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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第十四章 in ベガス2

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82 あの、獣道



その日の早朝4時半、チコは南海の一番人の少ない道場で簡単に体を慣らしていた。


サンドバックやミットにパンチを入れまくった後、今度は蹴りを打ち込みまくる。


朝、護衛を代わって来たアセンブルスとクラズが呆れる。その前に20分縄跳びもして、クラズと手合わせもしている。

「いつまでするんですか?」

「夜11時に家に入れられてそんなに寝れると思うか?!」

チコの睡眠は今まで4時間ほどであった。

「せめて6時間は寝てください。」

「はあ、クソ!」

と、最後に軽く打ち込む。



「チコ、こんな時間に何をしているの?」

「?!」

そこに現れたのは、久々のファクトであった。驚くアセンブルス。誰かが来たのは分かったが、道場の人間だと思っていた。


「おはようチコ。」

思った通り、満面の笑みになるチコにアセンブルスはため息をついた。

「ファクトこそこんな時間にトレーニングしているのか?」

「今日はなんか早起きした。電気付いてたからここに。あの、おはようございます。」

「おはよう。」

ファクトはアセンブルスとクラズにも挨拶をする。


「体動かしていいの?もう痛くない?」

「ああ。別にこれくらい大丈夫だ。」

「………そういえば…。」

本当はカストルに話そうとしたが、いなくて迷っていたことがある。


「………。」

「どうした?」

ここで言うか迷う。しかもチコの記憶を(えぐ)るようなことになったらどうするのか。

「あ、やっぱいい。」

「……………」

じっと見てくるチコ。


「あ、えーっと。」

「なんだ?」

護衛の二人存在も気になる。言っていいのか。

「シェダルに会った…。」

ちょっと消えそうな声で言う。


「シェダル…?誰だ?」

「あ、やっぱりいい。今度でいい!」

「何が今度だ。きちんと言え。」

顔を背けると、こっちを見ているアセンブルスと目が合うので反対に逸らす。

「……あの、あいつ。」

「あいつ?男か?女か?」

「屋上で会った人。」

「………。」


チコが目を丸くする。


「いつだ?」

「いつだったっけ?先々週くらい?先月?向こうが俺に気が付いて……」

「どこで?」

「倉鍵の駅前…。ちょっとヤバいこともあったんだけれど…」

唖然とする。

「シリウスに助けてもらった………」

黙っておいてほしいシリウスに悪いが、ここは言わせてもらう。安全かも分からない国家級の秘密を作りたくない。


「はっ?!」


「シリウスって、あのシリウスか?」

「偶然会って…。」

「偶然あの男に会って、偶然シリウスに会うなんてあるのか??」

「………さあ。そう言われると困る…。」

タジタジになってきたファクト。確かにすごい偶然だな。


「なんでもっと早く言わなかったんだ?」

「誰に言うべきか分からないし、チコの嫌な思い出だと思うと言えなくて…。」

「そんなこと関係ない!」

ファクトの頭を押さえて髪をめちゃくちゃにする。

「最初はニューロスの事だから父さんに言おうと思ったんだけれど……」

「そっちにも言ってないのか?」

「シリウスが言うなって言うから……。」

チコは顔をしかめる。


「どう考えてもファクトの存在に惹かれてきているだろ。二人とも。」

「母さん似だからかな?」

「ミザルというかなんというか…。しかもシリウスまでなんで…………」

「まあ、シリウスのおかげでまた腕を折られず済んだから……。」

「…また?」


あれ?チコは知らなかったっけ?

「あの時腕が折れたのか?!」

「あ!母さんには内緒ね!そんなこと言ったら絶対倉鍵に戻らないといけなくなる!」

信じられない顔でチコは見る。

「そういう感じで、いろいろあって誰に言えばいいのか分からなくて。」


チコが振り返るとアセンブルスが頷いた。彼もファクトと同じ、少し遠い音を拾う能力を持っている。


「とにかくファクト、まだ早いだろ!6時まで寝てろ。よく寝ないと大きくなれないぞ。」

「え、もういいよ。大きくならなくて。ていうか、もう止まってんじゃん?」

「ダメだ!」

「もう寝られないし!朝練しに来たのに。」

「腕に悪いだろ、安静にしてろ!」

「もういいってば。」


呆れている護衛二人であった。




***




この日は一番大きい講堂で、ユラス学生の集会。


他民族も自由参加のサダルの講話があり、同じく昼、夜と一般人相手の講話。主にユラス人目線での話だったが、藤湾には様々な地域からの講師たちもたくさん来ていた。


捕虜解放、紛争などこれまでの事に関する謝罪、感謝、挨拶の他、ベガスがどこに向かうか、各地に派遣された諸先輩の話をし、派遣先の共栄のためにどう未来の教育を広げていくか、何を教育すべきかなど話した。


講師や教授たちも来ているので、先進地域の人口減や未婚、少子化をどう調整していくかの話も。もう数十年前からだが、多くの先進地域は自分たちだけで経済や都市機能を維持できないところまで来ている。その他小さい会議では、ベガスのメカニック設備をSR社メインにこのままにするか、ベガスでも高度設備を作るかなど様々話し合っていく。



