74 大好きな人
「お前ら今日、仕事頼んでたよな………」
久々に来た男が毎度の如くぶち切れ気味である。
「土曜日だからお断りしたんですけど…。」
クルバトが笑ってごまかす。二人はまだ職員ではないが、今日は午前中だけ移動の仕事をお願いしていた。
「俺らの代わりもお願いしてたんですけど…。」
「仕事のスタート時間にメールで送るな!せめて電話しろ!」
二人がいなくてもどうにか仕事は進んだが、響の研究室に来ていたというのがムカつくイオニアである。
Tシャツに短パンで、肩にタオルを掛けてボケーと立っている響が力なく言った。実は、響は他の科の生徒に貰ったC言語ゆるキャラTシャツを着ている。
「ごめんなさい。私たちがキファ君にお願いしたの。」
響のTシャツのキャラが「みんななかよく」というセリフを吐いているのを、イオニアは思わず見てしまう。
「……」
ちょっと考える。
「分かった。仲良くする。」
なんか調子が狂う。
「イオニアに教えてもらったら?イオニアもプロじゃん。」
リーブラが気が付く。
「何を?」
「今は掛け持っちーだけど、プロ級でしょ?ダンスも。」
「えー!やだ!もういい!!」
イオニアは怖そうだし、超嫌がる。
「ダンスはキファの方がうまいだろ?」
そう言い放つイオニアに、キファが聴いてくれ!という感じで珍しくイオニアにすがるように言って来た。
「響先生は教えるとかいう以前の問題っす!何かをするための体力を付ける気もない!」
「山や森に行ったり、あっちこっち旅行したり、畑耕したりしてるだろ?体力あると思うけど?」
イオニア的には、響はスタミナはある気がするが、それには本人が答える。
「そういうのは頑張れるんです。」
「分かる…。」
運動などしなかったアーツに入る前から、ライブやファンミーティングのためには、お金のある限り大陸横断もできたファイである。愛は物理を動かすのだ。
「ミニ耕運機いいの買っちゃったし!」
「その力でハンドル、コントロールできるんですか?危ないからやめてほしい…。」
信じられない顔で見るキファ。
「AIにも切り替えられる機種なんです!」
遂にキファにため息をつかれた。
「先生よかったね。キファに完璧に愛想つかされたね。」
「そう?ちょっと理由が癪だけど。」
ホールの半分では、ムギやティガも一緒に西アジアの方のダンスもしていた。
「響先生ー!こっちの方が簡単だよー!少しやりましょう。ほとんどフォークダンスです!フォークダンス!」
「いい!もういい!」
学生たちに引きずられる。
そしてやはり、全然足が合っていなくてただフラフラ歩いているだけの響。手の動きも入れたらほぼ手しか動かず、足は歩いているだけで顔は泣きそうである。
「…すごいな。」
遠目でイオニアが見ている。
「だろ?」
初めてイオニアとキファの気と調子が合ってしまった。
「あれは、少しの時間で教えようというのが間違っている。」
「まさにそうですね。」
一応クルバトも一通りダンスができるので、その答えに頷く。
実はイオニアは響と研究室をしばらく見納めしておこうと思って来たのもあった。
実家の様々なものを手放す前に、一度見に来いとおじさんに言われたのだ。はじめは断っていたが、父のいない環境で実家を見てみるのもいいかもしれないと思うようになった。放置した自分にも兄が出て行った責任はあるし、小さい頃自分たちを面倒見てくれた従業員たちも気になる。
そして、決断が付いたのは響の存在もある。ここは大房ではない。今までのように、したいようにできないのに、多分一番好きになってしまった。
響は、もうダンスなど二度としない、壁の華になるんだと決めて椅子に座って水を飲んでいた。
そして、そうだ!とキファを手招きで呼ぶ。
「俺?」
という感じで隣の椅子に座る。
「キファ君。今日でキファ君を嫌いになったけれど、ちゃんとお礼はするから。謝礼がいい?ご飯でも奢る?」
「……」
「何でも言って。何でも奢るよ。」
「…響先生と二人で食べに行きたい…」
「!?」
ブッ!と水を吐く響。
「キファ君もやっぱり変態?どういう思考で今までの流れからそうなるの?!」
目ざといファイが直ぐに近寄ってくる。
「キファ、ちょっとおかしんじゃない?私が男だったら響さんみたいにだらしない女性、絶対嫌なんだけれど!30年後とか居間で転がってせんべい食べてワイドショー見て、ダラダラして太ってそうじゃない?」
「ファイ!もっと近未来で言えることがあるでしょ!私を何だと思っているの?」
「だって、私も今日、先生に幻滅したー。」
「頑張ってもできないのは仕方ないでしょ?」
「ダンスの話じゃない!生態がナマケモノよりひどい。」
「ナマケモノかわいいじゃない?」
響の地を知って呆れてしまう、学生たち。ウチの先生、ここまでだったのか。
「で、先生どうなの?ご飯行こうよ。」
「二人は嫌です。学校関係でそんな身売りみたいなことして頼み事はしません!」
「身売りって…。じゃあ、この分は何もいらないから普通にご飯行こうよ。弟枠でいいから。」
「変態…。」
なにか雰囲気を悟ってイオニアがキファを掴んだ。
「お前行くぞ。」
「はあ?交渉中なんだけど。」
出入り口の横まで連れて行く。
「お前なあ。」
響が選ぶ人に場を譲っても、こいつには譲りたくないイオニアである。
キファに言い聞かせる。
「俺が大人しくしてるのに、お前はアホなのか?」
「それはイオニアが勝手にしてることだろ?俺は関係ない。」
「この口が言うのか?あ?」
イオニアがキファの顎を掴んだ。
「バワハラっず。パワバラ!」
「…お前こそセクハラだと思わないのか??」
こういう状況に免疫のない純粋な学生たちがこれはヤバいと思いはじめる。
「…ヤバくない?」
「ヤバいっすね?」
「今いる中で、最上格は誰?」
「イオニアさんだと思うけど…。その上は響先生だから…。」
「召喚します?」
「まだ、大丈夫だと思うけれど…。」
「危ないよ。響先生ちょっと動揺してるし…。」
「俺らのHPとMPもMAXくらいないと、逆に召喚獣にやられるかもしれない…。」
「MAXで足りるかな?」
みんなが召喚するか悩んでいるのに、男子学生は既に発信していた。
「…え?もう魔法陣、発動してしまったけれど…。」
「え?!」
男子学生のセリフに、学生たち全員が一斉に注目する。
カチャと音がした。
『もしもし?響さんの研究室?』
サルガスである。向こうにはこちらの表示がされているはず。
『…。違う?響さんのとこの学生さんだよね?』
目を合わせる学生たち。
「あ、そうです!アーツのリーダーさんですよね?」
『そうだけど。もしかしてアホな奴いる?』
話が速い!
