70 浮き立つ人たち
その日の夜。
やはり開かれた打ち上げこと、大宴会。
チコ、サルガス、シャウラ、南海の会長が挨拶をし、なぜかまたシグマが仕切る。
「というわけでー、第2弾完了、及び第2級連合国事業昇格に感謝しーカンパーイ!」
という感じで盛り上がる、花札じじい1のお店である。
今回三分戦はなかったが、一定以上の力のある人間はチコやカウス同僚たちが手合わせしてくれたらしい。
現アストロアーツ店長、ひょろっと背が高くツイストスパイラル黒髪眼鏡のウヌクも来ていている。
第3弾には参加しないらしいが、大房からのアーツ希望者の仲介をしていた。すっごく人生が面倒くさそうな男だが、意外にこまめだ。手書きのノートには付箋も色分けしてあり、線もいちいち定規で引いてある。ノートまとめが大好きな女子中学生かと言いたい。
「なあ、クルバト。あの子いない?あの子!」
「あの子?」
「黒髪でストレートロングの子。」
「………。」
ウヌクは無言で去ろうとする親友クルバトの後ろ襟を掴む。
「おいっ!」
「やめろ。その人はやめとけ!モテまくっている上に、目で殺されるという噂だ。」
「……。はあ?ばっかじゃねーの?俺がナンパするとでも思ったのか?妹が大学行きたいって言ってたから相談するんだよ。教授だろ?」
「講師だけど…。なんだ、そんなことか。」
クルバトは、ムギといつもの如く端っこに座っている響のところに行く。
「響センセー!友達が大学の事で相談があるそうです。」
「クルバト君!」
「こんばんは。キョウ先生ですか?」
「こんばんは。えーと。クルバト君のお友達?何科の話?」
「生物とか?」
「とか?」
屈みこんで目線を合わせた上、長い腕を響の椅子の背もたれに回して呟く。
「先生、この後一緒に飲みに行きませんか?そこで話しましょう。」
ガン!とスパイラル頭を叩き、連れ戻そうとするクルバト。こいつの性格を忘れていた。
「…お前、そのヒョロヒョロした腕、折られたいのか?」
横でムギが怒っている。
「俺、かなり強いんだけど、折れると思ってんの?」
一応それなりにテコンドーができる。しかも子供に煽られて少しキレる。
「お前の体に穴開けられる自信があるけど?」
にらみ合う二人。クルバトがどうしようか困っていると、響が間に入った。
「ちょっとやめて!仲良くして!なんで初対面でケンカみたいになってるの?大学のお話でしょ?」
そう言うと響はウヌクの長い腕を引っ張り歩き出す。
「は?大胆っすね!どこ行きます?この辺バーとかあります?」
実は気になっていて、間に入ろうか迷っていたキファやイオニアが思わず見入ってしまう。いいのか?
「時岡せんせーい!大城せんせーい!」
「お!響先生!今日はお誘いありがとう。」
そして、今回入院していた期間に学生を見ていてくれた先生集団のところに連れて行く。
「いえいえ、これくらいしか。ところで彼、大学の相談がしたいそうです!」
「おおそうか!掛けたまえ。」
先生には個々人へのお礼の贈り物も禁止されているため、この会に誘ったのだ。
無理やりウヌクをそこの椅子の前に立たせ、背伸びをして高いところにある彼の肩を押さえて座らせる。そして、後ろからウヌクに言う。
「先生何でも熱心に聞いてくださるので、よく相談してくださいね~!」
響は笑顔で去っていく。時岡先生は熱血気味なので、捕まったウヌクはしばらくそこから動けなかった。感動のクルバトである。
満足そうな響に、感嘆の周囲。
しかし恐ろしいのは、響がこれを分かってやっているのか、何も考えずにしているか見分けがつかないところである。
「ちょ、だからなんで響がモテるんだ?!!」
遠くから見ていて、納得いかないチコ。
「アーツや大房はここしか世界がないのか??他にも女性はいるだろ?」
「まーまーチコさん。セラリのリーオもいますから。大房だけではないので怒らないで。」
「余計におかしいだろ!」
「婚期の若者が集まっていますからね~。」
その横で、タウ父に呼ばれた婚活おじさんのロディア父が喜んでいる。
「カンパ~イ!」
何度も乾杯して楽しそうだ。
「ほんと、ほどほどにしなよ。」
ソラがターボ君を抱きながら、自分の父を見て呆れていた。
「サルガスくーん。やっぱりおじさんはサルガス君がいいなあ~。」
酔っぱらって絡んでくる婚活おじさん。
「ウチのロディアどう?というか、ロディアを説得してくれないかな。家に帰って来てくれって。」
「ハハハ…。」
今日父が来るとは知らずに、女性たちと参加したロディアは離れたところにいたが、さすがに父が青年たちに絡んでいるのを見てたまらずやって来た。ロディアは今、アーツ寮に近い小さな賃貸に住んでいる。
「お父さん!」
「ロディア~!」
「サルガスさんに絡まないでっ。」
小声で言うが、酔っぱらった婚活おじさんは質が悪い。
「じゃあ他の人に絡む?」
「やめてっ。」
「あ、俺はいいのでロディアさんはあっちで楽しんでて。」
サルガスはこの親子を一緒にしない方がいいと思い、リーブラにどうにかそれを伝える。呆れたリーブラがロディアを説得して父親と距離を作らせた。
「でもね、サルガス君。ロディアはいい子でね…。」
「お父さん!!」
「いーのいーの!放っておいていいから。行こ、ロディアさん。」
リーブラもかなり強引にロディアを連れて行った。
その時エリス夫妻が会場に入って来た。
ここで感嘆の声が漏れる。奥様と娘が異様にきれいなのである。
とくに娘は美しき亜人クラス。
「ヤバい!リアル『ゴールデンファンタジックス』だ!」
「陽烏ちゃんだ。」
ファクトをはじめとする、アホな妄想CDチームのゲーム脳が働く。
「お母様はエルフの長?それとも女神?」
「なんか、他に兄弟もいるらしいですよ。」
しかし、意外にも陽烏は前回のイメージと違って活発女子であった。
チコを見付けると、一目散にチコに駆け寄り、椅子の後ろから抱き着く。
「チコ様ー!!」
「陽烏!」
立ち上がって、両手を取り合う二人。
「もう旦那様のいるユラスには帰らないのですね?卒業したら私がずっとお供しますわ!」
それは言ってもいいのかと周りは思う。禁句だろ。しかもチコびいきか。
「今日はあのチビッ子はいないのですね?」
チビッ子?
