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ZEROミッシングリンクⅡ【2】ZERO MISSING LINK2  作者: タイニ
第七章 消えたあなた
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5 ファクトの背中



ある日の藤湾高校での社会科地理の始業前。


教室の隅っこ。私服でパーカのフードを深くかぶり、丸くなって授業を待っている女子がいた。少しだけ見える髪は横両側にくくった茶色のストレート。少し小柄で細身。本物の革のブーツを履いている。



藤湾高校の授業は半自由形。クラスはあるが、基礎科目以外は選択となり、小中学部、大学部の生徒に、そして許可書があれば外部からも受けることができる。大学も然り。


ファクトは小さくなっている女子に気が付き声を掛けた。

「おはよ。」

「………」

顔を上げない女子。

「おはよー!」

「……」

「おはようございます。ムギ先生!」


ブゴッ!!

「あが!」

しつこいファクトに丸くなっていたムギは怒って拳を食らわせる。

「黙ってて!」


「なんでこんな隅っこで、1人でミノ虫みたいになってるの?」

「……。」

「一緒に受けようよ。」

「うるさいな。なんでファクトと受けないといけないんだ!」

「分かんないところとか聞けるし、忘れ物したら見せ合えるじゃん。ムギ教科書持ってないっしょ。」

「これで見ればいい!」

ムギはデバイスを出してくるが、完全に違う項目である。今日の授業どころか、社会科どころか、教科書にログインすらしていない、ただの学校の教育管理ページの表紙だ。この時代は一括管理されているので、ログインと言っても一度繋がったものは個人単位で全て管理してくれる。


「ムギちゃん、そこまで使いこなせてないならAI作った方がいいよ。持ってないの?AIが一言でなんでも出してくれるから。」

高校を卒業できなかったアーツメンバーのソイドも、一緒に授業を受けているのでアドバイスする。というか、AIがない状態で今まで生活していたことの方が驚きである。ベガスに来てからどうしていたのだ。


ファクトたちの後ろに座っていたタウ妹のソラもやって来た。

「ムギちゃんっていうの?一緒の席に座ろ。」



ムギは南海の臨時型の学校に通っているため、外部生である。

南海の学校は本の教科書は希望すればもらえるが、貸し出しにもなっていて、授業ごとに棚から勝手に持っていけばよかった。ここはそれがないのでよく分からない。


「ねえ、ムギちゃん二輪とか運転できるんだろ?バスや電車に乗る時は?どうやってキー使ってたの?家に入る時は?今まで誰もしてくれなかったの?」

乗り物のキーも、基本的にはAIで管理されている。

「あれは勝手にロックが外れるだろ。」

全部人にしてもらったので、ムギに分かるわけがない。


「…そもそもムギ、なんで高校の授業受けてるの?」

「悪いか…?」

ファクトを睨む。

「ムギちゃん、ちょっといろいろ教えて。あるならAIに入るから手か顔貸して。住民ナンバーとか分かる?確認するから。」

急いで住民カードを出し、ナンバーを見せた。ソイドが操作していくのをムギが真剣にじっと見つめる。連合国民なら、赤ちゃんの時からあるナンバーを覚えられないムギ。少なくともアンタレスに来た時には持っているはずだ。


調べたところAI自体は作ってあるようだが、ロック解除や病院関係など一部でしか活用していない。役所の窓口や孫に作ってもらって放置している、80年前のおばあさんかと思ってしまう。


周りの生徒も何事かと集まってくる。


「AIに名前付ける?」

「……。」

急に言われても分からない。

「AIは危ないって聞いたよ…。」

「危ないも何もシステム自体がAIだし、ないと社会生活できないから。山で芝刈りして暮らすわけじゃないし。」

芝刈りみたいなことをしていたと思うムギ。

「ジャングルの奥地でもデバイス使ってるのに、山でも使うでしょ?」

ファクトが驚くが、この男に言われるとムギもムッとする。


現在世界に未開の民族はいない。全民族何かしら教育を受ける機会を持っている。強制したのではない。前時代の変わり目で、少数民族のほとんどの若者たちがその道を選んだのだ。


