78 思春期でなくとも難しい
「サラサさん!」
顔合わせが終わってから、何人かがサラサに駆け寄る。
「イオニアどうしたんですか?」
クルバトが聴いた。
「ああ、イオニアはね、一度実家に戻ることになって。家族でいろいろあってお父様もお体が悪いようだし。」
「一言も言ってくれないなんて!」
リーブラが怒る。
「だから、変な挨拶したんだね。」
「変な?」
響はあの時の事を思い出す。
「お体に気を付けてみたいなことを言ってた………」
「あー!響先生にだけそんなこと言うなんて!」
「イオニア優しい…。」
「ファイ、何が優しいだよ!私にも挨拶しろっつーの!」
「まあまあ、連絡が途絶えたわけじゃないし。」
少し機嫌のいいサラサである。
「でも、みんな良かったね!サダル氏が今日は怖くなかった!平和だった!」
「え?」
周囲にいた一同が固まる。
あれで怖くない…?
「なんか、サダル氏すっごく優しくなった!」
「え?あれで?」
「誰が闇に落とされるのかドキドキしていたのですが?」
ティガがキファの肩を叩きながら言う。
「やめろ!」
キファが怒るが、みんなイオニアがいないと聞いた時、ショック以上に「うまく逃げたな!」と安心したのも事実である。そして、最も恐れていたのはアーツの限界点モア。ただし、モアはアーツに来てからはなぜか浮いた話はない。万年彼女を探していたような男に何があったのか。一番最初に消えていく候補だったのに。
「リーブラ。婚活目的のお前もレッドラインだろ。」
「私はもう、婚活やめまーす!」
「ええええ?!!」
みんな驚く。
「お仕事できる資格のためにかんばるから、そんな暇はありません。」
「マジ?!!」
そしてムギは、ただ一人、ユラス軍の駐屯所に連行されてしまった。大丈夫なのだろうか。まあ、多分ムギなら大丈夫であろう。
「タラゼド、帰るの?」
輪に入ることもなく帰ろうとするタラゼドに、ファクトは声を掛ける。
「もう終わったんだろ?」
「少しみんなと話していけばいいのに。」
「俺も現場教育受けてる最中なのに、新人も見て仕事任され過ぎて疲れるから、飯食ってサッサと寝たい。」
「ご飯食べてないの?」
「直行してきたから。」
「一緒に行こうよ。奢るよ。」
「…いい。俺が奢ってやる。なんでファクトに奢られるんだ…。」
高校生にウナギを奢らせようとするジャミナイとは大違いのタラゼドである。
すると、やはりというか、廊下に出ていた響と目が合う。待っていたかのか探していたのだろうか。
「響さん!一緒に行こうよ。」
私?という顔で赤くなって近くに来る。
「響さんも食べてないの?」
タラゼドが聴くと、何も答えない。食べてしまったのか?
「いいよ。折角だから付き合ってよ。どっか近くの店に入ろ!」
ファクトがそう言って3人で出かけることになった。
「ファクト君って、女子の気持ちが全然分からないんだね!」と人生で数度か言われたが、そんなファクトでも分かりやすい響である。
一応、十四光で少し陽キャのファクトは全くモテなかったわけではない。ただ、そんなことを女子に言われても「そっちも男の気持ちなんて分かんないだろ?」とか言ってしまい、「アーミー装備の良さが分からないなら聞かないでよ。こっちが砂漠で、こっちがサバンナ。岩山でもいける。こっちが対メカニックなんだ。ジャングルはこっち!」と四六時中ゲームがしたいだけのファクトなのである。どんなゲームしてるの?一緒にしたいから、と聞かれたから説明しただけなのに。なぜ責められてのか未だ分からない。
よって、幼馴染以外女子に縁はなかった。
「リーブラたちには俺から連絡入れとくから、このまま行こうよ。」
「待って!カバン持ってくる。」
慌てて荷物を取りに戻ってから掛けてくる響が微笑ましくて、ファクトはなんだか安心した。
***
「…で、響さんはなんでこの時間にそんなもの食べてるの?」
カフェ風の丼屋で大きなほうじ茶パフェを食べる響を、信じられない顔でタラゼドは見る。ファクトもファクトで隣で山盛りポテトと甘辛チキンを食べている。
「もうご飯は食べたし。食後のデザートだよ。ファクト、サラダも頼みなさい!」
「ポテトは野菜じゃん。ビタミンC取り放題じゃん。ケチャップはリコピンだらけで野菜だし。それにこれおいしいよ。響さんも食べてよ。」
「あ、ほんとだ!おいしい。」
「チキンもイケる。」
フォークで刺して響に渡すが、「待っで!まだポテトが口に゛!」と、慌てながら受け取る。
「ファクトもこのパフェ食べてみてよ。おいしいから!ここのゼリーも食べてみて!こっちにしてよかったけど、今度は抹茶にしよ。」
「ゼリーうまい。」
「あ!ファクト抹茶頼む?交換しない?」
「……………。」
二人の様子をタラゼドが引いて見ている。
「タラゼド何?」
「…いや、お前らガキだなっと思って……。それに仲いいな。」
「……。」
顔を見合わす、響とファクト。
「ファクトって、弟みたいだし。」
なぜか女子から見たファクトは安全パイなのである。そしてファクトが考える。
「響さんて、サイコスの件で思ったんだけど、分かりやすいから付き合いやすいのかも。親戚のお姉さんみたいだし。」
「分かりやすい?私が?今まで学校とかで、何考えているか分からないから怖いとか言われていたんだけれど…。」
