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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十五章 繋がる点や線

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95 貼り付けられる目と鼻と口




倉鍵の総合病院は、今日も患者たちの知らない熾烈な派閥戦争や、個々人の見えない戦いが繰り広げられていた。


同じアンタレスとは思えないくらいベガスの総合病院は平和だったが、今後入ってくる人によっては、また規模の拡大によっては、運営方針などでそうなることもあるのかなーと、ため息の出る響である。



その日診察室に入って来た男女に響は目を見張る。


「あれ?先生…ですよね?」

嬉しそうなイオニア母と…言葉がないイオニアであった。


「お知り合いですか?」

漢方の男性の先生が驚いて言う。

「こちらの………」

名前が分からなくてイオニアを見る母。

「………響先生です。」

「響先生にこちらの漢方科を教えてもらったんです!」

笑顔の母と、なぜ息子に響の名を聴く?と思う先生や看護師。しかも名前?アンタレスは東西文化が混ざっているので、名前呼びも珍しくないが今の名札はミツファだ。


「息子は教え子だそうです。」

教え子ではないが、そう思われていた方がいいと響もイオニアも訂正しない。

看護師たちは響の細かい分野を知らないが、どう考えてもミスマッチな風貌に何かを悟る。一般人から見たら、イオニアも十分人を殺せそうな風貌である。軍医でも目指しているのか、それともヤク違いだろと思ってしまう。


「お知り合い…。ミツファ先生は席を外してもらった方がいいかな?」

心療内科にかかっているイオニア母は、漢方科ではそこまでの話はしないので、診察に看護師なども同席しているが、知り合いともなると話が違うので先生が促す。身内に聞かれるのは嫌だろう。


「では失礼します。」

響が退席しようとすると、イオニア母が止める。

「先生ならいいですよ。気にしないです。」

イオニア母はそういうが、響は笑って頭を下げて外に出た。



患者と知り合いというだけでも何か言われそうなのに、イオニアが響の名前を上げた時、明らかに場の空気がおかしかった。ここのインターンをやめようかと思ったけれど、曖昧な理由で辞めたら今後、藤湾から来る学生たちの立場はどうなるのかと踏み出せないでいる。


「ミツファさん、先の患者さんがお呼びですよ。」

先の看護師に冷たく言われ、廊下に出てみると、イオニアはいなかったのでほっとする。


少しだけ周りと離れてイオニア母に挨拶をする。

「…先生、ありがとうございます。ウチ、家庭事情がいろいろあって、イオニアと普通の話をするのも、小学校の小さい時以来初めてで……。高校大学の頃はあの子が怖くて話もできなくて…。でも、今は病院にも一緒に行ってくれるし、食事や買い物にも付き合ってくれるんです。」

イオニア母は少女のように笑う。

「私じゃないです。私はイオニアさんの所属しているところの人たちの友達なので……。でも、みんなにも伝えておきます。」

「あれ、そうなの?いろいろお話したいけれど、お忙しいと思いますし。先生とまたお会い出来たら。」

「私、薬剤関係がメインなので、普段はここにいないんです。今日は元気そうなお顔をご拝見できてよかったです。」

「残念、また会えたらいいな。」

イオニア母が頭を下げるので響も頭を下げ去っていった。




先の看護師が、周りにいる職員にも聞こえる声で言う。最後だけとても小さく。

「なんだ、勉強勉強で真面目そうな感じなのに、いろいろお友達いるんだ。先生たちも幻滅しそう…。」



でも、響の心はもうそこにはなかった。


そう、響は既に他の世界にいた。




イオニア母の付けていたほのかなティーツリーの香から、ずっと罵られ、自由に外出もできない若い女性の姿が見える。


耳を塞いでも塞いでも聞こえてくる罵声と、時々グイっと引っ張られる腕や服の感覚。


チカチカとする赤い閃光。どこに行ってもその光から逃れられなくて泣いている男の子と、目も頭も痛くなる赤い光から完全に周囲を塞いでしまったもう1人の男の子。


何重もの層に覆われながらうずくまる若い女性に近付くと、顔がないのっぺらぼうだった。この女性に子供たちの姿はもう映っていない。


響は思う。この時点で既に自害する境地に入っている。


でも、不思議なことに女性には時々顔に貼り付けるようにあっちこっちに目や鼻、口が現れた。女性が嫌がっても嫌がっても目や口が現れる。それが何か確認しようとしても何も見えない。この女性自身がその原因を認識していないからだ。



