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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十五章 繋がる点や線

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90 水を得た魚



ユラス全議長、サダルメリクがユラス教から、正道教に改宗して10年と少しが経とうとしている。


ユラス教自体の主要祭司としても立っていたが、多くの若者たちがサダルの後に続き、中央アジアの宗教革命、清教徒(ピューリタン)革命とまで言われ、中央世界を大きく動かした。



この1点においてユラス、周辺アジア数千年の歴史が大きく変換していく。


敵には真っ向から立ち向かうユラス教国家が、『自由平等、愛と赦し』の方向に移ったのだ。

たとえそれが名目上でも。


正道教はアジア式の呼び名で、新教的宗教。

親役や先生として牧師や神官などを敬愛するが、精神、信仰や生活は大祭司や教皇などに盲目に従属するものでなく、「神の命と真理は直接個々人と関りを持ち、個々人と向き合い、個々人と作用する。人間は本来その要素を持っている。」という考えである。新教から派生した、信仰型宗教になり、現代では大衆定着型宗教に変わりつつある。



「私」それ自身の中に神はいて、誰でもなく私自身と神は対面するものなのだ。


そう、()()()()()()に神はいて、真実の愛がある。

人は神の具現体であり、全知全能の神が、同じように人の中に内在する。


私にも、そしてあなたにも、誰一人漏れくことなく。

形ある世界では順序と、形ある秩序を保ち。


ただ今は、堕落という曇りを被って。




セイガ大陸にとって、この改宗は宗教的意味だけでなく、政治的大転換の意味が非常に大きかった。


ユラスが連合国憲法の礎となる新教的聖典基盤に改宗したことで、ユラスはアジアとの関係を一気に深めた。ユラス教のままではアジアと連結することはできなかっただろう。アジア人にも他大陸の連合国にも馴染み深い正道教であるがゆえに様々な協約が進んでいったのだ。


終戦に導いた働きが世界では無血革命と言われたが、実際はサダル率いるユラス連合軍が非常に強く、ほぼ脅迫に近い状態で、脅しもすごかったのは、知る人ぞのみ……。

…ではなく、中央アジア人はみんな知っている。ただ、サダルは国際社会に理解がある理性勢力だったというだけだ。それだけで、歴史に大きな価値があった。


十数年前、ユラスはそんな大きな変革を経験した。






サダルの捕虜解放後、チコに会うために向かったアジアから引き上げて、数日。荒涼とした郊外の道路を走っていく数台の軍用車両。


「ワズンも言っていたが、そんなにチコが変わっていたのか?」

一緒に座る、後部座席の男が楽しそうに言った。


「……変わっていたな。」

「例えば?」

「あんなに嘘くさい言い訳をするのは初めて見た。」

「…?言い訳?」

「言いたくないことをごまかして、近くに気に入っている人間がいると、そっちに逃げていたな。」

「…ん-、想像が出来ん。よく笑っていたと言っていたぞ。笑っていたか?」

「いや、私の前ではいつも青白い顔をしていたな。」

「…少なくとも6年前は笑わなくとも普通の顔はしていたぞ。理由はなんだ?」

「もともと好かれていたわけでないし。6年も経ってもっと楽しいことを見付けたんだろ。ため込んでいたんだよ。」


「いやー。イメージが湧かない。俺もベガスに行きたいな。」

「……」

「カウスも帰りたくないらしいし、ワズンもアジアに戻りたいと言っていた。ワズンもだいぶ変わったし。………なんなんだ。」

「………」




傭兵集団や軍隊にいた頃、チコは多くの事が制限されていた。


いくつかの国、部隊を移動したが、どこでも女性である部分を一切出してはいけなかった。


うなじも素肌も、部隊によっては髪も目の色も見せてはいけなかった。女性は坊主も駄目であったため、髪は薄い茶色に染め、いつもうなじや耳が隠れる程度に髪を伸ばすか何かを被っている。他の女性兵のように伸ばした髪をまとめることも許されない。女性兵がいる部隊でも、休憩、シャワーなど1人でするのが決まりだった。


話しかけるのも必要最低限。笑いかけるのも禁止。目立ってもいけない。舐められてもいけない。どこの部隊でも、生き延びるならそうしろと言われた。


チコの容姿は裏世界で生きるには目立ち過ぎたのだ。

明るい髪色、紫の混ざる珍しいアースアイ。

大きな目。


成長すると腰には(くび)れを隠す意味合いも含め、平常時もプロテクターをする。人前でボディーアーマーなど外すことも許されず、フル装備で、メットにゴーグルやサングラス、マスク装着以外にも、よく頭から被るマスクもしていた。場所によっては寝る時もであった。夏の暑い時期も必ず胸から胴まであるプロテクターを付けて長袖だった。そして清潔を保てる場所では目の色も変える。


厳しい子供時代を生てきたが、あとで分かったのは、チコは戦場では比較的上司に恵まれていたという事だ。普通の子供に耐えられる世界ではないし、殴られることもあったが、部隊の人間がまともだったからチコを好奇の目から隠し続けたのだ。



