97 何がきっかけになるか分からない
リーダー会議があった夕方、全員で懇親会になった。
「リーブラ!なんで最近、響先生いないんだ?」
切なすぎるキファが絡んでくる。
「先生は試験が近いので、ずっと勉強って言ったけど?」
「試験はいつなんだ?!」
「もう終わったけど。」
「なら来ればいいだろ?!!」
「もう来ない。」
「………。
あー!サルガスのせいか!!」
「あんたみたいなのがいるから来ないって分からないの?」
「ファクト。キファうるさいから向こう行こ。」
ファクトを道連れにするが、キファもしつこい。
「リーブラ、先生の家に遊びに行きたい。」
「ばっかじゃないの?絶対あり得ない。女子専用ヴィラで男子は入れないし。」
そこにもう1人絡んでくる。
「ねえ、リーブラ。響さん来ないの?」
かったるそうな男に声を掛けられさらに機嫌が悪くなるリーブラ。ツイストスパイラル眼鏡のウヌクである。
「アストロアーツに帰りなさい!」
「俺も参加するから。3弾。」
「はああああ???」
今日、一番イヤな顔をするリーブラ。
「ちょっとチコさん!こいつ入れるってどういうことですか?!!響先生の危機ですよ!!!」
少し離れたところまで行って、チコに抗議を入れるリーブラ。
「…なんか論破できないうえに、論破されて…。」
「チコさん!私より締りのないことしないでください!!!」
チコの周りには帰国メンバーや年長、リーダークラスの人間が集まっていたので、リーブラに言い負かされるチコに周囲は驚いて見ている。ユラス人から見たら、リーブラは中高生だろう。ちょっと色っぽい小6でも通せる。
「チコさん!今すぐウヌクを追い出して下さい!!サラサさんも何とか言って!」
と、チコを揺する。
「大丈夫です。手を出した時点で去勢すると約束しました。出させませんけれど。」
真顔で言うサラサに静まる周囲。
「でも、それって法治国家ではありえないですよ!こっちが傷害罪で裁かれます!」
「法的に行うのでご安心を。」
周囲男子の全員が凍り付く。
向こうではファイも、クルバトやリーツゥオたちの席の近くで騒いでいる。
「やだー!あの人たちにチコさん取られて寂しい!!!」
「数年ぶりに帰って来て、いつまでもいるわけじゃないし、そのくらいいいだろ。積もる話もあるだろうし。」
「でも、チコさんすっごくうれしそう!サダル総長が来た時ですらあんなふうだったのに!チコさんのバカ!!懇親会とかウソだし!仲いい人で話してるだけだよ!」
子供かと呆れるが、確かにとてもうれしそうなチコである。
「ファクトだって悔しいでしょ?チコさんの愛と関心を独占してたのに!!」
「いや、別に。」
「ファクトもバカ!!アホ!」
「同世代も数人いるらしいから話が合うんだろ。20代後半世代で。」
「えええ???!!!」
クルバトの新情報に周りにいたアーツが驚きを隠せない。
「え?20代後半?チコさん何歳なんだ?」
「29らしい。」
「じゃあ最初に会った時点で27か28なのか??!」
20代初め辺りのメンバーには29は十分大人に思えるが、歳の近いメンバーは信じられない顔をする。
「チコさんって老けてますね!」
人生経験、精神年齢の話だがシグマがチコのいる席に聴こえる声で驚く。
「年輪に刻んだ何もかもが違う!」
「ムカつくな。あいつ。」
話が聴こえていたので悪態をつくチコ。
「年齢を教えた奴もあとでシメる。」
犯人はレサトである。なお、女で若いと仕事に支障が出るので、チコとしてはなるべく高齢に見せたいのである。
実は、帰国チームはベガスの変化に少し戸惑っている。
チコが懇親会や飲み会の場に参加しているところを見たことがなかったからだ。しかも、下町ズとの距離感はあり得ない。ユラス議長夫人になってから、チコの軍人時代の上官たち以外、あんな風にチコに態度を崩す人間はいなかったし、チコも態度を崩さなかった。ワズンでさえ一線引いていた。
普通に笑って、普通に声を掛けるチコが不思議に思えた。
一方ファクトは20時を過ぎた頃に外に出る。
最近この時間にタラゼドが帰ってくるからだ。
「タラゼド!おかえり。お疲れ!」
「あ、ただいま。もう終わったか?」
