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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十五章 繋がる点や線

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89 屈辱と洗礼のウヌク



バイクから飛び降りそのまま2体のロボットを押し蹴ると、1体は壁に叩きつけられ、もう1体は不意を突かれたようにくねる。


トゥルスが1体に、ムギが2体にレーザーガンを打ち込み対応する。


その間に銃を持ち損ねた男が、ウヌクに足蹴りを入れた。

グワっ!

ウヌクは気が付かずに受けて、壁に頭をぶつけその下のぬかるみに尻もちを付いた。

「うわっ!マジか?!!」

汚いスラムの水がお尻に染みる。


もう一度男が蹴りを入れてくるのに気が付いたのは、頭の横に足が来た時。一瞬で腕で防御したが衝撃が頭に入れられる。ガン!!とぬかるみに体側面が入る。ウゲっと思う間もなく、さらに一発入れられそうになった時だった。


ヤバい!と思った瞬間に、

ガズッ!!と、美しい横蹴りが入り、男が地面に倒れ込んだ。


その有様を座り込んだままただ眺めるウヌク。テコンドーとは型が違う、ムギの蹴りが男に入る。スローモーションのように全体の流れがきれいに目をかすめた。



着地したムギが直ぐに体勢を整え男に拘束帯を付け、トゥルスがロボット3体に何か打ち込んでいく。


「お前、立てるか?腰が抜けたか?」

「は?…ああ、え?」

ウヌクは混乱して変な言葉が出てしまった。


そこに上空から聴き慣れた声がした。

「ムギ先生ー!!もう終わっちゃったー?」

「あ?来んな!」

バイクで駆けて来たファクトである。ムギが指示を出す。

「後処理、ファクトも習ったんだろ?そこのトゥルス手伝え。」

「ラジャー!」



座ったままお尻を触ると気持ち悪い。手にも水がつき落ち込むウヌク。

「おい?大丈夫か?」

「はあ…。」

へこんでいるウヌクを見て、ムギが近付いて行くと軽くしゃがんだ格好になって、こっそり言った。

「……大丈夫だ。あいつらには言わない。水たまりもあるからごまかせる。」

「あ?」

あいつらと言って、ファクトたちを指している。

「タオルとかいるか?」

「…あれば…」

「気にするな。こういう環境だと大人でもよくあるから。見慣れてる。」


座った目線でムギと目が合って、やっと何を言わんとしていたか分かった。

「違うっ!!!!」

そう、腰が抜けた上に少女に失禁したと思われたのだ。水が思ったより深く、座り込んでいるから前までしみ込んでいた。

「恥ずかしがるな。気にしない。」

「違うって言ってんだろ!!」

「…違うのか?」

「違い過ぎる!!!!!」


「ウヌク…うわ!悲惨だな!その汚水。」

隠そうとも同じ空間にいるのでファクトが憐れんで言う。

座ってもしみ込んでいくし、立ち上がると膝にまで水が流れ落ちそうで、どうしたらいいか分からない。結構高いスニーカーも水に濡れた。ただの水でない。近くにゲロの跡があるだけでなく、水溜まりの中には煙草の吸い殻やあらゆるものが落ちている。野良犬や野良猫が小便もしていそうだ。


「立てる?」

ファクト手が出すとムギが付け足した。

「腰が抜けたみたいだから、助けてやれ。」

「抜けてないっつってんだろ!!…触んな。手が汚れるぞ。」


「はあ…。」

仕方なく立ち上がるが、激しく落ち込む。気持ち悪い。


自分の仕事が終わると、ティルスはムギに駆け寄って抱き着いた。

「お姉ちゃん!」

「トゥルス!」

ムギがトゥルスをしっかり抱きしめる。

「え?姉弟??」

ファクトとウヌクが同時に言う。あんな状況なので顔をよく見ていなかったが、言われてみればそっくりだ。

「…ファクトも知らなかったのか?」

「全然!そもそも弟君初対面だし!」

こいつは…とウヌクはファクトに思ってしまう。マジこいつの脳内を見たい…。


大房では自分はいい加減な人間扱いされているが、ハッキリ言ってファクトの方がよっぽどどうにかしていると思うのであった。



ムギは男の拘束やメカニックの拘束がしっかりできているか確認し、ファクトが恐る恐る聞く。

「仲間呼ばれたりしない?爆弾するとか。」

「こっちの仲間の方が早く来る。爆弾は…ないと思う。ここに住んでいる奴らだし、そこまでの組織じゃないだろ。」

「え?!」

ウヌクは怖がるが、確かにここに住んでいて、アジア系ならそこまでする動機がない。


「ウチ近所だから洗ってくか?」

ムギがウヌクに言うが、ウヌクとしては、考えてみれば響の事で何度か悪態をつかれているガキ。この子供に助けられ、腰が抜けたと思われ、それ以上の勘違いをされて気分が悪い。しかも、大人の失禁を見慣れているとは何なんだ。このガキは。