そんなチコが初めて少しの自由を許されたのが、ユラス人オミクロン族の部隊、カフラーという教官やワズンのいた場所だった。

彼らは宗教的規範に非常に厳格であった。

ナオス族から来た淡い褐色肌の者の中には、チコと似た髪色の女性たちも数人いたため、髪を出すことも許された。きちんとした基地も数か所あり、そこにはもっと多くの女性がいてかわいがってもらえた。こんなにたくさんの女性兵を見たのは初めてで、チコはやっと女性として目立たなくなった。その頃のチコは理解していなかったが、彼らは正式な軍で徴兵もあり傭兵とは全く違ったのだ。


そして彼らは何よりも強かった。

だから、少女であるチコ一人を守る力を十二分に持っていたのだ。


それでもチコの容姿はユラス人と少し違い目立っていたので、基本の装備や生活は変わらなかったが、初めて大人のメンバーと同じように会話をすることが許された。ただ、これまでそんな生活をしたことがなかったので、会話は少なかったが。





サダルの横で同士が話を続ける。

「俺が最後にチコを見たのが、『アンタレスに行くのに出兵するのか?』みたいな格好だったからな…。今思えば笑えるな。」

「…」


サダルやチコは一般ともVIPとも全く違うゲートを使うが、当時ユラスは他国の軍隊でもありニューロス体の人間も複数名いたので、顔確認は必須。

証明各種でサダルの妻と出るのに、完全な軍人装備。背も高いので護衛の男と思われていた。


そして、マスクとサングラスを取った時にプラチナの髪が広がり、入管に小さなどよめきが起こった話は有名だ。サダルが隠して愛人を入れ込んだと勘違いされたくらいだった。チコはもともとアジア人でもある。こんな直ぐバレる方法で連れ込むわけがないのに、そう思いたいくらい異質な存在だった。


チコはそれくらい目立つ、それなりの美人だったが、なぜかアーツでは美の字もない恐怖の帝王の上に三枚目で、大房のオバちゃん扱いをされ、親父(おやじ)にもなってしまった。





「連れてくるの?もうユラスは嫌いでしょ。チコ。」

「離婚届を貰った。」

「…?」

「離婚届。」

「えーーー!!!!!」

「ブホッ!」

運転手も咳き込む。彼も同士だ。離婚の可能性はみんな考えていたが、もう準備までしているとは。


「保留だ。まだ周りには言うなよ。」

「6年越しの離婚届って…。チコ、大胆になったな…。」

「………。」

「今度はいつ会いに行くんだ?向こうからは来ないだろ。」

「未定だ。」

「チコも辛いんじゃないか?」

「サラサやカウスたちが言うにはそうだな。ずっと悩んでいたと。でも、アセンブルスが言うには、今、水を得た魚のように生き生きしているらしい。」

「は?」


「ここ最近で一番絶好調だそうだ。」

「…。」


「俺もアンタレスに行っていいですか?」

「もう、ニューキャラはいらないと言われた。」

「……行きたい。」

運転手が二人の会話を聞きながら、苦い顔をしたまま、車はユラスの研究施設に入って行った。



まだ変わり目であるが、サダルは紛争があった時と同じ姿勢では、次世代は回してはいけないと感じながら風景を見ていた。




***




「リーブラさん、最近響先生とすれ違う事すらなくなったんですけれど。」

「…。」


寮の部屋でなく、食堂で朝ご飯を食べていたリーブラはキファにめんどくさそうな顔をする。

「響先生は?」

「…先生は引っ越した。」

「えー!!!!」

「マジ?」

「マジ。」

「どこに?」

「近所だよ。ロディアさんの隣りが空いたから。」

「遊びに行きたい。寮じゃないんっしょ?」

「……。」

いや~な顔で返す。

「先生はもうすぐ試験だから邪魔しないで。講義とインターン以外全部勉強してるから。あと、完全女性専用ヴィラ。」


嫌そうな顔をしながらもキファは聞いてみる。

「あのパーティーどうなったの?先生踊った?」

「……壁の華を決め込んでずっと大人しくデザート食べてた。」

「そっか。」

「そしたら、ユラス人のカッコいい人たちに、無理やり手を引かれて輪に連れていかれた。」

「は?」

「それで、全然周りに合わせられなくて半泣きだったから、ユラス人に手を握られたまま謝られて連絡先聞かれてた。」

「はああ?!それ見てたのか?リーブラ!!」


うげっ!何こいつ、という顔でキファを見ながら答える。

「ムギがいたから大丈夫だよ。ファクトとクルバトもムギに言われて間に入ったし。」

「…そっか。ムギも行ったんだ。俺も行きたかった。」

うなだれる。

「…つーか、ファクトとクルバトは何なんなんだよ!なんでいつでもどこにでもいるんだ!!」

「ファクトはほとんど料理食べてただけだよ。」

クルバトはただのウォッチャーである。


「はあ。先生切れ。先生に会いたい。また一緒に踊りたい…。」

「ダンスできてなくて、呆れてたじゃん。」

「いい。先生はもうあれでもいい。手をつなぎたい。」

「それで済まないからやめなさい。いい加減諦めたら?絶対相手にされないから。イオニアすら身を引いたんだよ。」

「何でみんなその話をするんだ?イオニアはイオニアだろ。」

「…。」


リーブラは、キファは気が付いていなかったのかと驚く。まあ、響自身が分かっていないので仕方ないともいえる…のだろうか?

「…キファ…。あのファクトですら自分で気がついたのに、頭大丈夫??」

「何が?」

「…!」


驚きを隠せない。「キファ、哀れだな」とかわいそうに思ってしまうリーブラだった。




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