魔王討伐後に婚約破棄された悪役令嬢ですが、お粗末聖女の突然の家凸にムカついたので、代わりに馬鹿王子を完膚無きまでにこき下ろしてやりました ~(要約)フリージア様の続編ですよ~
2021.11.12 PV数があまりに伸びなかったので、タイトル変更しました。
旧タイトル『復活の『M』~Mは魔王のMですよ、フリージア様。…チラッ 壁|∀・)「ワクワク」~』
私にはザーラさんにもドローテアさんにも言えずにいる秘密があります。
私の秘密、それは……
実は……
私……可愛いものが大好きなんです。
少しくたびれてきましたが、実家の自室のクローゼットの奥深くに隠しているぬいぐるみのクマちゃんもうさちゃんも、妖精のお人形がパレードをするようにクルクル回るオルゴールも、子どもの頃からずっと大事にしている宝物です。
でも十四になる年、元婚約者であるこの国の王太子ヴィルフリートから
「似合わない趣味は止めろ。気色悪い!!」
そう言われてしまって以来、別に彼の言葉に従う義理は無いとは分かっていながらも、何故かその言葉が小骨の様に喉の奥にチクチクと引っかかってしまい、ずっと可愛い物が好きな事は自分一人の胸に秘める癖がついてしまっていました。
ある日、ヴィルから婚約破棄を言い渡された私の新たに婚約者となったギルから、結婚式で着るドレスの相談をされました。
結婚式のドレスと聞いて、すぐさま昔から大好きだった絵本を思い出します。
それは魔法でカエルに姿を変えられた王子様を助けたお姫様が、王子様に見初められ二人で幸せな結婚式を挙げるお話です。
内容はどうでもいいとして、そのお話の主人公が結婚式で着ているドレスの挿絵がとってもとっても可愛いらしかったのです!
二の腕を覆うピンクのオーガンジーのオフショルダーと揃いの色をした大きなバックリボン。
可愛さ満載でありながら、格式高いレースたっぷりの長い長いトレーン。
そのドレスが描かれた挿絵を見て、何度うっとりと溜息をついたことでしょう。
ヴィルとの結婚式でそれを着るのは、自分の幼い頃の純粋な思い出まで踏みにじられるようで絶対に嫌でしたが……相手がギルなら……。
そう思ったりもしたのですが。
いざドレスの打ち合わせでギルを目の前にすると急にそんな自分の少女趣味が恥ずかしくなって何も言えなくなってしまいました。
そしてそれを隠すように妙につれない態度ばかり取ってしまい……。
結局、私が何も言い出せないままドレスの仮縫いが始まってしました。
私が何も言わない為、仕方なくギルが侍女達と共に見立ててくれたドレスは、純白の艶やかな生地や高価なレースやパールを惜しみなく使い、デコルテの開けた、それはそれはとても華やかな物でした。
「フリージア様! なんてお美しい!!」
「まるで神話に出てくる女神のよう! あぁ、なんてお綺麗なんでしょう。さすがフリージア様です!!」
ドレスを見に来たザーラさんとドローテアさんがカワイイカワイイと抱きしめ頬ずりする勢いで絶賛してくれましたし、正直、自分でもよく似合っていると思います。
なので、不満な顔をした自覚は無かったのですが……。
長い付き合いであるギルは、私の表情が一瞬曇るのを見逃さなかったのでしょう。
折角こんな素敵なドレスを見立ててくれたというのに、私のそんな態度に気分を害するでもなく、
「お色直しは三回はしましょうね。さて、他にはどんなドレスのデザインがいいでしょう?」
そう言って優しく私の言葉を更に待ってくれたのでした。
それでも……。
やっぱり何故か希望を口にすることが酷く躊躇われて、またそんな自分をもどかしく思い小さく喉をグッと押さえた時です。
ギルが喉元を押さえる私の手を優しく取りました。
そしてギルは私の手の甲に小さく口付けを落としながら、
「焦る必要はありませんよ。あと五分もすれば星が爆発して消えて無くなる訳でなし。時間はたっぷりあるのですから」
そう言ってまた柔らかく笑って見せたのでした。
「ギルさん……私……その……。そんな風に言って下さって、ありがとうございます。嬉しいです。でも、このドレスもとっても素敵だと思っているのは本当ですよ?」
柄にもなく赤面しながらギルにそう言えば、ギルは
「それはよかったです」
そう言ってにっこり微笑んで
「そうだ! 折角だからファーストダンスの練習もしましょう!!」
と優雅に片膝を突いたポーズを取りその手を伸べてくれたのですが……。
侍女達がいる前で二人寄り添ってダンスを踊るのは恥ずかしい気がして
「そ……それは、またつぎの機会に……」
と断っておきました。
◆◇◆◇◆
ある日の事―
ドレスの仮縫いに付き合う私に、侍女が私宛だと野菜とカードが届いたのだと持って来てくれました。
野菜???
