日焼け色に塗装された人形の顔を見ていると、当時の海が温かく、人々にとって豊かさの象徴だったことを想像させる。かつての海では食糧や資源が採取され、海を通って人や物が往来していたそうだ。そう、今の宇宙のように。

 20cmほどのハワイの首振り偶像は俺の宇宙船の操作コンソール上に置かれている。彼女の後ろにはコクピッド窓から見える壮大な宇宙が広がっている。まるで彼女は宇宙の中を裸で踊っているようだ。コンソールは2人がけのコクピッドを囲うように広く設置されているが、この船の操作タッチは俺しか触らない。座席を改造して1人で広々と運転できるようになっている。

 コンソールの左側にあるスキャナーがさっきから赤のライトの点滅とビープ音を発している。目障り耳障りなんかじゃない。最初の目的地に近づいてきたと知らせているのだ。

 俺は廃品回収屋だ。宇宙で大破した船体の部品や廃材を拾い、それを俺のこの船に積み込み、地球に帰還する。それが俺の仕事だ。今回の獲物である中型宇宙船の50 km圏内に入ったということだ。

 この辺りの宇宙航路は地球が宇宙文明を開化してすぐに敷かれた主要道である。人間をはじめとした光を受容する感覚器官を持つ生物用に、航路沿いには外灯が設置されている。無数の外灯は赤外線から、可視光 (赤、緑、青と通って)、紫外線へ波長を遷移させ、これに囲まれるとここは宇宙だということを忘れてしまいそうだ。この時間帯は少ないが、それでも数隻の宇宙船ともすれ違って来た。地球の都会の夜とそう変わらない。

 減速しながら目的地に近づく。両手で操作桿を徐々に起こしながら、何か見えないかと窓の外へ目をこらす。スキャナーのビープ音が5 km圏内を示すやや高めの音に変わった。

 遠く1時の方向に外灯に照らされてキラリと光るものが見えた。だいぶ大きい。近づくにつれ、それは細長いシルバーの物体だと気づいた。目的の宇宙船の破片の一部、左の主翼だ。形状から察するに、トヨテック社の中型輸送船だ。このタイプの船は右と左にそれぞれ主翼と2つの副翼の計6枚の翼をもつ。翼の根元には1対のイオンエンジンがあり、それに挟まれた形で胴体がある。地球の宇宙文明開化初期から製造されており、すでに40回以上ものリニューアルを繰り返している。翼を見るだけでは、いつの時代に作られた船かはわからなかった。ただ、損傷が激しく、どうやら左側の損傷を発端に船は壊滅したらしいが、辺りに他の部品は見当たらなかった。やっぱりか。

 地球で製造される多くの宇宙船の素材はカーボンが主体となっており、貴重な回収資源である。俺は操作コンソールの武器欄からレーザー小爆弾を選択し、ターゲットを定めた。操作桿に付属したトリガーを引くと、船の左右からシリンダ音と軽い振動を感じた。左右の銃口から発射された各1ダースの小爆弾はターゲットに向かってまっすぐ飛び、十分に接近した段階で外殻が外れ、中のレーザー照射核から四方八方にレーザーを拡散した。宇宙に漂っていた左主翼はみるみる切断され、小片になった。

 それを確認後すぐに俺は船の格納庫ハッチを開き、牽引機を稼働した。操作コンソールには格納庫の様子を確認できるモニターが設置されている。格納庫は、まるで大きく口を開き海中のプランクトンを大量に飲み込みクジラのように、細かく切断された翼片を取り込んだ。目標物をあらかた回収したことを見て、格納庫のハッチを閉めた。格納庫の床はすり鉢形をしており、回収物はすり鉢の下に溜まった後、その階下にある溶融釜へと投下される。カーボンポリマー素材の翼はその中でポリマー鎖をある程度短く切断され、小さなペレット形状へと押し出される。このペレットまで再加工されると取り扱いは容易になり、格納スペースも取ることがなくなる。ペレットに回収記録をつけ、最初の任務はクリアだ。

 丁度コクピット内で地球とゴヅヅヂカ星の豆のブレンドコーヒーを飲んでいたところに、地球から通信が入った。

「よお、最初の回収地点に着いたようだな。どうだ具合は」

廃品回収ギルドのギルド長だ。彼はたまに挨拶と仕事の進捗を確認がてら、気まぐれに通信を入れてくる。この距離ならラグなく地球とビデオ通信することも可能だが、俺とギルド長はビデオをオンにしたことはない。音声のみで会話するほうが気軽だとお互い慣れてしまった。彼の気だるげな声を聞いて、俺は船内の時計を見た。彼の地域の時刻を見ると朝の4時を指していた。まったく、世話を焼くのが好きなジジイだ。

 俺は無事、機体の左主翼部品を回収したことを伝えた。

「そうか、カーボン比率はなんだ。73か。うむ、おそらく40年前の機体だな。v12機だ。最近の機体はそんなにカーボンを入れてない。当時の機体は軽いから余計に遠くまで吹っ飛んだんだな」

彼は信頼できる人間だ。俺は滅多に自分の話をしないが、彼もそれを分かって接してくれる。あくまで仕事仲間だが、俺を理解し、俺のやり方で仕事をさせてくれる。

 俺が彼と出会い、この仕事を始めたのは8年前だ。俺の所属する廃品回収ギルドには現在俺を含めて4人が登録している。それぞれが好きなように仕事の募集を受け、宇宙へ旅立つ。そして、宇宙に散らばる人工衛星や宇宙船から、使えそうなあらゆるものを回収してくるのが仕事となる。回収品は一括してギルドへ納品し、ギルドがそれをAランクからDランクまで選別して中古部品を取り扱う業者へ卸すのだ。