「名前はシジミ君にしよう。」

勝手に横から操作して、シジミ君にしてしまうファクト。

アワアワしている女の子を差し置いてテキトウなことをするので、周りは少し引いている。見かねてソラが隣にやって来た。

「シジミ君でいいの?」

「シジミって何?」

「いいよいいよ。名前なんて何でもいいじゃん。進めちゃって。」

ファクトが言うので、ソイドはプライベートなど分ける作業をして、ムギの学業に関するページをまとめる。ソラは怪訝な顔をするが、ファクトは細かいことにも気を遣いたい女子高生の気持ちなんて分からないのである。



ムギがいきなり高校生に混ざっているので、教室を違えたのではとソイドが念のため授業一覧を見てみると、恐ろしいことが判明。


社会科と理科、特殊授業しか受けていない。

「……。」

思わずムギを見てしまうと、何も知らない純粋な顔で見返される。可愛い。というか、いいのか。中学卒業できるのか。自分もギリギリ中卒だけど。

「ムギちゃん、この辺も受講していないと卒業できないよ。この色は必須項目だから。」

普通に毎日朝から中学校に通っていれば自然に卒業できるのに、そうでないようだ。半分も出席していない。きちんとした教育サポート体制が出来ている藤湾と違って、南海は先生が個々人に気を掛けたりしないのだろうか。


「そうなの?」

間をおいてキョトンと不思議がるムギ。


ソラもこんな子がいるのかとびっくり顔だ。ソラは大房横の地区でも、中間層のまあまあな学校に通って来た。貧困層で教育をきちんと受けていない人がいるのは知っているが、通えないのではなく、通える環境で毎日学校に通うという事を知らない子がいるとは。



「あれ?昨日は学校に行ったよ。人体構造とかいうのしたもん。」

「…出席になってないよ…。」

「普通、入口でデバイスやカード…手でもいいけど認証をかざせば出席チェックができるけど。」

「…?」

出席すら付けていない。先生が気を付けていないと、こういう穴もいっぱいあるのだろう。南海は人数も多く、社会人も多いのでそこまでデジタル管理をしていない。ただ出席は、退出映像が残っているので割り出してもらえばいいだろう。


「もうちょっといろいろ見させてね。」

ソイドが確認していくと、ムギは割り算、分数、図形が終わったところから数学はほぼ0点。その時点で、数回しか授業を受けていない。国語は文法がダメで、文章作りができていない。その後、未参加。


ソイドはいじめで登校拒否。家庭では親が放置で中学はほぼ引きこもりだが、お情けで卒業。無理やり行かされたバイトで運よく仲間と気が合う。そして、そのまま家を出て仲間とバイトをしながら暮らしていた。アーツ試用期間の途中から勉強し直しているが、そのソイドよりもひどい。


藤湾の学生たちものぞき込む。

「先生にきちんと相談した方がいいんじゃない?」

本気で心配している子もいる。


「………。」

段々赤くなってくるムギ。思った以上にみんなが心配する状況の上に、人が集まっているのに気が付き、周囲を見渡してから机に顔を伏せてしまった。

「大丈夫?!」

「私たち見てあげるから。」

「この状態から有効なのを考えよ!」

「一番好きなクラスは何?」

「藤湾に移った方がいいよ。」

優しい人が多いのかすごく慰めてくれるし、学生たちはメンター教育も受けているのでみんな聞き役に入る。質問されるも自分の答えを待っていると感じて、ムギはさらにパニックになった。


少し顔を上げたままおろおろし、また顔を伏せる。中学生から見たら、高校生集団は恐怖だ。ムギの周りには世界が恐れる特殊警察や軍人集団がいるが、善良そうな高校生の方が怖いらしい。