見れば、キャロットやラディッシュがブーケの様に綺麗なリボンでブーケのように束ねられています。
普通、贈り物と言えば花では??
そして添えられた悪趣味なカードには、ナメクジがのたくったような字で
『拝啓、フリージア嬢。今この時をもって、貴女の孤独なる時代は終わりを告げました。二人で幸せになりましょう。あなたの愛しいヴィルより』
と書かれています。
……何でしょう?
昔流行った不幸の手紙でしょうか??
それとも呪いの手紙???
ってか、内容以前に「拝啓」ではじまったら最後に「敬具」をつけなさいな。
流石に王太子教育を受けて来たヴィルはここまでお粗末ではないと信じたいので、恐らくヴィルを語る誰かが勝手に書いたものでしょうが……。
ヴィルが書いたものではないと分かってなお、この気色の悪い文面には鳥肌が止まりません。
早々にこの悪趣味にも程があるこのカードは、何が仕込まれているか分からない野菜共々燃やしてしまおうと手を伸ばした時でした。
野菜の葉に隠れていたカタツムリがヒョコッと顔を覗かせました。
「キャッ! 虫!!」
私が思わずそんな悲鳴を上げてしまい、私の悲鳴に気づいたギルベルトが害虫を取ろうとしてくれた時です。
カタツムリが突如ボワンと白い煙を放ちました。
白い煙が消えた時、そこにいたのはカタツムリではなく、淡い淡いミルクティー色の髪と、それと揃いの色の瞳をした、一人の男でした。
少年から青年に変わるくらいの年の、ほっそりとした体つきでありながらその横顔は彫刻の様に整った美しい男です。
彼の一見柔らかそうな髪は意外と癖が強いのか、額のあたりでカタツムリの触覚のようにツンと立っています。
男はニヤリと口を弧の形に歪めると、私に向かってスッと手を伸ばし、一切の迷いも見せず突然何かの魔法を放ちました。
咄嗟にギルが庇ってくれなければ、いくら私でもこの距離でその攻撃を避ける事は出来なかったでしょう。
真っ青になりながらギルの方を見れば、ギルがいたその場所にギルの姿はなく、その代わりギルのいた筈の場所には一匹のカエルがいます。
焦ってギルを呼べば、何やら言いたげに目の前のカエルがぴょんぴょん跳ねました。
「もしかして……ギルさんを呪いでカエルに変えたのですか?!」
キッと男を睨めば、彼は私の質問に答える事無くニヤッと薄気味悪い禍々しいオーラを放ちながら嗤って見せました。
「このオーラ……もしかして倒した筈の魔王ですか?!!」
どうして?
塵芥も残らない程完膚なきまでに焼き払ったはずなのに。
そう思い焦りつつも、私が迎撃態勢を取った時です。
「フリージア様、カード読んで下さいましたか?」
何故か突然呑気な声を出しながら、お粗末聖女が現れました。
…………。
やっぱり、あの気色の悪いカードは貴女の仕業でしたか。
最早私の天敵と言っても過言ではないお粗末聖女をキッと睨めば、何故か彼女の背後に隠れるようにしてついて来ていたヴィルがビクッと肩を震わせました。
ノコノコこんなところまでやって来るなんて。
どうもこの国の方たちは死にたがりやが多いみたいですね……。
二人に向けて思わずゆらりと殺気を放った時です。
「聖女よ、お前には恨みはないが死んでもらう!!」
完全に私から存在を忘れられていた魔王がどこか焦った様にそんな事を言い出しました。
そうだった、魔王。
その存在を思い出し、冷静になりかけたのもつかの間、お粗末聖女が
「ヴィル様と結婚してどうぞお幸せになって下さい!!」
そう言ってまた煽って来ます。
残念ながらこの中だと一番まともであると思われるヴィルを睨みつけ、ビシッと指さし
「ヴィル、私がくだらない冗談が嫌いなことくらい知っているでしょう?」
そう吐き捨てるように言った時です。
仮縫いだった為、勢いよく動いた私の胸元を覆っていたレースの糸が切れ、ハラリと床に落ちました。
いや、別にこのレースがなくったって公式の場に着て行っても問題ないレベルのものなんですけどね?
