96 アンタレスに集合
今日のベガスは少し小雨で、でもとても浮き立っていた。
数台の車が駐車場に到着し、建物と連結している場所で荷物を降ろす。
車で到着した人物たちは3年前にベガスを発って、サウスリューシア大陸の治安維持と、選挙援助、教育機関構築に努め、大きなユラスの式典や報告のために一時帰国した一陣らしい。
もうすぐ、アンタレスで世界の非営利団体の成果を共有し合う大型フォーラムが行われるらしく、もちろんVEGAも筆頭組織の1つとして参加する。
あの散らかった事務局。のんびりしたスタッフ。
南海だけにいると、VEGAってテキトーだなと思うけれど、やはりそこは特一級非営利連合国事業団体。車から降りて来た人員は、ユラス人の特徴をそなえ非常に体格もよく数度の戦火を自ら潜り抜けてきたような人々であった。
「いやいや。なんで連合国の非営利平和団体が戦火くぐりに行ってんだ。」
シグマがツッコむが、まさに戦場にツッコむ勢いである。
一部のアーツメンバーはフォーラムに参加するのでチコについて見に来たのだが、これ、兵士ちゃうの?みたいな人が数人いて反応に困る。平和構築団体の職員だよね?
「お兄様ー!!」
いかにも南方ユラス人な薄褐色肌の男性と、顔は知っている程度の知り合いのユラスの子が抱き合っていたり、ムギと同室の西アジアの子も「お姉ちゃーん!」と走り出していた。
「チコ様!」
一人の男性が呼ぶと、チコはその人たちの前に立ち敬礼を受けた。彼らは慰霊塔で黙祷を捧げてから来たらしい。
「マイラ、体は大丈夫か?」
「はい。」
「あと、ここでは私に敬礼は必要ないから。気軽にしてくれ。」
カーフやサダルのように長髪だが、見た目は完全に南方ナオス系ユラス人だ。
そこにもう一人の少し年上そうな男が近付きチコを軽々両手で高く抱き上げた。クラズ並みにでかい。
「元気だったか?」
「シロイ!!」
「…あ、もう結婚していたんだったな…。悪い。」
と、チコを降ろす。
「いいよ。気にしない。」
チコはにっこり笑った。
後で知るが、チコが結婚をする前からサウスリューシアに先行で行っていた、年長の元同士らしい。アーツとしては、そこは気にしてくれ、と思う。人妻なのに。
少し後ろで見ていたアーツ陣は思う。あの髪の長い男も一見爽やかだが絶対に非戦闘員じゃない。いざとなったら殺る系だ…。長髪の男は戦わない象徴とかユラス人、ウソにも程があると思うほど隠れ筋肉がある。クルバト的には、あんなのダークエルフだよ。剣の一振りで10人ぐらい殺れる系だよと脳内チェックしていた。
長髪の男は、チコの両手を握ると嬉しそうに聞いた。
「議長にはお会いしたのですか?相変わらずなんじゃ…。」
「…そうだね。無事帰って来たよ。」
「チコ様ーー!!」
数人の女性たちも駆け寄って来てチコに抱き着いた。
ユラス人にしては男も距離が近い。しかも、チコ。旦那には自ら会いにも行かず、笑顔もなかったのにすっごくうれしそうでひどすぎると思うアーツであった。
彼らの多くはカーフたちより後にベガスに来たが、年齢も上でユラスで高い基準の教育を既に受けていたため、最長1年で一気に地域再生の教育と経験を積んで世界に派遣されていた。オリガン大陸に行ったメンバーもいるらしい。そして、年長組は元軍人であった。兵役をした者も含めると半分以上軍事経験があり、派遣先も安全区域とはいえ東アジアに比べたらだいぶ物騒な地域である。
これまでに西アジアの者も含め、ベガスから発った者に殉職者はいないが、遺書も置いて飛び立った者たちばかりであった。
考えてみれば、VEGAはもともと子供兵や戦地にいた女性たちの社会復帰などをしていた団体である。シグマやクルバトたちは、サダルが改宗した理由がここにもあるのではと思った。チコの周りは正直ヤバイ系の人間が揃っているが、それでも戦争をしないことを目標としている。
人間の移り変わる愛で、子供たちの心は救えないと思ったのではないだろうか。
彼らは確固とした平和への信念と愛を伝えたかったのではと思う。世界の、宇宙の、万象の真理を問う宗教はいくらでもあるが、愛国心、郷土愛、家族愛を抱きそれを超え、真実の愛を教理の礎として、政治基盤を持っているのは正道教だけだ。本来は、旧教新教もそうであったが。
この後、他の地域からも人が来るが、東アジアに滞在できるユラスの軍人、元軍人に現在人数制限があり、状況によっては現地も空けられないのであとは数人らしい。
「皆さん、お久しぶりです!荷物を片付けて会議室でエリス牧師に挨拶をしてから、夕方に集合です。」
「サラサさん!お久しぶりです!」
遅れたサラサが急いでエントランスに出てくると、サラサも女性たちに囲まれて抱き着かれていた。
***
午後7時。
到着メンバーに藤湾の学生たち、そしてVEGAスタッフ、アーツも集められて全体会議を行う。