「いい。拭いて大房に帰る。その方が早い。」

ムギのバイクにあった携帯用の大きなタオルを渡され、ある程度水分を取って巻くか考える。

「でも、それでバイクに乗るって、大房まで立ち乗りしていくのか?座るとシートも汚れて気持ち悪いだろうし。バイクがかわいそう。」

確かにバイクを汚したくないが、このガキの世話にもなりたくない。


「うちでシャワーもして…、パンツは弟に借りたらいい。」

「えー。家までなんてノーパンで我慢すればいいよ。」

好き勝手言うムギとファクトに、何とも言えない怒りが湧く。

「いいって言ってんだろ?バカにしてんのか?!」

トゥルスは同学年の中では小柄で145センチほど。ウヌクは細身だが188ほどある。服が合うわけがないのだ。


「あのさ、服ぐらい買えばいいよ。義兄さんたちのもあるけど、さすがに河漢にも服ぐらい売ってるし。」

トゥルスが一番まともなことを言っている。

「帰るわ!」

「バイクかわいそう…。」

「…何か敷けばいいだろ…。」


というところに1人の青年が来た。

「ムギ!こっちは大丈夫なのか?」

「うん。そっちは?」

「メカニックが10体も来てた。でもタウたちと河漢の何人かで大丈夫だったよ。直ぐ警察が入るから。」

「…河漢警察やだな…。そもそも張り込み頼んだのに何だったの?」

「河漢はなあ…。」

あれをタウたちでどうにかしたのか?とビビるウヌク。こっちは中学生2人で3体と1人だったが。


「じゃあ、俺帰るから。」

「待って!君、帰れないよ!」

青年がウヌクを止めた。

「頭から血が出てる…。」

「え?」

「ホントだ!ウヌク!後ろ!」

ファクトに指摘されて後頭部を触ると、べったり血が出ていた。

「待って!そんな汚い手で傷に触ったらダメ!破傷風とか予防接種受けてるか?!」

ムギに座らされ、ペッドボトルの水を掛けられそうになる前に、トゥルスが遮った。

「あ!お姉ちゃん写真撮らなきゃ。」

そしてウヌクの怪我の状態と現場写真を撮られる。河漢警察は信用できないし、いざという時の証拠のためにこちらでもいろいろ写真など残しておくらしい。応急処置もされ、暫くして警察が来て対応を移ったが、髪の毛もドロドロで服もこの状態。悲惨である。


それからファクトとウヌクは、先のムギの義兄である青年に家に無理やり連れていかれた。




***




子供たちがうるさいムギ家族の家は、河漢中央の保護地域にある。


「他の街みたいに便利じゃなくてごめんね!不便なことある?」

トゥルスがシャワーを使おうとするウヌクに声を掛けた。

「ない。」

しかし、1人で風呂場に入って困ってしまう。流石にシャワーぐらいはできると思ったのに、裸になってからお湯の出し方が分からない。あの服をもう一度着たくはないし、きれいなタオルは巻く気にもなれない。

「マジか…。」


「あのー!トゥルス君…、お湯の出し方教えて…。」

ドアから懇願すると、小さな子供たちが男女問わず集まって来た。しゃがんで体を洗うタオルで前は隠す。

「待ってね。これ、瞬間湯沸かし器だから。時々調整が利かなくて…。熱くなり過ぎたらそこの桶に溜めて水と足して使って。」

「へー、ガス…見たことなかった…。」

ウヌクの家にも普通のシャワーくらいあるが、なぜ子供に見られながら説明を聞かなければならんのだ。


トゥルスが取っ手を回すと機械からボン!と音がするので一瞬ビビる。機械の中に本物の火が付いているのが見え、なんだか不思議だ。


しかも、シャワーや着替えの最中に、浴室の鍵が壊れていて家中にいる子供たちがドアを度々開けてくる。脱衣所はなくそのままトイレ&お風呂である。

「うお!」

チビッ子男子が一気にドアを開けた時に、ムギとも目が合う。正面から見られてはいないが、意外にもムギが顔を赤くした。

年長のお姉さんたちがごめんなさい!とチビッ子を連れて行く。一体この家族は普段どうやって風呂に入っているのかと思ったが、ダンナのいるお姉さん家族は別宅にいるらしいし、よく見たらドアの周りにカーテンが付けてあった。最初に閉めておいてくれ…。