これまでは王妃様の意向で、胸元まで詰まった余り体の線が露わにならないデザインのドレスばかりを着ていたせいで見慣れない為でしょうか。
ヴィルが
「何て下品な……」
そう言って耳まで真っ赤にしながら呻くようにそう言い、胸をグッと押さえながら前かがみに倒れ込むようにして膝を突きました。
カエルに姿を変えられたギルが何やら酷く怒ったようにピョンピョン跳ねていますが、残念ながら何を言いたいのかはよく分かりません。
ヴィルに責任を持って、このお粗末聖女とカタツムリ魔王を何とかしてもらおうと思ったのですが、やっぱり馬鹿王子には荷が重かったですかね。
ホント、使えない。
仕方ないので
「聖女はそのお粗末な女です。殺るなら外でご自由に」
魔王に野良犬を追っ払うように冷たくそう言えば
「はっ??」
彼は何やら驚いた様に大きく目を見開き、鶏の様に首を左右に振りながら何度も私とお粗末聖女を見比べました。
「う、嘘を言うな! 封印されていた俺の分身を消滅させたのは間違いなくお前だろう!!」
へー。
やけにアッサリ討伐出来たと思ったら。
魔王の本体は別の所に封印されていましたか。
……ってか、その封印解いたの絶対そこにいるお粗末聖女ですよね?!!
私の額に浮かんだ青筋に気づいた魔王の額に冷や汗が浮かびます。
「貴方の分身を倒したのは私ですが、聖女は貴女の横にいるお粗末な女です。さっき『お前には恨みはない』と仰っていましたが、本当に倒されたこと自体に恨みはなく聖女という存在自体に因縁があるなら、どうぞ外でお二人で思う存分殺り合って下さい」
カタツムリ男が信じられないという目で改めて聖女を見ます。
ってかカタツムリ男、お粗末聖女の事を何だと思っていたんでしょうね。
彼女は空気クラッシャーですからね、破壊神とかでしょうか?
「フリージア様、それでカードのお返事は?」
フリーズするカタツムリ男に構わず、破壊神事お粗末な女がまだ言ってきます。
周囲諸共謝って消し炭にしてしまわぬよう精一杯冷静を心掛け、
「私はもう既に他に婚約者がおりますから」
そう言ってカエルにされてしまったギルを見せれば、
「えっ? フリージア様、寂しさの余りカエルを恋人に仕立ててしまわれたんですか??」
と、お粗末聖女が痛々しいものを見る目でこっちを見てきました。
ホント腹立つ女だわ!!
私のモットーは
『純粋なる悪意の下、嫌がらせの為だけに全力で善行を施す』
なので、暗殺とかそういった事は本来はしないのですが……。
恐らく魔王復活させたのもこのお粗末聖女ですし、こいつ等は纏めてここで始末しておいた方が世界の為(=善行)な気がしてきたので、今回は殺っちゃってもいいでしょうか?
取りあえず、私の殺気に気づき正気に戻った魔王が慌ててお粗末聖女に事情を説明した為、問答無用での善行は一度思い留まりました。
「兎に角、早くギルを元に戻して下さい!」
頑張って冷静を保つ私に
「だったらヴィル様とよりを戻してください!」
お粗末聖女はなんと言い返して来やがりました。
「……貴女、仮にも聖女の癖に人質を取るつもりですか? 恥ずかしくはないのですか?!!」
私の批判を、お粗末聖女は両手で耳を覆い強引に聞かなかった事にするつもりの様です。
私のモットーが『純粋なる悪意の下、嫌がらせの為だけに全力で善行を施す』なら、お粗末聖女のモットーは『純粋なる善意の下、自己満足の為だけに周囲の迷惑は顧みない』とかなのでしょうか???
にらみ合う(実際には『聖女は復縁して欲しそうにワクワクしながらこちらを見ている』)私達の一触即発な雰囲気を察したヴィルが、どうにか立ち上がり精一杯虚勢を張りながら、でもやっぱり酷く的外れな事を言いました。
「聖女であるサラもこう言っている事だしな。泣いて謝るなら再び婚約者の座に戻す事を考えてやらんでもないぞ」
「泣いて謝る? 婚約が解消された事を泣いて喜ぶの間違いでは? 元々こちらから望んでの婚約ではありませんでしたので」
あり得ないヴィルの発言にドン引きしながら、低く凍てつく声でそう返せば
「クソッタレめ! 余りこのオレ様を舐めるなよ!!」
さっきまで真っ青な顔をしていた癖に、短気なヴィルはいつもの様に怒りの形相を浮かべこちらに凄んできました。
短気な所も、育ちの割にこんな風に口が悪い所も、私がヴィルを嫌いな所の一つです。
自分の力に酔って周りに卑しいイエスマンばかりを置いてきた結果がこれなんですかね?