 こんな仕事についているやつは、世に愛想を尽かした老人か、無気力な若者くらい(俺は後者だ)、そして皆孤独だ。たまに応募した仕事で同じギルドのやつと顔を合わせることもあるが、何も話さない。それにお互いの回収部品が個々の報酬に繋がるのだから、どうしたって壁がある。そんな仕事がとても楽なのだ。

 6ヶ月前、俺はギルドに入って2度目の廃品回収の遠征から帰還し、次の仕事を求めてギルドを訪ねた。宇宙大戦が始まって以来、全宇宙的に資源が枯渇し廃品を再生させる需要が高まった。数多の同業の廃品回収ギルドが立ち上がったが、終戦から2年経った今でも仕事の以来は減る素振りを見せない。

 仕事の募集はギルド前の掲示板に詳細が貼り出されるが、そこには先客がいた。あれは確か、コチュ星のやつだ。コチュ人は地球の宇宙開拓期初期から交流のあった異星人で、既に多くのやつらが地球に住み着いて、何世代も繁栄している。あいつは地球に住み着いて数世代後のコチュ人なのだろう。

 やつと顔を合わせるのはなんだか嫌だ。それに何年もあってないから名前も定かではない。確かルモメだか言ったか。回れ右をして、後で掲示板を確認しようと道を戻ろうとしたが、やつは俺に気づいていた。

「あら、あんた珍しい。地球に帰ってきてたのかい」

やつは俺より数歳上で、先輩ヅラをしながら俺に近づいてきた。

「あんたがあの宇宙大戦の護衛艦回収依頼を受けてたの知ってるよ。てっきり大戦の後始末に巻き込まれて死んだかと思ってた。ええ、運がいいのね」

運じゃない、知識と機転を活かした実力だ、と言い返そうと思ったが面倒くさかったので黙っていることにした。それにコチュ人は顔の端から生えた4本の触手から人間の電磁波を受け取り、感情を読み取ることができる。俺の苛立ちが伝わったに違いない。

「ふん、死人のほうがまだおしゃべりよ。まあ、そうね、確かにあんたにはスキルがある」

 このコチュ人が俺に好意を持っていることには前から気づいていた。普段、コチュ人同士は互いに感情が筒抜けの状態でコミュニケーションを取るので、感情を隠すという概念に慣れていない。ルモメはいつも俺と話すときに、生まれて初めて嘘をついたかのように、おどおどしつつ、それを隠すように強気な態度を見せる。

「今日の募集はあなたでも躊躇するようなのが出てるわ。これ」

そう言ってやつは、掲示板に100枚以上貼られている仕事募集以来書から、1枚を剥がして俺に差し出した。俺はポケットに突っ込んでいた手を出し、依頼書を受け取った。やつの好意に気づいてはいるが、俺はそれに応える気はどうにもなかった。そういうのは面倒に思えるし、俺は宇宙を飛ぶのが好きだからだ。

 そう思いながらも受け取った依頼書に目を落とすと、そこには興味のひく内容が書かれていた。詳細不明の中型宇宙船がアウターフロンティア領域近くで大破したという。船は亜光速移動していたため、その残骸は何光年に渡って飛散している。かなり珍しい案件だ。そもそも宇宙船が航行を開始するためには各星の管轄に届け出をするため、船籍も船名も分からない宇宙船が出てくることはめったに無い。もちろん先の大戦の影響も大きく、不法に地球を飛び出す船も多いが、そういった船は破壊されても誰にも知られずに宇宙を漂うことになる。なぜこの中型宇宙船はアウターフロンティアまで飛んだのか、そしてなぜ大破することになったのか。俺はこの紙ぺらにとてつもなく惹かれてしまった。

「あら、そんなのに夢中になるなんて、あんたやっぱり死にたいんじゃないの」

そう言って、彼女は俺の顔をまじまじと覗いてきた。俺は首に巻いていた布切れを顎まで引き上げて、彼女を片手で追い払った。

 依頼書を両手で握りしめながら、掲示板横にある扉を開け、ギルドへ入った。いつものように暗い部屋の中でギルド長はヴィ産のタバコを深く吸っていた。俺が彼のデスクの前に立つと両目を静かに開け、タバコの真紅の煙を吐き出し、火を消した。

「お前用に掲示した依頼だ。お前がいなかったらこんな仕事、募集もかけなかっただろう。とある情報筋からの案件だ。いや、信頼できる筋だ。やつらの遠距離スキャナーに中型輸送船から発信された低速ビーコンがひっかかった。アウターフロンティア領域を亜光速飛行中の船がなぜ短距離連絡用の低速ビーコンを地球に向けて発信したのかはわからない。いいか、この仕事の目的はあくまで廃品回収だ。別に俺たちは何の船だったか知る必要はない。おそらく残骸は遠くて2光年先になる。地球に帰ってくるのは少なくとも5年以上先だ。ああ、お前なら、やりたいと言うと思った。ほら、宇宙航行許可証と仕事の資料だ」

俺は書類のまとまりを腕の脇に抱えて、回れ右をした。ギルド長はまたタバコに火をつけながら言った。

「おい、あー、なんだ、気をつけて帰ってこい」

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