「キファさんとイオニアさんが仲良く胸ぐら掴み合ってるんですけど。」
『………』
「………。」
『研究室?』
「位置送ります。藤湾医学科B塔のスタジオです。」
『分かった。ありがと。』
着信が切れて、学生たちはもう一度顔を見合わす。
「…召喚してしまった。」
「まあいい、キファ。外で話そう。言いたいことがある。」
「絶対いやだ。」
暫く二人で何か言い合っているので、ファクトが響に聞いてみる。
「大丈夫かな?止めた方がいい?」
「………。」
「やめな。今、ファクトに言われたらあいつら癇に障るよ。」
リーブラが止めると、響が前に出た。
「ファクト。私が行くよ。」
「あのさ、お二人さん。ちょっと外行こう…。」
響は前に出て二人を牽制する。
「私が話を聞くから。」
「つうか響さんはさ、この状況でキファに頼るとか自覚あるわけ?」
イオニアが響に聞くが、遠くで聞いている学生がビビる。直接ではないが、最初にファクトにお願いし次にキファを呼んだのは自分である。こわッ!
「分かった、ごめん。今日は私が悪かったから、取り敢えずイオニアさんだけでもいいから、私と外に行きましょう。」
「………。いい…。俺がこいつと出るから。響さんはここにいて。」
イオニアがそう言って出ようとすると、キファが余計なことを言う。
「じゃあ、響さん話を詰めよう。」
「ああ?」
イオニアが、本当にこいつはどうにかしているのか?という顔でキファを見る。
「お前、頭湧いてんのか?」
二人を引き離す作戦を取ろうとしたが、うまくいかない。
「とにかく!外に出ましょう!みんな見ています!!」
その時である。
学生の召喚が成功したらしい。速い。
開いている扉から、サルガスが入って来た。
「イオニア、キファ。何やってんだ?」
え?という顔で見る二人。
そして、さらに「えっ???」という顔で見る学生。
呼んだ召喚獣とちょっと違う。
ちょっとヤサグレっぷりが足りない。
「あれ?何?どういうこと?新キャラ?」
「パワーアップした?」
「え?何か減ってない?」
「いや、敵キャラって強くなるほどシンプルになるじゃん?」
「ファクト君のお兄さん?」
首を振るファクト。
サルガスは二人の前でキレ気味に言う。
「お前ら、年下の学生の前で恥ずかしいと思わないのか?」
「……。」
「どうなんだ?」
「俺、年齢的には同じか弟です。」
キファは同じ年、もしくは年下である。
「……」
疲れているサルガスの怒りが伝わってくるが、振り返って他の人には冷静に謝る。
「響さん、すみません。」
「あ、サルガスさん。こんにちは。大丈夫です。こちらがご迷惑をおかけしました。」
キファが「お前らが呼んだのか?」と、クルバトやファクトの方を見るが、誰も反応しない。学生たちが目を逸らしているが、学生のせいにするわけにはいかない。黙るが勝ちである。
「帰るぞ。」
「え?ちょっと響先生と話がしたい……」
まだ言うのかと周りは思うが、そんなキファを引っ張るサルガス。
「ファクト、キファの荷物あったらくれ。」
沈黙のイオニアにも言う。
「イオニアも一旦事務局に行くぞ。サラサが話があるらしい。」
そう言うと、サルガスは学生たちにも謝って、無理やりキファの頭を下げさす。
「すまなかった。」
「あ、いえ。こちらこそ申し訳ないです。ありがとうございました。」
「ばいばーい!」
ファイが言うと、サルガスが手を振った。
先にキファが引っ張られ、窓から外の方を見ると、サルガスのバイクの後ろに乗せられて、何か言い合いながら消えていった。
召喚獣。仕事が速い。
ずっと見ていたムギも出て行った。
「…。」
呆気に取られている学生と響。
学生たち。それで、あれは誰だったんだ?と思う。
レベルやMPが足りなくて違うのを呼んでしまったのか。彼らは一度しか会っていない、しかもちょっと怖くてサルガスを静観できなかったのでザックリした記憶しかない。ただ、前はロン毛顎髭の怒らせてはいけない系お兄さんで、こんな爽やかではなかった。
誰か知らないがありがとう。
イオニアは響の方を向いて、少しだけ言った。
「響さん、運動はしてくださいね。体は大事にしてください。」
「あ、はい…。」
不思議そうに見る響に、そっと笑う。
そしてイオニアも出て行った。