戦場育ちでありながら、実に丁寧な言葉遣いをするギルとはまるで正反対です。
あーやだやだ。
「表舞台から引退されたくなければ、貴方こそ口の利き方に注意された方がよろしいのではなくて?」
「なっ?! よくも王子であるオレに向かってそんな口を!!」
そうそう、『王子、王子』って自分の事をよく言ってますけど、それもすっごくダサくて嫌いなんですよね。
心の中で言ったつもりでしたが、思わず『ダサい』の部分が声として漏れていた様で
「ダサいって……親最高権力者である王である事を威張るならまだしも、いい歳して自分の事を王子、王子ってしばしば連呼するヴィル様の事ですか?ヴィル様のことですか?!!」
そんな私の小さなつぶやきを聞いた聖女が、何故か大声でヴィルの傷口に塩を塗り込むような真似をしています。
その勢いで隣のナメクジ……じゃなかった、カタツムリにもついでに塩振って討伐していただけませんかね。
段々彼らと対峙する事に嫌気がさしてきて、遠い目をしながらそんな現実逃避的な事を思った時です。
「確かにダサい所も多く、口も悪いし、短気だし、将来生え際も心配ですが。でもヴィル様は本当にフリージア様の事が昔からずっとずっとお好きなんですよ! 勝手に劣等感募らせて嫌味で勘違い発言ばっかりしていますが……あ! その証拠にヴィル様の日記持ってきました。読み上げますから聞いて下さいね!!」
お粗末聖女が思わぬ爆弾発言を投下し始めました。
「〇月×日 フリージアが今日も可愛い。皆の前では大人っぽく毅然としているのに、可愛いものが大好きだなんて。高価な宝石などには目もくれず、可愛らしい人形や少女趣味のドレスを見て目をキラキラさせるなんて! あぁ、フリージアは僕を萌え殺す気だろうか。可愛い、本当に可愛い。でも、他の奴がそれに気づいたら益々ライバルが増えてしまう。だからフリージアにはその趣味は他の者の前では明らかにせぬよう言いつけた。フリージアが可愛い事は僕だけが知っていればいい」
「やめてくれ!!!」
ヴィルが絶叫し、日記を取り返そうとサラに手を伸ばしますが、光の壁に阻まれてヴィルはサラに触れることすら出来ません。
「△月□日 城のガゼボでフリージアが居眠りしているのを見つけた。無防備に薄く開かれたその唇を見て思わずキスしてしまいそうになったが、将来の王妃たるべくテストで主席を取るべく昨晩遅くまで勉強していたのであろうことが推測されたので、彼女を起こしてしまうその行為を僕は賢明に耐えねばならなかった。テストまであと一日。フリージアがんばれ、お前がナンバー1だ!」
「◇月*日 フリージアはどうしたら俺の事をまた見てくれるのだろうか。婚約破棄なんてするつもりじゃなかったのに。ギルベルトのヤツにまんまと嵌められた。まさかアイツが……」
「ゲロゲロ!!!」
私の精神力をもゴリゴリ削る、お粗末聖女の朗読を遮ったのはギルでした。
見れば、ギルは黒歴史を暴かれ恥ずかしさのあまり力尽きるようにガクリとあお向けに横たわったヴィルの哀れな窮状を知らせようと、彼の上で必死に飛び跳ねています。
ギルの動きにつられてヴィルを見れば、初めて見るヴィルの涙が、その綺麗な顔を汚しています。
「……よっぽど悔しかったんですね」
ヴィルの事は大嫌いでしたが……流石にこの仕打ちにはちょっと同情してしまいました。
「この人、意外と愛妻家で子煩悩ないいパパになると思うんです。余り仕事はしないしツンデレですけど」
お粗末聖女がまだ何か言っています。
ダメだ。
この女と話し合っても、被害者が拡散することはあれ分かり合える事は生涯ないでしょう。
……説得は諦めて、願いを叶えてくれるという七つの玉でも探しに出ますか。
その方がストレスも少なそうですし。
「わかったら王家に伝わる秘宝の探索機を慰謝料代わりにさっさと持って来て下さい」
とヴィルに迫ったところで、なんとヴィルを不憫に思ったカタツムリ魔王がギルの呪いを解いてくれました。
そして、いろいろ思うところがあったのでしょう。
沈痛な面持ちをした魔王が、瀕死のヴィルを担ぎ上げ、まだ何か言っているサラの首根っこを引っ張って帰ってくれる事になりました。