すると、少し離れた先に響やリーブラ、ロディアとデザートを選んでいるムギがいる。
「あ!チビッ子いた!」
気が付いてめんどくさそうに顔を上げるムギ。
が、礼だけしてデザート選びに戻る。
「あー!無視しました!あのチビッ子!」
嫌いなのか…苦手なのか…。なぜかムギに対抗している。
その時、陽烏は近くでおじさんたちに絡まれているサルガスと目が合う。サルガスが会話の隙間で挨拶をした。
「お久しぶりです。」
「…………。」
ぱあ!と、赤くなる陽烏。これは明らかにサルガスに惚れていると再度確認するアーツ。チコも少し固まる。
「は?陽烏?…気はしっかり持っておけ…。」
「はい?チコ様。」
サルガスは酔っぱらいおじさん相手にそれどころではない。
しかし、これにはさすがのエリスも気が付いたらしい。そして、これまでで最高の焦り顔をしだした。
「陽烏!」
と言って少し端に引っ張っていく。
「アーツはダメだぞ…」
「お父様、何がですの?」
「…アーツはダメだ…。顔が赤いぞ。」
「!」
ぱあああ!、とさらに赤くなり、エリスは大きくため息をつく。パパよ、ここで自覚させてどうする。
「え?!違います!!」
しかし、実はトップクラスに鈍いので自覚はない。
隣りのテーブルでもだいたい何の話か想像がつくタウやイオニア、シャウラたちはエリスをかわいそうに思う。まさか娘がアーツに惚れるなど思ってもいなかっただろう。分かる。それはイヤに違いない。自分がエリスでも嫌である。
「男版響先生になったな。サルガスモテまくっている。」
シグマが分析しながら眺めていた。
ポーとした顔の陽烏が空いたそばの席に大人しく着いた。赤い顔のまま水を飲むが、そこに婚活おじさんが絡んでくる。
「お嬢ちゃん。」
「はい。」
「サルガス君は、おじさんがキープしたからやめといてね。」
「はい?」
「かわいくてもダメです。こっちが先に目を付けました!早い者勝ちです!」
「はい?!」
向こうの方から、なぜか父が若い女の子に絡んでいるのをロディアは見るが、客椅子が引き出されていると車椅子では狭くて何度も行けない。
「うそ、今度は一体何なの?」
父がいると全然落ち着かないロディアである。
父は近くにいたサルガスに引き離されて元の席に着くが、サルガスに赤い顔で笑いかけている女の子を見てロディアはなるほどと思った。あんな若くてきれいな子に父が変な話をしているのではと、気が気でなかった。
一方、だいたい食事が一息すると、外の広場は高校生から20代前後のメンバーで盛り上がっている。
ファクトもみんなと話していると、少し離れたドアからそわそわと響が出てくるのに気が付いた。
「響さん。」
「ファクト。」
お互い目が合って少し席を外す。
響はやさしく笑って話し掛ける。
「あれから何もない?」
「あれから?」
「DP(深層心理)サイコス。気になる変化とかない?」
「大丈夫だよ!何も…」
と、言ったところで思い出す。
あの男に会ったじゃん!名前何だっけ?
シリウスにも会ったし!ネットストーカー、シリウスだったし!多分。
「しまった…。DPは関係ないけれど、いろいろ報告するの忘れてた……。」
「…報告?」
そんな感じでファクトは誰に報告しようか迷って後回しにしているうちに、すっかり忘れてしまった。
「あ、こっちの話。響先生はどうしたんですか?食べ過ぎで涼みに来たんですか?」
「ううん。何でもない。」
探している人がどこにもいない。
街灯は照っているが辺りは少し暗い。
響が外まで出てキョロキョロしながら歩くので、ファクトは少しだけ後ろから着いて行った。