93 ニアリーイコールの鏡
全ての検査を終えたチコが、SR社のリラックスルームでオレンジシナモンティーを飲む。
「ゆっくり話すのは初めてだな。少し締めたけれどよかったか?自動調節も調整したから。」
「ああ。違和感が減った。ポラリスはいつまでいるんだ?」
チコとポラリスは久しぶりに向かい合って座った。
後ろでは研究員のチュラもドリンクを作っている。
「少しこっちに指導をするし、こちらから貰うこともあるからしばらくいる。タニアはマーカーもいるし任せられる人間もできたから。ミザルも少し見ていないと。多分シリウスが完成して、少し目的を失っている。高校卒業の前にファクトもいなくなってしまったし。」
「…」
チコはミザルが心配だったが、自分は家族としても、一人の人間としても間に入ることができずもどかしかった。
今はタニア側の技術引継ぎなどしているが、中学校からのインターン含む入社以来、ミザルは初めて長期休日や完全自由出勤を貰っている。でも、一人だと何もせず家でボーとしているだけなので、ポラリスがいないといけないらしい。これまでこんなにい長い自分だけの時間がなかったので、何をしたらいいのか分からないらしかった。
「…でも、ファクトがいない方が、夫婦の時間を取り戻すのにはいいんじゃないか?」
「そうだな…。そう思おう。時々辛辣なことは言われるが、ミザルが横にいないよりずっといい。」
「ミザルの事愛してる?」
「…もちろん。」
普段好きだ好きだと言いまくっているのに、そんなことをチコが言うとは思わなくて、年甲斐もなくポラリスはなんだか赤くなってしまう。
「…。ポラリスが幸せならそれでうれしい。」
嬉しそうにチコは笑う。チュラもこの笑顔と発言に驚く。
SR社の人間は、チコは基本が真顔だと思っているからだ。
「サダルはどうだった?会ったんだろ?SR社にも来たが。」
「…元気そうだった。」
「今度はいつ会うんだ。一緒に会いたい。」
「…離婚することになると思う。」
一瞬真っ白になるポラリスと、後ろでブゴ!っとアイスドリンクを吐くチュラ。
「は?!!」
「まだ周りに言わないでほしい。カストルやデネブにも言っていない。カストルはユラスの方で知っているかもしれないけれど。」
チュラが周りを見渡す。もちろん誰もいない。
「な、なんでだ?」
「多分もう無理だし、私もアジアに長くい過ぎてユラスが怖い…。族長夫人をやる気があって、もっとサダルに合う人は他にもたくさんいるだろうから。」
「チコ、どっちが先に言ったんだ…。」
「私。」
「はあ…。」
「そういうことは先に相談してくれればよかったのに…。」
「まだ話を出しただけだ。」
「あのな、サダルは一応私の元部下で、同僚で、義息子にもなるんだぞ!」
「……あ、そっか。ポラリスの義息子なんだ…。ファクトと兄弟だな!顔の系統も似てるかも!そこは親近感が湧く!」
初めて旦那の話をうれしそうにする。
聞く方としても、そこ?と言いたい。
「しかも、解放されてあの忙しさで、最初の訪問でそれは………」
チュラがサダルを憐れむ。
「そこは悪かったと思ってる…。でも、きっかけもあったし曖昧にしない方がいいと思って。」
「チコ。」
ポラリスは強く言って、チコの視線を引き寄せた。
「まだ可能性がないわけじゃない。君たち二人のおかげで、ユラス復興が急速に進んだんだ。できれば一緒にいてほしい。愛想はないが、悪い奴じゃない。」
困った顔をするチコ。
「でも私に子孫は残せない。」
「………。」
チコ以外が何とも言えない顔をした。
しばらくして、ポラリスが話す。
「…カストルもそれを分かって一緒にしたのだし、サダルも受け入れたんだ。」
「…あの頃の私はまだ世の中の事とか、出来ないことをよく知らない子供だったから受け入れたけれど、今なら分かる。ユラスの中では無理だ。」
「でもサダルは受け入れた。」
「結婚初期は触るのも嫌がられていたけれど…。」
初期のこと思い出してチコが言ってみると、ポラリスは肩を落とした。
「でも、だからこそあの日みんなが…」
サダルが捕虜になった日の事を思い出して、チコはポラリスの言葉を塞いだ。
「だから、それは…もう考えないことにした…。」
二人がただのユラス人ならまだよかった。
でもサダルはそうできない位置にいた。母系ではあるがナオスの正当な族長長兄血統の唯一の生き残り。そして男系を引いた大叔父家族より優秀で、他大陸に移住した親戚たちと違い、ユラスや近隣国を肌で知っている。
誰もが知っている存在であり、誰もがその存続を願っていた。
「…ポラリス。そんな顔しないで。」
「…するだろ。」
チコはごめんねと優しく笑う。
「他には誰が知っている?」
「サラサと…たまたま居合わせたアーツの何人かが知っているらしい。」
たまたま離婚届に遭遇したジェイたちである。身近なものは皆、予想はしてただろうが。
「…。」
ポラリスが苦い顔をしていると、ファクトがやって来た。
「こんちは!おー、チュラさん!こんちは!チコ、大丈夫?」
「うん。」
「ファクト………。久々にしか会えないお父さんに最初に挨拶してくれないのか~。」
「こんちは!って言ったじゃん。」
「もっと感激な感じで…。」
ハイハイとハグをされて、満足そうだ。
「チコ!ウヌクがさ。なんかいきなり南海の道場に来た。」
「ウヌク?あのバカは追い出してほっとけ。どうせナンパしに来たんだろ?
あ、ちょっと犠牲になったのは感謝しとくけど。」
ウヌクの怪我のおかげで河漢チンピラの話が進んだ。
「でさ、ウヌク。第3弾に入りたいとか言って来た。」
「…。ダメに決まってんだろ。アストロアーツに巣ごもりしてろ。」
「それがさ……入れないなら直接ムギの弟子になるとか言ってる。」
「…ムギ?」
「ムギの家に挨拶にまで行ってたし。結婚すすめられて。」
「はあ?!なんの変態だ!!!」
「ポラリスごめん!今日はもう行く!」
「え?チコ、みんなでお茶か夕食をしようって。」
「俺は家に帰ったついでに、チコ迎えに来ただけだから。チコ、またなんかおいしいの買ってあげようか?甘いのがいい?甘くないの?」
「ホント?パフェは?」
みんながパフェパフェうるさいので、パフェを食べてみたい。
「道場にすぐ行かないといけないし…パフェは食べ歩き出来ないから…。まあいい。行って考えよ。」
ファクトも外食する気がないので、さみしいポラリスである。しかも自分を置いていくのか。自分とお茶はできないのに買い食いはするのか。チコがパフェとか食べるのか?存在すら関心がなさそうなのに。
「チコ!パフェくらい私が奢る!」
ポラリスが乗り出すので、チコは少し考えてそして大きく笑って立ち上がった。
「今度、埋め合わせをするから。その時は私がごちそうする。」
「じゃ!父さん、チュラさん!」
「チコ?!ファクト!」
ポラリスとチュラが呆然と見送る。
「なあ、チュラ。チコってあんな性格だったっけ?よく喋るな…」
「いやあ、ベガスに来てから調整と検診以外でゆっくり話したことがないし。SR社、警戒されていましたし。」
「……。」
あれが元の性格なのか?とびっくりする。
そして…、言葉は乱暴で顔のタイプもスタイルも違うが、嬉しそうな時のシリウスと似ている。
「あんなにも似るもんなのかな…。やっぱり影響が出ているのか?」
「…。」
チュラも息をのんだ。