先のマイラという長髪の男が祈祷を捧げた。
「奴らは何歳なんだ?」
妄想チームは大体近くの席に座っていて、なぜかいつもその中にいるレサトにジェイが聞く。
「あの辺は…チコ様と同じか少し年下辺りかな?」
「…そもそもチコさんは何歳なんだ。」
クルバトが聞く。
「チコ様は今年で29、確か。あの長髪のマイラが26くらいだと思う。」
「29?!!!」
思わずビビる妄想チーム。20代だったのか?!!なら、最初に会った時は28前後。
人間関係やあらゆる重みが、とても20代には思えない。
「ヴァーゴの下なのか…。」
「ファクト知ってたか?」
「知らない。」
「お前って、なんにも知らねーな。」
「そこ!静かに。」
サラサに叱られる。そしてサラサはサルガスを立たせて挨拶をさせ、知らないメンバーにアーツの紹介をした。チコ自身が立ち上げた組織というと、それだけで周りは騒めく。しかも、その共同立ち上げメンバーが、大房という全く知らない地域。
どんな奴らかと見てみれば、アーツにはユラスにはいないカラフルな頭が数人。生まれつきなのでどうしようもないが、目つきが悪いのが数人。服装が崩れている者もけっこういるが、これでもTPOを注意されたり、産後の母親のようにオシャレに気を回す体力も気力もなくなり、アクセサリーは怪我をするし服は汚れるわで、だいぶ地味で良くなった方だ。
ファクトに至ってはトレーニングしてお腹が鳴りそうだとお菓子を食べていて、印象最悪である。
「アーツには主にスラムの河漢を任せてあります。」
そこまで言ってやっと周りは安心する。チキンと仕事をしていたのか!と。全体的には下ガスの仕事の方が多いのだが、河漢と言えば伯が付くのでサラサもそう言っておく。初見ではいつも「なんだこいつら?」「え?チコ様の直管?」という顔をされるのが本当に面倒くさいのである。
代表者や各リーダーだけ自己紹介をして、フォーラムの大まかな予定を紹介して今日は終わった。
***
次の日は、先行到着メンバー含むVEGAと、アーツのリーダー、要の人物、カウスたちが情報交換をする。専門ではないがロディアにも仕事に行く時間まで来てもらうことになった。
そして、なぜかムギと仲良しのニッカも加わっていた。
小規模組織だが、北東ユラス、北西アジアの文化保存団体のスタッフらしかった。
河漢はアジア最大の経済都市、アンタレスが関わってくるので、もう少し専門の人間を付けた方がいいという話になったが、横やりを入れられる前に必要な基盤を固めてしまおうという話になった。ユラス首都再建を果たした時の専門チームを呼んで、その間にアジア側の人材を発掘しようと。フォーラムでもそういう人がたくさん来るので、気になる人間は要チェックである。
「そういうのは全然分からん…。」
言わんとすることは分かるが、知識のないサルガスが非常に困っている。タウは分かるには分かるが、この業界に関してはまだ細かい事まで介入できるほどでもない。
「こういう時イオニアがいるといいんだけどな。」
「ロディアさんは?」
「行政の事は分からないけれど、父がコンパラスクラブの会長だから聞けばアドバイスを貰えるかも。……ディナイのクラブだけれど…。」
コンパレスクラブは世界規模の経営者クラブである。ディナイはヴェネレ人国家一国の首都。ロディアはそこの同年代の男性たちに邪険にされていたので嫌な思い出である。
ロディアの顔を見て、婚活おじさんに話を聞かされていたサルガスは申し訳なさそうに言った。
「今すぐ必要なことじゃないし、無理にすることじゃないから。」
「でも、こういう事って目ざとい人たちはどんどん動いていくからね…。」
意外なことにニッカが意見を出す。
「知っている地域が…小さい街なんですけど、外から来た会社にあっという間に市場を持っていかれたことがあるんです。コレクターが買うような手織りの敷物なんですけれど、住民も勝手が分からずすごく不公平な取引で、契約を解除するまで大変でした。良心性を見極めるのも大事ですね…。」
マイラも考えていた。
「そうですね…。少なくともこの規模でこちらも人を動かすので、結果だけ持っていかれないようにする算段は早めに立てておいた方がいいと思います。」
そう。問題は河漢だけではない。
河漢のために動く企業や組織、行政とも折り合いを付けていかなければならないし、身内、内部ほどまとめることが難しい場合もある。単純な大房メンバーだけでなく、ベガス以外で育ったユラス人が増えてくるとどうなるか分からない。
河漢がベガスと連動してから、思った以上に事が大規模に動き出している。30万の河漢住人をどこまで動かすのか。現在、現住所外に出るのは20万とされているが、それにも教育という手順がいる。
サラサは人を外に派遣するよりも、今はアジアの要であるアンタレスに集中した方がいいのか考えていた。