魔王、細身に見えて意外と力はあるようです。
『魔王がいる=魔物が活性化して近隣に被害』
なので、改めて本体を討伐しようかとも思ったのですが、一応最後に
「どうですか、私の下で働いてみる気はありませんか?」
と聞いてみたところ、
「……少し考えさせて欲しい」
と言ったので、意外とまともな魔王は将来この馬鹿王子とお粗末聖女の子どもの教育係に据えるのが良いかもしれないと、この場で討伐する事は見送りました。
お粗末であろうと聖女の傍に居れば、その魔力も聖女の力と相殺されて周囲に害を及ぼす程ではなくなるでしょうしね。
利用価値がある間は、せいぜい生かしておいてさしあげたいと思います。
◆◇◆◇◆
その日の夜―
巻き込んだお詫びに、ギルに何か欲しいものが無いか尋ねました。
ギルは
「巻き込んだなんてとんでもない! フリージア様をお守り出来て何よりでした」
と微笑むばかりで、いつもの様に中々欲しい物を言ってくれません。
しかし、私が必ず何か一つ願い事を言うようにと命令すると、
「では、ロマンティックを下さい」
そう言ってまた片膝を突き、私にダンスを申し込んだのでした。
屋敷にもダンスホールはありますが、侍女達に見られるのは恥ずかしいので、月明かりの下二人だけで踊る事を条件に承諾します。
ギルに抱かれて踊る内、昼間の事をふと思い出しました。
ヴィルが私の事を日記に書いてあった様に思っていたなんてちっとも知りませんでした。
『似合わない趣味は止めろ。気色悪い!!』
あの言葉は、てっきりヴィルの本心だと思っていたのに。
もしかして、私が可愛い物好きで少女趣味に走っても、私が気にしている程、世間から変な目で見られる事はないのでしょうか?
……そういえば、ギルが途中で鳴いたせいで、聖女の朗読は途中で止まってしまいましたが
『ギルベルトのヤツにまんまと嵌められた。まさかアイツが……』
の続きには何が書かれていたのでしょう?
そんな考え事を始めた時です。
突然ギルが、私の腰をぐいと抱き寄せ、私の上半身を大きく反らさせると、彼のその芸術品の様に整った美しい顔を寄せました。
唯のダンスの中に組み込まれたポーズだと分かっていながら、ギルに真っすぐ見つめられ、鼓動が早くなり、考えが霧散していきます。
恥ずかしさの余り、思わず目を逸らせば
「どうされました?」
ギルがそう耳元で低い声を出しました。
ポーズを崩さぬまま話すせいで、ギルの吐息が耳朶に触れ、思わずそこがカッと熱くなります。
単純に何を考えていたのか思い出せなくなったので、黙っているのですが……。
ちらっと盗み見たギルは一見穏やかに口元を微笑ませていますが、目がちっとも笑っていません。
恐らく、私の愁いを解くまではどうやら離してくれるつもりはないのでしょう。
「私には言えませんか?」
ギルの前髪がサラリと私の頬に触れました。
その距離の近さに耐えかねて、
「……ドレス……ピンクの可愛いのも着たいなって……」
思わずそんな言うつもりも無かった別の本音を思わず漏らしてしまいました。
すると、ギルはそっとポーズを解いて
「あぁ、いいですね。フリージア様には可愛らしいドレスもとてもお似合いになると思いますよ」
と、どこかホッとしたように甘く甘く微笑んで見せたのでした。
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「僕、偉い魔術師さんになるんだ!」
と言いながら、絶滅した筈の竜の背中に乗るお粗末聖女の息子に襲撃されたり(本人はただ遊びに来ただけだと言っていました)、別の未来から来たと言うヴィルと目つきの悪さがそっくりな青年に問答無用で切りかかられそうになるのは、また先のお話です。
ちなみに馬鹿王子事ヴィルは、後に奥様となられた大金持ちのお嬢様にも出会った当初「げ、下品な女だ」と言ったとか言わなかったとか。
そしてお粗末聖女の旦那様になったのは、こちらにやって来た彼女を手厚く保護し養女として暖かく迎えてくれた養父だとか (゜∀゜)トッピンパラリノプー