「残りたい人だけいる。結構いるけれど。料理はあるよ。食べてく?」
「会社で食べたから少しつまむ。どういう話だったかだけ教えてくれ。」
料理を持って来てから入口に近い場所に席を取った。
「タラゼドこのまま毎日こんなふうに遅くまで働くの?」
この時代は、そこまで残業などないのが当たり前だ。
「あー。実仕事が増えている時期で、体勢を作っていくからいろいろ時間がかかって…。人手はいくらでも要るから、その受け入れ皿を整えている。その分給料は高いからな。ファクトも来るか?」
「…。いろんなところで働いてみたいけれど、先生にはなりたいから、まずはその勉強する。今だいぶ進めたから、教育実習に行っていいって言われたし。」
「そうか。」
ファクトは教員の免許だけはしっかりと取っておこうと思った。講師としてなら青空教室でいくらでも教えられるが、数学や理科など教えるなら生徒たちのためにきちんと手順を踏んだ仕事がしたい。
先生…で少し考えるタラゼド。
「そういえば最近響さん見ないな。」
「気になる?」
「いや、いつも会議や集会の後、廊下や外でウロウロしていたのにいないな、最近。と思って。」
「試験中だったみたいだし、引っ越したから。」
「そうなのか?」
「ロディアさんの横。」
「……近所か。」
「会いに行ってあげたら?」
「あそこ一人暮らし用だろ。行く訳がない。」
ロディアの引っ越しを手伝ったので場所は知っているが、キファとえらい違いである。
昨日の会議に参加させてもらったので、今日も呼ばれてロディアは懇親会に顔を出していた。
ヴェネレとは政治的争いもあり、生粋のユラス人が怖かったが、ここにいる人たちは何の屈託もなくロディアに話しかけてくれた。時間もそれなりに経ったし、帰ろうかと響のために余った料理を箱に詰めてもらう。
響は今度は論文に取り掛かっていた。漢方に関することではなく、「深層心理」DPサイコスに関することであった。
DPサイコスはあまりに前例、資料が少ないため、用語も自分で作らなければならなし、どこまでを話に出すかも難しい世界なのである。自分の手の内を見せることにもなってしまうので、サイコスに共通するだろう部分と、そうでない部分の枠引きもいる。論文を出す相手の勢力圏も考えなければいけない。
そんな風にインターンと講義以外家に閉じこもっている響に、ロディアはデザートもたくさん入れてもらい、包んでくれたお店の人にお礼を言って食堂を後にした。
***
ロディアは街灯だけの道に車椅子を走らせる。
すると、誰か男性がベンチに座ってデバイスを見ていた。南海のここは多少の人通りもあるし大丈夫だと思うが、少し前にミラで襲撃事件があったので思わず縮こまった。存在感なく通り過ぎたいのに、ベンチの男はこちらを向いて立ち上がる。
ひい、と思うがその声を聞いて安心した。
「ロディアさん?」
「…サルガスさん?」
車椅子に反応したベンチの男はサルガスであった。
「…サルガスさん懇親会にいなくていいんですか?」
「俺は会議とかで顔を合わせてるし、もう終わりだろ。危ないし、送りますよ。」
「あ、いいです。そんなに遠くないし。」
いろいろ噂は知っているので、ユンシーリやあの強烈な性格にスタイルのいいパイ。美女の陽烏。そして心が決まったエアさんに対抗する気はないのである。夜に一緒にいるところを誰かに見られて勘違いされ、あの渦中に巻き込まれたくない。逃げるがよしなのだ。
が、今日は手動の車椅子だったので、サルガスが押してくれる。
「危ないからヴィラ前まで一緒に行きましょう。」
「あ、でも…。」
いろいろ言っても押し問答なので、5分くらいの道のり。我慢することにした。
「…髭、また伸ばしたんですね。」
「あ?ああ。髪は洗うのが楽だからこのままでいいかなと思ったけど、髭はあってもいいかなって。変?」
「いえ、似合ってますよ。」
「あまりにもいろいろ言われて、自分の顔が最近よく分からない…。」
「ははは。大変ですね。もう伸ばさないんですか?」
「しばらくはこれだけど…、短いと散髪代がかかるな…。伸ばしてると1年に1、2回の美容院でいいんだけど…。」
話しは変わる。
「最近お父さんとは?」
「…しばらく会っていません…。」