「え?響さんが怖い?」
タラゼド的には何も怖くない。それどころか間抜け過ぎるドン引きキャラである。
「でしょ?私もなぜ一線引かれていたのか分からない…。」
ファクトとしてはなんとなく分かる。
第一印象がクールな感じなので、誤解されやすいのだろう。尚且つ趣味もあまり一般の女子とは言えない。幼馴染とはいえ、シンシーくらい強烈なキャラでないと近寄ってこなかった上に、さらに取り巻きがシンシーなため、もっと周りは近寄りがたかったのではないだろうか。自分も性格を知らなかったら、近寄らなかったタイプである。
蛍惑ペトルが実際どんなお嬢様学校かは知らないが、校内では化粧もせず、スカートも膝下15センチ以上の超まじめミッション系らしいので、シンシーたちの周りは目立っていたに違いない。というか、シンシー。よくそんなお嬢様学校で生きてこれたな。
「あ、そういえば響さん。なんかお見合い。雰囲気がよかったってファイが言ってたけど、こんなとこで男と飯食っててもいいの?3人だけどさ。」
「?!」
タラゼドの言葉に、はあ?という顔をする響。
「お見合いはしてません!!」
とっさに怒って凄む。
「みんなで観光しただけだけど??」
「あ、そうなの?ごめん。ファイが別れ際ハグされてたとか盛り上がっていたから…」
「何でファイが知ってるの?!それに挨拶だよ、それは!ファイはあることないこと言うんだね!」
「……ごめん。そんなつもりで聞いたわけじゃ……。うまくいったならよかったなと…。」
「!」
絶句している響。
あー、タラゼドひどいな…とファクトは思ってしまう。
「……もしかして響さんはイオニアだった?それともそういうのはない?」
「え?!そんなわけっ!」
響が可哀そうすぎる。
「ごめん。ファイがいろいろ盛り立てるから誤解する。この際聞いておいた方がいい。誰かいるの?」
「………」
これはまた率直な。
「………。」
固まる響は、ゆっくりパフェを一口食べて考える。
「…ないんじゃないかな?」
え?となるファクト。今が言うチャンスだし。それともこういう事情はよく分からないが、自分もいるので恥ずかしいのだろうか?
なにか真顔で一生懸命考えている。
「…今、インターンもあるし授業や講義もあるし、そんなこと考えたこともなかった…。でも、こんなモテ期を逃したら、一生結婚できないんじゃないかという恐怖もある。全ての男性運をこの時期に使い果たしてしまった…。アーツのバカ!」
突然落ち込む響。リーオや大学の若手先生にも気に入られているので、バカなのはアーツだけではないのだけれど。
「…そうなんだ。ごめん。そういうことは言わないようにするし、ファイにも言っとくわ。」
どう見ても、本当にそう思っていそうな響にファクトは驚く。
もしかして響は無自覚??
前の学校の茶化し合うような恋愛事情から、いきなり大人の中に飛び込み、さらに今までそんなことに全く関心のなかったファクトとしてはこれが限界である。あれだけ分かりやすくいつもタラゼドを探しているのに、自分タラゼドが好きなのかも!と、考えたこともないのか。
ただ、幸せになってほしいなと思った親戚のお姉さんが、変な角度で賢いわりに、変な角度でものすごく鈍感であるということだけは分かったのだった。
***
サダルがアジアにいる間、ユラスではまだカストルが様々な事情を収拾していた。
この時期にサダルをアジアに向かわせたのは、ベガスの内情を見るだけでなく、ニューロス研究の今を確認し、そしてチコに会わせるためだった。
二人の亀裂が埋まらなくなる前に、そこに他人が介入する前に、少しでもいいから二人がきちんと顔を合わせておいた方がいい。
「総師長、こちらへ。」
ユラス人から控室に案内されるカストルたちを、ワズンが後ろから護衛する。
「ワズン。サダルがチコやアーツと合流したらしい。」
「………。」
室内に入り、補佐官が少し席を外した時に、カストルにワズンは冷たく言った。
「皮肉なものですね。今日からここであなたの護衛になるなんて。」
「私としては、君なら安心だが。」
「私はあなたの事が嫌いです。」
「ハハハ!はっきり言うなあ。…君には悪かったと思うが、嫌われるのは慣れているからね。」
「………。」
「…でも、仕方なかった。サダルとチコの件でユラスにも嫌われたが、アジアでも耄碌じじいとか言われれているよ。」
「…………」
「それで指し引きして許してくれないかね…。」
「チコにサダルは重すぎます。」
「…そうだな。」
「…。」
「そもそもチコは誰とも結婚するつもりはなかったからな。話してからずっと変な顔をしていた。」
「悪趣味です。」
「そうか?でも、どちらにせよチコは普通の人生は選択できないよ。選択肢にない。チコが選んでも平坦な道は歩めないさ。」
「…あなた方がそうさせたのでしょう。」
「………。」
カストルが答えないと、ワズンは仕方なく言う。
「………私もその一人と言えば一人なのですが…。」
「……。」
カストルは願うように少しだけ頭を伏せ、それからまだ明るい窓を見上げる。
本当に大切な、大切な娘、孫でもあった。ワズンにも本当は申し訳なくて何も言える立場ではなかった。ただ、ワズンという人物に無条件信頼を置いているだけだ。
そして、
「今は祈ることしかできないな…。」
と静かに笑った。