でも、悪いものには感じない。とても切なくとても必死に張り付けている。


見ようと思えば見えるかもしれない。ただ、勝手に心理層に入ってしまったようで、指令を受けている訳でもないのでそれ以上入って行くのはやめた。



そして、突然、ズガン!という痛みに近い衝撃と共に、変わっていく世界の色。

それが脳出血だと響は気が付く。


その後、たくさんのギザギザが中心から視界中に放出され、パン!と響の意識が帰った。



涙が出そうになるがここではだめだと堪える。他の人たちもいる病院の廊下だ。目の前で掌を叩いて自分を覚醒させる。普段ならこんなふうに人の中に入って行ったりはしないが、動揺してしまったのとイオニア母の他人への依存心の強さがそうさせたのか。


ここは病院だ。霊も多いだろうから霊が導いたのか。辺りを見回すが、響はあまり霊視には強くない。


「やだ、何感情移入してるの?センセイ?やっぱり何かあったの?あっちこっちで、そう言う男性事やめてほしいんですけど。」

響はそう言った看護師をキッと睨んだ。

看護師は今までと違う反応に少し驚くが、

「それが本性なんだ。仕事に迷惑だから持ち場に戻ってよ。」

と勝ち誇ったように言った。




***




「響!おかえり。」

すっかり仲良くなったロディアがリーブラと一緒に、パスタを和える前まで準備して待っていた。


「あ!待って手伝うから。」

「大丈夫。もう混ぜるだけ。かにクリームとウニクリームで悩んで…、2つした!」

2種類の瓶を見せる。

「わあ!」


隣り同士なので、時々一緒にご飯を食べる。ロディアはヴェネレ教でリーブラはお墓は正堂教だがほぼ雑教。でも3人で一緒に感謝の祈りを捧げて食事を始める。


「私…、みんなが響が気になるの分かる気がするな…。響と祈るとここがキラキラするの。」

「え?どこ?」

リーブラも響も分からない。

「机の周り。」

2人して必死に机の上を見るがさっぱり分からない。でもロディアはニコニコ答える。

「持っている素質がいいんだよ。そういうのに惹かれてくるんだよね。家族関係がいいか、世の中に何か大きな貢献をした家系の子にそういう子が現れるんだよ。」

「…ご先祖様ゆえ?」

響が変な顔でパスタを口に入れた。


「ご先祖様のせいか……。でも、ちょっと困ってるんだけどね……。」

上を向いてため息をつく。

「一旦食べちゃおう。」

先に夕食をして、洗浄機にお皿を入れお茶を準備する。



そして響はこれまでの一連の話をザッとした。とにかく、女性の間でこういう、バシっとケンカもできないトラブルは初めてである。


「私、インターンだし、少しの間しかいないのにという思いと、このままにするのかという思いが混在してる。でも、下手に悪い印象だけ残したら後輩に申し訳ないし…。それにね、医師会とか薬剤師会とかいろんなところで誰かと誰かが繋がっているし…。」

「…。」

「私だったら言い返しちゃうけど。」

不満なリーブラ。


ロディアが口を開く。

「他人事だから言えてしまうのかもしれないけれど…後輩のためだからこそ、ハッキリした方がいいんじゃない?」

「……。」

響は顔を上げる。げっそり気味でかわいそうなので、リーブラが撫でてあげた。

「ただでさえベガスはまだ行政や街として舐められているし、移民という事でよくない印象の人も多い。講師である響がモヤモヤのままそこを終えたら、次の子たちも舐められるよ。ベガスだ、移民だって。」

「………でも、先生たちが絡んでくるから、そっちもそっちでやりにくくて…。」


ロディアも決意したように言った。

「響、私ね。私もいろいろあったけれど、もう少し堂々としようと思って。」

「……。」

「私、女性からはそこまでじゃなかったけれど、男の世界もこんなに汚いんだってくらい色々見て、それでいじめも受けてたでしょ。すごく陰湿だったんだよ。お父さんの前ではごまかして、裏ではひどく罵って。お父さんも知っていたんだけどね。時を待つんだって。」

「ロディアさん…。」

「逃げるように生きたけれど、最近もう少し頑張ってみたいと思うようになって。ここの人たちケンカばかりしてるでしょ?でも次会ったらあんまり気にしていなくて、もう次の事考えている。自分の思う感覚以外の生き方があるんだなって分かったから。」


「それにね。私の立場上、少しでも父の近くに立ったら、隠れられないってことも分かったし。授業も持ってて、これからそういう事に他にも対面しそうだから、向き合っていく力を付けたくて。」

「…そうだよ先生!先生もこれからいろんな人に会っていくんだよ。講師をしている以上!」

リーブラはただぶちのめしたいのである。


「友達もできたしね。

…響はさ。まあ、必要なら言うべきことは言う。そのままで行けそうならそのままでもいいよ。離れるのも手だし。頑張れ、響!それでも大変だったらまた愚痴を言いに来て!」

ロディアはファイトポーズをした。



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