「この前すっごく落ち込んで事務所に来たから…。」
「また行ったんですか?VEGA事務局に?!」
聞き捨て鳴らないロディアである。
「追い出して下さい!もしかしてサルガスさんに泣きついたんですか?!」
「ああ、大丈夫。仕事の話に来ただけだから。」
そんなはずがない。落ち込んでいたという事は絡んだに違いない。また婿にとか言ったのであろう。
「ごめんなさい。父、サルガスさんに話しやすいみたいですね。聞いてくれるから絡むんです。付き合わなくていいですよ…。」
「…いっそうの事、お付き合いしますか?」
「はは。それが一番父が大人しくなるかもしれないですね。あ、でも余計に絡まれるかも…」
と、そこで何かに気が付くロディアである。
「っ?!」
胸からガバっ!と後ろのサルガスを見るが、何ともない顔で車椅子を押している。
話の流れの冗談とは思いつつ、居た堪れなくなる。しかもサルガスがあっちにもこっちにもそういうことを言う人とは!と動揺してしまう。
「エアさんに失礼じゃないですか!冗談でもだめですよ!」
え?という顔のサルガスである。そんな人は知らない。
「エアさん??」
「ご結婚されるんでしょ?」
「……」
話が合点せずに考えているサルガスは、やっとロディアの勘違いを理解した。
「ああ。それ空気だから。そう言っておけば周りも落ち着くかなと…。」
「え?………空気?……エア……。」
「嘘も方便。」
「?」
「仮想彼女……。」
「!」
自分の思い違いにロディアは真っ赤になる。サルガスは言っていて情けない。
「でも、そんな噓って…!」
「大房のあの面子は、これくらいしないと大人しくならない…。」
ため息交じりにあの状況を思い出すサルガスである。
ロディアとしては、結婚に関して嘘を言うなんてありえない。でも、付き合ってを連呼している大房民を見る限り、そこも価値観が全く違う人たちなのだろう。
「でも、ベガスの人はみんな知っているから大丈夫。」
知らなかったのはロディアだけである。
そして気持ちが落ち着いたところで、動揺第2弾が来るのである。
エアさんの勘違いだけではない。その間の言葉!
「…あの!サルガスさん!大房の方には軽い言葉かもしれませんが、お付き合いとか冗談でも言わないでくれますか!!」
「…冗談?」
訳の分からない…という顔をしている。
「いや、ロディアさんとはなんか話も合うし…。まだ結婚とか考えたことはなかったけれど、この際流れに任せてそれもありかなと…。」
「…っ」
「あ、もしかして俺は好きなタイプではないとか…。」
サルガスが申し訳なさそうな顔をするが、ロディアは赤面を越えて蒼白である。ほんの少しでも、本気が入っていたのだろうか?
動揺第3弾がロディアの許容範囲を超えてしまった。
「…ロディアさん、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「……」
車椅子の前に来て目線を合わす。
ロディアはどこを見ていいのか分からないし、なんにしてもみっともない自分を隠したかった。
ここでサルガスも重大なことに気が付く。
「そうか!ロディアさん、フォーチュンズのご令嬢でしたね!!」
初めてサルガスの方が赤くなる。
「すみません…!分、不相応な…。」
「…いえ、ご令嬢という歳でもご令嬢という訳でも…」
それだけ言って沈黙が続く。
エントランスに入り、玄関まで来てロディアは沈黙のまま礼をする。
「ロディアさん、すみません。」
もっと別の事に気を回してほしいとロディアは思う。こういう部分は下町育ちのサルガスと価値観が全然違うと思うが、サルガスもロディアのようなタイプに冗談で言ったわけではないし、そういう冗談を言うタイプでもない。
「あまりいろんな人にこういうこと言わない方がいいですよ。だから女性が寄っきて修羅場になるんです。」
慌てて最後にそれだけ絞り出す。
「あの、ありがとうございました!」
サルガスの言葉も聞かず、玄関ドアを閉めた。
母を亡くしいじめに会い、自分で囲った小さなルールの中で生きてきたたロディア。
何がきっかけになるか分からない、という世界をロディアはまだ知らない。