風呂から出てくると、トゥルスが少しビビっていた。

「…なんだ?」

「お兄さん、すっごい長風呂するんだね…。というか長シャワー。ガス代すごいんだよ…。」

「あ、ごめん。出しっぱにはしてないから。」

頭の傷もあったので、シャワー時間は洗髪も含め15分ほどであるがトゥルスが、純都会人怖い…とトゥルスが震えていた。


故郷ではお湯は貴重で、少ない薪や家畜の糞など集めたものを使い手作業で沸かすか、大掛かりな機械が必要であった。初夏も底冷えする地域なので、毎日シャワーをしたり風呂に入る人間がいるのも、アンタレスで初めて知ったのである。移動中の中継地点でさえ、知らなかったのだ。故郷には太陽光発電もあったが、インフラ自体が整っておらず、幼い頃、村の整備に取り掛かった時期に情勢が悪化してほぼ放置となり、電気などが非常に貴重な生活をしていたのだ。

まあ、いずれにしてもこれだけ家族がいれば節約は必須だろう。



小さな居間では、子供とファクトがケンカをしていた。

「お兄ちゃん!大きいチョコクッキーは1人1日1個なんだよ!時々しか買ってこないのに3個も食べてる!!」

何か小さい子供に叱られているアホがいる。

「こら!お客様にそんなこと言わないの!いくつでも食べてね~!」

「そうだぞ。お前ら。虫歯になるから俺が食っとく。」

「歯、磨くもん!」

しかも、せっかくシャワーをしたのに、小さな子がファクトの横に来たウヌクの口に、溶けたチョコまで混ざったクッキーを押し込んできた。

「あげるよ?ぼくやさしい?」

「う、うん。やさしい…。」


一連の様子をじっと見ていた小さい女の子が泣き始める。ファクトが3日分も食べてしまったからだ。ノロくて今更反応する。


「クソよりうんこだな!お前!」

「こらムギ!どこでそんな下品な言葉を覚えたの?!」

「はあ、ホント!ムギ姉ちゃんってなんでそんな言葉使いになっちゃったの?」

おそらくチコのそばにいたからではないかとファクトは思う。



この家は非常に賑やかであった。


先ほどムギを戒めたのは救急箱を出している女性。

「ここに座って。」

ウヌクを椅子に座らせると頭に簡易治療用のテープを貼った。

「うーん。帰る前に病院に行った方がいいかも。」

「切れてますか?」

「切れてるのかな…。血は止まっているけど滲んでくるかも。それに腫れてはないけれど逆に心配だし。感染症が一番心配かな…。すぐ行った方がいいかも。」

「ウヌク、ベガスの病院行った方がいいよ。他の病院だと説明とかめんどいよ。」

「…3時から仕事なんだけど。」

「代わってもらいなよ。」


「大きいお兄さん!先の服、ウチの子供たちの洗濯物もあったから一緒に洗っておいたよ。ここに干しておく?」

「…。家で干すからそのまま下さい。」

「靴は私が洗ったんだよー!」

「……」

ムギくらいの女の子にパンツまで洗われて同じ洗濯機で回され言葉がない。あの汚さだと洗濯機に入れる前に、手洗いもされただろう。1人っ子だったウヌクにはけっこう衝撃的である。


「で、ここにいるのはみんなムギの兄弟なの?」

ウヌクが聞く。

「お母さん!」

ムギが手のひらで指すと、ガーゼを当ててくれた女性がにっこりする。そしてどんどん紹介していく。

「お姉ちゃん、…の旦那さん、姪っ子、姪っ子、弟、妹、妹、従妹、そのお兄ちゃん、甥っ子、甥っ子、姪っ子。こっちはお母さんの方の従弟で、又従姉弟……」

「分かった!もういい。子供は覚えられん…。お義兄さん、お姉さん、お母さん、ありがとうございました…。」

「いいの!また遊びに来てくださいね。今日は学校が臨時休校だったから賑やかなの。」

お母さんがまたにっこり笑った。


「2人ともいくつなんだ?」

お婿であるお義兄さんが聞いてくるので先にファクトが答える。

「俺は18です。」

「26…。」

「え?ウヌク君タメじゃないか!結婚は?」

「してません。」

「はー。やっぱり先進地域の人は遅いんだね…。」

結婚話に意識が行ってしまったが、ムギ義兄がタメというのにも驚く。先娘2人を紹介されたので、ウヌクの歳で2人の子持ちという事になる。

「まだ結婚なんて考えたこともなかった…。」

「ああ!ムギは早く結婚してかわいい子供を見せてね!」

お義兄さんがウルウルしているが、ムギはずっと働くから結婚しないと言い張りお義兄さんを悲しませていた。

「えー!じゃあ、ファクト君年齢釣り合うでしょ?結婚してあげて。」

「ご遠慮します。」

即答である。

「ウヌク君は?あと3年も待てばできるでしょ?」

「お断りします。」


大陸中央の人間には婚活おじさんが多いのだな。と、ファクトは思った。


昼ご飯まで用意されて、子供たちやお兄さんがしつこくて帰れない。

今日1日でいろいろ失い、いろいろ洗礼されたウヌクであった。



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