忙しい合間に、サダルは早朝のファクトに関する報告を聞いた。


「シェダルか…。」

「…まさか知っているのか?」

必要な会話はする二人。


チコの2度の被害写真や映像を見ているサダルは少し躊躇する。なんとなく予想はしていたし、誰かは知っていた。

「知っている。」

そしてチコとサダルは、初めて近くで一瞬だけ顔を合わせた。

「タイオナスにいた時に私が再調整した。ひどい状態だったから。」

「!」

もう目は合わないが、チコは顔を上げてサダルを見る。タイオナスは北メンカルとティティナータ付近。サダルが軟禁されていた地域である。


「あの男と私はやはり同じ出身なのか?」

「…タイオナスに他にも同じ出身者がいた。でも、多分施術自体はタイナオスではない。そこでは一度軽く調整をしただけだ。どんな義体かもきちんと見きれていない。」

「…!」


サダルは少し話を変える。

「チコ…………。『獣道』の話を知っているか?」

「獣道?」


「『亡霊の獣道』」

「………。」

チコもある程度は知っている。

「十数年前から数えて440件以上報告が来ている。もう新しい報告は聴かないが。」



「その『獣道』の、()()の脱走者の数人が…

タイオナスにいた数名と、シェダル。

そしてチコ、君だ。」

「?!」


「…………。」

チコは信じられないという顔で椅子の背もたれに体を預ける。

「他にも数人いるらしいが、ユラスやアジアに散っている。」




胸がドキドキする。



あまり小さい時の事は記憶にない。

ただ、誰かに引っ張られ、時に抱かれて走りに走った記憶はある。


ただそれが現実なのか、夢だったのか、作り上げた思い出だったのかは分からない。


数度の銃声。


あんな雑然と、でも閑散ともした場所で、なぜか長いスカートをなびかせ必死に走る誰か。



『振り返ってはだめ!走って!走るの!!』



赤ん坊?小さな子供の泣き声…




「すまん。もう少し後に話そうと思ったのだが…。」

「…いい。いつ知ってももう同じだ…。」


「それで大事なものを預かっている。」

「大事な物?」

「今は慌ただしいからな。後で渡す。」

「………。」

おそらくSR社は、今シェダルの遺伝子情報も持っているだろう。シリウスの事は把握しているのだろうか。

政治的な部分と研究的部分の線引き。

どこまでSR社と共有するかも考えなければいけない。


うなだれるように下を向いたチコの頭に触れないよう手を掲げて、しばらくの間サダルは落ち着くよう気を流し込んだ。


朝のことを報告をしたアセンブルスも表情一つ変えずそれを聴いていた。




***




大人組があまり集まらない藤湾の道場で、ファクトやリゲル、それからジェイ、ラムダ、キロンで簡単なトレーニングや手合わせをしていると、藤湾学生のレサトやシャムが来た。


「おー!ジェイもいる!」

シャムがファクトと手を打ち合い、座っているジェイとも強引に手を合わせる。

「ジェイ、最近忙しそうだったから、久々だな。」

ジェイは今経営の勉強をしている。

「今までぼんやり生き過ぎて、正直頭がパンクしそうだ…。お前らいいな。頭いいから余裕だろ。」

ジェイとラムダ以外、頭もそこそこのメンバーたちだ。

「家庭教師やってやろうか?」

「…勉強は学校だけでいい…。」

疲れ気味にジェイは言う。


「サダル氏に会った?ユラス人としてはどうなわけ?」

ジェイがレサトに聞く。

「…議長は…、なんか昔のイメージより怖くないな……。」

「やっぱりそうなのか?サラサさんがそんなようなこと言ってたから。」

「6年離れていたからな。変わったことも多いだろうし、ここは東アジア陣営だからこっちの様子見てんだろ。」

リゲルが言う。


「ベガス入りして慰霊塔に行って、それから俺たちのところに頭下げに来た。」

レサトが顔を合わせず言った。

「…………。」

シャムは何のことか分からないが、他はなんとなく悟る。


藤湾の学生たちが語っていた話。

最初にベガスに学校を作ったメンバーの父親や叔父、兄たちがユラス内戦終結前に犠牲になったのだ。


「議長と総長の夫婦仲がどうであれ、多分ここにいるユラス人はどちらも責めないよ。」

そこまでの話はしていないが、サポーターを装着しながらレサトは続ける。おそらく学生たちは、様々な議長周辺のゴシップをアジアの人間がどう捉えているか気になるのかもしれない。ベガス自体の評判にもつながる。

周りの事なんてどうでもいいような顔をして、やはりレサトも心配だったのだろう。



「それよりもいつも不思議なんだけど、なんでカーフやサダルさんはあんなに髪が長いの?」

「……。」

ファクトがいきなり話を飛ばすので、みんな白い目で見る。

「だってさ、気になって気になって。ロン毛がオシャレな国でもなさそうだし?」

「………。」

こいつ…と周りは思いながらも、レサトは丁寧に答える。

「ユラスで長髪の男子は、非戦闘者やそういう主義者を表す。」

「つまり、戦わない人の事?」

「ああ、徴兵も行かずに奉仕活動したり、完全な祭司や神官職だったり。議長は兵役経験はあるみたいだけど。」


「………」

ジェイ、キロン、リゲルは顔を見合わす。


ぜってーに違う!!

カーフはヤバいだろ!

あいつは危険だ!


みんながそう思う中、

「へー、そうなんだ!」

と、分かったことが1つ増えて、満足そうなファクトであった。



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