伏せた顔の頬に触られビクッと起き上がり、遂には逃げ場が無くなって、真横にいて唯一慣れているファクトの背中にくっ付いて動かなくなってしまった。ファクトも憎まれ口しか叩かれないので、そんなことをされて驚いてしまう。

「お父さんの背中よりは小さいなー、自分が大きくなったのかなー」と思いつつ現実逃避していたら、今度はファクトにくっ付いてしまったことに気が付き動揺して動いてしまう。

そして同じく動いたファクトの背中と、ドン!と頭が強くぶつかった。


固まって後ろを向いたファクトと目が合う。


「わー!響!!」

挙句の果て、ソラと響を間違えて抱き着いてしまった。

「あーー!違う!!ごめんなさい!!!」

先生をお母さんと呼んでしまったときの気持ちだろう。もう真っ赤だ。

「間違えていいよー!」とソラはギュッとする。


完全に沸騰していた。


「中学生だって。」

「かわいいー!怖くないよー!」

「アジア人?」

「あのブレスレット、西アジアだよね!」



ムギは社会科しか身に入らないので、早く世の中の仕組みを知ってチコたちの役に立ちたかっただけだ。衛生、教育学、社会科、自然科学…とその辺しか頑張っていない。


社会は高1までの教科書も読み、基礎では詳しく載っていない西社会の構造も、他の本や映像で目を通してしまったので高校に来たのだ。段々複雑になり、詳しい人を通してきちんと知識を整理したかった。広い藤湾の敷地で、今まで知り合いと授業が重なったことがなかったので、アーツメンバーがいることは頭から抜けていたのだ。


「なんだー?全員席に着け!」

先生が入ってくる。講堂で自由席だったので、しぼんでいるムギをソラたちの横の席に移動させ、授業を受けることにした。



この日からムギは、このクラスで藤湾高校生に混ざって社会科の授業を受けている。


いつもフードを被って時間ギリギリにこっそり教室の後ろに入るのに、なぜか注目を受けて無自覚の友達がたくさんできたムギであった。




***




さて、ムギの就学状況の報告を受けたサラサもこの現状を知らなかったようだ。



ちょっと衝撃を受けているようで、チコ、カウスに至っては固まっていた。

「それは…知らな過ぎた……」


あまりにあちこち動き回っているので、それなりにやっているのだろうと誰も見ていなかったのだ。学校側も、ムギは特殊な位置にいたので、何かしら理由があるのだろう本人にお任せでいたのである。


久々に変な反省色に包まれる事務局。



結果ムギは、移民の教育関係者に教育の組み直しをしてもらっている。


ムギの元々の母国語は文化が小さ過ぎて勉強できる教材も、翻訳書もない。ギリギリ聖典だけは入っていたが、そもそもの単語も少なすぎる。共通語か隣のユラス語ができないと勉強自体ができないのだ。ベガスにいる家族や同民族がどのように勉強しているか聞いたところ、問題があるのはムギだけで、両親でさえベガスで現在普通教育を普通に受けているという。


共通語はできるので、毎日指定書を黙読か音読をすることを義務付けられ、保護者とも一度面談をすることになった。


ただし、社会科に関する記憶力は確かによく、数学ができないのになぜか戦略を立てたり、相手の穴を見抜いたりする能力はあり、歴史上の戦線をどうすべきだったかとかで、先生たちとすごく盛り上がっていた。そこだけは、高校より大学の方が話ができるからと研究室を勧められたくらいだ。


その他、動物の構造、毒のある植物、星の位置などもよく知っていて、医療機器のない場所での生き残るための切断の仕方なども知っているどころか経験あり。動物の膀胱も捌いて(なめ)したこともあり比較的都市部から来た高校生をビビらせていたのだった。



生まれた世界と時代を間違えた子がいると言われたが、実際ムギはアジアとユラスの隅っこの、そういう地域から来たのである。



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